「誠さん!結婚されているの?」
飲み始めて1時間ほど過ぎた頃、今日子が顔を真っ赤にしながらそう呟いた。
「えっ・・いや、独身ですけど、それが何か?」
「いえ・・失礼だけど、私よりもお年が上のように感じたから・・なら、彼女さんが居るのかしら?」
「いいえ・・特に決まった女性はいませんよ!もう、30歳を越えてしまうと何だかね面倒でね!
今までそんな事が、考えられないほど忙しく仕事をしてきましたから・・」
「そう!私も同じ・・私ね!部の中で鉄火面なんてあだ名で呼ばれているのよ!決して感情を出さない女らしい
でもね!それも仕方が無い!女が男社会でのし上がって行く為には男性の何倍も努力をしないと・・」
なんとなく同じ匂いがした。今日子の背負っている苦しみに共感できたし正直、私も同じようなものである。
「いったい、何に向ってがむしゃらになっているのかしら?私・・正直、自分でも解らないの!私が必死で進んでいるこの道のゴールにはいったい何があるのかしらね!」
そう言いながら今日子はグラスのビールをゆっくりと飲み干した。
「人には言えないことも沢山して来たのよ!」
「それは僕も同じだよ!それは仕方が無い事さ!それが仕事なんだから・・」
「仕事?仕事って何?好きでも無い男に契約が取りたいだけで抱かれる事が仕事?裏で同僚を罠にはめて出背をする事が仕事なの?私は何のために仕事をしてるのよ!私は・・・
私の家は貧乏だった・・人が良いだけが取りえのうだつの上がらないサラリーマンの父とそんな男に何一つ文句も言わないで旦那に依存してる母・・全ての悲劇を一人で背負ってるみたいな感じの妹・・
そんな環境で私は育った。金持ちになる!地位を得る!そんな事ばかり考えていたわ!
だから、必死で勉強した!大学にも自分のお金で行った!人には言えないバイトをしながら・・
大学を出て今の会社に何とか就職出来て!友人も作らずにひたすら仕事をした!
私の事を好きだと言ってくれた人も居たのよ・・これでも、結婚しょうと言ってくれた人も居た。
でも、私は全てそんな話を断って来たの・・
遅かったのよね!そんな事が幸せだと思えるのが・・今になってやっと、そう感じる事が出来た。
当時は一日、一日を過ごす事が精一杯でそんな愛だの恋だのなんて言ってられなかったのだもの・・
気がついたら30歳を越えて、鉄火面なんて馬鹿にされるようになっていた・・
ね~誠!私の人生って何?私・・何に向ってこの後、進めば良いのよ!
悪い事ばかりして来たら幸せになれないの?こんな女は幸せになってはいけないの?」
今日子の瞳から大粒の涙が溢れ出した・・・
私は無意識に彼女を抱きしめていた。
そして、耳元と優しく彼女に呟いた。
「生きる事は辛い事だよな・・」と
そんな言葉を合図に今日子は声を出して泣いた・・・
「生きる事が辛いの・・」と泣いた・・・
私は思わず、今日子の顔に自分の顔を重ねてしまった・・
唇が今日子の唇に触れそうになる・・
しかし、その時、時計が目に入った・・
時刻は午前12時5分・・・
今日子が消えてる時間であった。昨日の今日子は消え、お客の木村今日子が現れた・・・
私は重ねようとした唇を無理やりに止めると顔を今日子から反らした・・
今日子は少しだけ驚いたような顔をした!「どうして?どうしてなの?」きっと、そう言いたかったに違いない!
「夜分遅くまでお部屋にお邪魔しまして申し訳ございませんでした!明日のご出発は午前の10時になっております!また、朝食前に内線をさせて頂きます。
至らない所が多々ございました事を深くお詫び申し上げます。それではこれで、私は失礼させて頂きます。」
私はそう今日子に言うと一度、深々と頭を下げて立ち上がった。
静かに歩き出し障子を開いた瞬間・・
「馬鹿にすんじゃないわよ!何よ!あなた!!」と怒鳴り声が聞こえた。
私は一度振り返り笑顔で言った。
「はい!私は山田貿易の坂本誠と申します!」と
泣き叫ぶ声が私の背中を突き刺すように聞こえた・・
ごめん!俺はお前に何もしてあげれない・・
お前を優しく抱きしめても、キスもしてあげれない・・
なぜなら、それが俺の社会人としてのルールだから・・
私はゆっくりと頭を下げながら今日子に聞こえないような小さな声で言った。
「ごめんさい・・」と
私は自分の部屋に戻り、自分のとった行動を後悔した。
もしも、気を悪くして契約を流されたら・・・
しかし、どうしても自分の信念は曲げられない。
なぜなら、今までそんな事で消えて行った多くの仲間を見てきたからだ。
仕事にプライベートは持ち込んではいけない!
仕事はあくまで自分の能力だけで勝ち取る物であるのだから・・
私は我慢していたタバコに火をつけ、窓から夜空を見上げた・・
ダメなら・・仕方が無い!自分がその程度の男だと言う事だ・・
そんな言葉を呟きながら・・