の続きです。
開成入試前日まで
渋幕の合格は、息子にとっても、我が家にとっても、大変大きな意味を持っていました。
- 12月のSPAIXのマンスリーテスト以来やって来た勉強の、一つの成果が見通せたこと。少なくとも渋幕に受かるぐらいのポジションにはいるのだという、安心と自信を得ることが出来ました。
- 1月の渋幕合格により、入学の権利を確保するのに必要な費用が、5万円で済みました。しばらく出費がかさんでいましたので、懐具合に少し余裕が出来ました。
- 2月2日・3日の予定が決定しました。2日は「お休み」で3日は「筑駒」にチャレンジすることになります。2日の受験プランとしては、渋幕に合格していなければ渋幕の二次・広尾の医進サイエンス等を受験する予定でした(幕張から広尾までの移動が実際できるのか、という悩みから解放されたわけです
)。また、3日に関しては、渋幕に合格していれば筑駒を、していなければ海城を受験し、4日以降も広尾等を受験することを考えていましたが、渋幕合格の時点で、2月は開成・筑駒で以上!中学受験終了!!ということが決まりました。息子にとっては、長い闘いに終わりが見えてきたということで、本当に本当のラストスパートをかける準備が整った用でした。
- その結果、渋幕の入試からの約10日間は、開成・筑駒の準備に専念することができました。最終的にこれはものすごく大きかったと思います。
- その他にも、やはり、言い方はかなり悪いのですが「開成・筑駒がだめでも渋幕!」というのは、本当に本当に精神衛生上良いです。おかげで気が緩んで(やはり言い方はかなり悪いのですが)「もう渋幕で良くない?」という気にさえなり始めていました。もちろん、そんなことは子供には一言も言わず、ひたすら地獄の過去問特訓の鬼試験官を務め上げましたが。。。
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開成入試当日
開成の入試当日。
この日も、私が付き添うことになっていました。
最寄りの駅から地下鉄に乗って約20分。ドア・トゥー・ドアで約30分。
近い!!
そう、開成は、我が家からわずか30分。地元の公立中学は別として、電車で通学するには本当に便利な学校です。
一度乗り換えが必要なこともあり、文字通りあっと言う間に西日暮里の駅に到着しました。
ところが、ここからは受験生の長い列
みんな賢そうな顔をしていました。
でも、その日の息子は一味違っていました。ゾーンに入っているというか、落ち着いて、それでいて冷静に闘志を燃やすように集中していました。
駅から集合場所である開成のグラウンドに向かう道中、最後に息子を見送るときに投げかける言葉を考えていました。
「今日まで本当によく頑張ったね。結果がどっちであっても、これまで頑張ってきたことの価値が失われるわけではない。合格してれば嬉しいけど、合格出来なくても誇りに思う。」
みたいな言葉をかけようと思っていました。
そして、開成のグラウンドに入ると、受験生と保護者の、文字通り長蛇の列。開場時間となり、子供達が次々と吸い込まれていきます。そして、子供を送り出す時が刻々と近づいてきました。
「今日まで・・・」
「今日ま・・・」
「きょ・・・」
何度言葉を発しようとしても、言葉が出てきません。
その代わりに、涙が出てきそうになります。
「よくが・・・」
「よく頑張った・・・」
ようやくそれだけ振り絞って、息子の肩を叩きました。
「精一杯やってこいよ!」
もう一度ようやく振り絞って、もう一度息子の肩を叩きました。
もう涙が出そうで、息子に悟られるのは恥ずかしいし、鼻をすするふりをして、空を見上げ、涙を必死にこらえました。息子は何か感じ取ってくれたかも知れません。
「うん、行ってくる。」
低い声でそれだけ発すると、息子は戦場に向かっていきました。闘志が漲っているのを感じました。
合格発表を見たときはさすがに、涙してしまうのではないかと予想はしていたのですが、まさか、入試当日に息子を送り出す時に涙してしまうとは思っていませんでした。
