僕が死ぬ日・・生まれる日 -48ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

時計を見るともう9時を過ぎていた。

「そろそろ帰るよ!」

そう私が言うと

「帰るのかよ!泊まっていけよ!昔みたいに・・」

そう木村が不満そうに言った。

「そうもいかないよ!娘は明日、学校だから・・」

そう言うと待っていたかのように友美が立ち上がる。

一瞬、木村が視線が友美の全身を見つめる。

「それじゃ~失礼します!」

そう言いながら私達は階段を上り始めた。

「また来てくださいね!お待ちしていますよ!」

美香がそう愛想笑いを浮かべ呟く。

そんな事、思っても居ないくせに・・

私はそう心の中で呟きながら美香に頭を下げた。

「あっ!袖の所!少し染みになってるじゃない!」

家を出たとたん友美が葵を見ながら怒っている・・

「良いじゃないか!それくらい!クリーニング出せば落ちるよ!」

「も~う!あなたは・・この服、幾らしたと思っているのよ!」

友美の怒りは収まらないようである。

そんなに高かったのか?思わず聞きたくなる。

でも止めた・・めんどくさいから・・

「なんか・・疲れたわ!これなら家でハンバーグでも食べた方が気楽・・」

ポツリとそう呟いた友美の言葉・・

きっとそれは本音だったに違いない。

私もなんとなく友美と同じ気持ちであった。

所詮、貧乏人は貧乏人なのか?どうも金持ちの家は苦手である。

「ほら!葵・・肩車してやるよ!」

駅に向かう道を私は娘を肩車しながら歩いた。

本当の幸せは金では買えない・・

そう思い知らされる事になるとはその時の私には想像も出来なかった。

帰りの電車の中でふと私は考えていた。

美香のある言葉を・・

「最近ね!うちの旦那・・なんかおかしいの?

坂本君、なにか気がつかない??」

そう美香に言われ私は不思議そうな顔をする

「おかしいのは昔からだぞ!」

そんな冗談を言ったが美香は無表情で私を見つめる。

「おかしいって何が??」

「えっ・・なんか女の匂いがするのね・・」

「女の?女癖が悪いのは昔からだろ!今に始まった事じゃない!」

「それは商売女でしょ!今、夢中になってるのは素人よ!

それも普通の・・女・・」

だから??だから何だよ!

そう心の中で何度も呟いた。

だから何なんだ?俺には関係が無いだろ!

「で?俺にどうしろと?」

「少し探ってもらえないかな?その女のこと・・

何時もの事だと今回はなんとなく流せないような気がするのよね・・」

「俺が??勘弁してよ!嫌だよそんなの!それにそれ・・裏切りだろ?」

そんな私に美香は何か言いたそうであった。

その女は私と何か関係があるとでも言いたいのか??

もしかして・・今日子??

ふとそんな女の名前が浮かんだ。

「無理にとは言わないけど・・お礼はするから・・・」

そう呟きながら美香は私の右手を自分の胸に運んだ・・

「昔みたいに・・ね・・」

これは・・きっと脅しである。そう私は感じた。

これは依頼という名の・・脅しであると

「ああ・・わかったよ!それなりに調べてみる・・」

「お願いね!誠ちゃん・・」

この女と私は合わない。

昔も今もそれは変わらない。

私は美香にそう告げるとその場を後にした。

今日子と木村の関係??

でも、今日子は・・水商売の女だよな??

なんとなく訳がわからない。

なら、今日子が私に近づいてきたのは木村の指示だと言うのか?

何のために??何の得があると言うのか??

まったく訳がわからない。

「下井草~下井草~」

そんな事を考えていると電車はいつの間にか下井草の駅に到着していた。

チャイムを鳴らすと玄関から一人の少女が笑顔で私たちを迎えててくれた。

木村の娘のユカである。

「いらっしゃいませ!」

そう礼儀正しくお辞儀をするユカを葵は不思議そうに見つめていた。

「ほら、葵!ご挨拶は??」

そう友美に言われ葵が驚いたように頭を下げた。

「よう!いらっしゃい!」

しばらくすると中から木村が現れる。

こいつも見た事も無いような高そうな服を着ている。

私は小声で彼に言う

「お前・・七・五・三かよ!」と

木村は照れたように・・

「あいつが見っとも無いから着ろってうるさいんだよ!

