僕が死ぬ日・・生まれる日 -69ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

南二日町の駅に着くと車内は大分混み合って来る・・・


今朝は小学生軍団が乗っているので尚更だ。


始発電車だと言うのにこんなに混雑をしているなんて・・・


それだけこの辺から東京方面に通っているサラリーマンが増えたと言う事なのか?


ふと、私は考えて居た。


今夜の自分の事を・・


今夜からきっと、本格的に離婚への話し合いが始まるのだろう・・


離婚届に印鑑まで押して私に手渡しのだ・・


きっと妻の気持ちはもう固まっているに違いない。


妻の親だってもう既にこんな欠陥商品の私よりも新しい旦那を探しているかもしれない・・


私の知らない所で話はドンドン進んでいたんだな~と


知らなかったのは私だけだったのだと・・思わず苦笑いだ・・


そう言えば・・最後に妻を抱いたのはどの位前だっただろう??


もう、思い出す事も出来ないほど昔の事なのかもしれない・・


婿養子の私も慰謝料は払うのだろうか??


家庭裁判所で話し合うのかな~


離婚したら家はあいつが出て行くのかな~


俺・・へそくりって幾らあっただろう???


そんなどうでも良い事が頭の中を駆け巡る・・・


核心をつく事を考えるのが怖かった・・


これから自分が1人で年老いて行く姿を想像したくなかったのかもしれない。


電車は南二日町の駅を出発した。


次は三島田町で広小路・・そして終点の三島駅になる。


なんとなく終点の三島が近づく度に現実の世界に引き戻される気持ちになる。


どうにも身動きが出来ない・・現実と言う辛い世界に・・・


私はポケットから彼女から借りたハンケチを取り出した。


何て話しかけたら良いのだろう??何て??


三島駅が彼女が降りた駅で渡そうと思って居たが・・・


相手が何の偶然か、今、私の隣に座っている。


今、返してしまった方が早いのではないか??


そう思ったが、彼女に返したいと言う気持ちと返したくないと言う気持ちが格闘する・・・


このハンケチを返してしまったら・・・


私と彼女は何の繋がりも無い本当の他人になってしまう・・


なんとなくそれが寂しかった・・


ほんの数十分前に出会ったばかりの女性なのに・・・


私の考えはきっと、間違っているに違いない・・


それも10代や20代の若者ではないのだ。


もう直ぐ、40歳になろうとしている良いオヤジなのに・・・


私が悩みながら何度も彼女をチラチラ見るものだから・・


なんとなく、彼女も気になるらしかった・・・


「何処の駅まで行かれるのですか???」


突然にその言葉は彼女から発せられた・・


こんな時、やはり男よりも女の方が積極的なのかもしれない・・


いや・・もしかしたら、私の視線が迷惑なだけだったのかもしれないけど・・


私は一瞬、動揺したような顔をきっと、その時に彼女にしたに違いない。


彼女はそんな私の顔を見て自分が話しかけた事に対して後悔をしたような顔をした。


電車は三島田町の駅に到着しょうとしていた。


伊豆仁田で出会った小さな女の子に少しだけ元気を貰った・・


涙は何時の間にか止まっていて・・


少しだけ前向きな自分になれたような気がした。


「次は~大場!大場でございます・・・」


そんなアナウンスの後、しばらくして電車は大場駅に到着をした。


ドアが開くと65歳くらいの老夫婦が大きなリックを背負って車内に入って来た。


そしてドスン!と大きな音を立てて私の目の前に背負っていたリックを置いた。


「疲れた・・疲れた・・・座りたい・・」


旦那がそうしきりに奥さんに呟いていた・・


「あなた・・それは無理よ!席は埋まっているのだから・・・」


そう言いながらチラッと私を見る・・


私の隣の席は空いている・・


座りたいのなら座ればよいのに・・・


どうも、2人で座りたいらしい・・


なんとも贅沢で我が侭な夫婦である。


「俺が若いときなんか、絶対に立ってたものだがな!電車で・・

それに、自分より年上の人間が居たら席を譲ったものだ!」


不機嫌そうに旦那が呟く・・・


あいづちを打つように奥さんが言う・・


「そうよね!年を取ると立っているのが辛いものね~」


そう辛そうに呟きながらもう一度、私をチラッと見つめた・・


何が弱っているのだ・・・


そんな重そうなリックを背負ってこれから登山に行こうと言う人間が・・


何処が弱っているんだ!元気イッパイだろ!あんた達・・・


毎日、朝早くから深夜まで机に座ってデザイン画と格闘している私の方がよっぽど弱ってるわよ!


