僕が死ぬ日・・生まれる日 -49ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

今日子から連絡が来たのは私が店を訪れてから数日後のことであった。

日曜日などめったに休みなど取れないのに彼女が指定した日は次の週の日曜日であった。

「あなたたまには日曜日に休めないの?

葵をどこかに連れて行ってあげてくださいよ!」

妻の友美にそう何度も言われていた。

そして日曜日に出勤する朝は必ず娘は私を悲しそうな眼差しで見つめる。

自分の子供をほっといて他人の子供に会いに行く

そんな自分の矛盾した行動に少しだけ罪悪感を感じる。

「誰のおかげで生活が出来てると思っているんだ!

俺が必死に働いてるからだろ!

葵にもよくその辺を話すのがお前の役目だろ!」

何度も葵に言われ私は思わず妻に罵声を浴びせる。

自分の心を・・・

いや、自分の罪悪感を誤魔化すように・・

店に行くと自宅を出たのは9時を少し過ぎた頃であった。

少しだけ遅い出勤時間に妻は疑わしそうに私を見送った。

「甘い香り・・香水の香り・・」

電車で蒲田に向かい今日子の家に着いたのは11時を少し過ぎた頃であった。

チャイムを鳴らすと中から元気な男の声がする。

そして勢いよくドアが開かれる。

そこには笑顔の純君が立っていた。

「こんにちは!おじさん・・」

「やぁ~約束は守ったよ!」

「ありがとう!」

純粋な少年の笑顔・・・

不純な私には少しだけまぶしく感じられる。

そして中から普段着の今日子が現れる。

この前とは違い落ち着いた服装に少しだけあの時の彼女の目的を想像した。

あの日、この女は何をしたかったのか?何が目的なんだ?と

部屋は2LDKのありふれた作りであった。

子供部屋兼寝室になってると思われる部屋に純君は私を誘う。

そして大きなおもちゃ箱から一体のロボットを取り出す!

「これ・・宝物!なかなか売ってないんだよ!

ママが朝早くから並んでくれてやって買えたんだ!」

ふと見るとそれは今、流行の戦隊物のロボットらしい・・

「シンケンジャーのね!」

それから延々と彼の説明が始まる。

そんな息子を今日子は嬉しそうに・・そして寂しそうに見つめていた。

「お昼出来たから・・」

今日子のそんな言葉に純君は嬉しそうに返事をするとロボットを大切そうにしまう。

そしてもう一つのテーブルのある部屋に移動した。

「わっ!ハンバーグだ!僕、大好きなんだよ!」

「ごめんなさいね!どうしても食事は子供メインにメニューに・・」

そう申し訳なさそうに言う今日子に私は言った。

「いいえ・・僕も大好物です!」と

「美味しいね~~ハンバーグ!」

そう今日子に笑顔で言う。

どのくらい言っていない?妻の料理に「美味しい」なんて・・

どのくら・・そんな優しい言葉を言っていないのだろ?

食事が終わり私のお土産のケーキを開く。

「うわ~美味しそう!僕!チョコのね!」

幸せは平凡な会話の中に存在する。

そしてこの子にはそんな平凡な生活すら手に入れることが出来ないのだ。

母親の笑顔・・そして子供の笑顔・・・

父親が存在しないと言う悲しみの意味をなんとなく純君から学んだ気がした。

「今日はありがとう!おじさん!また、来てよ!約束だよ!」

「ああ・・約束だ!今度は遊園地に行こうか!」

そんな私の無責任な提案に少しだけ今日子は渋い顔をした。

「うん!約束だよ!楽しみだな~」

そんな彼に見送られながら今日子の家を出たのは午後の3時を少し過ぎた頃で・・

玄関を出ると今日子は怖い顔で私に言った。

「あまり、あの子に無責任な約束はしないでよ!」と

大人がなんとなく言った約束も子供にとっては重要な約束なのだ・・

私は少しだけバツが悪そうに今日子に謝罪をする。

「約束は守るよ!次に日曜日に休めるのは来月だから・・

来月に3人で行こう!」

「君・・・私達親子とどうなりたいの??

