僕が死ぬ日・・生まれる日 -8ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

次の日の朝、私は8時10分前に今日子の部屋に内線をして8時に彼女の部屋を訪れた。


部屋に入るとブランド物のスーツをビシッと着こなした今日子が座って待っていた。


もう、昨日のような笑顔を見ることは出来ないようだ・・


鉄火面と呼ばれる、あまり感情を表に出さない一人の美女がそこに座っていた。


ただ、彼女の目は赤く染まり少しだけ腫れていた・・


そんな顔から昨夜の私が帰った後に泣きじゃくった彼女の様子が感じられた。


「10時に旅館を出ますから、10時40分の新幹線の指定席を取っております!それでよろしいでしょうか?」


そう私が今日子に尋ねると・・


「坂本さん!申し訳ございません!実は本日、東京に帰ることが出来なくなってしまったのです!

社長がこちらに他の用事で来てるようで私も同行しなければいけなくなりまして・・」


社長と言う言葉を今日子から聞いた瞬間、私の頭の中で昨夜から引っかかっていたある人物の名前を思い出した・・


チャーリー・デップ。父親はトマソン・デップと言うコンピューター業界の風雲児と呼ばれた男だ。


一代で「ガロ」と言うコンピューター関係の会社を立ち上げ現在の「ガロ」グループを作り上げた。


今日子が勤める会社もそんなグループの一端である。


そう言えば、最近、父のトマソンは社長を息子に譲り会長に就任したと新聞に書いてあった。


チャーリー・・もしも、昨夜の今日子の電話の相手が社長のチャーリーならば、それはとんでもない事件である。


今日子がチャーリーの愛人??


美代子の言った厄介な男とは、きっと、社長のチャーリーだったのだ。


「そうですか?社長様が・・もしよろしければ・・」


そう言いかけた私の目を今日子は見つめ静かに首を左右に振った・・・


あなたを会わせるのはルール違反よ!とでも言いたかったに違いない。


今日子は食事を済ませるとこのまま下田に向うと私に告げた。


私はある重大な事を彼女に確認をしなければいけなった。


それは、自分の企業人としての評価である。どうしてもそれだけは確認をしておかなければいけなかった。


私は一度、姿勢を正しきちんと正座をし直すと頭を畳みに擦りつけながら今日子に言った。


「今回の私の評価は?なにとぞ今回のご契約お願い致します!」と


今日子はきっと、冷たい眼差しで私を見ていたに違いない。


冷静な事務的な言い方で・・


「それは、私が判断する事ではございません!上司のジョニーが判断する事です!

それに、今、あなたにその件について私の考えをお話しするのはルール違反では無いのですか?

それでは失礼致します。」


今日子はそう私に告げるとゆっくりと立ち上がり歩き出した。


私は頭を上げる事が出ずにまだ、畳に頭をこすり付けていた。


今日子が部屋を出て行く気配を感じた・・・


障子が開いた時に今日子は呟くように言った。


「あなたの接待は完璧でした!昨夜のあなたの私に対する態度も完璧でした!

でも、最後にそんな情けない姿を見たくなかった・・さようなら!そして・・ステキな時間をありがとう・・」


障子がゆっくりと閉まる音が聞こえた。


私は急いで起き上がり今日子を玄関で見送った。


さようなら・・そしてありがとう・・


そう何度も心中で呟きながら・・


今日子は迎えの黒塗りのハイヤーの後部席に静かに乗った。


私はその隣に座っている一人のアメリカ人の紳士を見て唖然とした。


昨夜、私が大浴場で一緒になったあの男であったから。


まさか・・あいつが社長なのか?少なくても今日子の会社の関係者には間違いが無い。


私は昨夜、今日子を抱かなかった事実に自分は何と運が良いのだと身震いするほど感謝した。


もしも、昨夜、今日子を抱いていたら、私はきっと、全てを失って居ただろう・・


ハイヤーは静かに走り出す。


今日子を押しのけるように隣の紳士が窓際から顔を出し私に向って言った。


「今度!飲みにでも行こう!君は信用が出来る男だ!」と・・・


私はもう一度、深々と頭を下げハイヤーを見送った。


今日子の会社との契約が結ばれたのはそれから2ヵ月後の事であった。


私は何とかこの戦いに勝ったのだ。


しかし、それと引き換えにとんでもない困難を背負ってしまう事になる。


その時の私はまったく、そんな未来の事等、知る由も無かった。


私は静かに歩き出す。


そして、チエックアウトを済ませると荷物を持ってタクシーに乗り込み・・「三島駅まで!」と呟いた。


駅に向う途中で3日ぶりに携帯電話を開いた。


数十件の不在者通知・・そしてメールの着信記録・・・


その殆どが西川からの物であった。着信拒否にしたのに他の端末で連絡をして来やがったか!


