僕が死ぬ日・・生まれる日 -70ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

彼から受け取ったハンケチを私は無意識のうちに自分のポケットに仕舞い込んだ。


常識的に考えれば直ぐに彼にお礼を言いながら返しに行くべきだと思うけど・・


正直、周りの目が気になる・・


きっと、私の周りの全ての人間が大粒の涙を流していた私を好奇の目で見ているに違いない・・


そんな中で彼にお礼を言いながらハンケチを返しに行く勇気は私には無かった・・


そうだ・・彼が降りた時に私も一緒に降りて彼にお礼を言ってハンケチを返そう・・


もしかしたら、彼も三島まで行くかもしれない・・


そうしたら誰の目にも触れずに彼に返せるはずだ・・


そんな想いが自然に私に非常識な行為をさせたのかもしれない・・


そして、その時、私はハッと我に帰った・・・


伊豆長岡で彼が行為に対してだ。


私はあの時の彼の行為を非常識な男の行動と非難をした。


そして軽蔑するような眼差しで彼を睨み付けた自分の愚かな行為を恥かしいと思った・・


人間とは実に愚かな生き物である。


自分が実際に相手と同じ状態になってみないと殆どの人間が相手の心が見えないからだ・・


そして見えない相手の心をまるで理解しているかのように軽蔑をしてしまう。


私は心の中で前の席に座っている彼に何度も何度も謝罪をした。


あなたも同じ気持ちだったのですね・・


あの時・・私の貸したハンケチを上着のポケットにしまった瞬間・・・


今の私と同じ気持ちだったのですね・・


ごめんさい・・


愚か者は・・私でした!と・・


電車は伊豆仁田の駅に到着した。


ドアが開かれると同時に小さな子供達の叫び声が聞こえる。


よかった・・隣の車両だ・・助かった・・


年に数回、各駅でこんな状態に遭遇する・・


小学生の遠足や移動教室・・・


小学生の子供達に常識をを問うのは無理なかもしれないが・・・


私達、大人はそんな彼らに遭遇する事を不運だと感じるのは確かだ。


数人の大人の乗客が隣の車両から非難をして来た。


私は静香夫婦もこちらの車両に来るのではないのかとドキドキしていた。


でもそれは、取り越し苦労のようで彼女達は騒ぐ小学生を睨みつけながら迷惑そうに座っている・・


よかった・・私は深いため息を1度ついてまた、読みかけの文庫文を開いた。


しばらくすると私の目の前に小さな人影を感じた・・


私は文庫本から目を離し前を見つめた・・


そこには小さな女の子が1人、立っていた。


「どうかしたの??」


私は彼女に優しくそう語りかけた・・


彼女は恥かしそうにしながら私に言った・・


「おねんさん・・誰かにいじめられたの?」と


「何で?」と私が言うと彼女は心配した表情で・・


「だって・・おめめが真っ赤だよ!

誰かに泣かされたんでしょ!

ママが何時もパパにいじめられるとそんなおめめをしているの!

加奈が懲らしめてあげようか?そのいじめっ子を!

私、こう見えても強いんだからね!」


私はなんとなく、そんな無邪気な少女の言葉に心が洗われるような気がした・・


「ありがとう!でも、今、自分でやっつけた所なのよ!

おねえさんも結構、強いだから・・・」


そう私は彼女に微笑みながらそう言った・・


「そう!安心した!なら、お守りを上げるよ!

おねえさんが、もういじめられないように・・」


加奈と名乗る少女はそう呟くとポケットの中から何やら取り出す。


そして私の右手を広げさせ小さな丸い物を握らせた。


「これで、大丈夫!ママから貰ったの!お守りだってね!」


彼女はそう微笑みながら呟き、隣の車両に戻ってしまった。


手の平をゆっくり開くと、そこには綺麗なビー球が1個・・


透き通るようなビー球の中に緑やオレンジの線が入っている・・


「ビー球か・・懐かしい・・

私もこんな物を宝物にしていた時代があったな~」


私はそう呟いた。


そのビー球を自分の目の前に持って行き・・


そお~っと覗き込んで見た・・


透き通った世界に朝日が反射する・・


そしてその向こうに心配そうに私を見つめる1人の男性の顔・・


その時、私は彼の顔を見て一瞬、ドキッとした・・


何?この感じ???何???


