僕が死ぬ日・・生まれる日 -71ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

原木の駅が近づいてきた。


私は何気に窓の外を見つめる。


すると朝の通勤客に紛れて一組の夫婦を見つける・・・


見覚えのある女・・


そしてその横で小さな赤ん坊を抱いている男にも見覚えがあった。


私は心の中で祈った・・・


どうか・・きずかれませんようにと・・・


列車が原木に到着して通勤客が数人、列車の中に入ってくる・・


私は目を細めてその乗客の中に例の夫婦が居ない事を確認をした。


しばらくすると隣の車両から聞き覚えのある女の声が聞こえる・・


来るな!来るな!!来ないで~~~


そう心の中で叫ぶが、そんな時、だいたい・・自分の望みは叶わないものである。


「あら・・今日子じゃない!久しぶりね!」


私の前に小太りの厚化粧の女が立っていた・・・


私は下を向いていたのだが、どうやら見つかってしまったようだ・・


しばらくして旦那が子供と大きな荷物を抱えて現れる・・・


「あれ?佐藤ジャンか?久しぶりだな!」


私は地元に帰って来て会いたくない人間に同時に会ってしまった・・


話には聞いていたが、静香と晃が本当に結婚をしていたとは意外であった。


あ~本当にこの2人は結婚をしたんだ・・・


晃とは高校の時に、2年間付き合っていた・・・


そして、静香とは親友であった。


高校3年の時に私は晃に突然に別れたいと言われた・・


当時の私にはその理由がまったく解らなかった。


晃は頭も良くて部活のバスケット部でもレギュラーで・・・


ある意味、女子の憧れの的で・・


そんな男と付き合っていると言うだけで少しだけ優越感を感じられた。


2年の時に告白をされたのは私の方で少しだけ有頂天になっていた事を思い出す。


大学の進学先で私達は当時、毎日のように喧嘩をしていた・・


喧嘩と言ってもジャレ合い程度の喧嘩でそれが別れる決定的な理由になるとは私には考えられなかった・・


東京に行きたい私と地元の国立大学を希望していた晃・・・


結局は私は東京の大学に進学して、彼は静岡大学に合格をした。


東京と言っても会いに来れない距離ではない・・・


新幹線で1時間で来れるし、東海道線でも2時間もあれば会いに来れる・・・


それでも、それが大きな別れる理由になった。


2人で合格のお祝いをする約束をした・・・


離れてもあなたが大好きだから・・


私は彼にそう・・・その晩に言うつもりでいた。


そして、2年間、拒み続けていた抱かれる事を許そうと思っていた・・


そして、彼もそんなそんな私の言葉に笑顔で答えてくれて・・


私を抱きしめてくれるはずだったに・・・


彼は私のそんな言葉を聞く前に自分から呟いた・・


「別れてくれないか・・」と


なぜかその時、涙なんか全然、出なかった・・


泣きすがりながら、別れないで!と言う事も出来たけど・・


結局は私の心の中でもある程度の覚悟が出来ていたと言うことなのかもしれない・・


それから数ヵ月後、私は地元の友達から信じられない事実を聞かされた・・


「たいした女だよね!静香も・・

あんたから晃を横取りしたんだから・・・」


静香は、あまり目立たない女であった。

変な言い方をすれば、彼女は私のコバンザメのような感じで・・・

何時も、私の影で怯えているみたいな・・

そんな女であった。

友達付き合いも悪く、私が友達と遊ぶ時に必ず付いてくるみたいな女であった・・


私は地元の友達からその話を聞いて唖然とした・・


「だ・・だって・・あいつ・・ブスじゃん・・」


思わず・・本音が飛び出してしまった・・


地元の友人は受話器の向こうで大笑いをしている・・


「だって・・あいつ・・ブスじゃん!」


そんな言葉が私のその時の心境を明確にあらわし過ぎて居たからかもしれない・・


何でも静香と晃は、まだ、晃が私と付き合っている時から関係があったらしい・・


「あいつ・・抱かせてくれないんだ・・」


私達が別れた本当の理由を私はその時に地元の友人から聞かされた・・


男と女の間には・・


本当は愛なんか存在はしない・・


あるのはきっと、欲望だけなんだ・・


そして常に男と女を繋げている見えない糸は・・・


愛なんて物ではなく・・


快楽と言う名の糸でなのかもしれない・・


「くだらない男・・・」


私はそう強がり言い、彼女の電話を切った後・・


一晩中・・・泣いた・・


私の青春時代の苦い想い出だ・・・


思い出したくも無い・・思い出・・・


こんな男に捨てられて・・・


こんな女に横取りされて・・・


なんとも・・情け無い・・


そして、その一番、会いたくない女が・・・


今、私の目の前に立っている。


私は静かに下げていた顔を上げて静香の顔を見つめて言った・・


「あら・・お久しぶりね!お元気そうで・・」と

修善寺線は次の停車駅の「韮山駅」に向かい走り出していた。


私は少しの切ない感情に身を包んでいた・・


ふと、前の男を見ると私が、手渡したヘンケチを自分の上着のポケットに仕舞い込もうとしていた。


何と常識が無い男だろう???何と・・


ただ、冷静に考えれば、あんな事があった後に私にハンケチを返しに来る事は至難の業なのかも??


