KALEVALA社に行ってきたの巻
ヘルシンキに拠点を置く歴史あるジュエリーメーカーのKALEVALAとmarimekkoのコラボライン、 GARDEN がリリースされています。
このシリーズは昨年marimekkoからリリースされた花柄の企画、Field of flowers の企画を5つのジュエリーに展開したもの。
私がデザインした rantakukka もジュエリーとなって登場しています。
詳しくはこちらを
会期が残り僅かになってしまいましたが、東京と大阪でのPOP-UPは下記の日程です。是非!
東京:ニュウマン新宿 2F エレベーター横
4月28日~5月20日
月~土 11:00 ~ 20:30
日・祝日 11:00 ~ 20:00
大阪:ルクアイーレ 3F エレベーター横
5月1日~5月19日
10:30 ~ 20:30
で、今日はそのKALEVALA社に行ってきたお話。
ヘルシンキの中心地から車で30分くらいにあるKALEVALA本社へ知人のeさんと一緒に訪問
工房もここにあり、たくさんの職人さんたちがほぼ手作りでジュエリーを制作していました。
グリーンが沢山の、クリーンな工房
スタッフや職人さんたちが各々植物を世話したりしていて、長期休む時とかは自宅に持って帰って世話したりするそうです。
なんか自由だよね。良いなあー
「こういう職場で働きたい」と思わせるよね。モノづくり人にはたまりません。
これがGARDENシリーズ
私がデザインした柄を展開した rantakukka
スタッフの方も着けていました。超素敵!
この会社は1930年代に女性の独立支援を目的にスタートしたそうです。
最初は女性を称える銅像を建てるため(当時の銅像は男性ばかりだった。今もだけど)の資金集めのための活動としてアクセサリーを作ったそうです。
これが評判を呼び、成功を収めるのですが戦争の影響もあって銅像の計画は保留とし、ジュエリーで得た資金は子どもを持つ母親の休息の場を設立したり、児童養護施設や難民のための仮設住宅などを支援に使われたそうです。
これまでもCEOは常に女性で、女性によって設立された非営利組織であるカレワラ女性協会がKALEVALAのオーナーだそうで、今でも売り上げの30%を女性の独立支援や福利厚生にあてているそうです。
めちゃめちゃグッとくるフィロソフィーを持った会社でした。本当に素晴らしかった。
大志があるって凄いよね。長く続ける意味があるし、きっと支援も集まるんだよね。
自分の大志ってなんだろう?
こんなにたいそうなものではないけど。無いわけではないですが。
フワッとしてるな、、良いのかしらこんなんで
つづく
ヘルシンキ出張その2 クーシサーリでの撮影
ヘルシンキ2日目 生地の撮影
生地を持ち込んでフィンランドの風景を背景に撮影を行うという、ここ10年くらい続けている活動。
我々が展開しているオリジナルブランドの生地、OTTAIPNUの生地は何に使うものか、明確に決めているわけではないので、背景は用途をイメージさせるものではなく、生地の雰囲気をよく見せる物にしようと思ってずっと続けているスタイルです。
過去撮影した画像はこちらをぜひ。
本当は3日目か4日目を予定していたのですが、天気予報がその日は雨と言うことで急遽この日に変更。到着から連続で超ハードでした、、
今回、主なロケ地はクーシサーリという、海に少し突き出た小さな半島で、昔の住居とかが残された自然公園的な場所。
天気はおかげさまで良かったのですが、、撮影はものすごーく疲れたw。
カメラマンのHさん、手伝ってくれたKさん、ハードなスケジュールをこなしてくれて本当に感謝。
合計7カット。うひー
ラスト2カットは少しバリエーションを持たせたかったので、屋内でどこかいいところないか、ということで場所を移動。
タピオラにある教会に飛び込みで交渉したら、気の良いおじさんが「ちゃんと場所を撮影場所として明記してくれるなら良いよ」と言ってくれまして。
ただ色々なイベントを中でやっている時間帯だったので、外壁で1枚撮って(超強風)、屋内はわずか10分での撮影に。
いやー、Hさん、神技を本当にありがとう。
出来上がった画像はこちら。
VENUE : tapiolan seurakunta
VENUE : tapiolan seurakunta
