大英博物館で迷子になる
ミュージアムシリーズ第2弾。
いよいよ大英博物館へ。
地下鉄を降りると、あいにくの雨。
駅のすぐそばの劇場では、「We will rock you」をやっていた。
ロンドンはミュージカルの街でもあった。
いたるところに劇場があり、毎日いろんな演目が上演されている。
大英博物館への道を尋ねると、やけに陽気な係員は陽気に道を教えてくれた。
雨の中を教えてもらったように進む。
が、それらしい建物は見あたらない。
左に曲がるのだと思っていると、母が「右じゃないの。」と言った。
そうかなぁ。と思いつつも右に折れてずんずん行くと、
やがて、博物館らしき建物が。
大英博物館の裏口だった。
さすが、毎日NHKのラジオ英会話を聴いているだけある。
母のリスニング能力のおかげで、救われた。
びしょ濡れになる寸でのところで館内に入ることができた。
道を尋ねても聞き取れなければ意味がない。
大英博物館は思っていたよりも、狭かった。
ポリネシアや南米の奇妙な仮面の祭り衣装が展示されている中に、
モアイがあった。。。。
のはいいのだが。
その前に、なぜか巨大な男の横顔が寝そべっていた。
モアイと何の関係があるのだろうか。
明らかにまわりの雰囲気から浮いたその巨顔の謎はついに分からなかった。
一番人気のコーナーはエジプトコーナー。
本物のロゼッタストーンのまわりには、人だかりが出来ていた。
でも、やっぱりカイロの博物館の方がいい。
ボソッと呟く。
以外に小さかったルイス島のチェス駒を見終わった後、
「トイレに行きたい。」と母は1人で、トイレに向かってしまった。
1階で待っているというので、じゃあ後でと別れたのだが、
トイレの前に行っても母の姿はない。
ヤバイ、はぐれてしまった。
この広い館内で再び会うことが出来るのだろうか。
探し回っても全然見つからず、
ひょっとしたら元の場所に戻っているのかと再び階段を上がるも、いない。
このままではデパートの迷子放送のように、
館内放送で呼びかけてもらわなければならないかもしれない。
英語でなんて言えばいいだろうか?
そもそもそんなマヌケなお願いに応じてくれるのだろうか?
頭の中をグルグルまわりはじめた頃、母がひょっこり現れた。
どこ行ってたの?
聞くと、「1人で見て周ってきた。」
。。。。。なるほど。
心配して損した。
まぁ、とにかく合流できて良かった。
博物館を出る頃には、雨は上がっていた。(yo)
出る頃には雨はあがっていたと思ったら、
帰りに寄ったコヴェントガーデンで大道芸人を眺めていると再びガーガーと降り出した。
そしてまた、あがった
チップをあげるとチリリンと動く自転車マンは大人気。in コヴェントガーデン
胴長の透明人間。路上のパフォーマーたちは突然の雨に対応できるのだろうか。
銅像のマネをしている人は雨で体のペンキ?が流されないのだろうか。そんなことを思う
ピカデリーサーカスの映画館の前ではマダガスカル2の試写会が行われていた
いよいよ大英博物館へ。
地下鉄を降りると、あいにくの雨。
駅のすぐそばの劇場では、「We will rock you」をやっていた。
ロンドンはミュージカルの街でもあった。
いたるところに劇場があり、毎日いろんな演目が上演されている。
大英博物館への道を尋ねると、やけに陽気な係員は陽気に道を教えてくれた。
雨の中を教えてもらったように進む。
が、それらしい建物は見あたらない。
左に曲がるのだと思っていると、母が「右じゃないの。」と言った。
そうかなぁ。と思いつつも右に折れてずんずん行くと、
やがて、博物館らしき建物が。
大英博物館の裏口だった。
さすが、毎日NHKのラジオ英会話を聴いているだけある。
母のリスニング能力のおかげで、救われた。
びしょ濡れになる寸でのところで館内に入ることができた。
道を尋ねても聞き取れなければ意味がない。
大英博物館は思っていたよりも、狭かった。
ポリネシアや南米の奇妙な仮面の祭り衣装が展示されている中に、
モアイがあった。。。。
のはいいのだが。
その前に、なぜか巨大な男の横顔が寝そべっていた。
モアイと何の関係があるのだろうか。
明らかにまわりの雰囲気から浮いたその巨顔の謎はついに分からなかった。
一番人気のコーナーはエジプトコーナー。
本物のロゼッタストーンのまわりには、人だかりが出来ていた。
でも、やっぱりカイロの博物館の方がいい。
ボソッと呟く。
以外に小さかったルイス島のチェス駒を見終わった後、
「トイレに行きたい。」と母は1人で、トイレに向かってしまった。
1階で待っているというので、じゃあ後でと別れたのだが、
トイレの前に行っても母の姿はない。
ヤバイ、はぐれてしまった。
この広い館内で再び会うことが出来るのだろうか。
探し回っても全然見つからず、
ひょっとしたら元の場所に戻っているのかと再び階段を上がるも、いない。
このままではデパートの迷子放送のように、
館内放送で呼びかけてもらわなければならないかもしれない。
英語でなんて言えばいいだろうか?