男のプライドの事など、考える余裕はその時の私には無かったのかも知れない。


私はそんな彼の非常識な行為を軽蔑するかのように1度、彼を睨みつけると・・・


ハンケチの行方など別に気にもしていなかのようにまた、文庫本を読み始める。


それに、返されても困る・・


あんな、オヤジの涙と鼻みづが付いたハンケチなど・・


とても汚くって自分のポケットに入れる気にはなれなかったからだ。


列車が「韮山駅」に到着すると私の横のドアから1人の女性が車内に入って来る。


その瞬間、今まで悲しみに包まれていた彼の顔が一瞬、変わった・・


そして、車内に居る全ての男子の視線が彼女に注がれているのがわかる・・


私の何気無く横を振り向く・・


童顔のわりには胸が大きい・・


Dカップはあるだろうか?私は不覚にも自分の胸の膨らみと見比べてしまった・・


嫌みったらしく薄いシャツからピンクのブラジャーが透けて見えている・・


男を釣るエサには申し分が無いエサである・・


それもきっと、彼女は意識しているに違いない・・


まんまと、そんなエサに引っかかっている男たちのアホ面が何とも笑えた・・


ここが、彼女の定位置なのか、またしても私は睨まれてしまった・・


どうも、乗りなれない電車は居心地が悪くて仕方が無い・・


彼女は、友人と一緒のようで、2人で向かいのドアの前に移動する・・


2人で笑いながら何か話し出す・・


私は思わず耳を澄ましてしまった・・


「だから・・寝るもの良いけど・・無駄は止めた方が良いって!

寂しいオヤジ狙いの方が効率が絶対に良いんだから・・

今度のお見合いパーティーで試してみなよ!

お店でチンタラ、お酌してるより絶対に効率が良いんだから・・」


私は思わず苦笑いをした・・


それは彼女達の会話にではなく、その話を聞いていた前の席の彼の顔があまりにも落胆したからだ・・


きっと、密かな恋心だったのか?いや・・早朝の列車のマドンナって感じなのか??


私の斜め前に座っている巨漢の男も悲しそうな顔してもう1つおにぎりのラップを開き出す・・


男とは・・何とも可愛い生き物だと思った・・


何とも・・・可愛い・・・


私は3年間、会社の上司と不倫をしていた。


彼は私の部署の部長で奥さんと高校生になる娘さんが1人・・・


社内ではアットホームパパで通されていて・・


奥さんや娘さんの写真を仕事場のデスクの上に置いてある・・・


そんな彼と不倫関係になったきっかけは、彼からの猛烈な誘いからで・・


アットホームパパも裏を返せばただの男である。


散々、私に美味しい言葉を呟いておいて、奥さんにばれそうになるとポイ捨てなのだ・・


正直、まさか、私はあの男にあんな、酷い捨てられ方をされるとは思っても居なかった・・


私が嫌がる彼を誘惑した・・


自分が出世をするために・・・


自分が認められる為に・・


彼と言う立場の男を使って・・


それが社内の人間が私にかした・・評価であった。


彼の為に・・1度、子供までおろした私に・・・


最後に彼に会った晩に、彼は私にぶ厚い封筒を手渡した。


「悪い・・これで、別れてくれ!出来れば、会社も辞めてくれると助かる・・

君ほどの能力があれば、きっと、何処でも雇ってくれる・・

なんなら、推薦状を書いてあげても良い・・

もう、これ以上、私の家庭を壊さないでくれ・・」


ふ・・ふざけんな!・・


私の心に一瞬、殺意が芽生えた瞬間であった・・


こんな奴・・殺して・・私も死んでやる・・


どうせ、もう、この会社には居られない・・


あんたに言われなくても辞めてやる・・


でも、最後の彼のこの言葉と手切れ金を出された瞬間・・・


本当に・・あなたを愛していたのに・・・


そんな言葉が私の脳裏を駆け巡った・・


そして、無意識に私は大粒の涙を流しなら何度も店のテーブルを叩いていた・・


彼はそんな私に何とも厄介だというような顔をして無言で立ち去った・・・


男なんか・・所詮はこんなものである・・


その瞬間から・・私は愛とか恋とか・・そんな戯言を夢見る気持ちを捨てた・・


何時か独立して自分のデザイン事務所を立ち上げる!