いや・・私とどうなりたいの?」

私は今日子のそんな質問に答える言葉が見つからず、ただ・・

「友達になりたいんだ!」と呟いた。


誰かに不幸な私を理解してもらいたい・・


自分がどんなに不幸で苦しんでいるかを知ってもらいたい・・


くだらない戯言だと言われるしれないが・・


それは誰がきっと持ってる事だと思う。


ある意味、人は不幸な自分が好きなのかもしれない。


苦しみ悩んでいる自分が・・


そして常に願っている。


誰か私を可愛そうだと言ってくれと・・


もしかしたら・・その時の私もそう思っていたのかもしれない。


私が今日子の店を訪れたのは今日子に最後に会ってから一週間後の事であった。


本当はもっと早く行くことは出来た。


ただ、妻の言葉が頭から離れなかった・・


「また・・甘い香り・・」


匂いとは不思議だ。


自分ではまったくわからない。


タバコの匂いとか香水の匂い・・女の匂い・・


自分では気がつかなくても第三者には敏感にその匂いに反応する。


私は正直、そこまで気にしていなかった。


ふと、考える・・・


友美からは男の匂いがしていただろうか??


家に帰って来た時に・・・


友達と出かけると言って帰って来た時に男に匂いがしただろうか??


正直、そんな記憶は無かった。


いや・・私が鈍感なだけなのかもしれないが・・


一人で来るのは初めてであった。


いつもは木村が一緒だったから・・


しかし、今回は少しだけ話が複雑になりそうだったので一人で来ることにした。


店のドアを開くと茶髪のボーイが私を笑顔で出迎える。


「いらっしゃませ!ご指名の子はいらっしゃいますか??」


私は店内を見渡す。


今日子は居たが他の客を接客してるようであった。


目ざとく今日子が私を見つける。


「ごめん!おトイレ!」


そう接客していた客におどけながら席を立ち私の横を通り過ぎる。


「私を指名して!今、あいつ追い返すから・・」


そう今日子はすれ違いざまに呟きトイレに向かう。


私はボーイに連れられ席に座る。


「今日子さんをお願いします。」


そんな私の言葉に茶髪の彼は少し困ったような顔をして今日子の席を見つめた。


今日子は席に戻ると接客中の客に耳打ちをする。


彼は少しだけ微笑むと席を立った。


私はそんな光景を好奇の目で見ていた。


どんな方法で帰したのだろう???


プロの技とは感心するくらい凄い・・


しばらくすると今日子が私の席に現れる。


私の隣に座ると私に耳打ちする。


「悪いけど・・ボトル入れてくれない??

今月、少しだけピンチなのよ!」よ


「別によいよ!適当なの注文しなよ!」


そんな私の言葉に今日子は嬉しそうに微笑んだ。


少しだけ酔いが回ってきた。

珍しく今日子もお酒を飲んでいた。


何時も木村と来る時は殆どウーロン茶を飲んでいるのに?


そんなに売り上げが足りないのか??


それとも酔わなければ話せない事を話そうとしているのか??


しばらくくだらない雑談をしていた。


不意に一瞬の沈黙・・・


そして・・


「この前は悪かったわね!」


今日子がバツが悪そうにそう呟く。


「あのマンションの住人は私の親友でね!

結構なお金持ちなのよ!

少し無理を言って部屋を貸してもらったの・・」


「何でだい??」


「あら・・わからないの?あなたと友達になりたかったらよ・・」


友達と言う言葉を使うところがなんとも憎いと思った。


「結婚してるのか??」


そんな私の問いに今日子はゆっくりと首を振る・・


「離婚したの!今から3年前に・・

純がまだ、2歳の時だったと思う・・

ギャンブル好きのどうしょうも無い男・・

私が水商売を始めたのもあいつの借金を払うため・・

私ね!パン屋になりたかったの!

だから、昔はパン屋で働いていた。

いつかは自分の店を持つ事が夢だった・・

でも、夢って叶わないから夢って言うんだよね!

それ・・最近、わかった・・」


そう呟きながら今日子はコップのブランデイーを一気に飲み干した。


「怒ってる??君??」


「えっ?別に怒ってないよ!」


「そう・・なら良かった!少しだけ心配していたから・・」


それからまたしばらく沈黙・・・


向こう側で沈みきった私の席を心配そうに店のママらしき女が見つめていた。


「友達になろうぜ!それが君の望みだったんだろ?

純君との約束もありしね!

今度、君の家に遊びにいきたんだけど良いかな??

あっ・・別に変なスケベ心は無いから・・」


そんな私の言葉に今日子は少しだけ微笑んだ・・


私は何をしている??


私は何を言っている??


この女に何を求めている???


