情けない男 | 僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

「その信号を右に曲がってください!」

私がそう運転手に告げるとタクシーは信号を右折した。

すると直ぐに木村の家がある。

タクシーが静かに木村の家の前に止まった。

その途端、酔いつぶれていた美香の目がしっかりと大きく開かれた。

そして自然に背筋がピンと伸びる。

「ご苦労様ね!お釣りはいらないから・・」

美香はそう運転手に告げると財布から一万円札を一枚取り出した。

そんな光景を運転手は驚きの表情で見つめている。

一人のか弱い女から・・

木村家の長男の嫁に変わった瞬間に・・

私は美香が今までどれだけ苦労して来たか知っている。

基本的に私は彼女があまり好きではない。

でも、厳しい木村の母親の態度に耐えながら今まで嫁として生きて来た。

そんな美香を少しだけ尊敬している。

美香は静かにタクシーを下りた。

そして自分の自宅を見上げ一回・・

大きなため息をついた。

タクシーが走り去り美香が私に言った。

「今夜はありがとう!また、奥さんを連れて遊びに来なさいよね!」と

そして少し恥ずかしそうに・・

「今夜の話は秘密ね!

これで二つ・・秘密が出来ちゃったね!あなたと・・」

そう呟く。

玄関に入ろうとしてた美香が急に振り返り私に言った。

「ごめんなさいね!優秀な探偵さんに報酬をお支払いしないとね!」と

そして美香は自分のバックから帯の付いた札束を2つ私に手渡した。

「お・・おい!こんなに貰えないよ!それに別に何した訳では無いんだ!」

「フフフ・・良いのよ!全部使いたいの!

このお金ね!私がこの家に嫁に来てコツコツ貯めたヘソクリなの!

全部、使ってしまいたいの・・全部・・」

そう美香は呟きながら私の手にお金を握らせた。

「じゃ~ね!さようなら・・」

そう呟いた美香の笑顔は私が今まで見て来た彼女の笑顔の中で・・

飛び切りの笑顔であったと思う。

私は美香が玄関に入るのを見届けると歩き出す。

私がその日、自宅に戻ったのは11時を少しだけ過ぎた頃であった。

自宅にはまだ、電気が付いている。

「あいつ・・まだ起きてるのか?」

私はそう呟きながら玄関を開けた。

「困ります!いい加減にしてください!」

家に入ると美香の怒鳴り声が聞こえる。

何だ?・どうした??誰と話してる??

「もう切りますから!」

受話器を叩きつける大きな音が静寂に包まれた部屋に響きわたる・・

私はわざともう一度、玄関のドアを開くと手荒に大きな音を立てて閉めた。

驚いたように妻がリビングから現れる。

「あら・・あなた!お帰りなさい!」

少しだけ顔色が悪い・・

何か面倒な事に巻き込まれているのでは?

そんな不安が私を襲う。

男関係か?例の浮気相手と何かトラブル・・

妻に聞きたいと思ったが怖くて聞けなかった。

それに妻がその事に対して素直に話すとも思って居なかったのだ。

私はそのままリビングに向かい冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと一気に飲み干した。

「寝るから・・」

不機嫌そうに私がそう呟くと妻は何も言わずに部屋から出て行った。

お前は何を隠している?

何を・・

お前は何に苦しんでいる?

それは俺に話せない事なのか??

そうだよな!俺を裏切っているのだから・・

私はそんな妻に怒りる事も出来ない自分自身の不甲斐なさに涙した。