「お元気そうね・・・」
そう呟きながら見た静香の顔はまるでアンパンのようにまん丸であった。
静香と晃の話には後日談があって、大学に入り2年後に静香の妊娠が発覚したらしい・・
静香らいしいと言えば静香らしい作戦だ・・
晃は責任をとって大学を中退し静香の家に婿養子に行った・・
そのまま静香の実家の金物屋を継いだらしい・・・
その話を地元の友人から聞いた時、私は思わず目を丸くした・・・・
なかなか・・強かな女である・・あの女は・・・
何気に横を見ると晃が子供を抱っこして立っていた・・
遠くからでは解らなかったが、大分、太って髪の毛もまだ、若いのに少し薄くなっていた・・
私は神様は居るのだと思った・・
だって、もしも、昔の晃が現れたらきっと、私は悔しくって電車の中で大泣きしてしまったと思うから・・
そして、その横で含み笑いをしているこのアンパンマンを殴って居たに違いない・・
私は変わり果てた彼を見ながら・・
良かった・・別れて・・と心の中で呟いた。
「何よ!あれから全然、連絡がつかなくって!心配していたのよ!
私達の結婚式にも友人として来てもらいたかったのに・・・」
何をほざいているんだ!この女は・・・
頭が少し変だ!どんな顔をして私に出席をしろと言うんだ・・・
こんな女に愛する男を横取りされた・・アホな女に・・
「そう・・悪かったわね!いろいろと忙しかったので・・
在学中も働き始めてからも実家に帰る機会が無くってね!
あなた達がご結婚されたのは噂で知っていたのだけど・・
お祝いも言えなくってごめんなさいね・・・」
自分でも驚くほど・・嘘が次々に出てくるものだと感心をした。
そんな事など少しも思って居ないのに・・
「あなた・・ご結婚は??」
嫌みったらしく静香が私に聞いた・・
私は無言で首を振った・・
「あら、あなたが一番最初に結婚すると思っていたのに・・あら・・あら・・」
私は悔しくって・・唇をかんだ・・
「お前のせいだろ!このクソ女!」
喉までそんな言葉が出てくる・・
でも、それを言ってしまったら・・私がきっと惨めになるに決まっている・・
だから笑顔で静香に言った・・
「本当ね・・世の中って解らないものね・・」と
晃の顔を睨みつけながら・・・
晃はバツが悪そうに前の車両に席を求めて歩き出す・・・
「今度、遊びに来てよ!約束よ!
家は実家だから・・連絡をして・・・」
「ええ・・解ったわ!それじゃ・・」
立ち去る時の静香の顔を私は一生、忘れないだろう・・・
勝ち誇ったような・・哀れな女を見るような覚めた眼差しを・・・
私は一生・・忘れない・・
電車は、伊豆仁田に着こうとしていた・・・
彼女が隣の車両に消えて行く・・・
それを確認した瞬間に・・・
私の目から大粒の悔し涙があふれ出す・・
止まれ!止まってよ!
私は負けた訳では無いし・・
あんな、男を取られたくらい・・全然、悔しく無いんだから・・止まれ!涙・・・
その時、私の目の前に綺麗にアイロンをかけられたブルーのヘンケチが・・・
「えっ??誰???」
見上げるとそこには、前の席に座っていた彼が立っていた・・・
彼は無言で私にそのハンケチを握らせた・・・
そして何も言わずにまた、自分の席に戻って行った・・・
私は無意識にそのハンケチで溢れる涙を拭った・・・
ヘンケチから・・懐かしい・・父の香りがしたような気がした・・・
遠い昔・・・
父におんぶをしてもらった時に私に安らぎと安心をくれた・・・
そんな父の懐かしい香り・・
電車は「伊豆仁田駅」に到着しょうとしていた・・