私は彼らを見つめながら心の中でそう呟いた・・・


ただ、他の人間から見たら私はなんと冷たい非常識な人間だと思われるだろう・・


年を取った老夫婦に席も譲らずにのうのうと文庫本を読んでいるのだから・・・


ふと、前の席を見ると彼の横の席も空いている・・・


そうだ!席を移動しょう・・


私は席を立つと作り笑いをして老夫婦に言った・・


「よろしかったら・・どうぞ!」と


彼らはその言葉を待っていたかのように笑顔で言った・・


「あら・・なんてお優しいの・・ごめんなさいね!」と・・


私は軽く会釈して引きつった顔をしながら向かいの席に移動する・・


絶対に私はこんなアホな老人にはならない!と何度も呟きながら・・


そんな私を前の席の彼は興味深そうに見つめていた。


そして、いきなり自分の隣に座った私に対して少しだけ驚いたような顔をした・・


私は彼に一回、軽く会釈をして座るとまた、文庫本を読み始める・・


しばらくして気が付いた・・


しまった!ハンケチを返すのを忘れた・・


絶好のチャンスだったのに・・・


私はどうも抜けている・・


でも、もう、遅い・・・


私は自分の行動を後悔しながらそ知らぬ顔でまた、文庫本を読み始める。


前の席の老夫婦は楽しそうに地図を広げながら今日の予定を話していた・・


非常識な夫婦だが・・


なんとなく・・そんな光景が羨ましく感じる・・


結婚と言う物を諦めて・・


仕事を選んだ私には・・・


静香達のように自分の子供を抱く事も・・・


目の前の老夫婦のように老後を旦那と過ごす事も無いのだ・・


少しだけ寂しいような気がした・・・


なんとなく・・


人生において・・


二つの大きな忘れ物をしながら死んで行く気がした・・


なんとなく・・その忘れ物は自分にとって、とても大切な宝物のように感じられたからだ・・


でも、仕方が無い・・


それが私が選んだ道なのだから・・


私は何度も心の中でそう繰り返し呟いた・・


仕方が無い・・と


「次は~南二日町!南二日町でございます~」


電車は次の駅に到着しょうとしていた。

伊豆仁田のホームが見えるとそこに黄色い帽子がうじゃうじゃ見えた・・


いや~な予感・・


通常なら小学生の遠足は次の電車のはずなのだが・・・


幸いにも隣の車両に彼らは乗り込んだ。


途端に隣の車両が騒がしくなり数人の乗客が迷惑そうに私達の車両に逃げ込んできた。


皆、渋い顔をしている・・


でも、仕方が無い・・


なぜなら、それは全ての大人が通って来た道だからだ・・


何十年か前・・


こんな私も車内の大人に渋い顔をさせた1人なのだから・・


しばらくすると私の前の席の彼女の前に1人の少女が立っていた。


3年生??いや・・2年生かもしれない。


少女は心配そうに何やら彼女と話しをしていた。


そして、可愛らしい天使の微笑を1度、彼女に見せた少女は自分のポケットから何やら彼女に手渡す。


少女が立ち去ると彼女は、右手に握られた丸いガラス玉を自分の顔の前に持って行く・・


あ~ビー球か!小学生らしい・・


そのビー玉を彼女はまるで、少女のように覗き込んでいた。


私はまた、彼女を見つめている変なオヤジだと思われていけないので寝たふりをした。


そして薄目を開けて彼女を見つめる。


無邪気な笑顔・・・


こんな無邪気な笑顔をする女性を泣かせた訳とは???


原木で乗り込んで来たあの夫婦との関係は???


私は無性にその理由が知りたくなった。


なぜに?彼女は泣いたのだろう??なぜに・・


私は基本的に他人に無関心である。


なぜなら、他人の理由を知っても所詮はどうこうなるわけではない。


私には関係が無いからだ。


それに、年を取るごとに厄介な事からなぜか逃げたがるようになった。


だから、「相談があるんですけど・・」なんて部下に言われると内心、面倒だと呟いていた。


伊豆仁田を過ぎると直ぐに大場駅に到着する。


もう、この辺に来ると田んぼや山などは全く見えなくなる。


ある意味、都会とでも言うのだろうか??


住宅も多くなり乗ってくる人数も大分、増えてくる。


彼女の横のドアが開き一組の老夫婦が電車に乗り込んで来た。


年は65歳くらいだろうか?背中には大きなリックサックを背負っている。


彼らは彼女の前に大きな荷物をドスンと置いた。


そして何やらしきりに呟いている・・


すると、彼女が立ち上がり席をその老夫婦に譲った。


しかし、彼女の顔は笑顔ではなく・・


よわったな・・見たいな何とも渋い顔をしていた。


彼女はそのまま自分の鞄を持って私の隣の席に座った・・


なんとも言えない甘い香り・・


先ほどの韮山で乗って来たミサとは違い上品な香りが隣からした。


私は少しだけ緊張した顔をして隣の彼女に軽く挨拶をした。


彼女も私に何ともバツが悪そうに軽くお辞儀をした。


2人の間にあった微妙な距離が無くなった瞬間・・・


今までに無かったお互い同士のぎこちなさが生まれた。


私はどうして良いか解らずにただ、目を閉じて寝たふりをした。


本当は彼女にハンケチを返すのはこのタイミングだったと後で後悔をした。


私はどうも抜けている・・・


電車は大場を出発して南二日町の駅に向っていた。