いつまでこんなこと続けられるかしら、、、
ロケをする意味も、撮影する意味すら薄れてきたこの時代で。
動画とかはまだしも。
でも個人的にはスチール撮影が好きなんですよね、、、
つづく
ヘルシンキ出張その1 マリメッコへ
3月末に1年半ぶりにヘルシンキに行ってきました。
昨年は事務所の移転という一大イベントがあったので、ちょっといくのは無理だなーということもあって、久しぶりに。
いつものことなんだけど、滞在約1週間の間にいろいろなアポを取るというのはなかなか至難の業で、毎回どうにかこうにか上手くブッキングを詰め込むような感じなのですが
今回は割と直前に決めたというのもあって、あまり用事を詰め込まずにのんびりいこうと思っていたのですが、行く直前や現地に着いてから色々と奇跡のブッキングがハマり
慌しい出張となりました。
初日、早朝5時にヘルシンキ着(┯_┯)
そしてその日のうちに今回のメインイベントのマリメッコへ。本当は初日は避けたかったけど、、
いや、緊張するのですよ本当に。なんなら予定より1時間以上も早くに最寄りの駅には着いちゃいますよ。
そんでもって、最寄駅の古着屋に行って、マクドナルド行ってお茶飲んで、marimekkoのアウトレット行って時間潰して、それでようやく受付に行くのさ。
毎度のことだけどね。
入り口にマリメッコの生地でフラッグが3本。これは、、、
テンション爆上がりだなあ!反則。
映画の「7人の侍」で、戦の前にお侍さんが旗を作ってて、お主こんな時に何をやってんの?って聞かれた答えが確か
「旗は良い。気分が上がる」
っていうような内容で答えていたのを、その時思い出しました。旗はいいなあー
エントランスが自由に出入り出来なくなってたな。
食堂は解放されなくなったのか?
夕方遅くで閉まってたから?不確定な情報で申し訳ない。
でも受付の待合場所のディスプレイは美しく、、、反則その2。
こういうとこだよなあ、、、
そして怒涛のミーティング
その後、ホテルへ戻るのですがこの日の夕飯をどうしたのかよく覚えていない、、、
早朝に到着したということもあって、多分そのままベットにダイブって感じだったのかと。
ダラダラと、不定期に出張話を書いていこうと思います。
コロナ禍の iPhone SE
約6年ぶりにiphoneを変えました。
1年ほど前にメール受信が自動で出来なくなり、ここ最近はその日の調子(気分?)で、メール受信に5分くらいかかるようになってしまい、、
そのほかも挙動がおかしい時が多々起こるようになり、そろそろ限界かなあと思うようになって機種変となりました。
これまで使っていたのは物理ボタン&一つ目カメラのiphone SE。
周りからも「小中学生が使うやつじゃない?」と馬鹿にされ続けました。
思えば6年前、コロナ真っ只中で全国の人が自宅待機をしていた頃、使っていた携帯が突然壊れてしまって
当時の世の状況として携帯が使えないのはヤバすぎると思い、かろうじてオープンしていた渋谷のApple Store に予約をとって(当時は予約制だった)、修理or機種変をしに行ったのです。
誰もいない渋谷の街をこわごわと歩いてApple Storeに行きました。
通常では考えられないくらい閑散としたApple Store。社会情勢的にけっこう切迫した状況だったのをよく覚えています。
厳重マスク&メガネの定員さん。こんな状況でも出勤していてくれて有り難う!と感謝の気持ちでいっぱいになりました。本当に。
結局機種変をすることになり、その日のうちに持って帰れるのがその時たまたまこのSEしかなく、これになったのでした。
今思うと、あのパンデミックの時期って何だったのかなあと思ったりします。
もう過去の空白時期のようになってしまったけど、根本的には何か解決されたわけではないような、、
毎日誰もいない街を歩いて出勤して、誰もいない事務所でラジオを聞きながら仕事をしていた日々。ガラガラの飛行機で行った出張。初めての遠隔授業。中止を余儀なくされた展覧会。
思えばかなり特殊な時期を一緒に過ごした携帯でした。
小中高生iphoneと揶揄されながらもまあ、コンパクトで軽く、機能もシンプル。カメラ画像はしょぼいけど必要最小限な感じがなんだかんだ気に入って使っていました。