そして・・全ての男を見下ろしてやるのだ・・・


それが、私のこいつへの復讐である・・


「原木~~次は原木でございます・・・」


列車は次の原木駅に到着しょうとしていた・・

私は右手に握り締めたハンケチの処理の仕方を考えて居た・・


涙を拭いて直ぐに彼女に返すのが礼儀だとは思ったが、最後に彼女に言われた言葉・・


「あんた・・情けないわよ!・・」と・・


そんな言葉が私の頭の中を何度も何度も駆け回っていた・・・


私はハンケチを握りしめると無意識に右のポケットにハンケチを仕舞い込んだ・・


そうだ・・彼女が列車を降りたら呼び止めてハンケチをお礼を言って返そう!


彼女の服装からして何処かのOLっぽかったので三島まで行くかもしれない。


それにもしも途中で降りるのなら私の朝のコーヒータイムが無くなるだけでそこで降りればよい。


そう思い私はポケットに彼女のハンケチを仕舞い込むと1度だけ彼女の顔をチラットと見た。


彼女も自分のハンケチの行方が気になっていたのか?


それとも早朝の電車で泣いている私を変だと思ったのか私の事を気にしているようであった。


一瞬目が合い、ハンケチの行き先を確認すると彼女は一瞬、怪訝そうな顔をした。


それでも、そんな私の行動を気にもとめていないかのようにまた、文庫本を読み始めた。


私は彼女の呆れたような顔を見て顔から火が出るくらいの恥かしさを感じた。


非常常識なオヤジ!そう彼女は思ったに違いない。


電車はもう直ぐ、韮山の駅に到着しょうとしていた。


ふと、列車の窓からビニールハウスの大群が目に入る・・・


妻の実家のイチゴのビニールハウスの一部である。


「将来はイチゴ農家を継いでもらいたい・・

それまでは、一応、君の就職先は探しておいたから・・」


そう妻の父親に言われ三島の図書館に就職したのが16年前・・


本当は、2、3年で図書館を辞めて実家に入るはずであった。


しかし、子供が出来るまでは同居はしたくないと言う妻の希望で結局は16年間・・


私は図書館で働いている・・・


それも、もう、同居は無くなりそうなのでこの図書館での仕事が一生涯の仕事になりそうだ・・


いや・・でも、妻の親のコネで就職をした手前、もしも離婚したら図書館も辞めなくていけないかもしれない・・


どうしょう・・そんな事ばかり考えて居た・・


電車が韮山駅に到着すると車内に居る全ての男の常連客がドアに視線を集中するのが感じられる・・


マドンナの登場である。


私は彼女の事を勝手にミサと呼んでいる・・・


きっと、巨漢の男も、大仁で乗って来たサラリーマンも・・


みんなが、きっと、私と同じように思い思いの名前で彼女を思っているに違いない・・


ドアが開き一人の女性が車内に入って来た・・・


胸がもの凄く大きい・・


そして顔はそんな胸とは正反対で幼い顔をしている・・・


典型的なオヤジに好かれるタイプの女であった。


今朝はどうも1人ではないらしく隣にもう1人、ケバイ服装の女が一緒に居た。


体の線がはっきり解るシャツとこれでもか!と言うくらいのミニスカートに皆の視線が注目した。


ミサは何時もの自分の定位置に他人が座っている事に少しだけ怪訝な顔をした。


それでもそんな事は気にして居ないとばかりにその友人と私の横のドアの側に移動した・・


「だからね!40代ぐらいのデブでキモイ顔のオヤジが狙い目なんだって!」


ミサの会話に私の周りの全ての男が聞き耳を立てている事がわかる・・


「だから・・寝るもの良いけど・・無駄は止めた方が良いって!

寂しいオヤジ狙いの方が効率が絶対に良いんだから・・

今度のお見合いパーティーで試してみなよ!

お店でチンタラ、お酌してるより絶対に効率が良いんだから・・」


そんな彼女の言葉が終った瞬間に・・・


車内から大きなため息を私は感じた・・


この時、朝の私達のささやかな楽しみの一つが消えたような気がした・・・


そんな私の心中を見透かしたように私の前に座っている女性が・・・


まるで、アホオヤジをあざ笑うかのような微笑を浮かべながら私と周りの男たちを一回、見回した・・


私は彼女を一瞬、睨みつけながら心の中で呟いた・・


「お前が今朝、乗って来たのが全ての元凶の始まりなんだよ!」と・・


そんな身勝手な独り言を・・・


電車は韮山を過ぎて・・原木駅に向おうとしていた・・