そもそもそんなマヌケなお願いに応じてくれるのだろうか?
頭の中をグルグルまわりはじめた頃、母がひょっこり現れた。
どこ行ってたの?
聞くと、「1人で見て周ってきた。」
。。。。。なるほど。
心配して損した。
まぁ、とにかく合流できて良かった。
博物館を出る頃には、雨は上がっていた。(yo)
出る頃には雨はあがっていたと思ったら、
帰りに寄ったコヴェントガーデンで大道芸人を眺めていると再びガーガーと降り出した。
そしてまた、あがった
チップをあげるとチリリンと動く自転車マンは大人気。in コヴェントガーデン
胴長の透明人間。路上のパフォーマーたちは突然の雨に対応できるのだろうか。
銅像のマネをしている人は雨で体のペンキ?が流されないのだろうか。そんなことを思う
ピカデリーサーカスの映画館の前ではマダガスカル2の試写会が行われていた
地下鉄の謎 ウエストミンスターとテートモダン
イギリスでは、多くのミュージアムの入場料が無料なのは、有名な話。
これは行かねばもったいない。
と、本日からはミュージアムめぐりをすることに。
ロンドンの地下鉄は4ポンドもする。
ポンド安の今でこそ、530円位だが、
1ポンド200円だったときはなんと800円!
1駅乗るだけでもこの値段なので、たまらない。
いや、たとえ530円だとしても、
地下鉄に乗ること自体がそもそもバカらしい。
そんな高い地下鉄、乗ってられるか!
でも、歩いて観光するにはロンドンはあまりにも広すぎる。
そこで、登場するのが5.3ポンドのワンデートラベルカード。
初乗り運賃にわずか1ポンドちょっと上乗せするだけで、
地下鉄もバスも一日中乗り放題になってしまう。
たった1ポンドちょっとで。
もうこれなら、誰も1回券を買う人はいないのではないか。
2回乗ったら元がとれてしまうのだから。
シングルチケットを買う意味が分からない。
まったくもって意味不明。
まずは、ウエストミンスター寺院へ。
建物の外もすごい装飾だが、内部もかなり豪華だった。
無料で借りられる日本語ガイドを聴きながらまわると、
結構な時間がかかった。
ウエストミンスター寺院。ここには歴代のイギリス国王の墓が並んでいる。
中でもやっぱり、エリザベス1世の墓は印象深かった。ダヴィンチ・コードに出てきたニュートンの墓もしっかり探した。
映画で観るのと実際観るのとは印象が違う。ニュートンはダーウィンと対になっていた。入場料10ポンドの価値は十分!
ウエストミンスター寺院前広場にはチャーチルさんが
昼食はヌードルバー「AJI」で。ラーメンは具やスープをチョイス可能。
店内の大型テレビではアニメが流れていた
地下鉄の最寄駅からずいぶん歩かされたテートモダン
テートモダンの1階には、見覚えのある巨大なクモがいた。
六本木ヒルズのクモ?
