「ドイツ 歴史の旅」
坂井栄八郎著(朝日選書)。
高橋哲雄の「イギリス 歴史の旅」が秀逸だったの、同じシリーズを一気に古本で購入(他にフランス・イタリアも買った)。期待に違わぬ良書で、あの頃の出版業界はいい本出していたんだなぁ(昨今の腐りきった業界とは別天地で)、とその意味でも感慨深い。
著者は東大でドイツ史を研究していた人(多分教養学部でドイツ語を教えるのが本業)だけど、権威臭がなく、むしろ繊細で感受性の鋭い方、という印象。出版は1985年で、要するに統一前なので紹介される街もほとんどは西ドイツだが、1つ1つの街の歴史が生き生きと紹介されている上に、肩の力の入らない上品な筆致で、ものすごく好感度が高い。増補版を購入したので、巻末に同人誌に掲載したエッセイ(ドイツでの修行時代、という内容)が収録されているのだが、それがある意味、自分がドイツで感じたこと、自分自身に感じたこと、をそのまま文章化したようなもので、グッと心を掴まれた・・・。
「破滅者」
トーマス・ベルンハルト著。
本は「破滅者」「ヴィットゲンシュタインの甥」の2部からなる。「ヴィットゲンシュタインの甥」は小説だと思っていたら、エッセイだった。あの哲学者ルードヴィッヒ・ヴィットゲンシュタインの甥のパウル(左手のピアニストのパウルはルードヴィッヒの兄)と知己を得たベルンハルトが、パウルが亡くなった当時を思い出して書いたみたい。パウルは、まぁ大金持ちの道楽息子、とくくれるのかもしれないけど、多才で才能もある自由人って感じか。ウィーン国立歌劇場でプレミエを活かすも殺すも彼次第、ということもあったらしいし、本の記述を見ても、すごく繊細でクリーンな美的感覚を持った人みたい。エッセイに登場する通りや店がウィーン1区そのもの!というセレクトで、ウィーン好きにはたまらない側面もある(が、真っ当な日本人の方には、この本はおすすめしない)。ベルンハルトらしい筆致(後述)の中に惜別の気持ちが伝わってくる。
「破滅者」のほうは小説で、かなり「ヴィットゲンシュタインの甥」とのテイスト上のオーバーラップがある。ベルンハルトって人はカトリック嫌いでオーストリア嫌い(社会民主党嫌い?)で、要するに権威とか傲慢さとかに腸煮えくり返っちゃうタイプみたい。「ヴィットゲンシュタインの甥」でもそうだったが、話の途中でどんどんと、そういう社会への毒舌(をもう通り越して、強烈な批判)が炸裂する。批判的精神あふれた人には楽しいけど、そういう意味で真っ当な日本人の方にはおすすめしない。
「破滅者」はすごく特異な小説で、冒頭に短い単文による段落が3つあって、その先最後まで一切改行がない(日本語訳には便宜上訳者が段落を導入)。その最初の段落3つが「ゴルトベルク変奏曲」のモチーフになっていて(実際グールドのゴルトベルク変奏曲がいきなり最初に出てくる)、全編がそのモチーフを底流した展開になって構成されている。主人公の回想がすべてなんだけど、「変奏曲」らしく、しつこく何度も繰り返されるモチーフがあって、だんだんの友人の自殺の背景とかその友人の人物像が(合間合間に挿入される主人公=ベルンハルトの強烈な社会批判を交えて)明らかになってくる。最後は自殺した友人の部屋のレコードプレーヤーに乗っていたグールドの「ゴルトベルク変奏曲」のレコードに針を落とすシーンで終わる。構成もまたゴルトベルク変奏曲のスタイルを踏襲していて、なかなかに読み応えがある(そういうのが好きな人は)。
これは名勝負なのか?
