三田と高輪の間の「伊皿子」交差点を「桜田通り(国道1号線)」方面へ下る「魚籃坂」。その名前の由来になったのが「三田山魚籃寺(浄土宗)」です。赤坂や青山、六本木などの無味乾燥な名称が多い東京で、「魚籃坂」と言われると少し嬉しくなります。

 

「魚籃寺」に安置されている「魚籃観音像」。その像は木造で、お顔は中国風で六寸ほどの小さな像だそうですが、その右手に「魚籃(魚を容れる籠)」を持たれ、左手には天衣を掛けられている由。「魚籃観音」は三十三観音のひとつで、羅刹や毒竜の害を防いで下さる。

 

 

朱塗りの山門が際立ちます。

 

 

 

 

 

当寺の開山「称誉上人と其の師である法誉上人が、長崎で布教の途中「魚籃観音像」を入手し、元和3年(1617)に中津で「魚籃院」を仮開設しました。承応元年(1652)に当地に移転すると、その後は香華が絶えることなく念仏は林の如くに呼応するほどの隆盛を得たと言います(「江戸名所図会」)。

 

 

 

 

 

本堂は、簡素ながらどっしりした建物です。

 

 

 

 

 

 

 

 

魚籃観音堂です。魚籃観音像が安置されています。

 

 

 

 

                                          (青竹:NO.2649)