本当はこんなの堅苦しくってやなんだけどよ!」

そう言うわりには何気にそんな高そうな服を着こなしてる。

なんとなく・・やはりこいつは私と違うんだと感じる。

昔・・

貧富の差なんか関係が無いと思っていた。

自分が今、貧しいのは親のせいで自分のせいではない。

俺が社会に出たら絶対に金持ちになれるのだ!

だから、自分が貧乏人であることを恥じた事は一度も無い。

しかし、現実はそうではない。

木村は今も昔も金持ちで・・

私は今も昔もこいつより貧乏人なのだ。

「囲炉裏!地下だから・・」

木村にそう言われ友美が葵を連れて地下に向かう階段に向かう。

なんとなく友美の様子が変だと思ったが初めての家で緊張してるのかと気にもしなかった。

地下に降りて扉を開くと8畳ほどの部屋の真ん中に大きな囲炉裏がある。

昔、この囲炉裏を作った時に私が一度、彼に聞いたことがある

「何で急にこんなの作ったんだよ!」と

木村は笑いながら冗談まじりに言った。

「実はこの下に隠し金庫になってるんだ!秘密だぜ!」と笑いながら・・

それが本当か嘘か今でもわからない。

でも、なんとなく木村ならやりかねないと思う。

しばらくすると料理を持った美香が現れる

友美は慌てたように「手伝います!」と言った。

「いいえ・・焼く物とお酒を持って来るだけだから・・」

美香がそう友美を冷めた目で見つめながら言った。

「気が利かないのね!坂本君の奥さん・・」

きっと、そんな陰口が聞こえそうである。

「あ・・あのこれお土産です!お口に合えばよいのですが?」

そう言いながら友美がケーキの箱を美香に差し出す。

木村がその箱を美香から奪い取るように取り上げ中を覗き込む

「あ・・あなた!はしたないわよ!」

美香は怒ったようにそう木村を諭した。

横目で美香が中身を確認した事がわかった。

ケーキの袋の店の名前を見た時から期待をしていたのか?

美香は箱の中にアップルパイがある事を確認すると嬉しそうに微笑む・・

そして意味ありげに私を見つめた。

宴会が始まった。

「大きな海老さん!初めて見た!」

娘の葵が驚いたようにトレーに乗った伊勢海老を見つめる。

「葵チャンは初めて見たの??これ・・」

木村の娘がそう不思議そうに聞いた。

「えっ!そんな事は無いわよね!葵・・

もぉ~すぐ嘘をつくんだから・・」

そう合いの手を入れたのは友美であった。

きっと葵には良い迷惑だったに違いない。

楽しい?時間が過ぎた。

少し飲みすぎたのか、私は囲炉裏部屋を出て台所に水を飲みに向かう。

私の後を追うように美香が現れる。

「今日は悪かったね!大勢で・・・」

そう私が言うと美香は少し恥ずかしそうに呟く・・

「覚えて居てくれたんだね!あのアップルパイの事・・」と

私は何と答えて良いかわからずにただ・・

「偶然だろ!それに買って来たのは嫁だから・・」と言った。

「そう・・相変わらずね!ねぇ~一つ聞いてよい?」

「何??」

「何で急にまた、旦那と仲良くし始めたの??」

「えっ??そう言われてもな~昔から友達だから俺たち・・」

「そう!奥さん綺麗ね!相変わらず・・」

「そうか?もうおばさんだよ!」

「そうかしら?大人の色気って言うの?坂本君も心配じゃない?

