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僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

修善寺線は観光列車である。


それは今も昔もきっと変わらない役割をしているに違いない。


田京の2つほど先の韮山でまでがどうやら昔の温泉郷だったようである。


しかし、現在では殆どの温泉街は寂れてしまっている。


修善寺・大仁・伊豆長岡


大きく別けてこの3つの駅ぐらいである。


温泉を目的に駅を降りる人間がいる駅は・・・


田京は昔、別荘地であった。


立花台と名づけられた大きな山を削った場所に多くの別荘用の家が作られた。


しかし、それはバブル期の話で見事にそのツケが現在に来ている。


完全なる住宅地に変貌をした別荘地は見晴らしは良いが何とも不便な場所に作られている。


急な坂道を20分ぐらい息を切らせながらの登って行く・・


この駅で乗り降りする殆どのサラリーマンが自動車で送り迎えをしてもらっているようである。


別荘地用の駅なので駐車スペースも殆ど無いのだ・・


それも、マイホームを求める人間は多く・・


削られた山肌を埋めるように急斜面に多くの家が建っている。


私の前に座っている美しい女性は、先ほどの事で私の視線が気になるのか・・


文庫本を読みながら落ち着きが無いように私の顔を数回見つめていた。


列車のドアが閉まり修善寺線が走り始める。


「次は~伊豆長岡・・伊豆長岡・・」


もうすぐ伊豆長岡の駅に着くようだ。


毎日、通り過ぎている駅なのに今朝はなんとなくしんみりとした気持ちになった。


私が妻と結婚をする前に一年だけ過ごした町・・・


あれから15年、毎日、通り過ぎているのに私は1度もこの駅に降り立った事は無い。


昨夜・・


妻から一枚の紙を手渡された・・


その氏名の欄には既に彼女の名前と印鑑が押されていた・・


「離婚しましょう・・やはり私達はこれ以上、一緒に前に進む事は出来ないと思う・・」


それは私達夫婦が結婚して丁度、15年目の結婚記念日の夜の出来事であった。


車窓に狩野川が見えた・・・


毎日、見ているはずなのに・・・


今朝の狩野川はなんとなく・・物寂しく感じたのは・・


きっと、私の心を映し出していたからかもしれない・・

「次は~大仁~大仁でございます」


私は何気に後ろを振り向いた。


流れる窓からの景色の中に一瞬、周りの建物から飛び出しだホテルが見える。


「大仁ホテル」である


今から丁度、15年前、私はこのホテルで盛大な披露宴を行った。


私の妻の実家はこの大仁駅から3つ目の「韮山」と言う駅の辺りで大きなイチゴ園を経営している。


その町の大地主と言う奴だ。


紅ホッペと言うイチゴの栽培に成功してひと財産築き、韮山でも有名なイチゴ栽培農家になった。


そんな家の1人娘の結婚式である。盛大で無い訳が無い・・・


東京でしがないタクシーの運転手をしていた私の父はそんな盛大な式にうろたえていた・・


今でもたまにあの日の事を思い出す・・・


嬉しそうに笑っている私の顔を・・・


そして幸せになりますと・・目に涙をいっぱい溜めて微笑んでいた彼女の顔を・・


しかし、今となってはそんな淡い想い出もまるで陽炎のように感じられる。


私と妻が知り合ったきっかけは今から20年前の事であった。


当時は企業がこぞって、自己開発セミナーなるものに社員を送り混んでいた。


今、考えるとそれが効果を表したのかどうかは疑問であるが・・


群馬の山の中の開催されたそのセミナーに私も参加をしていて・・


同じ班に妻も居た。


一週間、缶詰になり毎日、毎日、同じメンバーで泣いたり笑ったり苦しいメニューを消化する。


私と妻はその間、ペアーと呼ばれる組になっていて・・・


そんな中で何時の間にか恋心が生まれたのかもしれない。


今もそうだが、妻は農協の職員なのだが田舎の女ではなく・・・


凄く洗練された美人であった。


その後、数年、東京と静岡との遠距離恋愛を経て私は結婚する1年前に静岡に移り住んで来た。


結婚して15年が過ぎたんだ・・・


私は窓からもの凄いスピードで消え去る「大仁ホテル」を眺めながら・・・


「長いんだか・・短いんだか・・」と呟く。


私の前の席に座った女性は、黙々と手に取った文庫本に熱中している。


ふと、彼女を見つめていると彼女と目が合ってしまった・・


彼女は慌てたように開いていた足を閉じた・・


そして、私を少しだけ軽蔑したような眼差しで睨みつける・・


どうやら・・勘違いをされたようである・・


