僕が死ぬ日・・生まれる日 -44ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

「また違う香水の香りがするのね・・」

友美がベットに入りながらそう独り言のように呟いた。

「あなた本当に木村さんの家族と一緒に居たの?

奥さんからはそう電話をもらったけど・・」

「そうだよ!木村の家族と会っていたんだ!

木村と木村の嫁さんと娘とね!」

そんな私の言葉に一瞬、息を呑んでもう一度、友美が言った。

「本当に?」と

「しつこいな!お前!いい加減しろよ!」私は不機嫌そうにそう怒鳴る

きっと、さっきの電話は余程の自体を招いているに違いない。

友美と言う女は殆ど私に対してそんな言葉を言う事は今まで無かったのだから

私は何度も何度も心の中である言葉を繰り返す。

「何か悩みがあるのなら言えよ!俺たち夫婦だろ・・」と

しかし、実際にそれが言葉となって出る事は無い。

そんな言葉を言った後の妻の言葉が怖かった。

それから数日後、私は仕事で新宿に居た。

大きな商談がありその打ち合わせに来ていたのだ。

無事に打ち合わせも終わり部下と夕食でもと話しながら歌舞伎町を歩いていた。

町は多くの人間で溢れ路上ではテッシュを配ったり店の呼び込みをする人間が目立つ。

ふと・・私はある男を見つける。

私は、彼を発見した瞬間・・その場から動けなくなった。

「あの野郎・・・絶対にあいつだ!」

忘れたくても忘れられない男の顔・・

この数ヶ月・・私はこの男の顔をひと時も忘れた事は無い。

そしてこの男を恨み続けていた。

「悪い!用事を思い出した!

君たちだけで飲みに言ってくれるか??」

私はそう部下に言い彼に3万円握らせる。

少しだけ不思議そうな顔をして彼らはその場から立ち去った。

店の物陰からその男を観察する。

「ねぇ~店に来て見てよ!サービスするから!

メチャ!いけ面揃いだから!料金も激安だし・・」

そんな彼の言葉から彼がホストか水商売の男である事を感じた。

何で?何処で知り合ったんだ!あんなホストと・・

私にはどう考えてもこの男と妻との接点が見つからない。

木村は言っていた。

「最近はネットとか出会い系の掲示板が沢山あるから・・

寂しい主婦をターゲットにした」

そう木村は言っていたが妻はそんなタイプの女では無い事は私が一番知っている。

ならば・・何処でこの二人は出会ったのか?

偶然、何かの時に店に妻が行ったと言う事か?

友達に連れられてとか・・そんな感じなのか?

そんな事を考えているとその男は歩き出す。

しばらくすると一軒の店に入っていった。

ホストクラブ「ゼロ」

そう大きく書かれた看板の横に在籍してるホストの顔写真と名前が表示されていた。

「聖夜・・・

清い夜だって!アホか!人の嫁さんをもてあそんでいるくせに!」

彼の源氏名は「聖夜」と言った。

№2と書かれて居たのでそれなりに人気もあるらしい。

一瞬、店に乗り込もうと思ったがそれは止めた。

正直、そんな度胸も無かったし確信も無い。

まだ、何処かで妻の事を信じている自分が居るのだと苦笑いをした。

私がその場を立ち去ろうとした時に私を嗅ぎ覚えのある甘い香りが包んだ。

「えっ?この香水の香りは・・」

私は急いで振り返りその女を捜した。

見覚えのある後姿・・

何でお前がここに居る??き・・今日子・・・

その女は今日子に間違い無かった。

私は目で今日子の行き先を追った・・

そして今日子は無情にも「ゼロ」と書かれた看板の店に入って行ったのだ。

偶然なのか?別に今日子がホストクラブに遊びに来ていても別におかしな話ではない。

しかし、あの男が居る店とは・・

あまりにも話が上手く出来過ぎては居ないか??

今日子と聖夜はグルなのか??

もしもそうなら今日子が私に近づいて来た意味も解る。

私を自分に夢中にさせて妻と離婚をさせようと言う企みなのか?

