僕が死ぬ日・・生まれる日 -72ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

なんとも怒りが収まらない・・・


人のスカートの中を覗きやがって!この変態オヤジ!


そう叫びながらあいつの顔にビンタでも一発入れてやったらどんなに気持ちが良いだろう・・


相変わらず、私の斜め前の巨漢の男は食べ続けている。


ハンバーガーは終ったようで今度はおにぎりを袋から取り出している・・


見ているだけで胃がムカムカして来る。


そして大きく出っ張ったお腹に食い込んでいるサスペンダーもなんとなくムカツいた。


電車は大仁の駅に到着をしようとしていた。


駅に着き、ドアが開くと大勢の人間が車内に入って来た。


一番最初に中に入って来たサラリーマン風の男が一瞬、私を睨みつける・・


どうやら、この席は彼の指定席のようである・・


そう言われても正直、困る。


どうせなら、早朝だけ椅子に名前でも付けていてもらいたい物である・・


それが無理なら、せめて、自由席を作ってもらいたいと・・


彼の私を睨みつける目を見ながらそう感じた。


彼は不機嫌そうに私の斜め前の例の巨漢の男の隣に座った。


それと同時に・・


「ゲップ!ゲップ!!」と何とも下品なゲップを彼がしたものだから・・


私を睨みつた以上に彼はその巨漢の男をもの凄い形相で睨み付けた・・・


電車は田京を過ぎて伊豆長岡に到着しようとしていた。


駅に着き、ドアが開くと一組の若いカップルが乗り込んで来た。


奥さん方がお腹かが大きくどうも臨月まじかのようであった。


ドアを挟んだ私の隣のシルバーシートに彼らは座ると心配そうに彼は彼女に囁きながら・・


自分の上着を彼女の肩にかけてやっていた。


男の優しいさ・・か・・


ふと、忘れようとしていた「一身上の都合」が脳裏をかすめた・・・


忘れようと頑張っていた・・一身上の都合が・・


すると突然に前に座る変態オヤジが大粒の涙を流し始める・・


周りの乗客達は唖然とした顔で彼を見つめた・・・


私は無意識に手に持った文庫本を横に置くと立ち上がった・・


そして彼に自分のハンケチを手渡しながら呟いた・・


「あんた・・情けないわよ!」と


なぜに私は彼にそんな言葉を言ったのか自分でも信じられなかった・・


その光景は本当は優しい女性が泣いている男を気遣うと言う何と言えない美談な筈だったのに・・


私は大きな声で言ってしまった・・


「あんた・・情けないわよ!」と


彼は涙を流しなら何も言わずに私からハンケチを受け取った・・・


そして目から溢れる大粒の涙を拭った・・


私は何事も無かったように自分の席に戻りまた、文庫本を読み始める・・


自分はなぜに彼にあんな言葉を言ってしまったのか???なぜに・・


あ~そうだ・・きっと・・彼に向けて私が発した言葉は、自分自身に言った言葉だったに違いない・・


「あんた・・情けないわよ!」


そう・・上司との不倫の末、捨てられて会社を追われるように去らなければいけなかった・・・


私に向かっての言葉だったのかもしれない・・



「伊豆長岡~~伊豆長岡~~」


電車は伊豆長岡の駅に到着した。


駅には早朝だと言うのに多くの人間達が列車の到着を待っている。


伊豆長岡の旅館で一泊して始発の新幹線で帰ろうと言う観光客も少なくは無い。


私が座っている席の目の前のドアが開き一組のカップルが列車に入って来た。


年は20代ぐらいだろうか?痩せ型の男がお腹が大きい臨月まじかのような女性を気遣いながら列車に入って来る。


彼らは、丁度、私の左斜めのシルバーシートに腰かけた。


巨漢の男が何とも羨ましそうな眼差しで彼らを見つめ居るのがわかった。


きっと彼は独身なのだろう・・・


そんな光景を羨ましいと思える彼の事を私の方が羨ましいと感じた。


私達、夫婦には子供が居なかった。


それも彼女が離婚に踏ん切りをつけた理由の1つかもしれない。


結婚して3年、当初は子供は天からの授かり物などと言っていた妻の両親も跡取りが何時になっても誕生しない現状にいら立ちを隠せない様子であった。


「誠さんに何か問題があるのではないの??」


そんな酷い事を言われた事もあった。


しかし、正直、言うと問題があると考えられるのは妻の方であったのだ。


なぜなら・・私は結婚をする前に1度だけ過ちを犯したからだ・・


当時、結婚を約束した女性が居た・・・


結婚をする前に彼女が妊娠をした事が発覚した。


私はなぜか・・その時に曖昧な返事しか彼女にしてあげる事が出来なかった・・


喜ぶでもなく・・おろす事を強要する訳でもなく・・


数ヵ月後・・彼女は流産をしてしまった・・


何とも最悪の結末である。何とも・・悲しい・・結末であった。


だから、私には子供を作る能力は確かに存在するのだ・・


しかし、そんな事を妻に言えるわけも無い・・


まして妻に欠陥があるなど言える訳も無かった・・


それを知った妻がどんなに悲しむかを想像しただけ私の心は悲痛な叫びを上げたからだ・・


今、考えると当時は確かに愛すると言う気持ちが存在していたに違いない・・


何時からだろう・・そんな言葉の意味さへ解らなくなってしまったのは・・


何時からだろう??愛とか恋とか・・そんな気持ちを感じる事が出来なくなってしまったのは??