妻の浮気に悩み苦しんでいる自分が・・


自らも妻を裏切るきっかけを作ろうとしている。


「都合の良い時に連絡をしてくれ!」


私はそう今日子に呟くと席を立った。


「ええ・・わかった・・」


今日子はそう呟くとボーイを呼び寄せお勘定の手続きを始めた。


金を払い店のドアを開こうとした瞬間・・


店の隅の暗いテーブルから何とも言えない冷たい視線を感じた。


何だ??この視線は???


振り返りその方向を見つめる。


そこにはもう、誰も居なかった・・・



車に乗り少し走ると二人の後姿を発見した。


見るからに露出の激しい服を着てる今日子をすれ違う通行人が好奇の視線で見つめている。


私は車を二人の横に着け窓を開く。


「送って行こうか??」


そんな私の言葉に今日子はばつが悪そうに視線をそらした・・


「本当に!乗る!乗る!!」


そう叫んだのもう歩くのに疲れた表情を浮かべていた小さな男の子・・


「純!我侭言わないの!」


そう引きった表情で今日子は彼を一喝する。


「だって・・もう疲れたんだもの・・・」


ププ~~~ッ!


私の後ろに数台の車が詰まっていた。


今日子はチラッとイラつく運転手の顔色を伺う。


「どうする??」


私は助け舟を出すようにそう今日子に言った。


「わ・・わかったわよ!」


そう投げやりな言葉を呟き二人は車に乗り込んだ。


「何処まで送れば良いんだ??」


「えっ・・蒲田まで・・」


恥ずかしそうにそう呟く今日子の顔は少しだけ引きっていた。


「おじちゃんはママのお友達なの??お名前は??」


そう私の隣に座っていた男の子が急に私に問いかける。


「そうだよ!おじちゃんの名前は誠って言うんだ!

君の名前は??」


「純!佐藤・・純・・」


「純君か!僕はママのお友達だから・・君も僕とお友達になってくれるかい?」


そんな私の言葉に純は嬉しそうにうなずいた。


「何か飲みたくないかい?純君・・」


「うん!サイダー!」


そう純が叫ぶと今日子が鬼のような形相で怒鳴りつける!


「純!我侭言わないのよ!」と


「ごめんさい・・でも・・」


「良いんだよ!それで・・君は??」


そう言いながら今日子を見ると彼女も小さな声で・・


「コーヒー・・」と呟いた。


新青梅街道から環八に出て蒲田を目指す。


私は結婚をするまで糀谷と言う街に住んでいた。


通いなれた道である。迷うことなく蒲田に着いたのはマンションを出て1時間後の事であった。


「あっ!そこ・・曲がって・・」


そう言われ道を左折すると小さなコープタイプのアパートが見せる。


「誠おじちゃん!僕のおうち・・あそこだよ!」


先ほど見た豪華なマンションとは比べ物にならないほど・・質素な家であった。


アパートの前に車を止める。


「ねぇ~寄っていきなよ!僕の宝物を見せてあげるから・・」


「じ・・純!我侭を言わないのよ!」


「ごめんね!純君・・おじさんはこれからお仕事なんだ!」


「そうなんだ!なら、今度、絶対に遊びに来てね!約束だよ!」


「ああ・・わかったよ!お土産は何が良いかな??」


そんな私の言葉に一瞬、純は今日子の顔をチラッと見て小さな声で呟く・・


「ケーキが良いな・・」と


二人が車から降りて行く・・


降り際に今日子が私に小声で言った・・


「近いうちに・・お店に来てよ!」と


私は無言でうなずいた。


家に帰るとまだ、妻も娘も帰っていなかった。


すると突然に携帯電話が鳴る。


友美・・


そう画面に表示された。


「なんだ??どうしたのか??」


「えっ・・いや・・あなた、今・・何処??」


「えっ・・家だけど・・」


「そう・・今、駅前に居るのよ!たまには3人で食事でもしない??」


「ああ・・そうだな!今から行くよ!」


私は私服に着替えると家を出て駅に向かい歩き出す。


南口の改札の前で妻と娘が立っていた。


「お待たせ・・行こうか??」


そう呟き歩き出す・・・


すると背後で妻でポツリと呟いた・・


「またあの香りがするのね・・甘い・・香り・・」と


私は一瞬、全身が硬直した・・


しかし、聞こえない振りをして歩き出す・・・


妻はそんな私を少しだけ悲しそうな眼差しで見つめていたに違いない。


私には振り返る勇気がなかったので定かではないが・・