でもおかしい・・なんとなくこの聖夜と言う男がそんな人を使ってまで・・

私と友美を別れさせようとする男には思えなかった。

そこまでして友美と一緒になりたいと思うだろうか??この男が・・

それに今日子と聖夜が繋がっていると言う確証も今の時点では無いのだ。

私は何ともすっきりしない心持でその場を去るのであった

「その信号を右に曲がってください!」

私がそう運転手に告げるとタクシーは信号を右折した。

すると直ぐに木村の家がある。

タクシーが静かに木村の家の前に止まった。

その途端、酔いつぶれていた美香の目がしっかりと大きく開かれた。

そして自然に背筋がピンと伸びる。

「ご苦労様ね!お釣りはいらないから・・」

美香はそう運転手に告げると財布から一万円札を一枚取り出した。

そんな光景を運転手は驚きの表情で見つめている。

一人のか弱い女から・・

木村家の長男の嫁に変わった瞬間に・・

私は美香が今までどれだけ苦労して来たか知っている。

基本的に私は彼女があまり好きではない。

でも、厳しい木村の母親の態度に耐えながら今まで嫁として生きて来た。

そんな美香を少しだけ尊敬している。

美香は静かにタクシーを下りた。

そして自分の自宅を見上げ一回・・

大きなため息をついた。

タクシーが走り去り美香が私に言った。

「今夜はありがとう!また、奥さんを連れて遊びに来なさいよね!」と

そして少し恥ずかしそうに・・

「今夜の話は秘密ね!

これで二つ・・秘密が出来ちゃったね!あなたと・・」

そう呟く。

玄関に入ろうとしてた美香が急に振り返り私に言った。

「ごめんなさいね!優秀な探偵さんに報酬をお支払いしないとね!」と

そして美香は自分のバックから帯の付いた札束を2つ私に手渡した。

「お・・おい!こんなに貰えないよ!それに別に何した訳では無いんだ!」

「フフフ・・良いのよ!全部使いたいの!

このお金ね!私がこの家に嫁に来てコツコツ貯めたヘソクリなの!

全部、使ってしまいたいの・・全部・・」

そう美香は呟きながら私の手にお金を握らせた。

「じゃ~ね!さようなら・・」

そう呟いた美香の笑顔は私が今まで見て来た彼女の笑顔の中で・・

飛び切りの笑顔であったと思う。

私は美香が玄関に入るのを見届けると歩き出す。

私がその日、自宅に戻ったのは11時を少しだけ過ぎた頃であった。

自宅にはまだ、電気が付いている。

「あいつ・・まだ起きてるのか?」

私はそう呟きながら玄関を開けた。

「困ります!いい加減にしてください!」

家に入ると美香の怒鳴り声が聞こえる。

何だ?・どうした??誰と話してる??

「もう切りますから!」

受話器を叩きつける大きな音が静寂に包まれた部屋に響きわたる・・

私はわざともう一度、玄関のドアを開くと手荒に大きな音を立てて閉めた。

驚いたように妻がリビングから現れる。

「あら・・あなた!お帰りなさい!」

少しだけ顔色が悪い・・

何か面倒な事に巻き込まれているのでは?

そんな不安が私を襲う。

男関係か?例の浮気相手と何かトラブル・・

妻に聞きたいと思ったが怖くて聞けなかった。

それに妻がその事に対して素直に話すとも思って居なかったのだ。

私はそのままリビングに向かい冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと一気に飲み干した。

「寝るから・・」

不機嫌そうに私がそう呟くと妻は何も言わずに部屋から出て行った。

お前は何を隠している?

何を・・

お前は何に苦しんでいる?

それは俺に話せない事なのか??