栄東の不合格発表があってから、毎日朝早起きして、国語の過去問を一緒に解いては、喧々諤々議論しました。独りで過去問を解くことで規律が緩まないよう、自宅試験監督を毎日やりました。息子との中学受験はたった1ヶ月でしたが、やりきった感がありました。
そして息子も言ってました。
「もうやることはやった。あとは本番。」
ここまでこれたこと、開成の入試本番を無事に迎えられたこと、整えるべき準備を万端にして今日この日この場所に立っていることで、私は心底満足でした。
心の底から、もはや合否の結果はどちらでもいいと思えました。もちろん、良い結果を望む気持ちはとても強かった。
だって、小学生が、失敗するかも知れない恐怖と闘いながら、それでも3年間ほとんど毎日勉強して、最後の1ヶ月はそれまでよりも勉強して、こうして本番を迎えたわけです。合格をもらって最高の笑顔で締めくくりたい、そういう気持ちももちろんありました。
ですが、大人にだって簡単にはできないことを、既に、子供は成し遂げたんだ。それだけでも本当に、心の底から賞賛するべき成果だ。
私は本当にそう思っていました。心の底から息子を褒め称えていました(恥ずかしいのに本人にはあまり伝えてないですが)。
感極まってしまい、最後に父親らしいキザな台詞の一言さえ投げかけることは出来ませんでしたが、開成のグラウンドで息子を見送ったとき、私たち親子の幸せな中学受験は完結したのだと思いました(息子には申し訳ないけれど、私にとっては、このときが「息子の中学受験の完結」でした。)。
ちなみに、1年半ほど前に、私はこんなブログ記事を書いていました(中学受験親のメンタリティ②)。最後の最後で、「どっちでもいい」という言葉の意味が、本当に身に沁みてよく分かりました。
開成入試が終わって
開成の入試が終わり、出てくる息子を出迎えました。
普段、終了直後の試験の感触については控えめな息子が、ぼそっと
「できた。。。と思う。」
といってました。
「そりゃ、そうでしょ、これだけ毎日国語の問題をオレと一緒にといて、答案添削して議論までして、出来ないわけがない」
と、少しだけ的外れなことをいって和ませると、入試の話はもうやめ、少しだけ寄り道して帰りました。
その日は、少しだけ豪華な夕食で、息子の中学受験の完結を祝いました。
開成入試から一夜明け
「よし、今日から筑駒対策だ!!」
と息子を6時にたたき起こし、最後の過去問地獄の特訓を行います。
しかし、どうも「気」が入っていません。
ああ、これは燃え尽きたな、と思いました。
「最後まで気を緩めるんじゃないよ!」
と発破をかけてみましたが、そんな陳腐な一言で、燃え尽きた人間が、息を吹き返すはずがありません。
息子にとっても、どうやら開成の本番をもって中学受験は完了したようでした。
筑駒の入試当日、そして開成の合格発表
筑駒は妻が付き添いました。
息子と妻が家を出た後、なんとなく、息子の部屋の机に座ってみました。ここで、毎日勉強していたんだな。中学受験も、今日で本当におわりだな、と感慨に耽っていたのですが、見つけてしまいました。
息子がお守りのようにして試験の日には必ず持ち歩いていた参考書(SAPIXの歴史資料)
机にぽんと置いてありました。
ああ、終わったな(色々な意味で)。
筑駒の結果には期待できないなと思いました。
それはともかく、この日は開成の合格発表です。
正午が発表予定時刻でしたが、もう、長い、長い、長い、長い、まだ1分しか経ってない。長い、長い、まだ2分しか経ってない。
とにかく長い!!
私は、自室の仕事部屋にこもって、パソコン・携帯・携帯・iPad・iPadの計5台の端末をスタンバイして、正午少し前から合格発表に備えていました。
本人が見るまでは親も見ないというご家庭もあるようでしたが、我が家は絶対にそれが出来ないので、息子には、先に結果発表を見ることの許可を得ておりました。
・・・
・・・
おっ、
あったー、あったー
正午少し前、5台のうちの一台が反応し、いち早く合格者番号一覧を表示しました。
○○○番、○○○番、何度も何度も受験票の番号と、一覧表を見合わせて、何度も何度も息子の番号があることを確認しました
息子よ、本当に良かったね。
続く
おつきあい頂けると幸いです。