でも、六本木ヒルズのものよりもずっと大きい。
奥にはねずみのような生き物の巨大な骨格もあった。
その前にずらりと無数の鉄製二段ベッドが並べられている。
巨大クモと謎の2段ベッド群
TH.2058というドミニク・ゴンザレス=フォスターさんの作品らしい。
将来やってくるかもしれない人類のシェルター生活を想起させるような空間が拡がっており、
訪れる人々の注目を集めていた。
特別展は有料なので、常設展だけを見て周る。
それでも結構な数の展示品があるので、疲れた。
作品の前で子供たちがスケッチしたりしているのを見ると、ちょっとうらやましい。
日本だと美術館なんてちょっと格調高い。と身構えてしまうが、
気軽に作品にふれることが出来るのは本当に良いと思う。
これも無料であるが故だろうか。
多くの展示品にくたびれながら、帰りには、
母がぜひ見てみたいと言った、ミレニアムブリッジの上を歩いた。
テートモダンのすぐ前から対岸に伸びているこの橋は、
はじめの設計だと、人が通るたびに橋が揺れて恐ろしいことになっていたらしい。
モダンな橋の上では、人々が記念撮影をしている。
造り直された橋は、多くの人を乗せてもビクともしなかった。
橋の上からみる夜のロンドンは美しく輝いていた。(yo)
近未来の雰囲気漂うミレニアムブリッジ
これは行かねばもったいない。
と、本日からはミュージアムめぐりをすることに。
ロンドンの地下鉄は4ポンドもする。
ポンド安の今でこそ、530円位だが、
1ポンド200円だったときはなんと800円!
1駅乗るだけでもこの値段なので、たまらない。
いや、たとえ530円だとしても、
地下鉄に乗ること自体がそもそもバカらしい。
そんな高い地下鉄、乗ってられるか!
でも、歩いて観光するにはロンドンはあまりにも広すぎる。
そこで、登場するのが5.3ポンドのワンデートラベルカード。
初乗り運賃にわずか1ポンドちょっと上乗せするだけで、
地下鉄もバスも一日中乗り放題になってしまう。
たった1ポンドちょっとで。
もうこれなら、誰も1回券を買う人はいないのではないか。
2回乗ったら元がとれてしまうのだから。
シングルチケットを買う意味が分からない。
まったくもって意味不明。
まずは、ウエストミンスター寺院へ。
建物の外もすごい装飾だが、内部もかなり豪華だった。
無料で借りられる日本語ガイドを聴きながらまわると、
結構な時間がかかった。
ウエストミンスター寺院。ここには歴代のイギリス国王の墓が並んでいる。
中でもやっぱり、エリザベス1世の墓は印象深かった。ダヴィンチ・コードに出てきたニュートンの墓もしっかり探した。
映画で観るのと実際観るのとは印象が違う。ニュートンはダーウィンと対になっていた。入場料10ポンドの価値は十分!
ウエストミンスター寺院前広場にはチャーチルさんが
昼食はヌードルバー「AJI」で。ラーメンは具やスープをチョイス可能。
店内の大型テレビではアニメが流れていた
地下鉄の最寄駅からずいぶん歩かされたテートモダン
テートモダンの1階には、見覚えのある巨大なクモがいた。
六本木ヒルズのクモ?
でも、六本木ヒルズのものよりもずっと大きい。
奥にはねずみのような生き物の巨大な骨格もあった。
その前にずらりと無数の鉄製二段ベッドが並べられている。
巨大クモと謎の2段ベッド群
TH.2058というドミニク・ゴンザレス=フォスターさんの作品らしい。
将来やってくるかもしれない人類のシェルター生活を想起させるような空間が拡がっており、
訪れる人々の注目を集めていた。
特別展は有料なので、常設展だけを見て周る。
それでも結構な数の展示品があるので、疲れた。
作品の前で子供たちがスケッチしたりしているのを見ると、ちょっとうらやましい。
日本だと美術館なんてちょっと格調高い。と身構えてしまうが、
気軽に作品にふれることが出来るのは本当に良いと思う。
これも無料であるが故だろうか。
多くの展示品にくたびれながら、帰りには、
母がぜひ見てみたいと言った、ミレニアムブリッジの上を歩いた。
テートモダンのすぐ前から対岸に伸びているこの橋は、
