僕が死ぬ日・・生まれる日 -57ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

料亭に入ると何とも緊張した。


私は震える声で出て来た係りの人間に言った。


「作家の木村さんと約束してるのですが・・」


場違いな私を最初は不思議そうに見つめていた係りの女は・・


そんな私の言葉を聞いて笑顔で言った・・


「木村先生のお待ちのお客様ですね!

先生は、もうお部屋にいらっしゃいますよ!」と


先生・・


そうだよな!木村、お前はもう先生と呼ばれる人間になったんだよな!


そう思うとなんとなく、会いたくない気持ちが大きくなり・・


こんな場所にのこのこ出て来た自分が哀れに思えた。


鶴の間と書かれた和室に案内をされ、部屋に入ると木村はタバコをふかし縁側にすわり中庭を見ていた。


「よう・・久しぶりだな!」


私に気が付くと彼は笑いながらそう言った。


環境が人間を変えるとは本当なのだろう・・・


久々に会った木村から昔の感じは消えていて・・


一流作家と言うオーラがあふれ出している気がした。


「ああ・・久しぶりだな!」


私は軽く1度、頭を下げる。


親友に会ったのになんとも社交的な挨拶であった。


しかし、飲み始めるとなんとなく学生時代に自然とタイムスリップを始める。


顔を真っ赤にした木村は年は取ったがやはり昔の木村である。


少しだけそんな彼を見て安心をした。


「お前・・今まで何人の女と付き合って来た??」


急に木村がそう呟く・・


「何人だろうか??覚えてないな~~~」


そう私が答えると笑いながら木村が言う


「俺も同じだ・・

俺も何人もの女と今まで付き合って来たが・・・

最近、ふと思うんだ。

その付き合って来た女の顔ってまったく思い出せない。

少しの間でも愛した女なんだぜ!

でも、顔・・思い出せないんだ!1人の女を除いては・・・」


そんな木村の言葉を聞いて自分も、もう一度、好きだった女の事を思いだして見る・・


「そうだな・・俺も名前は思い出すけど顔は思い出せない・・

いや・・1人だけ覚えているかな??」


「そいつは友美かい??」


木村は笑いながら言った。私も負けずに言った・・


「なら、お前が覚えているのは美香かい?」と


木村は含み笑いをしながら答える・・


「いいや・・違う。お前も友美ではないんだろ?