あんな美人の奥さんが居たんじゃ?」

「何が言いたんだ・・お前・・」

「えっ・・別に・・」

私は美香をその場に残しまた地下に戻った。

「あなたはいったい私達とどうなりたいの?」

そんな言葉が頭から離れなかった。

どうなりたい?そんな事は思っていない。

ただ、私は妻の浮気を忘れたいだけ・・

苦しい現実から逃げたいだけなんだ・・

ただ、そんな事は今日子に言えるわけもなく

私はだた、当たり障りの無い言葉を言うのが精一杯であった。

「だったらどうかなってくれるのか?

男が女に求めることなんか皆、一緒だろ?

お前を抱きたい・・」

そんな言葉を言って軽蔑され去られた方が気が楽だったのかもしれない。

次の日に木村から電話があった。

「どうだ?最近、良かったら飲まないか?」

ありがたいと思った。本当に友達とは大切だ。

「ああ・・でも、どうしょうかな?あまり頻繁に飲むのもな!

友美が・・・」

そんな私の言葉に木村が言う

「なら、俺んちに来いよ!奥さんと娘を連れて!

そりゃ~込み入った話は出来ないけどさ~

飲んでることが嘘じゃないってのは解ってもらえるだろ?

どうだ!近いうちに来ないか??」

木村の突然の提案に私は少しだけ困惑をした。

基本的に私の妻と木村の妻とは殆ど面識が無い。

「友美に聞いてみるよ!」

「ああ・・返事、待ってるぞ!」

その日の夜に私は珍しく夕食を自宅で食べていた。

家族3人の食事は久しぶりである。

「あっ!この煮物!美味しいな!」

そんな私の言葉に妻は怪訝な顔をした。

何時からあなたは煮物が好きになったの?

そう言いたそうな顔である。

私は煮物が嫌いである。特に大根の煮物は殆ど自らは食べようとは思わない。

「実は木村から今度の俺の休みに皆を自宅に招待したいと誘われたんだけど!

ほら、あいつの家に囲炉裏があるの知ってるだろ?

あそこでよく昔は飲んだんだ!

久々に家族も交えてどうだと言われたんだけど?」

そう私が友美に言うと一瞬、友美の顔が暗くなる。

「良いだろ?まぁ~あいつの嫁さんと面識があんまり無いと思うけど・・

あいつは俺の親友だからさ~これを機会に仲良くなるってもさ~」

一瞬の沈黙のあと・・

「あなたがそうしたいのなら・・良いわよ!」

友美が投げやりにそう呟いた。

次の私の休みの日の午後、葵が学校から帰ると直ぐに木村の家に向かう。

葵は今まで私が見た事も無いような高そうなブランド物の服を着てる。

そんな葵に友美は何度も何度も「服は絶対に汚すな!」と言い聞かせていた。

「お土産は何を買って行ったら良いのかしら?

奥さんが好きなの物は何??」

「そんなの知らないよ!それに別に木村の家に行くのに土産なんかいらないよ!

俺なんか昔から一度だってそんなの買って行ったことないよ!」

そんな私の言葉に少し不機嫌に友美が呟く

「あなたと私は違うのよ!」と

本当は知っていた・・木村の妻の美香の好物。

新宿にあるケーキ屋のアップルパイ。

それは多分、木村も知らない事だと思う。

美香と私は一度だけあやまちを犯した事がある。

私がまだ、若い頃の遠い昔の話である。

木村と結婚してしばらくした頃・・

木村の両親との同居に美香は疲れ果てていた。

今は高そうな毛皮をはべらせ肩で風を切るように歩いている女からは想像できない。

一度だけ木村に内緒で外で会ったことがある。

その時に食べたのがそこのアップパイであった。

そしてそれを食べた後に私達は何かに導かれるように夜の新大久保の町に消えた・・

きっと、美香もそんな事は忘れているに違いない。

もしかしたら木村と疎遠になったの理由のそれも一つなのかもしれない。

仕方がないの偶然を装って新宿駅の駅ビルに出店しているその店で・・

アップルパイと数個のケーキを買った。

初めて木村の家を見た友美はため息混じりに呟く

「大したこと無いのね・・」と

確かにこの家はね・・でも・・いや、それは言うのは止めておこう。

きっと、また友美の愚痴が一つ増えるに違いないのだから・・