はじめの設計だと、人が通るたびに橋が揺れて恐ろしいことになっていたらしい。
モダンな橋の上では、人々が記念撮影をしている。
造り直された橋は、多くの人を乗せてもビクともしなかった。
橋の上からみる夜のロンドンは美しく輝いていた。(yo)
近未来の雰囲気漂うミレニアムブリッジ
ホテルとチェルブラ
一週間に及ぶドライブ旅行も無事終了し、
再びロンドンに戻ってきた。
グレープバインホテルは出発前にも泊まっていたのだが、
やっぱり便利で、交通の便も良いため、
またもや泊まることにしたのだった。
しかし、帰ってきてまた同じような部屋に泊まれるものだと、
期待していた私たちには思わぬ落とし穴が待っていた。。。
チェックインを済ませて、指示された番号の部屋へ向かう。
が。
階段を上がって、3階の部屋の扉を開けた瞬間。
一同唖然とした。
狭い部屋の中にはベッドが3つ川の字に並べられており、
ほとんどのスペースをとっている。
壁ギリギリまでベッドなので、動くスペースが、ない。
荷物を置くと扉を開けるのも一苦労といった状態だった。
おまけに以前の部屋にはすぐ隣に共同のトイレとシャワーがあったが、
階段を降りるか上るかという一手間をかけなければ、
行くことが出来なくなってしまった。
これで同じ料金とは。
すぐさまレセプションに駆け込んで、
「前に泊まっていた部屋に替わりたい」と打診してみた。
そんなに混雑しているわけではないので、
ひょっとしたら空いているだろう。
スタッフのおじさんは「なぜだ?」と不審がっていたが、
案の定、空いていたようで私たちは部屋を替わることができた。
再び、3階から荷物を地下へ運び込まなければならなかったが、
30号室はベッドの配置にゆとりがあり、やっぱり居心地が良いのだった。
めでたしめでたし。
ということで、今日はチェルシー地区に行ってみた。
ここは様々なアーティストや文化人が住んでいたのだという。
歩いているとたまたまオスカーワイルドの住んでいたアパートの前を通りがかった
このほかにもいろんな人の名前がいろんなアパートに書いてあった
パンクの発祥地でもあるらしい。
パンクファッション発祥のワールズエンドという店もあるらしく、
パンクに興味があった私は、どこにあるのだろうと探してみたのだが、
結局、ワールズエンドという古本屋しか見つけることができなかった。
「ここがワールズエンドか。」と感慨に耽っていたが、
ヴィヴィアン・ウエストウッドのワールズエンドはもっと外れの方にあるらしい。
確かに、洋服屋から古本屋なんて、随分思い切った転職だなと思っていたんだよなぁ。。。
通りにはモヒカンのお兄さんがわんさか歩いているのかと思いきや、
それはもう昔の話。
チェルシーのキングスロードはオシャレな雰囲気で満ち溢れていた。
東京の銀座のようなものだろうか。
銀ブラならぬチェルブラをして、ロンドン気分を味わったのだった。(yo)
小腹が空いたので、ふらっと入ったのは「Le Pain Quotidien」というお店。
すごく賑わっていると思ったらオーガニック系のお店だった。店内は明るく、そこにいるだけで健康的な気分に。
メニューも自然の恵み系。素材の味が際立っておいしい。基本はパン
各種ケーキも味わえる。このラズベリータルトのクリームは絶品。ほどよい固さがクセになる
チェルシーにはアンティークショップも多い
チェルシーシネマ。書体がグッド
オシャレ通りには無印良品もあった。値段は日本より高めだったけど
再びロンドンに戻ってきた。
グレープバインホテルは出発前にも泊まっていたのだが、
やっぱり便利で、交通の便も良いため、
またもや泊まることにしたのだった。
しかし、帰ってきてまた同じような部屋に泊まれるものだと、
期待していた私たちには思わぬ落とし穴が待っていた。。。
チェックインを済ませて、指示された番号の部屋へ向かう。
が。
階段を上がって、3階の部屋の扉を開けた瞬間。
一同唖然とした。
狭い部屋の中にはベッドが3つ川の字に並べられており、
ほとんどのスペースをとっている。
壁ギリギリまでベッドなので、動くスペースが、ない。
荷物を置くと扉を開けるのも一苦労といった状態だった。