懲りない女だ・・


そんな中、1通のメールを発見する。


友美からのメールであった。


そして、このメールがさらなる苦しみを私に与えようとは知る由も無い。


私を乗せたタクシーは三島駅を目指し走り続けていた。


今日、私は東京に帰る。


「疲れたな!・・」


そんな言葉を呟きながら。

「誠さん!結婚されているの?」


飲み始めて1時間ほど過ぎた頃、今日子が顔を真っ赤にしながらそう呟いた。


「えっ・・いや、独身ですけど、それが何か?」


「いえ・・失礼だけど、私よりもお年が上のように感じたから・・なら、彼女さんが居るのかしら?」


「いいえ・・特に決まった女性はいませんよ!もう、30歳を越えてしまうと何だかね面倒でね!

今までそんな事が、考えられないほど忙しく仕事をしてきましたから・・」


「そう!私も同じ・・私ね!部の中で鉄火面なんてあだ名で呼ばれているのよ!決して感情を出さない女らしい

でもね!それも仕方が無い!女が男社会でのし上がって行く為には男性の何倍も努力をしないと・・」


なんとなく同じ匂いがした。今日子の背負っている苦しみに共感できたし正直、私も同じようなものである。


「いったい、何に向ってがむしゃらになっているのかしら?私・・正直、自分でも解らないの!私が必死で進んでいるこの道のゴールにはいったい何があるのかしらね!」


そう言いながら今日子はグラスのビールをゆっくりと飲み干した。


「人には言えないことも沢山して来たのよ!」


「それは僕も同じだよ!それは仕方が無い事さ!それが仕事なんだから・・」


「仕事?仕事って何?好きでも無い男に契約が取りたいだけで抱かれる事が仕事?裏で同僚を罠にはめて出背をする事が仕事なの?私は何のために仕事をしてるのよ!私は・・・

私の家は貧乏だった・・人が良いだけが取りえのうだつの上がらないサラリーマンの父とそんな男に何一つ文句も言わないで旦那に依存してる母・・全ての悲劇を一人で背負ってるみたいな感じの妹・・

そんな環境で私は育った。金持ちになる!地位を得る!そんな事ばかり考えていたわ!

だから、必死で勉強した!大学にも自分のお金で行った!人には言えないバイトをしながら・・

大学を出て今の会社に何とか就職出来て!友人も作らずにひたすら仕事をした!

私の事を好きだと言ってくれた人も居たのよ・・これでも、結婚しょうと言ってくれた人も居た。

でも、私は全てそんな話を断って来たの・・

遅かったのよね!そんな事が幸せだと思えるのが・・今になってやっと、そう感じる事が出来た。

当時は一日、一日を過ごす事が精一杯でそんな愛だの恋だのなんて言ってられなかったのだもの・・

気がついたら30歳を越えて、鉄火面なんて馬鹿にされるようになっていた・・

ね~誠!私の人生って何?私・・何に向ってこの後、進めば良いのよ!

悪い事ばかりして来たら幸せになれないの?こんな女は幸せになってはいけないの?」


今日子の瞳から大粒の涙が溢れ出した・・・


私は無意識に彼女を抱きしめていた。


そして、耳元と優しく彼女に呟いた。


「生きる事は辛い事だよな・・」と


そんな言葉を合図に今日子は声を出して泣いた・・・


「生きる事が辛いの・・」と泣いた・・・


私は思わず、今日子の顔に自分の顔を重ねてしまった・・


唇が今日子の唇に触れそうになる・・


しかし、その時、時計が目に入った・・


時刻は午前12時5分・・・


今日子が消えてる時間であった。昨日の今日子は消え、お客の木村今日子が現れた・・・


私は重ねようとした唇を無理やりに止めると顔を今日子から反らした・・


今日子は少しだけ驚いたような顔をした!「どうして?どうしてなの?」きっと、そう言いたかったに違いない!


「夜分遅くまでお部屋にお邪魔しまして申し訳ございませんでした!明日のご出発は午前の10時になっております!また、朝食前に内線をさせて頂きます。

至らない所が多々ございました事を深くお詫び申し上げます。それではこれで、私は失礼させて頂きます。」


私はそう今日子に言うと一度、深々と頭を下げて立ち上がった。


静かに歩き出し障子を開いた瞬間・・


「馬鹿にすんじゃないわよ!何よ!あなた!!」と怒鳴り声が聞こえた。


私は一度振り返り笑顔で言った。


「はい!私は山田貿易の坂本誠と申します!」と


泣き叫ぶ声が私の背中を突き刺すように聞こえた・・


ごめん!俺はお前に何もしてあげれない・・


お前を優しく抱きしめても、キスもしてあげれない・・


なぜなら、それが俺の社会人としてのルールだから・・


私はゆっくりと頭を下げながら今日子に聞こえないような小さな声で言った。


「ごめんさい・・」と


私は自分の部屋に戻り、自分のとった行動を後悔した。


もしも、気を悪くして契約を流されたら・・・


しかし、どうしても自分の信念は曲げられない。


なぜなら、今までそんな事で消えて行った多くの仲間を見てきたからだ。


仕事にプライベートは持ち込んではいけない!