お疲れ様。色々本当に有り難う。
そして新しい17、物理ボタンが無いことに全然慣れない!![]()
DESIGN TIDE にて思う
2026年最初の更新になります。
相変わらずの気ままな更新で申し訳ない。
でも今年もこんな感じで、出来るだけ多く、他のsnsでは書きにくいことや(昔に比べたらここでも書きにくいことだらけだけど)少し突っ込んだことをここに書いていこうと思っているので、今年もどうか宜しくお願いいたします m(_ _)m
昨年末にDESIGN TIDE TOKYO 2025、Main Exhibitionに参加しました。
レセプションも含めると、まるっと3日半、休憩もろくに取らず、ずっとブースに立ち続けて対応をしました。
こういうのは本当に久しぶりにやったなあ。昔はよく展示会とかでそうやってたけど、最近そういうのサボってたな、と。
多分もう、50回以上は生地のコンセプトを説明した気がします。
ずーっとコンセプトを喋っていると何というか、結構綿密に組み立てたはずのコンセプトのアラが見えてきたり、指摘されたり、途中で伝え方を微調整したりするとかしていたら自分でもすごく納得できる内容になった面もあれば自分でも説明できないような点が噴出してきたり、何かすごく不思議な気持ちになりました。
最近取り組んでいる「両面プリント」は、作るのがとても手間がかかる反面、ペラペラの生地がすごく立体的に立ち上がっていくような感覚もあって、自分ではすごく興味を持って取り組んでいる反面、今回のデザインがもう「これ以上削ぎ落とせません」という感じまで来てしまったので
さて このあとどうしよう?(⊙ꇴ⊙)
という気持ちになったり、なんか小難しいコンセプトは考えずに自由に描いてみたくなったり、全然違うことをやってみたくなったり
目まぐるしく来客の対応をしながら、頭の裏側ではそんなことを考えていました。
デザインって何だろうね。 や、デザインは人を幸せにするものなのよ。
そんな単純な目的のために、テキスタイルの、その中でもとても狭義な色や柄という界隈の中で、こんなに頭を悩ませて苦労して何やってんのよ、とも思うけど
それが楽しいのは間違いないのだな。
本年も宜しくお願いいたします m(_ _)m
DESIGN TIDE 2025
今週末、12月12(金),13(土),14(日),に行われるデザインイベント DESIGN TIDE 2025 に参加します。
近年積極的に取り組んでいる両面プリント生地の新作が初お披露目となります。
無地でも成り立つのに色や柄を入れる意味はなんだろう? というのは私の永遠の問いですが
柄ってなんだろう、と考えるよりも先に「無地ってそもそも、何だろうか?」というあたりから今回のデザインはスタートしました。
世の中にあるものはほとんどこの「無地」ってやつなわけですが、そこから柄物になる瞬間ってなんだろう、と。
当然、何か線や点を描いたらそれが柄になるわけですが、それはちょっと違うかな、と思い
絵を描くような行為ではなく、「描く」ではない形で柄になる瞬間はなんだろうと考え
画面を分割するような行為はどうだろうか?そもそも画面を構成するって何の為だろうか?と考えて、
画面を分割してそれを両面に配置することで、無地から柄になる瞬間を生地に取り込もうと試みました。
ここ最近は空間へのインストールをイメージすることが多く、柄がどんどん大柄になっていき、形もミニマルになってきていましたが
今回は結構もう、行き着くとこまで来たような気がしています。
さすがにこれ以上は、、、それこそ無地になってしまいそう。
両面プリント、しかも耳に白場がないやり方は現場にかなり負担をかけていて
結構間違いが起こりがちということもあって、今回はがっつり立ち会いに行ってきました。
現場では次々と柄が生まれていくのを、ただただっずっと眺めているのです。
その、プリントテキスタイルが作られていく様子を眺めている時に
「良いのが出来たなあー」
としみじみ思い、昔々、初めてオリジナル生地のプリントに立ち会った時の感動を思い出したりして
なかなか胸アツな時間でした。
結局こういう瞬間に立ち会いたくて仕事をしているのよね。
来週の18,19,20,21に開催のマーケットにも参加予定ですので、こちらも是非。