ショボクレタ中年オヤジの顔・・・


私のスカートを覗き込もうとしていた変態オヤジ・・・


巨乳の童顔女に密かな恋心を抱いていて・・・


何ともさえない中年男・・


でも、本当は優しそうな人・・・


彼はいったい、長岡で何で泣いていたのだろう???


ふと、私は透き通るガラスの世界の中に彼の顔を映しながらそんな疑問を抱いた・・


そして不思議な事にその理由が知りたくって仕方が無くなった・・


電車は伊豆仁田を過ぎて大場駅に到着しょうとしていた。

電車は韮山駅を出発した。


私の横では相変わらずミサが私達の希望を裏切りながら友達とバカ話をしている。


私は出来る事ならこれ以上、彼女達の話を聞きたくないと心から思っていた。


これで、朝の楽しみが1つ消えてしまった・・・


出来る事なら何時までも夢を見させて貰いたかったと心から思った。


「次は~原木!原木でございます・・」


そんなアナウンスが流れ原木駅が見えて来た頃、前に座っている女性が後ろを振り返った・・


きっと、無意識に窓の外を見たに違いない・・


原木のホームが近づき乗車しょうとする乗客達が見え始める・・


駅のホームに一組の夫婦が立っていた。


その姿が見えた瞬間に一瞬、彼女の表情が硬くなる・・


そして何かに怯えるように下を向いて何かをボソボソと念じている・・・


私は興味本位で彼女を見つめていた・・


しばらくすると電車は原木の駅に到着する。


ドアが開き数人の乗客が中に入って来た。


どうやら、あの夫婦は違う車両に乗ったようだ・・・


乗車する人間を彼女は鋭い視線でチェックしていた・・・


そして、彼らが居ない事を確認すると安堵の表情になった。


しばらくると隣の車両から女性の声が近づいてくる。


その声が近くなる度に彼女の表情は硬く暗く変化をして行く・・


どうやら、あの夫婦は彼女にとって招かざる人間のようであった。


1人の小太りの女が彼女の前で立ち止まる・・


顔はまん丸でその顔に塗りたくった何とも品が無い化粧が不快感を与えた。


電車の走る音で何を話しているのかよく聞こえなかった・・


しばらくると旦那の方も小さな子供を抱きかかえて現れる・・・


近づくな!話しかけるな!オーラ全開の彼女にその小太りの女は容赦なく話かけている。


途切れ途切れ聞こえる会話からなんとなくこの3人の関係を想像していた・・


旦那のほうがバツが悪そうな顔をして隣の席が空いてる車両に移動する・・


それを追うように小太りの女も笑顔で彼女の前から立ち去る・・


その2人を彼女は必死の作り笑いで見送っていた・・


2人の姿が見えなくなると・・・


彼女の目から大粒の涙が溢れ出す・・・


きっと・・辛い思い出の相手だったのだろう・・


きっと・・忘れたい思い出の相手だったのだろう・・・


何時までも止まらない涙・・・


下を向いて必死にその涙を止めようとしてる彼女の姿になんとなく自分を重ねた・・・


私は席を立つと左のポケットからブルーのハンケチを取り出した。


そしてゆっくりと彼女に近づき彼女の手に握らせる・・


一瞬、彼女は驚いたような顔をした。


私は無言でその行為をこなすとまた、自分の席に戻った。


彼女はそのハンケチで溢れる涙を丁寧に拭った・・


そして先ほど、私がとった行動と同じように・・・


そのハンケチを丁寧に折り直すと自分の上着の右側のポケットにしまいこんだ。


まるで、辛い想い出も一緒に仕舞い込むように・・・


「次は~伊豆仁田!伊豆仁田でございます・・」


そんなアナウンスが流れると彼女は真っ赤な目をしながらまるで何も無かったように再び文庫本を読み始める。


でも・・その手は少しだけ小刻みに震えていた・・・


一瞬、彼女と目があった・・


少しだけ彼女は申し訳ないような顔をしてその後、私に微笑んだ・・


色々あるんだな~こんな若い女性にも・・


いや・・若いからあるのかもしれない・・


