僕は、お酒を飲まない方である。お酒の付き合いに対して、かなり厳しい、偏った見方をしてはいると思う。お酒が好きな人は、また僕の知らない素敵な見方をしていると思うし、それは素晴らしいとは思う。なので、お酒が好きな方はこの項は飛ばして頂ければ、と思う。
例えば、目の前に知っている人がいる。この人とコーヒー飲みに30分行けるかとなると、10人中9人以上の相手は、なかなか厳しい、話題が持たないと思う。しかし、お酒が入れば2時間ぐらいなら、なんとか場が持つと思う。
このように、お酒は魔法だと思う。人間関係の潤滑油と呼ばれるのもこのためだと思う。誰とでも行ける。心のガードを崩してくれる。
しかしながら、結局は誰とでも行けるのである。本当に誰とでも。なので、これを逆説的に言えば、お酒が入らないと続かない人間関係自体に多くの意味はないと思う。すぐに代替可能だからだ。
これはどちらかというと仲間だと言える。酒飲む時だけ自由時間に関わる人。シラフの時は、仕事場など強制的に一緒にいる場面のみとなる。自由時間に酒なしだと、なんとなく気まずい感じとなる。
現実世界はどちらにあるかというと、多分酒が入っていない状態が現実となる。現実世界の自由時間に関われない人という事もできる。
本来、友人関係とは、ある程度の自然体、自分の素の姿を受け入れてくれる相手と築くものである。先に、お酒はガードを低くする、と書いたが、お酒がないとガードが低くならない、というのは、その時点で、友人関係と言えなそう。
そして、お酒の席は、側から見ると、とても盛り上がっているようには見えるが、実はそうではない。お酒が入ると声が大きくなり、そのように見える。居酒屋など特にうるさいから、そうせざるを得ない。
しかし、お互いの話をよく聞いていず、ただ言いっぱなし、相手が自分のことを聞いていないことを気づいていないことから来る、見せかけの盛り上がりのことも多い。
この見た目と実態のギャップは、大学生のサークルなどの集団のようなものである。見た目は、男女数名グループがワイワイやって楽しそうに見える。しかし、実際本人たちは、合わせて笑ったり、聞いてるふりして別のこと考えていたり、早く帰りたいなあと思っていたりするのだ。
大学生になったら、あんな風にサークルで楽しんで、とかいう話を聞くと、ああ、あれって見た目ほどそう楽しくないんだよね、という答えをついしてしまう。
飲みの席もそんな感じだ。盛り上がっているようで、ただ自分が大声で話して、相手のことを聞いていないだけのことも多いのである。
大人になったら、友人ができにくくなる一因としてすぐに人間関係にお酒を入れてしまう、というのもあるのではないか、と思う。アルコール中毒でもないのに、酒場へ直行という思想はどうなのか、と思う。
アルコールを入れることによって、育てたい人間関係も、無理やり酒でガードを外したことにより、一般以上に関係が育たなくなる、というのがあるんじゃないか、と思う。
お酒がなくてもいい出来上がった関係なら、多少のお酒をたまに入れるのはいいと思う。それに育てる気のない人間関係も酒を入れてしまえ。どうせ、みんな同じだ。
でも、育てたい人間関係なら、なるべくお酒は入れない方がいいと思う。そうしたら、とても貴重な人間関係になっていきそうだと思う。
なぜなら、そうそう酒なしで会える人など、お酒の飲めない僕にでも現れないのだから。