料亭に入ると何とも緊張した。
私は震える声で出て来た係りの人間に言った。
「作家の木村さんと約束してるのですが・・」
場違いな私を最初は不思議そうに見つめていた係りの女は・・
そんな私の言葉を聞いて笑顔で言った・・
「木村先生のお待ちのお客様ですね!
先生は、もうお部屋にいらっしゃいますよ!」と
先生・・
そうだよな!木村、お前はもう先生と呼ばれる人間になったんだよな!
そう思うとなんとなく、会いたくない気持ちが大きくなり・・
こんな場所にのこのこ出て来た自分が哀れに思えた。
鶴の間と書かれた和室に案内をされ、部屋に入ると木村はタバコをふかし縁側にすわり中庭を見ていた。
「よう・・久しぶりだな!」
私に気が付くと彼は笑いながらそう言った。
環境が人間を変えるとは本当なのだろう・・・
久々に会った木村から昔の感じは消えていて・・
一流作家と言うオーラがあふれ出している気がした。
「ああ・・久しぶりだな!」
私は軽く1度、頭を下げる。
親友に会ったのになんとも社交的な挨拶であった。
しかし、飲み始めるとなんとなく学生時代に自然とタイムスリップを始める。
顔を真っ赤にした木村は年は取ったがやはり昔の木村である。
少しだけそんな彼を見て安心をした。
「お前・・今まで何人の女と付き合って来た??」
急に木村がそう呟く・・
「何人だろうか??覚えてないな~~~」
そう私が答えると笑いながら木村が言う
「俺も同じだ・・
俺も何人もの女と今まで付き合って来たが・・・
最近、ふと思うんだ。
その付き合って来た女の顔ってまったく思い出せない。
少しの間でも愛した女なんだぜ!
でも、顔・・思い出せないんだ!1人の女を除いては・・・」
そんな木村の言葉を聞いて自分も、もう一度、好きだった女の事を思いだして見る・・
「そうだな・・俺も名前は思い出すけど顔は思い出せない・・
いや・・1人だけ覚えているかな??」
「そいつは友美かい??」
木村は笑いながら言った。私も負けずに言った・・
「なら、お前が覚えているのは美香かい?」と
木村は含み笑いをしながら答える・・
「いいや・・違う。お前も友美ではないんだろ?
嫁さんの顔なんか、覚えていないよ・・
忘れたいくらいだ・・」
私はグラスのビールを一気に飲み干した。
「なら・・誰なんだ??」
答えは聞かなくても解っていた。
それを察したのか木村もあえてその女の名前は言わなかった・・
ただ・・一言・・
「きっと、お前と一緒の女だな・・」と呟く。
「今日子か?」
私がそう言うと木村は照れたように頷いた。
「お前ら何で別れたんだ??」
「本当に好きな女とは結婚してはいけないんだよ・・
だから別れたのかな??」
木村は少し辛そうにそう呟く・・
「本当に愛してる女と結婚してはいけない。
だって・・そいつを現実の世界の人間にはしたくないから・・
実は、大学を卒業する時に今日子に言われたんだ・・
結婚しない??って・・
俺・・断った。
それが俺達が別れた原因かな・・
怖かったんだ・・俺の大好きな今日子が消えてしまう事が・・
現実と言う世界で消えてしまうことがね!」
なんとなく木村の言っている言葉がムネに染みる・・・
「なんかさ~幸せだよな・・顔がはっきり思い出される女が居るって・・」
「ああ・・そうだな・・幸せなのかもしれないな・・」
そんな木村の言葉から・・
美香と結婚した今でもこいつの中にはまだ、今日子と言う女が存在しているのだと思った。
お前も・・俺と同じなんだ・・木村・・
私達2人にとってそれだけ今日子の存在は大きく・・・
今日子はそれだけ魅力的な女であったに違いない。
ピピピピピ・・・・・・・・・ッ
不意に木村の携帯が鳴った。
「ああ・・解っているよ!締め切りだろ!わかっている・・」
木村はそう呟いて電話を切るとすまなそうに私を見つめ言った。
「悪いな!一流作家は忙しいらしい・・
親友とゆっくり酒を飲む暇もくれないようだ・・・
誠・・また、会えるよな!絶対に・・」
木村はそう私に言うとゆっくり立ち上がった・・
「勘定はすませてあるから・・ゆっくりして行けよ!そんじゃ・・」
「ああ・・ご馳走様・・・」
そんな私の言葉に彼は少し、不機嫌そうに言った・・
「他人行儀だな・・・お前・・・」と
木村が部屋から出て行くと私はなぜか泣いていた・・・
「他人行儀だな・・お前・・」
きっと、あいつは今でも俺の事を友と思ってくれているのだろう・・
なら・・俺は・・・ごめんな・・木村・・ごめんな・・
ふと・・そんなある日の晩の出来事を思い出す・・・
一次審査通過の知らせを見た一ヵ月後・・・
私の家に直接、2次審査通過の連絡来た。
そんな冬の話であった。