スポーツ放送が全部ないので、NHKで昔の名勝負のアーカイブからいろいろ紹介してくれる。先日は「広陵ー佐賀北」の2007年夏決勝が放送された。この試合は生でテレビ観戦していて、後味悪かった。みんな知ってる8回裏のストライクボール判定。もう一度確認したくて、放送を録画までしてみてみた。
少し(だいぶん?)冷静になってみてみたので、もちろん8回裏1死満塁スコアは1-4というところで1-1から甲子園のあそこまで運べる副島君が偉い(これは当時も同じで、打った子は偉い、という印象だったが)し、ゲームを壊さずなんとか0-4(ホームランで追いつける最大点差)で8回までついていった佐賀北が偉い、ということも確認。
でもやっぱり桂主審のあの判定はだめだね。1死1,2塁で3球目だかで内閣低めギリギリのところをボールと判定していて、これはまぁ非常に際どいので仕方ないとしても満塁になって0-1からの2球目と1-3からの5球目はストライクでしょ。それまでのあそこはストライクだったし。100歩譲って2球目はボールにしても5球目はコースも高さも完璧で(2球目よりも内側だった)、あれをボールと言われたら投げるところないよ。2球目がストライクならカウント1-1で、統計的にフォアボールになる確率は0-2より劇的に低いし凡打する可能性も残ったまま。5球目がストライクなら2-3で今度はバッターが硬くなる場面で冷静にフォアボール選べたか微妙(すべてセイバーメトリクスに基づく)。まぁ主審の弁護をするならば、せっかく公立旋風で決勝まできて4-0で手も足も出ないまま終わるのも可愛そうだから1点くらいあげようか(野村の調子じゃ同点なんてなりっこないから)、ということだったんだろうし、まさかあそこで逆転満塁ホームランが出るとは思っていなかったんだろうけど。まぁあと、自分は巷(ネット)で一部言われている高野連が特待生問題で揺れてたからなんとか公立に優勝させたかった、という陰謀論に与するものでもないけど。一方、巷では、誤審はあるんだから、とか、ボールと言ったらボールだ、とかあるみたいだが、最初から基準がそこなら(外角低めは最初から厳しい、とか)いいけど、それまでストライクだったところがいきなりあの局面でボールになるのはだめ。誤審というには程度が低すぎる。ということで、全然あの試合は劇的でも美談でもなくて、ただひたすら後味が悪い黒歴史、だなぁ。
これがあったので野村と小林にはプロでどんどん活躍してほしくて個人的に応援してるし、中井監督も応援してる。なんとか夏、一回でいいから広陵に優勝してほしい。あの後、中村奨成で準優勝したけど、佐賀北戦が広陵が一番夏優勝に接近した一戦だったんだから。
「イギリス 歴史の旅」
「スコットランド 歴史を歩く」の高橋哲雄著。
スコットランド・・、がなかなかの名作で、スコットランドの歴史が見通しよく理解できたので、同じ著者のイギリス版を中古で購入。最近中古で購入することが多いが、本がすぐに絶版になってしまうのと、古書店が減っていくののダブル効果で、タイミングを逃すと永遠に読みたい本を見失うことになりそうなのが原因。中古でも結構高い(もちろん原価以上のことも多い)んだが、見失うリスクを考えたら買わざるを得ない。
それはともかく、本の帯に「アームチェアートラベラーのために」ってあるんだけど、豈図らんや、全然一般向けじゃない。多分、帯を見て購入した人は「騙された!」って思うはず。なにせ、湖水地方・カントリーハウス・工業村(今の社宅みたいなもので出来た街)がテーマ。湖水地方、いいじゃないって思った人は甘い。風光明媚な土地の観光案内じゃなくて、ワーズワースを始めとする湖水地方出身の詩人・文豪の歴史の中での位置づけやナショナルトラスト運動などがメインです。ワーズワースってベートーヴェンと1歳違いなんだね、ナポレオ ンと同時代人(これはエロイカを想起すれば当たり前)なんだ、とかはともかく、ものすごく硬派な研究。カントリーハウスも建築様式の変遷と大英帝国史をうまくリンクさせた研究成果のまとめだし、工業村に至ってはもう一般向けですらない。よく研究調査してあって、そのつもりで読むと非常に面白いけど、最初に勘違いして読みだした人はだめかも。
読書
なんだか読書が進むなぁ。出歩かないのもいいもんだ。
そもそもいいタイミングで生協書籍部とアマゾンからまとめ買いしてあったので、読みたい本てんこ盛り状態で巣ごもりがスタートしたのがラッキーだった。
「大学教授のように小説を読む方法」
2つ前の「ローゼンクランツと・・」を観るきっかけを与えてくれた本。著者はミシガン大で英文学を教えている人で、天気とか旅とか季節とかが何をどういうふうに象徴していてどういう文化的背景があるか、シェークスピアと聖書とギリシャ悲劇がいかに重要か、など、わかりやすい例で教えてくれる。まぁかなり初学者向けの部分もあるので、そこは適当に飛ばして読んでも十分に楽しめる。
