母親ひとり親の医療の学校の受験・修学手助けします -2ページ目

母親ひとり親の医療の学校の受験・修学手助けします

学資・生活費・修学の相談から受験トレーニングまで。オトナ、特に母親ひとり親が「自立できる資格がとれる学校に入る」手助けをします。合格報酬・延べ払い制(交通費・雑費・入試受験料は自己負担)問い合わせは tkano0222@gmail.com、Line公式ID@026nzpas

「掛け算順序」問題については何度も取り上げてきましたので繰り返しません。
どの立場をとっても誰かから攻撃されるのでうんざりします。
 
わたしは賛成するところもあり
反対するところもある
ただし
無知のために子どもたちに変な強制をする教員がいることに呆れているだけです。
 
わたしの教員時代あまり入試成績のいい学校に勤めた経験がないので
数学で点数が取れても
数学ができる子にあったことはほとんどないのですが。
 
気づいたのは彼らが数学を解くときに
式の計算をする順序(演算順序)がよく分かっていないことです。
例えば分配法則(和・積や積・累乗)の演算順序がぐだぐだです。
整式の割り算なんかすぐに混乱してしまいます。
 
基本すぎて普通はあまり目立ちせんが
わたしはトレーニングの始めに基本ができているか確認しますのではっきり分かってしまいます。
 
この子たちはすでに「掛け順」や「くもわ」の世代だったので
結局、「掛け順」を身につけることは数学の能力向上につながらなかったということでしょうか?
 
算数をそれだけで完結したものとすれば
算数の問題が解けていれば
別にそれはそれでかまわないのでしょうが。
 
もともと算数も解けていなかったのであれば言うまでもありません。
算数もできなかった子たちが数学で不都合があっても教員の責任ではないのでしょうから。
 
でも
計算するときにどちらが大事かは考えるまでもありません。
義務教育であっても数学は必修なので
「演算順序」に「掛け順」の理解がかかわりないとすれば
なんとも効率が悪いことですね。

毎月・毎週、子どもの虐待報道がやむことがありません。
虐待とまで言わなくても普通の生活でも気づかないうちに親や大人が子どもにマルトリートメントをやってしまっていることがよくあります。
マルトリートメントとは「不適切な養育」と訳され虐待やネグレクト(放置)までを含んだ子どもの扱いを指します。

でも
意識せずに行ってしまったのであればいつでも気づけば直すことができるものです。
 
しかし、報道されるケースからすると
多くの場合虐待やネグレクトは収入が安定しない、稼げない生活が原因になりやすいことは間違いありません。
 
すべての子どもへのマルトリートメントが貧困からきているわけではありません。
高収入の家庭でも干渉のしすぎということが起きることがあります。
子どもを傷つけるという点でどちらもよくないのは間違いありません。
日本の教育の実態もマルトリートメントといっても言い過ぎではないようです。
(『教育虐待・教育ネグレクト(古荘純一 、磯崎祐介)』に詳しい)
Kindle Unlimited会員は無料で読めます。

特に、子どもを両親のいさかいに場にさらしてしまうこと。
両親の不仲は子どもの心にとって大きなダメージになります
夫婦の仲に他人が口をはさむ気はありませんが
子ども立場からすると不仲よりも別れてくれた方がダメージが少ないのです。
 
さらに
母親が男親(父親)の虐待を見て見ぬふりをしてしまうこと目立ちます。
いつ間にか虐待の共犯になっているケースもよくあります。
母親の虐待もないわけではなのいですが
やはり
男女では腕力差や荒っぽさが違います。
父親の虐待は命にかかわることが目立ちます。
 
わたしは母親に責めを追わせようなどとはまったく考えていません。
でも
いざという時に自分と子どもの身が守れる。
自分を殺してでも相手に頼るしかない生き方をしなくてもいい。
それは親として必要なことではないでしょうか。
 
いつも言っているようにわたしはすべての問題を解決しようとも思いませんし
解決できるとも思っていません。
それでも解決するための条件をつくることはできます。
 
それがわたしが「母親ひとり親」向けに
資格を取るための「受験・修学」手助け業を考えた理由です。
 
わたしは親の自立なしに虐待の問題の解決はむずかしいと思っています。
わたしは虐待の中には親が虐待に依存しているケースがあるのではないかと考えています。
言いかえれば虐待はくせになるのではないかということです。
虐待は究極の支配の形と言うことができます。
しかも、相手が子どもであればそれが簡単にできます。
親を取り巻く状況が親に虐待に依存させる元をつくります。
 
依存から逃れること=「自立」って結構大変なことです。
(収入の問題だけではなく精神の問題も含みます)
 
