「伊豆長岡~~伊豆長岡~~」
電車は伊豆長岡の駅に到着した。
駅には早朝だと言うのに多くの人間達が列車の到着を待っている。
伊豆長岡の旅館で一泊して始発の新幹線で帰ろうと言う観光客も少なくは無い。
私が座っている席の目の前のドアが開き一組のカップルが列車に入って来た。
年は20代ぐらいだろうか?痩せ型の男がお腹が大きい臨月まじかのような女性を気遣いながら列車に入って来る。
彼らは、丁度、私の左斜めのシルバーシートに腰かけた。
巨漢の男が何とも羨ましそうな眼差しで彼らを見つめ居るのがわかった。
きっと彼は独身なのだろう・・・
そんな光景を羨ましいと思える彼の事を私の方が羨ましいと感じた。
私達、夫婦には子供が居なかった。
それも彼女が離婚に踏ん切りをつけた理由の1つかもしれない。
結婚して3年、当初は子供は天からの授かり物などと言っていた妻の両親も跡取りが何時になっても誕生しない現状にいら立ちを隠せない様子であった。
「誠さんに何か問題があるのではないの??」
そんな酷い事を言われた事もあった。
しかし、正直、言うと問題があると考えられるのは妻の方であったのだ。
なぜなら・・私は結婚をする前に1度だけ過ちを犯したからだ・・
当時、結婚を約束した女性が居た・・・
結婚をする前に彼女が妊娠をした事が発覚した。
私はなぜか・・その時に曖昧な返事しか彼女にしてあげる事が出来なかった・・
喜ぶでもなく・・おろす事を強要する訳でもなく・・
数ヵ月後・・彼女は流産をしてしまった・・
何とも最悪の結末である。何とも・・悲しい・・結末であった。
だから、私には子供を作る能力は確かに存在するのだ・・
しかし、そんな事を妻に言えるわけも無い・・
まして妻に欠陥があるなど言える訳も無かった・・
それを知った妻がどんなに悲しむかを想像しただけ私の心は悲痛な叫びを上げたからだ・・
今、考えると当時は確かに愛すると言う気持ちが存在していたに違いない・・
何時からだろう・・そんな言葉の意味さへ解らなくなってしまったのは・・
何時からだろう??愛とか恋とか・・そんな気持ちを感じる事が出来なくなってしまったのは??
医者に絶対に行こうとしない私に妻や彼女の両親は憎悪の眼で私を見つめた・・
「そんなに自分が欠陥商品である事を認めるのが怖いのか!」
妻の父親にそう怒鳴られた瞬間・・
私は彼らにとって商品であったのだと知った・・
跡取りと言う物を作り出す商品であった事を・・
今、その役目を果たす事が出来ない私を彼らは「欠陥商品」だと罵った・・
その日から私は商品になった。
何の感情も持たずにただ、一途の偶然を望みながら妻と交わる商品に・・・
そんな状態も一年も続かず、結局、何時の間にか私達は夫婦という名前の男と女の関係になってしまった。
そこには愛などは存在しない。夫婦と言う世間体だけの関係に・・
彼が心配そうに彼女に自分の上着をかけて上げた・・
「寒くないかい??今が一番、大事な時期だから・・
君が実家に帰っても必ず僕から連絡をするからね!
君も一人で心細いと思うけど!頑張ってくれよ!」
そんな男の言葉に全身に鳥肌が立った・・・
そして憎悪と言うなオーラが私を包み込む・・
「ごめんね!本当はここで生めば良いのだけど・・
お母さんが心配性で・・・
カズ君に不住をかけて・・ごめんね!
でも、私、立派に赤ちゃんを産むからね!
ごめんね!ごめんね!!」
そんな彼女の言葉を聞いた瞬間・・・
私を包んでいた憎悪は・・・
悲しみに変わっていた・・・
お・・俺だって・・・あいつとそんな会話をしたかった・・
お・・俺だって・・あいつと俺の子供を抱きしめたかった・・・
何時のまにか私の目から大粒の涙がこぼれ始める・・
心の中で何度も・・何度も・・自分に話しかける・・
泣くなよ・・お前・・見っとも無い・・・
泣くな!泣くなよ・・仕方が無いじゃないか・・・と
すると、突然に私の目の前に綺麗にアイロンをかけられた白いハンケチが差し出された・・・
えっ??誰???
それは向かいの席に座っていた女性であった・・
彼女は私にハンケチを手渡しながら呟いた・・
「あんた・・情けないわよ・・」と
そう一言だけ私に呟くと彼女は何事も無かったように自分の席に戻り・・・
また、読みかけの文庫本を読み始めた・・
私は・・・真っ白なハンケチで自分の涙を拭った・・
何とも言えない優しい香りに包まれながら・・・
ガタン・・・
ドアが閉まり、電車が動き始める・・・
「次は~韮山~韮山でございます・・」
電車は次の停車駅、「韮山駅」へと走り出した・・