嫁さんの顔なんか、覚えていないよ・・

忘れたいくらいだ・・」


私はグラスのビールを一気に飲み干した。


「なら・・誰なんだ??」


答えは聞かなくても解っていた。


それを察したのか木村もあえてその女の名前は言わなかった・・


ただ・・一言・・


「きっと、お前と一緒の女だな・・」と呟く。


「今日子か?」


私がそう言うと木村は照れたように頷いた。


「お前ら何で別れたんだ??」


「本当に好きな女とは結婚してはいけないんだよ・・

だから別れたのかな??」


木村は少し辛そうにそう呟く・・


「本当に愛してる女と結婚してはいけない。

だって・・そいつを現実の世界の人間にはしたくないから・・

実は、大学を卒業する時に今日子に言われたんだ・・

結婚しない??って・・

俺・・断った。

それが俺達が別れた原因かな・・

怖かったんだ・・俺の大好きな今日子が消えてしまう事が・・

現実と言う世界で消えてしまうことがね!」


なんとなく木村の言っている言葉がムネに染みる・・・


「なんかさ~幸せだよな・・顔がはっきり思い出される女が居るって・・」


「ああ・・そうだな・・幸せなのかもしれないな・・」


そんな木村の言葉から・・


美香と結婚した今でもこいつの中にはまだ、今日子と言う女が存在しているのだと思った。


お前も・・俺と同じなんだ・・木村・・


私達2人にとってそれだけ今日子の存在は大きく・・・


今日子はそれだけ魅力的な女であったに違いない。


ピピピピピ・・・・・・・・・ッ


不意に木村の携帯が鳴った。


「ああ・・解っているよ!締め切りだろ!わかっている・・」


木村はそう呟いて電話を切るとすまなそうに私を見つめ言った。


「悪いな!一流作家は忙しいらしい・・

親友とゆっくり酒を飲む暇もくれないようだ・・・

誠・・また、会えるよな!絶対に・・」


木村はそう私に言うとゆっくり立ち上がった・・


「勘定はすませてあるから・・ゆっくりして行けよ!そんじゃ・・」


「ああ・・ご馳走様・・・」


そんな私の言葉に彼は少し、不機嫌そうに言った・・


「他人行儀だな・・・お前・・・」と


木村が部屋から出て行くと私はなぜか泣いていた・・・


「他人行儀だな・・お前・・」


きっと、あいつは今でも俺の事を友と思ってくれているのだろう・・


なら・・俺は・・・ごめんな・・木村・・ごめんな・・


ふと・・そんなある日の晩の出来事を思い出す・・・


一次審査通過の知らせを見た一ヵ月後・・・


私の家に直接、2次審査通過の連絡来た。


そんな冬の話であった。





「扉」の一次審査通過の発表の日は皮肉な事に私の内定した山田貿易の企業説明会の日であった。


説明会は午後からだったので結果を見てからでも十分に間に合う時間であった。


私は決めていた。


一次審査が通過したら夢を追いかけようと・・


その日の早朝から多くの部員達が部室に集まっていた。


タッタッタッタ・・・・・・・・


廊下を走る音が聞こえる。


すると急に部室のドアが開き封筒を持った木村が入って来た。


一瞬の静寂・・・


緊張の一瞬である。


木村は丁寧にゆっくりと封筒を開いた・・・


ぴ・・ピンク・・・


用紙を見た部員全員がそう口々に呟く・・


ピンク・・・


木村がゆっくりとそのピンク色の紙を封筒から取り出す。


「一名の名前が書いてあります。

作品名・・・」


私は一瞬、つばを飲み込む・・・


「作品名 今夜も何処かの星の下で・・

作者名  坂本 誠!おめでとう!」


そう木村が叫ぶと周りの人間が一成に私に拍手をした・・・


私の心に感動は無くただ、しらけていた・・


しかし、それも変なので涙を流しながらガッツポーズをして見せた・・


我慢に我慢を重ね・・やっと手に入れた希望への切符とでも言うのだろうか???


なぜか・・彼らが涙を流しながら私の通過を喜んでくれる姿にイラついた・・


多分・・自分が情けなかったのだと思う。


私は就職する事を止めた。そして夢を追うという道を歩き始めた。


それは、悪魔に魂を売ったと言うことなのだろうか???


私は人生をリセットした。


それは自分が幸せになるための行動だったのに・・


ふと気がつくと私はドンドン・・不幸になっているような気がした。


あの・・何とも不気味な声が聞こえる度に・・私はドンドン暗黒の中に落ちて行く。


「今夜も何処かの星の下で・・・」


一流作家と呼ばれた木村の代表作として絶賛された小説。


ふと、私はリセットする前の人生を思い出していた。


木村とは正直、疎遠になっていた。


大学を卒業してこいつの会ったのは・・・


木村と美香との結婚式


今日子の結婚式


そして私と友美の結婚式ぐらいか・・


そしてあいつが作家としてデビューしてからはより疎遠になり・・


私から木村に連絡をすることは殆ど無くなった。


それでも何度かはあいつから私の携帯電話に「会わないか?」と連絡が来た。


しかし、作家になったあいつが誘う店はどれも有名な高そうな店ばかりで・・


私は店の名前を聞いただけで行くのを躊躇してしまった。


それでも、あいつが何度も連絡をしてくるものだから私は思わず本音を言ってしまった・・


「そんな高そうな店に行けるほど俺には金が無いのだ・・」と


そんな私の言葉に木村は笑いながら言った。


「そんな理由だったのか?

