タメ口だと相手との距離が縮まるというか、敬語を使うと相手との距離を遠ざける効果?がある、という話がある。30年前ぐらいからこの話はあった。
多分、英語と日本語の比較からもきているにだろうかとも思う。英語にはあまり尊敬語がなくてフランク、日本語には、尊敬語や謙譲語があって少々堅苦しい。だから相手と打ち解けるまでに時間がかかる。
僕も若い頃は多少は同意する点もあり、では親しくなりたい相手となるべく敬語を使わないようにしよう、相手が年下であっても、なるべく敬語を使わないようにしようと思ってはいたのであるが、一つも経験から、それはケースバイケースで、一概に当てはめてはいけない、ということを思った。
その話は、学生時代の東海道新幹線での車内販売のアルバイトの時のことである。今はほとんどなくなってしまったけれど、コーヒーやお弁当を売って歩くやつだ。
このアルバイト、旅行気分で素晴らしかった。その日は博多まで行って、宿舎に一泊して泊まる行程。バイト数人と泊まる。いつも違う人と組んで、たくさんバイトがいるから初めての人ともよく組む。宿舎は二段ベットで同じ部屋で寝る。
その日は3人と組んだ。自分は18歳だったから、ほとんどの場合で一番年下だった。一人は2歳上、もう一人は3歳上。一番上の人が
「自分は気を遣われるのが嫌いで、みんな同じ、平等だから、敬語を使うのやめにしない?敬語使ったら罰金ね」と言い始めた。
僕もある程度は同意していた「敬語は人の距離を遠ざける」という話を言っているのだと思う。僕は内心、え?と思ったけれど、1番の年下だったのでやむなく同意した。
結果はどうだったか、というとより距離が遠くなり、話しづらくなった。何話しても、あ、タメ語にしなきゃと思い「〇〇だよね」と無理やりそこで話を止める。そのうち、面倒くさくなって話す回数を減らす、という方法に切り替えた。
敬語で話せばもっと自然に話ができたのに、そんなことに囚われて、大変窮屈になった。とっても疲れてしまった。それに、そのタメ口強制の影響を受けるのは、3人の中で一番年下の僕である。勘弁してほしいものだ。
その人と組んだのはこの一回きり。2度と会うことはなかった。
確かに、距離を置きたい人とは敬語を使う事はままある。でも、今の自分は誰に、誰から敬語を使われているのか、あまり意識はしていない。それはその人にどういう呼び名で呼んでいるか、さん付け、呼び捨て、などなどと同じく意識にも上ってこない。
ではどういう区別があってこの人と敬語なのか、そうでないのか、というとその人のまとう雰囲気を自分が何がしかで判断して、これが一番自分にとって快適で、自然体に近くなるという文字を無意識に選んで使ってるんだと思う。
より自然体だと、相手との距離が縮まっていく。
敬語を使うと距離が縮まらないと言って、無理やりタメ口を使うと、もうその時点で自然体から離れてしまう。より距離が大きくなる。
ただ、このバイトの経験がなければ、いまだに、敬語は、、、の呪いにかかっていたかもしれない。それを体で張って教えてくれた彼には感謝である。