私は18以外は会場にいる予定なので、ご来場いただいたら是非お声がけください。
DESIGN TIDE TOKYO
Main Exhibition
2025.12.12 (Fri) 〜 12.14 (Sun)
Market
2025.12.18 (Thu) 〜 12.21 (Sun)
10:00-19:00
入場料:
Week1
Class of 2025
入場無料
Week2, Week3
[通し券] ¥3,000(学生 ¥2,500)
Week2
Main Exhibition
[1日券] ¥2,000(学生 ¥1,500)
Week3
Market
[1日券] ¥1,500(学生 ¥1,000)
※学生割引は学生証提示の場合のみ ※中学生以下無料
会場:
朝方の写真撮影
FUJI TEXTILE WEEK に参加しています。
FUJI TEXTILE WEEK は2021年よりスタートした、テキスタイルと芸術が融合する国内唯一の布の芸術祭です。
テキスタイルに光を当て、アートやデザインを通じて、テキスタイルの新たな可能性を模索し発見するイベントです。
私は山梨中央銀行吉田支店の正面ファサードと店内を生地で装飾しています。
店内側は銀行の営業時間のみですが、外側は夜22:00までライトアップされ、無料で見ることができますので是非。
当初のプランから技術的な問題や現場の制約などもあって2転3転し、気がつけばもう時間ギリギリになって制作がスタート。
約300平米の大きさの垂直面へのインストールを考えると、時間、予算的にもデジタルプリント1択ということになり、顔料を使った両面プリントで制作しています。
何回目かの視察の時に、夜明けのタイミングで撮影をしたいなあと思い
しかもアングルを少し上からいきたいなあとか思ってしまって
ドローン撮影の達人、Oさんにお願いして撮影することにしたのです。
で、事前にそのことをお伝えすると
(゚Д゚)ノ「鈴木さん、もしもそういうタイミングをおさえたいのなら、撮影できる時間は10分も無いと思う。そのタイミングを逃さないように早めに入りましょう!
先日都内の撮影で4時40分頃にはもう明るくなってきてたので、集合は準備もあるので、、、4時にしましょう!」
ということで、外気温0度の現地に4時集合
アングルを決め、ドローンのテスト飛行もして、さて太陽よ、いつでもドンと来い!と、待ち構えていたのですが
待てども暮らせども明るくならない、、、、
うーん、、、、
(T▽T) オリオン座って綺麗だなあ、、、
と、二人で凍えながら待つこと2時間!
後から現地の人にそのことを話したら
「あー、山があるから都内と比べると太陽が出るタイミングが遅いんだよね。」
とのこと。勉強になりました。
さて、ようやく山の向こうが明るくなって来て、いよいよ撮影か?と思ったけどOさんは動かず
私が急かすと「いや、照明が明るいからこの明るさではまだカメラが反応しないんです」とのこと。
モニターを見ると確かにまだ背景は真っ暗、、、ここから待つこと約10分
「OK、いきましょう」と言ってからのOさんの動きの素早さよ
ドローンを操り、地上のカメラも操り、次々と絵を押さえていく
途中Oさんが
「動画をメインにしようと思っていたけど、これはスチールの方が絶対いいからスチール多めで良いですか?」と。
もちろんお任せしますとも!
ということで出来上がって来た写真がこちら
本当にイメージ通りで、気分が爆上がり。
雲ひとつない富士吉田の朝焼けはまるでオーロラのよう。Oさん、本当に有難う。
現在動画も編集中。こちらも楽しみだなあ。
作品の解説、コンセプトは以下、ステイトメントになります。
- Everyday Patterns, Festive Colors -
初めてここの現場を見に行った日は薄曇りの天気で、まだ日が落ちる前の時間帯でした。道路を挟んだ反対側から建物の全体を眺めていると、建物の大きなガラスウォールにうっすらと富士山が映っていたのです。その向かい側を見ると遮るものがまったくない状態で富士山が当たり前のように鎮座して、改めてこの風景が日常でもあり、特別なものでもあるということに気が付かされたのです。