誠、昔の約束、まさか忘れたのか??」


昔の・・約束・・


「どちらかが成功したら飲みに行く時は全部、そいつのおごりな!って約束しただろ・・」


そんな約束・・忘れちまったよ!そんな昔の約束なんか・・・


それから数日後、私はある料亭の前に立っていた。


こんな店・・もう二度と来れないんだろうな・・・


そんな言葉を呟きながら・・・


人生は辛すぎて私の手には負えない



「ちょっと時間がありますか??」


美香が少し、恥かしそうにそう呟いた。


私はゆっくり席を立つと美香の後をついて行った。


学校で出て近くの喫茶店に入る。


「それで話って???」


話の内容はなんとなくわかっていた。


木村の代わりをきっとこの女は探している。


木村が友美と付き合うことで未来が変わった。


だから・・木村の変わりをこの女は捜しているに違いない。


「去年の「扉」応募しなかったんですってね!」


美香はそんな話から話を始めた。


「ああ・・今年、勝負しょうと思ってさ~」


「自信・・あるの??」


そんな美香の言葉に私は笑いながら頷いた。


「あのね・・回りくどい話は苦手なので・・・

あなた、アニメの原案に興味ない??」


そら来た・・やっぱり


「木村に断られたのかい??」


私のそんな言葉に美香は一瞬、渋い顔をした。


「えっ・・き・・木村君は関係ないよ!」


「そう・・俺の勘違いかな??

それで、俺が君の漫画の原案を書くメリットは???」


「えっ・・メリットと言われても・・・」


一瞬、深く美香は考えると私に言った・・


「私と言う女ではどうかしら??」


なんとも・・ずうずうしい女であると思った。


「フフフフ・・・漫画の原案か・・面白そうだね!

でも、今は「扉」に集中したいので・・

返事は終ってからでもよいかい??

どうせ・・俺の他にも誰かに同じ話をしてるんだろ??」


私のそんな嫌味な答えに少しだけ彼女は不機嫌そうな顔をした。


木村は完全に就職を止めたようであった。


今日子は丸の内のある企業に内定が決まったそうだ。


今日子は仕事をしながら小説を書いて行くと言っていた。


私は・・まだ、悩んでいた。


そして、今年に全てをかけると大きな事を言ったわりにはまったく原稿は進んでいなかった。


このままでは・・俺は完全な敗者になってしまう。


せっかく人生をリセットしたのに・・せっかく・・


悪魔が囁いた・・


「あるじゃないか・・入選!確実な小説が・・あるじゃないか・・」と


入選確実な小説???


私は・・一瞬、ハッ!と息を呑んだ・・


確かに・・ある。入選確実の小説が・・


それも、私はその小説の一言一句を全て覚えるほど何度も読んでいる・・


「俺に・・木村の作品を盗めと言うのか??」


「それが一番・・確実な方法じゃないの??」


俺に・・俺に・・親友の未来を閉ざせとお前は言うのか・・


「いや・・それを決めるのは・・お前だよ・・」


私は鞄から原稿用紙を取り出すと無意識のうちに題名を書いていた・・


「今夜も何処かの星の下で・・・」


そんな題名を・・


私は一文字、一文字、思い出すように原稿用紙を文字で埋め始めた。


そして、300枚もの原稿用紙が埋まったのはそれから一週間後の事であった。


書き上げたと言う充実感は無く・・


ただ、虚しさだけが私の心に残った。


そして運命の10月の末日・・


私は部長になっていた木村にその原稿用紙を手渡したのであった。


木村は笑顔で言った・・


「自信作が書けたかい??」と


私は彼の目を直視できずに下を向いたまま呟いた・・


「ああ・・傑作だよ!」と・・


人生は辛すぎて私の手には負えない。