こんなオヤジの私でもいろいろとあるのだから・・・・


お互いが交換をしたハンケチがなんとなく・・


2人の誤解を解いてくれたような気がした・・・


ふと、彼女を元凶などと心の中で罵った事を少しだけ後悔をした。


電車は伊豆仁田の駅にもうすぐ、到着しようとしていた・・

「お元気そうね・・・」


そう呟きながら見た静香の顔はまるでアンパンのようにまん丸であった。


静香と晃の話には後日談があって、大学に入り2年後に静香の妊娠が発覚したらしい・・


静香らいしいと言えば静香らしい作戦だ・・


晃は責任をとって大学を中退し静香の家に婿養子に行った・・


そのまま静香の実家の金物屋を継いだらしい・・・


その話を地元の友人から聞いた時、私は思わず目を丸くした・・・・


なかなか・・強かな女である・・あの女は・・・


何気に横を見ると晃が子供を抱っこして立っていた・・


遠くからでは解らなかったが、大分、太って髪の毛もまだ、若いのに少し薄くなっていた・・


私は神様は居るのだと思った・・


だって、もしも、昔の晃が現れたらきっと、私は悔しくって電車の中で大泣きしてしまったと思うから・・


そして、その横で含み笑いをしているこのアンパンマンを殴って居たに違いない・・


私は変わり果てた彼を見ながら・・


良かった・・別れて・・と心の中で呟いた。


「何よ!あれから全然、連絡がつかなくって!心配していたのよ!

私達の結婚式にも友人として来てもらいたかったのに・・・」


何をほざいているんだ!この女は・・・


頭が少し変だ!どんな顔をして私に出席をしろと言うんだ・・・


こんな女に愛する男を横取りされた・・アホな女に・・


「そう・・悪かったわね!いろいろと忙しかったので・・

在学中も働き始めてからも実家に帰る機会が無くってね!

あなた達がご結婚されたのは噂で知っていたのだけど・・

お祝いも言えなくってごめんなさいね・・・」


自分でも驚くほど・・嘘が次々に出てくるものだと感心をした。


そんな事など少しも思って居ないのに・・


「あなた・・ご結婚は??」


嫌みったらしく静香が私に聞いた・・


私は無言で首を振った・・


「あら、あなたが一番最初に結婚すると思っていたのに・・あら・・あら・・」


私は悔しくって・・唇をかんだ・・


「お前のせいだろ!このクソ女!」


喉までそんな言葉が出てくる・・


でも、それを言ってしまったら・・私がきっと惨めになるに決まっている・・


だから笑顔で静香に言った・・


「本当ね・・世の中って解らないものね・・」と


晃の顔を睨みつけながら・・・


晃はバツが悪そうに前の車両に席を求めて歩き出す・・・


「今度、遊びに来てよ!約束よ!

家は実家だから・・連絡をして・・・」


「ええ・・解ったわ!それじゃ・・」


立ち去る時の静香の顔を私は一生、忘れないだろう・・・


勝ち誇ったような・・哀れな女を見るような覚めた眼差しを・・・


私は一生・・忘れない・・


電車は、伊豆仁田に着こうとしていた・・・


彼女が隣の車両に消えて行く・・・


それを確認した瞬間に・・・


私の目から大粒の悔し涙があふれ出す・・


止まれ!止まってよ!


私は負けた訳では無いし・・


あんな、男を取られたくらい・・全然、悔しく無いんだから・・止まれ!涙・・・


その時、私の目の前に綺麗にアイロンをかけられたブルーのヘンケチが・・・


「えっ??誰???」


見上げるとそこには、前の席に座っていた彼が立っていた・・・


彼は無言で私にそのハンケチを握らせた・・・


そして何も言わずにまた、自分の席に戻って行った・・・


私は無意識にそのハンケチで溢れる涙を拭った・・・


ヘンケチから・・懐かしい・・父の香りがしたような気がした・・・


遠い昔・・・


父におんぶをしてもらった時に私に安らぎと安心をくれた・・・


そんな父の懐かしい香り・・


電車は「伊豆仁田駅」に到着しょうとしていた・・