自分を変えることなど簡単にできることではありません。
でも
くよくよしても何も解決しません。
自分から行動することで環境が変わります。
環境が変わることで自分の生き方も変わっていくのです。
 
求めれば必ず実現するわけではありませんが
求めなければ何も手に入れることはできません。
子どもの幸福と親の幸福が一致できることそれがわたしの目標です。
 

親知らず抜歯のため全身麻酔、17歳が死亡 歯科医師2人を書類送検
親知らずを抜く手術のための全身麻酔で適切な処置を怠り、特別支援学校の男子生徒(当時17)を死亡させたとして
大阪府警は26日、いずれも歯科医師で堺市重度障害者歯科診療所(堺市堺区)の男性所長(55)と女性歯科麻酔科医(34)を業務上過失致死容疑で書類送検し、発表した。
府警は大阪地検に起訴を求める「厳重処分」の意見を付けた。(2024/8/26)

この報道を見て多くの人は歯科医師と麻酔医が罰せられるか、あるいは裁判で訴えられることが決定したような印象をもつと思います。
「厳重処分」の意見がつくとたいていは裁判になるのですが
書類送検だけではまだそうなるかは決定していません。

書類送検とは、被疑者(犯罪の疑いのある人)で身体拘束されていない者の事件記録や捜査資料を検察官に送る手続のことをいいます。
書類送検時点では前科は付きません。
前科がつくのは書類送検後に被疑者が検察官に起訴されその後の刑事裁判で有罪判決が確定した場合です。

刑事事件ではほとんどの事件で警察の捜査が先行して証拠物が収集し参考人・被疑者の取り調べによって供述調書が作成されます。
検察官(検事)は警察から送られた証拠物と供述調書をチェックし
有罪を証明するために足りない証拠物の捜査を警察に求めると共に
自らも取り調べを実施して供述調書を作成します。
こうした警察・検察の捜査によって集められた証拠資料に基づき
検察官が被疑者を刑事裁判にかけるか否かを決します。(起訴便宜主義)
欧米では「予備審問・予審」といって重罪の場合起訴するかどうかを裁判所が決める手続きがある国があります。

被疑者が逮捕されていない場合
刑事事件の捜査では警察から検察に調書を送ることが必要になります。
これが「書類送検(書類を検察に送る)」です。

裁判制度の上では
取り調べた警察官が自分が作った調書をもとにして証言する場合でも
その警察官は「証人」扱いとなり
訴えることができるのは「検察官」だけです。

つまり
「書類送検」とは身体拘束(つまり逮捕)が必要でないとされた被疑者に対する司法手続きということになります。
刑事告発・告訴された案件はすべて検察に「送付」する義務があります。
書類送検は単なる司法手続きであって刑罰でも何でもないことがわかってもらえたでしょうか。

ここでの「送付」は「刑事訴訟法242条」での法律用語です。
それに対して
書類「送検」は法律上の呼び名ではなく
言ってみれば「職場?」での通称ということになります。

話が長くなりました。
肝心な話です。
単に検察に送る手続きことを
警察が高い検挙率を上げているという印象を与えたいことや
被害者・告発者の処罰感情を報道機関が忖度して
勝手に刑罰の一部であるかのようないい方をしたために収まりがつかない状況になってしまいました。

以前
愛知県の大村秀章知事のリコール(解職請求)を求めた署名運動を巡る報道では
愛知県警は精神科医の香山リカ氏やジャーナリストの津田大介氏ら計4人を名古屋地検に書類「送付」したそうです。

ここではいつもの「書類送検」ではなくわざわざ「書類送付」という言い方をしました。
ここでつかい分けたのは
愛知県の大村知事のリコール派の犯罪行為をかばっているように見られたくないか
香山さんや津田さんのような有名人を敵に回したくないという
気の回し方からきているのでしょうか?

「書類送検」と「書類送付」をつかい分ける身勝手すぎる日本の報道機関

今回の件は死亡事故という点では重大なことですが
身柄拘束なしの在宅捜査であったということでは悪質な犯罪とはみなしていなかったわけです。

「種類送検された。きっと犯罪を犯した(かかわった)かもしれない・・・」
やられていることを知らせない知らないということがどれだけ人の「疑心暗鬼」を生むのか。
それを操っている人たちがいることは何とも危険なことではないでしょうか。

そんなわけですから
警察が検察に事件を送致するときには「処分に関する意見」を付け加えます。
「送致書」の文例集には「処分に関する意見」として
(役所の定型の書類にはすべて「例文集」があります)
「厳重な処分を願いたい」のほかに「起訴相当と思料する」「軽く処罰願いたい」などがあります。
起訴猶予が相当の場合は「寛大な処分を願いたい」と書くそうです。
嫌疑なしが相当の場合の例文はないようです。