おまけに以前の部屋にはすぐ隣に共同のトイレとシャワーがあったが、
階段を降りるか上るかという一手間をかけなければ、
行くことが出来なくなってしまった。
これで同じ料金とは。
すぐさまレセプションに駆け込んで、
「前に泊まっていた部屋に替わりたい」と打診してみた。
そんなに混雑しているわけではないので、
ひょっとしたら空いているだろう。
スタッフのおじさんは「なぜだ?」と不審がっていたが、
案の定、空いていたようで私たちは部屋を替わることができた。
再び、3階から荷物を地下へ運び込まなければならなかったが、
30号室はベッドの配置にゆとりがあり、やっぱり居心地が良いのだった。
めでたしめでたし。
ということで、今日はチェルシー地区に行ってみた。
ここは様々なアーティストや文化人が住んでいたのだという。
歩いているとたまたまオスカーワイルドの住んでいたアパートの前を通りがかった
このほかにもいろんな人の名前がいろんなアパートに書いてあった
パンクの発祥地でもあるらしい。
パンクファッション発祥のワールズエンドという店もあるらしく、
パンクに興味があった私は、どこにあるのだろうと探してみたのだが、
結局、ワールズエンドという古本屋しか見つけることができなかった。
「ここがワールズエンドか。」と感慨に耽っていたが、
ヴィヴィアン・ウエストウッドのワールズエンドはもっと外れの方にあるらしい。
確かに、洋服屋から古本屋なんて、随分思い切った転職だなと思っていたんだよなぁ。。。
通りにはモヒカンのお兄さんがわんさか歩いているのかと思いきや、
それはもう昔の話。
チェルシーのキングスロードはオシャレな雰囲気で満ち溢れていた。
東京の銀座のようなものだろうか。
銀ブラならぬチェルブラをして、ロンドン気分を味わったのだった。(yo)
小腹が空いたので、ふらっと入ったのは「Le Pain Quotidien」というお店。
すごく賑わっていると思ったらオーガニック系のお店だった。店内は明るく、そこにいるだけで健康的な気分に。
メニューも自然の恵み系。素材の味が際立っておいしい。基本はパン
各種ケーキも味わえる。このラズベリータルトのクリームは絶品。ほどよい固さがクセになる
チェルシーにはアンティークショップも多い
チェルシーシネマ。書体がグッド
オシャレ通りには無印良品もあった。値段は日本より高めだったけど
ドライブ終了。お疲れ様でした
5日間はアッという間だったなぁ
5日間滞在したファームハウスともお別れの日がやってきた。
のんびり、ゆっくり。のはずが、
フタを開けてみると結構いろんなところに行ったものだ。
母も行きたいところに全部行けたと満足してくれた。
ロンドンで借りたレンタカーはバーミンガムで返すことにしていた。
バーミンガムへはなかなか距離があり、
しかも市内のレンタカーオフィスへの道は複雑で、わかりづらかった。
google mapであらかじめルートを調べていたから良かったものの、
そうでなければ市内でグルグル右往左往していたに違いない。
そうなると、またユリにストレスをかけることになる。
まったくgoogleさまさまだ。
迷うことなくスムーズにレンタカーオフィスまでたどり着くことが出来た。
はじめはピカピカだったGM号も、返す頃にはすっかりドロまみれ
バーミンガムの事務所の職員はなぜかテンパッていた。
ろくに愛想もない。
ふと、空港で入国時に「どこへ行くのか?」との質問に、
ロンドン、コッツウォルズと並んで、バーミンガムと答えたことを思い出す。
「あんなとこ、なんで行くの?」
理解不能といった態度をとられた意味が分かった気がする。
この街はあまりにも都会的で、事務的で、
観光とはかけ離れた場所なのかもしれない。
とは言ってもこの会社。
手続きが完了すると、駅までは車で送ってくれるという。
なかなか親切なレンタカー会社だった。
ロンドンまで、2時間あまりの列車に乗り、
また元のグレープバインホテルへ向かう。
5日間お疲れ様でした。
ユリは部屋に着くなりそのまま眠りについた。(yo)
ロンドン行きの列車は思いのほか混んでいた
イギリス一のバイブリー イギリスドライブ旅行7日目
