親友とパートナー、かなり似通った性格があるとは思う。一緒にいて楽、楽しい、お互いのことをよく知っている、などであるができるまでの時間が相当差がある。
パートナーが欲しいと思ったら、大人でも3ヶ月でできる例は少なくない。それなのに、親友が欲しいと思っても、できる可能性はかなり低いし、出来るとしても数年の大事業である。これはなぜなのだろうか?
まず一つ目は、パートナーの場合は宣言をしてから関係を作り始めることができることか。合うかどうかわからないけど、付き合いましょうと、どちらかが宣言をし、片方が受け入れて関係を作り始める。
これが、親友の場合は取れない。ある程度、その人の親友候補になるまで数ヶ月から数年かかり、さらにそこから実際の親友になるまで数年である。宣言をしないから、急に距離を詰める事もできず、手探りでの判断となるから、時間がかかるのか。
そして、セックスがあるかないかである。セックスがあると急にお互いの距離を縮める効果がある。これによって、関係の近さで何年もの時間を飛び越えることができる。
セックスをすれば、していない相手の欠点なども目をつぶりやすくなるかも。その代わり、セックスに飽きれば、セックスレスになれば、その欠点がより大きく見えてしまうかもしれない。親友の場合は、そんなセックスによる優先権で、関係を結んでいるわけはない。良いも悪いも含んだ相手である。ちょっとやそっとでは壊れない。
異性の親友と、セックスをして、パートナーとならない場合、親友から転落して、セックスフレンドになってしまうのではないか、と思う。セックスフレンドは、フレンドの意味はほとんどなくなる。セックスは諸刃の剣だと思う。
法的にパートナーは守られる、というのもある。大した関係になっていなくとも、法的に守られてしまえば、それを破るのは面倒臭い。それに一人しかパートナーになれない。それゆえに、短期間でパートナーとなることができる。責任も伴ってくる。
これに引き換え、親友には、法的拘束力は全くない。なので、親友となるには、真の何がしかの共有体験のようなものが必要である。この共有体験を積むのに、大変な時間が必要である。責任もなく、完全な自由意志である。
そして、多くの人の場合、パートナーは作らなきゃいけないもの、であるのに対して、親友はなくてもいいものと捉えられている。本当は、両方なければいけないかもしれないし、両方なくてもいいかもしれない。ただ、そういう意識があるが故に、パートナーはすぐにできる。
セックス、法律、必要性、どれも無しで、唯一無二の関係を作るには、時間をかけた共有体験による人間性の判断しかないから、ものすごく時間がかかる。
当たり前だが、両方の性質が、全く違う。それが故にわずか数年でパートナー関係が破綻したり、何十年も続く親友関係ができたりしていく。いがみ合っていても夫婦関係というのが出てくる。
親友に、いがみ合ってもというのはない。関係を解消すればいいし、長期にわたって作ったものだから、破綻可能性も夫婦関係よりはかなり小さくなる。
一般的には、ロマンチックな関係が、プラトニックな関係の親友より関係的に上位に来る、という意識があるが、これも変な話で並列な関係、比較不可能ではある。
モテるけど、友達いない人がいるのも、両者は似ているけれども、モテるための行動と、友達になるための行動が全然違うというのがあるのかも。
アプリでパートナーを探すのはうまく行く場合もあるけれど、アプリで親友を探すのはほぼ不可能そうではある。これもそんな性質の違いがあるのだろうと思う。似ているけど違う両者である。