仕事はあくまで自分の能力だけで勝ち取る物であるのだから・・


私は我慢していたタバコに火をつけ、窓から夜空を見上げた・・


ダメなら・・仕方が無い!自分がその程度の男だと言う事だ・・


そんな言葉を呟きながら・・

「部屋に戻ってもう少し飲まないか?」


そう私は、何時もはお客に絶対に言わない自分の希望を言った。


なぜに私が今日子にそんな事を言ったのか自分でもよく解らない・・


もしかしたら、その時の時間が12時前だったからかもしれない。


12時を過ぎれば、また、彼女はお客様に変わってしまう。


今日子の今日は休日だから、無礼講で!と言う言葉を忠実に守っていた訳でないが・・


それは、私が仕事をする上での信念とでも言うべきものかもしれない。


「そうね!飲み直しましょうか?でも、汗だけ流したいのよ!お風呂に入る時間を頂けるかしら?」


「ならば、1時間後に君の部屋に行くよ!」


「いいえ・・30分後で結構よ!」


そんな会話を済ませ私は自分の部屋に戻った。


部屋に戻り私の大浴場に行き着替える事にした。


大浴場に入ると先客が一人、気持ち良さそうに温泉につかっていた。


どうやら外国人のようである。


私は手早く体を清めると「ソ~リ~」と申し訳なさ程度の英語で温泉に入った。


「旅の方ですか??」


そう流暢な日本で聞かれ私は一瞬、驚いたような表情をした。


「日本語がお上手なのですね!」


そう私が言うと彼は嬉しそうに・・


「ワイフが日本人なものでね!自然と覚えてしまいました!」と呟く。


年のころは40歳を少し過ぎた頃であろうか?何となく貴賓を感じる男である。


「自分の部屋にも内湯があるのですが、どうも狭い風呂が嫌いでね!」


内湯と言う事はどうやら、スイートの客らしい、ある程度の地位か金がある人間に違いない。


「私は仕事なんですよ!接待と言う奴です!なんとも色気が無い話で・・・」


「ほぉ~仕事ですか・・それはお忙しい。もう、終わられたのですか?」


「いいえ・・これからまた、飲まなくていけないんです。でも、明日でお役御免ですから・・」


「そうですか!それはお可愛そうに・・もしも、予定が無いのなら一杯、お付き合い頂こうと思っていたのですが!

残念です!それでは、私はこれで・・」


そう言うと彼は温泉を出て脱衣場に向った。


私は彼が脱衣場から出るのを確認して温泉を出た。どうも、旅先のこのような交流は苦手である。


温泉を出ると今日子の部屋に向った。


何度か呼び鈴を押したが返事が無い。ドアは開いていたので勝手に入らせてもらった。


「だからね!仕事なのよ!無理よ!会えないわ!今から担当者が打ち合わせにくるの!

チャーリー我侭を言わないで!お願いだから・・」


仕切られた襖の向こう側で今日子のそんな声がした。


どうやら誰かと電話をしてるらしい・・


チャーリー?何処かで聞き覚えのある名前であったが思い出せない。


しかし、電話の相手が美代子が言っていた今日子が付き合っている厄介な男に違いが無い。


どうやら聞いてはいけない電話を聞いてしまったらしい・・


私はもう一度、静かに部屋を出ると数回、呼び鈴を押した。


すると何食わぬ顔で今日子が部屋のドアを開ける。


「ビールとつまみを買ってきましたから!」


そう私が言うと嬉しそうに彼女は笑った。


私服の時は違い、浴衣に着替えた彼女はより美しさを増してるように思えた。


浴衣から見え隠れする胸の膨らみになんとなくドキドキ感を覚える。


「さら~飲みましょう!誠!」


「そうだな!今日子!」


私はそう言いながらチラッと時計を見た。あと、三時間程で今日が終わる。


12時を過ぎたら、今日子は消えてしまいお客の木村今日子になってしまう。


少しだけ寂しいと思ってしうまう自分をなんとなく哀れに感じた。


それにしてもチャーリーと言う名前が気になる・・


いつたい、何処で聞いたのだろう?


そんな感じで私達二人の最後の夜が始まった。