そうだよな!俺を裏切っているのだから・・

私はそんな妻に怒りる事も出来ない自分自身の不甲斐なさに涙した。



「お前は今でも綺麗だよ!」

そう私は呟くとゆっくりタクシー乗り場に歩き出す。

いつの間にか私の首筋を濡らしていた水滴は止まっていた。

何時もなら直ぐに着くはずのタクシー乗り場までの道のりが異常に長く感じる。

それはもしかしたら少しでも美香の温もりを感じて居たいと言う・・

私のスケベ心が足を遅らせたのかもしれない。

タクシーに乗り込むと車内にアルコールと胃液の何とも言えない匂いが充満した。

運転手は一瞬、顔をしかめ私の横で真っ青な顔をしてる美香を見つめる。

チッ!そう舌打ちをして私を睨みながら言った

「大丈夫なの?お連れさん・・吐かないでよ!頼むから・・」

私は一瞬、ムッとしながらも愛想良く運転手に言った。

「糀谷まで・・」と

車で走り出し直ぐに美香が私に話しかける。

「誠・・あなたにも今でも忘れられない人って居る?」と

「えっ?」

そう私が答えると美香は勝手に話し出す。

「私には忘れられない人が居るの・・

たまに思うのよ!何で彼と私は結婚しなかったのかって・・

もしも彼と結婚していたらもっと幸せになれたのでは無いのかって・・」

そう私の肩にうなだれながら美香は悲しそうに言った。

私にも居た・・そんな女が・・

忘れられない女・・

いや・・忘れたいのに忘れられない女が・・

私が初めて愛した女・・

そして初めて旦那の居る女を愛した最初の女・・

20代の私は雪の降りしきる旭川の町で彼女に言った。

「旦那と!別れろよ!俺が幸せにするから・・」と

彼女はポケットからタバコを一本取り出すと美味そうに煙を胃に入れながら言った。

「あなたに私の人生は背負えない・・」と

今なら笑えるのかもしれない・・

でもその時の私はあまりにも若すぎた。

今でもその時の彼女のその言葉の意味が解らない。

それが優しさだったのか?それとも本音だったのか?

でもたまに妻をつめながらこの女は何で俺の前に居る?と思うのは・・

きっと、今でも妻と彼女を比べているからなのかもしれない。

今でも私は彼女を愛しているのか?

もしも、あの時、彼女が旦那と離婚して私と結婚したら・・

今の私は幸せだったのか?それは正直、わからない。

でも、人間は何時も逃げ道を探している。

自分に都合の良い妄想という名の逃げ道を・・

もしかしたら永遠に私はあの旭川の女を忘れる事は出来ないのかもしれない・・

「私ね!青森の出身なの!」

不意に美香が話し始める。

青森?私は彼女は東京の生まれだと思っていた。

青森の田舎の小さな町で今でも両親は小さなりんご農園をしている。

私はそんな田舎が大嫌いでね!

私の家の隣に健ちゃんって言う幼馴染の男の子が居て・・

高校まで一緒だったわ!

私が高校を卒業して美容師になる為に東京に行くときに彼、駅まで来てくれてね!

私に一通の手紙を照れながら渡してくれた。

ラブレターだった。

何時までも待ってる!から・・美香を・・って

彼、頭がよくってね!地元の国立大学に進学してバイオなんとかって難しい研究をして

今、全国で5本の指に入る大きな農場を経営してるの・・

一回だけ実家に帰った時に偶然に会ってさ!

今でも独身なんだって!酒もタバコもギャンブルもやらないまじめな人・・

お帰り!って彼が言ってくれて・・

私が抱いている娘を見て悲しそうな顔をして・・

なんとなく彼が私が待っていてくれたのではなんて勘違いなんかして・・

そして思った・・

もしも、彼の気持ちを素直に受けていたら・・

もっと、違う人生があったのではないのかと?

今さら遅いのにね!私って馬鹿なのよ!基本的に・・」

美香はそう言い終わると一筋の涙をこぼした。

「皆・・馬鹿だよ!人間なんて・・」

私はそう呟きながら強く美香を抱きしめた。

「そうかもね!でも現実からは逃げれないから・・頑張らないとね!」

美香はそう呟きながら私の胸に顔を埋めた。

「お客さん!家は何処なの?」

運転手がそう呟く

気が付くとタクシーの外の景色は辛い現実という世界を映し出していた。

人生は辛すぎて私の手には負えない。