先生はどうやらトニー・モリソンとジェイムズ・ジョイスがお好きなようで、中でもモリソンは大のお気に入りの様子。参考文献(と参考映画)のリストは大変参考になる。まぁ英文学に限っているし、知らない(旧い)本もあるけど、近代以降の作品は予想(覚悟?)してたより読んでいた。まぁでもジョイスは難しいなぁ。ぜんぜんそんな象徴性なんてわかんなかったよ・・・。モリソン、読んでみようっと。
「心の旅 祈りの旅」
小塩節さんの本。もらったので読んでみたけど、随分と湿度の高い筆致に、昔好きで読んでいたときはどうだったっけ?とやや呆然と・・・。20年経つと、随分こちらの好みも変化するのかなぁ。今はもっと雄々しい文体のほうが好きだな。ヘタウマな絵はご愛嬌で、こちらは好感度大。
「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」
以前から名前を聴いたことがあるものの、観たことも読んだこともなかった。
今読んでいる本(読了したアップの予定。とてもいい!)で、「小説を読んでいて、やけに出来の良いセリフに出会ったら、ないしはそこだけ不思議な文体の文章に出会ったら、シェークスピアか聖書だ」というのがあり、やっぱりシェークスピアって本当にみんなに引用されているんだな、と実感し ている。で、いかにシェークスピアが影響を与えたか、という例がいくつも出て、もちろん「オテロ」「マクベス」「ファルスタッフ」なんかも出てくるんだけど、スピンオフ系の極限として、「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」(トム・ストッパード著)という戯曲がある、ということで、映画を検索するとネットに落ちてる・・・。早々に視聴。
これは本当に面白くて、ハムレットをもう一度読み直して、その上で観るともっといいんだろうね。本棚の全集でハムレットを抜き出して、ローゼンクランツとギルデンスターンのところをざっくり探して読んでから観たけど、本当にうまく本編とシンクロしてる。2人の匿名性と端役性をうまく極限まで膨張させて、皮肉でウィットに富んだ作品になっている。おすすめ。
行動経済学で見たスポーツ
タイトル(邦題)がダラダラ長いけど「オタクの行動経済学者 スポーツの裏側を読み解く」を読了。
ほとんど自宅待機状態なので、読書が進むなぁ。たくさん本買いだめしておいてよかった。で、この本、マイブームが続く行動経済学関連の本なんだが、昨秋に読んだ「ビッグデータベースボール」で紹介されていたので読んでみた。
分析は完全に確率と統計ベースのもので、ものすごく説得力ある。一番秀逸だったのは、なぜほとんどのスポーツでホームフィールドアドバンテージがあるのか、さらにサッカーが一番強くて(なにせ70%近い勝率に上がる場合もある)、野球が一番弱いのか(せいぜい54%)、さらに開催国間の差はほとんどないのか(どこの国でやってもサッカーのホームフィールドアドバンテージの比率は変わらない)、という分析。審判が原因なんだけど、審判はフェアには吹いているけど(つもりでも)、観客の数(とそれに伴う声援の大きさ)に比例して無意識のうちにホーム寄りに吹いてしまう、という結論。フィールドと観客が近いほどバイアスがかかり、無観客(!いかにも今日的)だとバイアスが消えるらしい。強調するけど、審判はホーム寄りに吹いているわけではない、というところがミソ。やはり観客の声援は重要ということ。ちなみに選手のプレーには全然影響しない(これも分析結果)、ということで、さすがに選手はプロだな。確かに、NFLのフィールドゴールトライのときに相手チームがタイムアウト取るけど全く影響ない、と河口さんが言っていたが、そのとおりだった。プロってすごい。
他にも、シカゴ・カブスがなぜ弱いままなのか(出版後にオーナーが本気になって優勝したけど)を、経済学的なインセンティブの側面から分析したり、「Team」の中に俺(I)はない(でも「Win」の中には俺があるby M. Jordan)とか、ディフェンスを制するものが試合を制する、というのは嘘とは言わないまでも正しくない、とか、面白い分析てんこ盛り。
スポーツ好きの方はぜひ。
「犬を愛した男」
レオナルド・パドゥーラ著。
ここ数年で最も読み応えのある本。700ページ近くの大部なのだが、1940年8月20日のトロツキー暗殺の日を結節点にして、暗殺者、トロツキー、そして暗殺者から往時の話を聞き失った作家スピリットに火がつくキューバ人(体制から圧力がかかって、自分らしさを失った人)の3人の物語がジワジワとクロスしていく描写が圧巻である。
3人に共通するのは、皆、体制から何らかの圧力・圧政・迫害をうけていること。暗殺者はゴリゴリのスターリニストか、というと全くそうではなくて(史実もまた)、洗脳され、騙され、最後に捨てられる、という意味ではまごうかたなく虐げられた人。トロツキーは虐げた経験のある虐げられた人、であって、その皮肉な人生を通して、生きる意味、理想を追求することの意味、アイヒマンにも通暁する平凡な悪の恐ろしさ、などがページが浮かび上がってくる。
読後感は必ずしも万人にいいわけではないが、文学的価値が極めて高い傑作、と高く評価。