医者に絶対に行こうとしない私に妻や彼女の両親は憎悪の眼で私を見つめた・・


「そんなに自分が欠陥商品である事を認めるのが怖いのか!」


妻の父親にそう怒鳴られた瞬間・・


私は彼らにとって商品であったのだと知った・・


跡取りと言う物を作り出す商品であった事を・・


今、その役目を果たす事が出来ない私を彼らは「欠陥商品」だと罵った・・


その日から私は商品になった。


何の感情も持たずにただ、一途の偶然を望みながら妻と交わる商品に・・・


そんな状態も一年も続かず、結局、何時の間にか私達は夫婦という名前の男と女の関係になってしまった。


そこには愛などは存在しない。夫婦と言う世間体だけの関係に・・


彼が心配そうに彼女に自分の上着をかけて上げた・・


「寒くないかい??今が一番、大事な時期だから・・

君が実家に帰っても必ず僕から連絡をするからね!

君も一人で心細いと思うけど!頑張ってくれよ!」


そんな男の言葉に全身に鳥肌が立った・・・


そして憎悪と言うなオーラが私を包み込む・・


「ごめんね!本当はここで生めば良いのだけど・・

お母さんが心配性で・・・

カズ君に不住をかけて・・ごめんね!

でも、私、立派に赤ちゃんを産むからね!

ごめんね!ごめんね!!」


そんな彼女の言葉を聞いた瞬間・・・


私を包んでいた憎悪は・・・


悲しみに変わっていた・・・


お・・俺だって・・・あいつとそんな会話をしたかった・・


お・・俺だって・・あいつと俺の子供を抱きしめたかった・・・


何時のまにか私の目から大粒の涙がこぼれ始める・・


心の中で何度も・・何度も・・自分に話しかける・・


泣くなよ・・お前・・見っとも無い・・・


泣くな!泣くなよ・・仕方が無いじゃないか・・・と


すると、突然に私の目の前に綺麗にアイロンをかけられた白いハンケチが差し出された・・・


えっ??誰???


それは向かいの席に座っていた女性であった・・


彼女は私にハンケチを手渡しながら呟いた・・


「あんた・・情けないわよ・・」と


そう一言だけ私に呟くと彼女は何事も無かったように自分の席に戻り・・・


また、読みかけの文庫本を読み始めた・・


私は・・・真っ白なハンケチで自分の涙を拭った・・


何とも言えない優しい香りに包まれながら・・・


ガタン・・・


ドアが閉まり、電車が動き始める・・・


「次は~韮山~韮山でございます・・」


電車は次の停車駅、「韮山駅」へと走り出した・・


朝靄の田舎道を私は駅に向かい歩いていた。


何時もは、父親に車で駅まで送ってもらうのだがあいにく、昨日から母親と2人で親戚の家に行っているため

久しぶりに駅までの長い散歩となったわけだ。


しかし、少しだけ計算がずれたのか、大分、早い駅への到着になってしまい、何時もより1本早い電車の到着時刻前に私は牧野郷の駅に立っていた。


周りを見渡すと誰も乗る人間など居ないと思って居たが、1人、巨漢の男が大事そうにコンビにの袋を右手にぶら下げながらタバコを吸っていた・・


私の名前は、佐藤今日子と言う。


年齢は・・まぁ~それなりの年齢であるので公表は差し控えさせて頂く。


地元の韮山高校を卒業して東京の大学に進学した私はデザインを勉強して業界ではそれなりに有名な企業な企業に就職をして数年・・


それなりに大きなコンテストで数回、賞も受賞したし、クライアントから指名で仕事を請ける事も多かった。


そんな私が「一身上の都合」で会社を辞めたのは2年前の事である。


しばらく東京で1人で暮らしていたが、貯金もあやしくなったので1年前に実家のある牧野郷に帰ってきた。


今は、沼津の小さなデザイン事務所で仕事をしている。


「一身上の都合」については・・気になるだろうけど、何時か機会があったらお話する。


しばらくすると三島行きの始発電車が駅に到着した。


何時もの電車じゃないのでどうも居心地が悪い。


一緒に電車を待っていた巨漢の男は定位置があるのだろう・・


何の躊躇も無く右斜めのシルバーシートにドスンと大きな音を立てて座った。


私は入り口の直ぐ横の椅子に腰掛ける。


前の席に小太りの1人の中年男性が本を読んでいた。


私も鞄から読みかけの有川 浩の「阪急電車」を取り出すと読み始めた。


しばらくると斜め前の巨漢の男がコンビの袋からハンバーガーを取り出し美味しそうに食べ始める。


都会ではとても考えられない光景である。


朝食を食べない私は車内に漂うケチャップとマスタードの匂いだけで気分が悪くなった。


周りの乗客を見まわすとその巨漢の男の行為があたり前の恒例行事のように特に違和感を感じて居ないようである。


車内放送で次の停車駅の大仁の連絡が流された。


ふと私は前の男との視線に妙な違和感を覚えた。


ふと、文庫本から目を離し彼を前を見ると彼と偶然に目が合ってしまった。


私は一瞬、驚き、開いていた両足を急いで閉じる・・


なんとも情けない男である。


女性のスカートの中を覗いて何が楽しいのか?女の私には理解できない世界である。


私は1度、彼を睨みつけると何事も無かったようにまた、文庫本を読み始めた・・


電車は、まもなく大仁駅に到着しょうとしていた。