バイブリーはアートアンドクラフツ運動、近代デザインの父として有名な、
かのウイリアム・モリスがイギリス一美しいと絶賛した村。
昨日のご機嫌ななめも、
一晩たてば晴れたようで、ユリも快調に車を飛ばす。
今日も朝からいい天気だ。
窓から差す朝日
今までで最高の青空
母は朝食の時、ラブリーを連発するかわいらしいおばあちゃんに、
「なぜなら今日は、私の誕生日だから」と
晴れた理由を説明するのだった。
バイブリーはさすがにコッツウォルズでも外せないスポットなのか、
今まで行ったところでは、
一度もお目にかからなかった日本人観光客の姿を見かけた。
バイブリーの家並み
川に棲む水鳥たちはのびのびとしており、なんとものどかな雰囲気で満ちていた。
川では水鳥がスイスイ
餌をあげてみるとみんな寄ってきた
マス釣りも名物のようで、付近では養殖場があった。
今までまわった中で、ナンバー1のズィス イズ コッツウォルズ。
さすがモリスが絶賛した場所だった。
羊たちが草をはむ
まだまだ晴れているので、帰りにボートン・オン・ザ・ウォーターへ寄った。
やっぱり空が晴れていると景色の印象も随分違う。
晴れの日のボートン・オン・ザ・ウォーター
前に来たときには休みだったポッタリーに行くと、
陶芸好きのユリの目が光った。
陶芸家夫婦がほそぼそとやっている素敵な店だった。
どこか和風な作品が魅力のポッタリー
今日はせっかくの母の誕生日。
夕食は近くのベル・インというホテル兼パブで豪華に。
出された料理はどれもおいしく、ブライトンに引き続き、
イギリスの料理はまずいという噂はなんだったのだと思わせるものばかりだった。
ローカルビールで乾杯。(1人だけ)
リゾット
自家製?ソーセージ
ステーキも柔らかくておいしい
絶品料理に舌鼓を打ち、三人とも大満足。
部屋に戻ると、ユリの発案で、こっそり買っておいたプレゼントに二人の手紙を添えて渡した。
今まで一度も母に手紙など書いたことなかったが、奥さんの影響はすごい。
おかげで母も随分喜んでくれた。
いつの間にか母は還暦を迎えていたのだった。(yo)
かのウイリアム・モリスがイギリス一美しいと絶賛した村。
昨日のご機嫌ななめも、
一晩たてば晴れたようで、ユリも快調に車を飛ばす。
今日も朝からいい天気だ。
窓から差す朝日
今までで最高の青空
母は朝食の時、ラブリーを連発するかわいらしいおばあちゃんに、
「なぜなら今日は、私の誕生日だから」と
晴れた理由を説明するのだった。
バイブリーはさすがにコッツウォルズでも外せないスポットなのか、
今まで行ったところでは、
一度もお目にかからなかった日本人観光客の姿を見かけた。
バイブリーの家並み
川に棲む水鳥たちはのびのびとしており、なんとものどかな雰囲気で満ちていた。
川では水鳥がスイスイ
餌をあげてみるとみんな寄ってきた
マス釣りも名物のようで、付近では養殖場があった。
今までまわった中で、ナンバー1のズィス イズ コッツウォルズ。
さすがモリスが絶賛した場所だった。
羊たちが草をはむ
まだまだ晴れているので、帰りにボートン・オン・ザ・ウォーターへ寄った。
やっぱり空が晴れていると景色の印象も随分違う。
晴れの日のボートン・オン・ザ・ウォーター
前に来たときには休みだったポッタリーに行くと、
陶芸好きのユリの目が光った。
陶芸家夫婦がほそぼそとやっている素敵な店だった。
どこか和風な作品が魅力のポッタリー
今日はせっかくの母の誕生日。
夕食は近くのベル・インというホテル兼パブで豪華に。
出された料理はどれもおいしく、ブライトンに引き続き、
イギリスの料理はまずいという噂はなんだったのだと思わせるものばかりだった。
ローカルビールで乾杯。(1人だけ)
リゾット
自家製?ソーセージ
ステーキも柔らかくておいしい
絶品料理に舌鼓を打ち、三人とも大満足。
部屋に戻ると、ユリの発案で、こっそり買っておいたプレゼントに二人の手紙を添えて渡した。
今まで一度も母に手紙など書いたことなかったが、奥さんの影響はすごい。
おかげで母も随分喜んでくれた。
いつの間にか母は還暦を迎えていたのだった。(yo)