おそらくは建物が竣工した時からずっと毎日この富士山が映っていたであろうこのガラスウォールには物質的にもこの風景が焼き付き、もはやこの建物の一部になってしまっているのではないかと感じたのです。
この場所を訪れる街の人々も毎日の生活の中で、いろんな用事でここに出入りしていることと思います。
初めて出た給料を下ろしに来た人
子供の入学金を振り込みに来た人
会社の事業資金の融資を申し込みに来た人
それほど変わらないように思える日々の生活でも、富士山の景色が毎日目まぐるしく変化するように大小さまざまな事柄が人それぞれに起こります。
ここが銀行という場所ゆえに、街の人たちのさまざまな節目にこの建物は立ち会って来て、見守って来たのだと思います。
日常と祝祭がテーマです。
日々映し出される風景として富士山をイメージしたフォルムをガラスウォールに取り込み、それぞれの生活で起こるさまざまな事柄にエールを送るような気持ちで、華やかな色彩を建物にインストールしました。
この建物の歴史を可視化し、利用者の記憶に想いを馳せつつ、非日常的なギフトとして装飾します。
名 称:FUJI TEXTILE WEEK 2025
会 期:2025年11⽉22⽇(⼟)〜12⽉14⽇(⽇)*11/25(⽕)、12/1(⽉)、12/8(⽉)は休館
時 間:10:00〜17:00 会場により16:00閉館(最終入場は各会場閉館30分前)
会 場:⼭梨県富⼠吉⽥市下吉⽥本町通り周辺地域
※会場の一部は一般の店舗や公共施設を活用しているため、休館日や開催時間が異なります。
公式SNS Instagram:@fujitextileweek X:@FUJITEXTILEWEEK
万博に行って来たの巻
急遽思い立って、日帰り弾丸で万博に行って来ました。
行かないとなー、と思ってはいたのですが加熱し続ける万博フィーバーぶりに躊躇していたらもう閉幕間近ではないの!どうしよう!と思っていたところに
イギリスパビリオンでリバティー展が期間限定で開催中というニュースを見て「行くきっかけにはちょうどいい!」と思って前日予約&行きののぞみの中で行き帰りのバスのチケット予約(というより、開催場所や行き方そのものを調べる)という、全く突発的ノープランで行って来ました。
入るのに約40分、、、、灼熱!日傘も帽子も用意していなかった!
まず万博会場についてですが、開催前は色々良い意味でも悪い意味でも話題になりましたが、実際の会場は本当に良かった。
大屋根のリンクについては発表当時、本当に色々と言われてしまっていましたが あれがあることで生まれる会場の一体感、全体を俯瞰して見ることのできるエンタメ感、パビリオンに入れなくても1周歩くだけで得られる満足感。
環境問題、リサイクル問題、色々とネガな面もたくさんあるのも間違いないと思いますが、これだけ熱のこもった仕事があるからこんなにも多くの人が集まって来ているのだよなー とか
すごいなー、でももうすぐこれを全部壊してカジノ作るんだよなー とか
色々な事を考えながら帰路につきました。物を作るって何でしょうね。でもこういう考えをするきっかけを多くの人に与えるだけでも意義はあったのかも、とか思った。
さて、リバティー展 こじんまりした展示ですが、これも良かった。
本物もショーケースの中に多少あるのですが、会場を埋めているのは色んなリバティー柄を拡大したり縮小したり、自由に組み合わせてパッチワーク状にして、デジタルプリントで出力した生地たち。
えー、デジタルプリントおー?とか思うなかれ。これがとっても良かった。
どうやらコンテンポラリーアート系のディレクターがキュレーションしてるそうで、「柄がみっちり」って感じがいい感じでした。伝統を生かして、だけどとらわれてない感じがめっちゃ良かったです。
リピートにもとらわれていない、、、w
リバティー展はもう終わってしまっていますが、パビリオンに入れなくっても万博、おすすめです。
良くも悪くも色々と考えさせられて。
あ、あと万博と関係ありませんが、行きのバスから見れたワッサー様のゴミ処理場、色々と言われている建築ですが個人的には最高でした!
いつかこれ単独で行きたい。
MUJIの収納
事務所の移転というのは本当に大変なのだと痛感しました。
30年も同じ場所にいたのでいやいや、こんな小さな事務所でこんなに大変なんだから大きな会社の引越しってどんななんでしょう?