いや・・少しだけ彼女の綺麗な足を見つめていなかったと言えば嘘になるが・・


それが、男の悲しいサガと言ってしまえる範囲の事であると私は思う。


私は慌てたように目をそらした・・


私の第一印象はきっと今日子にとって最悪の物であったに違いない。


キキキキ・・・・・・・・・ッ


そんな事をしているうちに列車は大仁駅に到着した。


今までと比べ物にならない程の多くの人間が列車に乗り込んでくる。


しかし、その1人1人はやはり、何時もと同じ顔ぶれで・・・


自分の何時もの定位置を彼女に取られていた一人のサラリーマンが不機嫌な顔して・・


牧野郷から乗り込んだ例の巨漢の男の横に座った・・


「ゲップ・・・ゲプッ・・」


巨漢の男は食べ過ぎたのか2回ほど大きな何とも下品なゲップを繰り返す。


隣に座った彼は怪訝な顔をした。


そのゲップを合図にしたかのように列車は静かに走り出す。


そして次に停車駅の「田京駅」を目指し始めた・・

修善寺の駅からこの牧野郷の駅まで殆ど、距離が無い。


そうだな~時間的には5分位だろうか???


正直、何時も私は思っている・・


この駅は何のために作られたのだろう??と


車なんか全然、走っていなかった時代の名残なのか???


修善寺に行くにも次の駅の大仁に行くにも何とも中途半端な場所である。


駅の周りには数件の農家の家しか存在していない・・


彼らのためだけにもしも、この駅が作られたのならなんとも贅沢な話である。


もちろん、この牧野郷と言う駅は無人駅である。


私は修善寺に越して来て16年になるが初めて無人駅と言う物が本当にあるのだと知った。


この牧野郷の駅のおかげで・・


電車は牧野郷の駅に到着する。ガガガガ・・・ッと大きな音を立ててドアが開く。


もちろん、乗ってくる人間など居る訳もない・・


いや・・失礼・・1人居た。


何時も私が座っている席の斜め横のドアから現れる巨漢の男・・・


夏などは顔に溜まった汗を忙しくハンケチでふき取りながら電車に乗り込んでくる。


そして彼は何時も決まって私の席の斜め向かいのシルバーシートの少し大きめの席にドシンと座る。


さぁ~彼が座ったら電車は出発だ!そう私が思っていると彼の後を追うように一人の女性が乗車して来た。


車内に何とも言えない常連だけが感じている何身勝手な不機嫌な空気が流れる。


巨漢の彼はそんな事などお構い無しに何時ものように手に提げたコンビのビニール袋をあさり出す。


白いワイシャツにサスペンダーのいでたちは、私がこの電車に乗り始めた15年前から変わらない。


初めて彼を見た時に私はアメリカの漫画のキャラクターを思い出し苦笑いをした・・・


それから15年・・


毎日、彼は電車に乗ると朝からよくもそんな物が食べられるものだと感心する位の食欲を私に見せつけてきた。


今朝はハンバーガーのようである。口の周りにケチャップとマスタードいっぱいつけながら・・


大きな口をあけて美味しそうに彼はハンバーガーを食べ始める・・


彼の真向かいに座っている白髪の作業着を着た男性が嫌そうな顔をして顔をしかめた。


それでも彼はお構い無しに袋から今度はおにぎりを取り出し・・


右手に持ったペットボトルのジュースを美味しそうに飲んだ。


あっ!そうだ・・忘れていた。そうそう・・彼の後に乗って来た女性の話だ・・


長い髪に少し痩せた顔立ち・・服は紺色のスーツを着ている。


何とも牧野郷の町には不似合いなそんなキャリアウーマン的な女性であった。


初めて見る顔に全ての常連達が違和感をむき出しにしている。


実にくだらない事だが・・田舎の風習とでもいうのだろうか??


土地の者、以外の人間をなかなか受け入れられない風潮がまだ、残っているようだ・・


そんな私も彼らの中で違和感を感じなくなるまで3年くらいかかったのだから・・・


彼女はそんな空気など感じて居ないようで・・・


私の前の席に座ると鞄から一冊の文庫本を取り出すと読み始めた。


有川 浩 「阪急電車」


私の好きな作家の1人である。


有川 浩と言う作家を皆さんは知っているだろうか??


私は最初、彼を男性だと思っていた。


彼女が書く甘、甘の恋愛小説を読んで・・


こんな話をよくも男が書けるものだと尊敬をした。


実に女性的な目線で甘、甘、の恋愛話を進めて行く作風は、賛否両論、別れが私の壷には見事にはまっていた。


阪急電車とは結構、良い本を選んでいる・・


それは私の勝手な主観であるが・・あの本が彼女の中で一番、面白いと私は思っている。


それが私と今日子との初めての出会いであった。


列車はもう直ぐ、3番目の駅の「大仁駅」に到着しょうとしていた・・