「お前は今でも綺麗だよ!」
そう私は呟くとゆっくりタクシー乗り場に歩き出す。
いつの間にか私の首筋を濡らしていた水滴は止まっていた。
何時もなら直ぐに着くはずのタクシー乗り場までの道のりが異常に長く感じる。
それはもしかしたら少しでも美香の温もりを感じて居たいと言う・・
私のスケベ心が足を遅らせたのかもしれない。
タクシーに乗り込むと車内にアルコールと胃液の何とも言えない匂いが充満した。
運転手は一瞬、顔をしかめ私の横で真っ青な顔をしてる美香を見つめる。
チッ!そう舌打ちをして私を睨みながら言った
「大丈夫なの?お連れさん・・吐かないでよ!頼むから・・」
私は一瞬、ムッとしながらも愛想良く運転手に言った。
「糀谷まで・・」と
車で走り出し直ぐに美香が私に話しかける。
「誠・・あなたにも今でも忘れられない人って居る?」と
「えっ?」
そう私が答えると美香は勝手に話し出す。
「私には忘れられない人が居るの・・
たまに思うのよ!何で彼と私は結婚しなかったのかって・・
もしも彼と結婚していたらもっと幸せになれたのでは無いのかって・・」
そう私の肩にうなだれながら美香は悲しそうに言った。
私にも居た・・そんな女が・・
忘れられない女・・
いや・・忘れたいのに忘れられない女が・・
私が初めて愛した女・・
そして初めて旦那の居る女を愛した最初の女・・
20代の私は雪の降りしきる旭川の町で彼女に言った。
「旦那と!別れろよ!俺が幸せにするから・・」と
彼女はポケットからタバコを一本取り出すと美味そうに煙を胃に入れながら言った。
「あなたに私の人生は背負えない・・」と
今なら笑えるのかもしれない・・
でもその時の私はあまりにも若すぎた。
今でもその時の彼女のその言葉の意味が解らない。
それが優しさだったのか?それとも本音だったのか?
でもたまに妻をつめながらこの女は何で俺の前に居る?と思うのは・・
きっと、今でも妻と彼女を比べているからなのかもしれない。
今でも私は彼女を愛しているのか?
もしも、あの時、彼女が旦那と離婚して私と結婚したら・・
今の私は幸せだったのか?それは正直、わからない。
でも、人間は何時も逃げ道を探している。
自分に都合の良い妄想という名の逃げ道を・・
もしかしたら永遠に私はあの旭川の女を忘れる事は出来ないのかもしれない・・
「私ね!青森の出身なの!」
不意に美香が話し始める。
青森?私は彼女は東京の生まれだと思っていた。
青森の田舎の小さな町で今でも両親は小さなりんご農園をしている。
私はそんな田舎が大嫌いでね!
私の家の隣に健ちゃんって言う幼馴染の男の子が居て・・
高校まで一緒だったわ!
私が高校を卒業して美容師になる為に東京に行くときに彼、駅まで来てくれてね!
私に一通の手紙を照れながら渡してくれた。
ラブレターだった。
何時までも待ってる!から・・美香を・・って
彼、頭がよくってね!地元の国立大学に進学してバイオなんとかって難しい研究をして
今、全国で5本の指に入る大きな農場を経営してるの・・
一回だけ実家に帰った時に偶然に会ってさ!
今でも独身なんだって!酒もタバコもギャンブルもやらないまじめな人・・
お帰り!って彼が言ってくれて・・
私が抱いている娘を見て悲しそうな顔をして・・
なんとなく彼が私が待っていてくれたのではなんて勘違いなんかして・・
そして思った・・
もしも、彼の気持ちを素直に受けていたら・・
もっと、違う人生があったのではないのかと?
今さら遅いのにね!私って馬鹿なのよ!基本的に・・」
美香はそう言い終わると一筋の涙をこぼした。
「皆・・馬鹿だよ!人間なんて・・」
私はそう呟きながら強く美香を抱きしめた。
「そうかもね!でも現実からは逃げれないから・・頑張らないとね!」
美香はそう呟きながら私の胸に顔を埋めた。
「お客さん!家は何処なの?」
運転手がそう呟く
気が付くとタクシーの外の景色は辛い現実という世界を映し出していた。
人生は辛すぎて私の手には負えない。