韮山駅 | 僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

私は右手に握り締めたハンケチの処理の仕方を考えて居た・・


涙を拭いて直ぐに彼女に返すのが礼儀だとは思ったが、最後に彼女に言われた言葉・・


「あんた・・情けないわよ!・・」と・・


そんな言葉が私の頭の中を何度も何度も駆け回っていた・・・


私はハンケチを握りしめると無意識に右のポケットにハンケチを仕舞い込んだ・・


そうだ・・彼女が列車を降りたら呼び止めてハンケチをお礼を言って返そう!


彼女の服装からして何処かのOLっぽかったので三島まで行くかもしれない。


それにもしも途中で降りるのなら私の朝のコーヒータイムが無くなるだけでそこで降りればよい。


そう思い私はポケットに彼女のハンケチを仕舞い込むと1度だけ彼女の顔をチラットと見た。


彼女も自分のハンケチの行方が気になっていたのか?


それとも早朝の電車で泣いている私を変だと思ったのか私の事を気にしているようであった。


一瞬目が合い、ハンケチの行き先を確認すると彼女は一瞬、怪訝そうな顔をした。


それでも、そんな私の行動を気にもとめていないかのようにまた、文庫本を読み始めた。


私は彼女の呆れたような顔を見て顔から火が出るくらいの恥かしさを感じた。


非常常識なオヤジ!そう彼女は思ったに違いない。


電車はもう直ぐ、韮山の駅に到着しょうとしていた。


ふと、列車の窓からビニールハウスの大群が目に入る・・・


妻の実家のイチゴのビニールハウスの一部である。


「将来はイチゴ農家を継いでもらいたい・・

それまでは、一応、君の就職先は探しておいたから・・」


そう妻の父親に言われ三島の図書館に就職したのが16年前・・


本当は、2、3年で図書館を辞めて実家に入るはずであった。


しかし、子供が出来るまでは同居はしたくないと言う妻の希望で結局は16年間・・


私は図書館で働いている・・・


それも、もう、同居は無くなりそうなのでこの図書館での仕事が一生涯の仕事になりそうだ・・


いや・・でも、妻の親のコネで就職をした手前、もしも離婚したら図書館も辞めなくていけないかもしれない・・


どうしょう・・そんな事ばかり考えて居た・・


電車が韮山駅に到着すると車内に居る全ての男の常連客がドアに視線を集中するのが感じられる・・


マドンナの登場である。


私は彼女の事を勝手にミサと呼んでいる・・・


きっと、巨漢の男も、大仁で乗って来たサラリーマンも・・


みんなが、きっと、私と同じように思い思いの名前で彼女を思っているに違いない・・


ドアが開き一人の女性が車内に入って来た・・・


胸がもの凄く大きい・・


そして顔はそんな胸とは正反対で幼い顔をしている・・・


典型的なオヤジに好かれるタイプの女であった。


今朝はどうも1人ではないらしく隣にもう1人、ケバイ服装の女が一緒に居た。


体の線がはっきり解るシャツとこれでもか!と言うくらいのミニスカートに皆の視線が注目した。


ミサは何時もの自分の定位置に他人が座っている事に少しだけ怪訝な顔をした。


それでもそんな事は気にして居ないとばかりにその友人と私の横のドアの側に移動した・・


「だからね!40代ぐらいのデブでキモイ顔のオヤジが狙い目なんだって!」


ミサの会話に私の周りの全ての男が聞き耳を立てている事がわかる・・


「だから・・寝るもの良いけど・・無駄は止めた方が良いって!

寂しいオヤジ狙いの方が効率が絶対に良いんだから・・

今度のお見合いパーティーで試してみなよ!

お店でチンタラ、お酌してるより絶対に効率が良いんだから・・」


そんな彼女の言葉が終った瞬間に・・・


車内から大きなため息を私は感じた・・


この時、朝の私達のささやかな楽しみの一つが消えたような気がした・・・


そんな私の心中を見透かしたように私の前に座っている女性が・・・


まるで、アホオヤジをあざ笑うかのような微笑を浮かべながら私と周りの男たちを一回、見回した・・


私は彼女を一瞬、睨みつけながら心の中で呟いた・・


「お前が今朝、乗って来たのが全ての元凶の始まりなんだよ!」と・・


そんな身勝手な独り言を・・・


電車は韮山を過ぎて・・原木駅に向おうとしていた・・