とにかく想像以上の荷物。
普段棚に収まっているものを地上に下ろすとあら不思議。あっという間に地上を覆い尽くします。
棚ってすごい収納力なのねー、と改めて思う日々。
7、8月は積み上がった段ボールの山に囲まれて仕事をしていました。
そしてこのお盆休み!ついにこのダンボールたちを片付ける決意!![]()
とにかく棚に収めるケースを用意せねばと思い、今まで倉庫で使っていた引き出しを調べてみると 15年くらい前に購入したMUJIの引き出し収納ということが分かり
で、さらにその後10年前くらいに買い足していることが判明。
ならば、もしかしたら今も同じ規格なのでは?と思って試しに一つ買ってみたらバッチリ同じ規格の商品しでした。
大手ってすごい、、、というか、MUJIのことを見直したわー。15年以上同じ企画の収納を売っているって本当にすごい。
今回の私みたいに環境の変化に合わせて買い足せるわけで
高さが3種類あるんだけど、それぞれうまく合わせられるモジュールが組んである。これもずっと変えていないということよね。
濃く黄ばんでいるのが15年ほど前に購入したもの。少し黄ばんでいるのが10年前。そして白いのが今回購入したもの。
こういう色の差も思ったよりも気にならず、感慨深い雰囲気。
今まであまりMUJIのことを特別どうとか思ったことはなかったのですが、このロングスパンで販売する姿勢はすごいなーと思った。
また10年後に買い足すようなことがあったら、どうなっているだろうか?
こうなったらずっと同じ企画でプリーズ。m(_ _)m
さよなら円山町
渋谷の円山町と言う場所に事務所を構えて実に30年
人生の半分以上をこの繁雑な街で仕事をして来ましたが、ついに事務所を移転することにしました。
思えば30年前、うちの社長が絵皿の店をここに出すという英断をし、私はそれにあやかる形で奥のスペースを間借りし、この場所で事務所をスタートさせました。
その後社長は自身の作陶も行う工房を持つことになったので、ここ10年ほどはデザイン事務所として使用していました。
club asia の通り二筋ちがい、ラブホ街の最果てという、やってる仕事の内容とは真逆のディープな場所でしたが、何だか居心地が良く気に入って 随分長居してしまいました。
この場所を借りた当時の円山町は花街の面影がまだ残っていて、たまに芸者さんとすれ違ったり有名な演歌歌手が街を闊歩していたりと、とても不思議な街でした。
ここでの思い出はもう書ききれないほど沢山あるし繁雑な街ではあるけど、imaさんが設計してくれた内装とかも含めてとても気に入っていたので、もう最後までずっとここで仕事をするのかもしれないとか思っていたのですが
移転を決めた理由は様々、いろいろと複合的にあるのですが結局のところ「動くなら今かな」と、ふと思ったからです。
円山町は今、大規模な開発が続いています。ラブホの建て替えは区の条例で禁止されているので古いものから取り壊され、それと連動して歴史ある飲食のお店も次々と閉店し、地域全体が新しい街に生まれ変わろうとしています。
私の事務所の前の、車1台がちょうど通れるような細い道に今は5分おきに工事のダンプカーやセメントミキサーが轟音と共に通って行き
さらに
近所に2箇所あるストリートカートの発着所から出入りするけたたましいカートたちも加わり、煩雑を超えて超混沌とした状況になっています。
渋谷にいる人も少なく見ても半分は海外からのツーリストで、スクランブル交差点はインスタグラマーの有名な撮影地と化し、街自体が独特の近未来的な異国感に包まれています。
そんな混沌とした街や人並みに紛れるような感覚で過ごし、仕事をしているのが個人的には気に入っていたわけですが、ある時ふと、もう少し違う、集中できるような環境で仕事をしても良いかな とここ最近思ったりしていたのでした。
とにかく仕事をするのが大好きな私は朝から深夜までこの場所に居て、円山町のケバケバしいネオン街を通って食事をとり、ツーリストの人並みをかき分けてハンズに画材を買いに行き、毎日仕事にいそしんでいました。
娘のベビーベットがある時期もあったし、泥棒に入られた時もあったし、コロナで人っこ1人いない街を歩いて通勤していた時もあった。
仕事以外でも本当にいろいろあった場所だから、ここを出る時はもう間違いなく泣いちゃうんじゃないかと思っていたのですが
スケルトンに戻し、大家さんに引き渡す時はとても晴れやかな、何か感謝しかない、明るい気持ちに満ちていました。
ずっと見守ってくれて有難う
ずっと支えてくれて有難う
この場所だから僕たちはここまで成長できたのだと思います。本当に本当に有難う。
さよなら円山町 お世話になりました。
新しい場所で僕たちは今まで以上に働いて、頑張ろうと思います。







































