自分の選択が「正解」かどうかということよりも。 | 「自分のままで“養護教諭”になる」YOUKYOUカフェ・柏木むつき

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【保存版】養護教諭シリーズ

 

 

ここ最近のお決まりになっておりますが…

毎日があっという間すぎます(笑)

前回の記事が5月の中旬。

ふとスマホのカレンダーを見たら6月でした

(急いで家のカレンダーをめくる…)。

新年度になって丸2か月…!!

今月で一年の半分!

やりたいことの半分も着手できていない💦

一日一日が本当にあっという間すぎて、

こんなに速くて大丈夫か!?と思うくらいです涙

 

 

とはいえ4月からは、

これまで以上に、

養護教諭志望の学生や講師の方々、

そして現職の養護教諭と出会う機会が増え、

私にとっては本当に嬉しい悲鳴です^^

 

 

その中で時々聴く、

「養護教諭を目指すことは正解なのだろうか」

「養護教諭を続けることは私にとって正しい選択だったのだろうか」

という言葉。

 

正直、私には、

その人が「向いてる」とか「向いていない」とかわからない。

というか、(良くも悪くも)判断の仕様がない。

だから「正解」かどうかなんてもっと分からない。

 

 

その道を「正解」にする力があるのかどうかは、

その人次第だなって思います。

「正解」や「正しい選択」そのものがあるのではなくて、

自分が選んだ道を「正解」にしていく力があるかどうか。

むしろ、その力が大事だなって思います

(私も結局「今」の選択はそうでしかない、と思うから)。

 

そしてその力は、

自分一人だけで培っていくものではなく、

歩く道の途中で出会う、

沢山の人や出来事によるものだということ。

それがどれだけ感じられているか、にもよるのではないかな。

そんな風に思います。

 

昔から様々な人に

「「ない」より「ある」をみよう」

って言われてきたし、

そういう本も沢山読んできた

(自分も似たような記事を書いたことあるし)。

確かに「ない」より「ある」を数えたら、

「ありがたいな~」って思えるし、

「足るを知るってこのことか…」

なんて感じてはいたけれど。

 

結局のところ、

「ある」を見れば見るほど、

今の自分を受け入れられる

(=自分が選んだ今を「正解」にできる)、

ということなんだろうなぁ、と。

それは決して、

「嫌なことが一つもない」

「落ち込むことが全くない」

ということではなくて、

そういうことも含めて「正解」ということ。

そういうことも味わっての「正しい選択」だということ。

そういうことだろうと思います。

 

 

6月も楽しむぞー♪

 

 

(4年ぶり?いやもっと⁈久しぶりに大学時代の部活仲間3人と再会!「お互い全然変わってないね〜」と言った後に「いや、出会ってからだともう15年経ってる…老けてないわけがない笑」と…そういうもんだ笑)

 

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