僕が死ぬ日・・生まれる日 -42ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

妻が実家に帰ったと言う現実は私にそんなに衝撃を与えなかった。

ある程度、予想をしていた事だったからだ。

妻が家を出て3日の月日が流れた。

その間、結局、私は妻の実家に一度も連絡をしていない。

そして妻からも何の連絡も来なかった。

そんな状況でも仕事には行かなくてはいけない。

ある意味・・男とは辛い職業だと思う。

妻が家を出たその日の晩に木村から電話が来た。

まるで私の状況を把握してるかのタイミングに驚く。

「どうだ?最近・・嫁さんと・・」

木村のそんな言葉を聞いた瞬間に我慢していた涙が溢れ出す・・

「実家に帰ったよ!もう・・多分、駄目だと思う・・」

そんな私の言葉に木村はただ・・

「飲みに行こうか?誠・・」と一言

親友なんていらないと思っていた。

でも、この時ほど木村と言う男の存在に感謝した事は無い。

「店長!最近、顔色がすぐれないようですが?

調子でも悪いんですか?」

妻が家を出て4日目・・

私のやつれ様を見かねた部下の一人が私にそう言った。

「いいや・・最近、食欲が無くってね・・」

私はこの4日間、殆ど食べ物を口にしていない。

アルコールだけで生きてるようなものであった。

正直、自分でもこんな状態になるとは思っても居なかった。

妻とだって毎日、そんなに話をしていた訳ではない。

それに私は基本的に一人で居る事が好きな性格である。

だから、別に妻が居なくなっても平気だと思っていた。

しかし、自分の予想以上に・・

妻が居る当たり前の現実が消えた事は私の心の中に大きな衝撃を与えたようである。

そんなある日、本社の人事部長の大久保から連絡が入る。

「よう!坂本!調子はどうだ?」

そんな言葉を彼が私に言うのは珍しい・・

「うちの嫁さんが最近、料理教室なんかに通い始めてよ!

最近、料理にはまってるんだ!お前、良かったら食いに来てくれないか?」

大久保はそれ以外、何も言わずに電話を切った。

きっと、私の状態が彼の耳にも入っているのだろう・・

そんな彼の優しさに感謝した。

私と大久保は長い付き合いである。

私が入社試験を受けた時の面接官が当時、人事課長であった彼であった。

面接の時に彼は何も言わず私の目をじっと見つめていた。

私も何も言わずに彼の目を睨んでいた。

面接時間が終わり席を立とうとする私に彼が言った

「お前・・良い目をしているな!

地獄に来る心構えはあるか?」と

私は振りかえり彼の目を睨み

「望むところです」と呟いた。

多分、その他に3社、内定が決まっていた余裕がそんな行動を取らせたのだと思う。

私は結局、この会社に就職した。

なんとなく地獄が見てみたかったのかもしれない。

入社式で私に彼は言った。

「地獄へようこそ!死んでくれ!

でも、地獄の先は天国だぞ!」と

それから大久保は何かと家族ぐるみで私の面倒を見てくれる。

私が唯一、信頼している上司である。

次の日の夜、私は早上がりをすると彼の自宅に向かった。

玄関のチャイムを鳴らすと中から女性の声が聞こえドアが開かれる。

少し小太りの中年女性・・

大久保の妻の小百合である。

小百合は懐かしそうに私を見つめ・・

「上がりなさいよ!」と呟いた。

リビングに通されドアを開くと大久保が座っていた。

そして私を見ながら悲しそうに呟いた。

「随分と痩せたな・・お前・・」と

私がソファーに座るとグラスが2個運ばれて来た。

「まぁ~一杯、飲めよ!話はそれからだ・・」

そう言いながら彼がグラスにビールを注ぐ。

そして一気にビールを飲み干すと私に尋ねた。

「何が起こってるんだ?お前に・・」と

私は彼に呟いた・・

「妻が・・実家に帰りました。離婚するかもしれません!」と

大久保は少し驚いたような顔を一瞬して言った

「何があったんだ?話してみろよ!」と

今日子の家を出て電車に乗り下井草の駅に着く。

私は駅のコインロッカーに閉まってあったスーツを取り出すと駅のトイレで着替えをした。

自宅に戻ると家は真っ暗であった。

誰も居ないのか?葵も今日子も??

もしかしたら二人で外食にでも行ったのか思い少しだけホッとして玄関を開いた。

家の中に入りリビングに行くと薄明かりが灯っている。

そっと、ドアを開き中を覗くとテーブルにウイスキーのボトルを置いて・・

友美が一人で酒を飲んでいた。

「お・・お前!何やってんだ!酒なんか飲んで?」

そう私が驚きながら言うと友美は私を睨みつけながら呟いた。

「飲んで何が悪いのよ!あんたなんか、毎晩、飲んでるでしょ!

あなたが良くって!私が飲んで何が悪いのよ!」と

相当・・酔っているようである。

「葵は・・どうしたんだ?」

「ええ・・私の実家に泊まらせに行かせたわ!

世間では明日も休日だから・・」

そう嫌味っぽく言うと友美は一気にグラスの酒を飲み干した。

私は何も言わずにその場を立ち去ろうとした。

そして私がドアのノブに手をかけた瞬間・・・

「副店長の加藤さんから電話があったわよ!

お休みのあなたに急用があったそうで・・」

一瞬・・私の全身が凍りつく・・

私は震える手を必死に押さえるようにドアを開いた。

「なんとか言いなさいよ!今日は仕事ではなかったの?」

どうする・・

よりよってこんな時に自宅に電話をして来るとは・・

本当にアホな男だ。

「あいつ・・最近、ノイローゼ気味なんだ!

休みだったのはあいつの方だ」

なんとも苦しい言い訳であった。

「今夜はあの甘い香りはしないのね!

もしかしてシャワーでも浴びて来たのかしら?」

まるで私の言い訳が聞こえないように友美は話続ける。

「いい加減にしないか!」

私は振りかえり妻に向かい怒鳴りながら叫んだ!

「いい加減にするのはあなたでしょ!」

妻は氷のような冷たい目で私を睨みそう呟く・・

そして・・

「あんた!いつたい何をして来たのよ!」そう叫んだ。

私は・・呟く!妻を睨みつけながら・・

「お前と一緒の事だよ・・」と

妻はより激怒して叫んだ!

「私が何をしたと言うのよ!」と

私はそんな妻を睨み言った。

「浮気だよ・・」と

終わった・・

その言葉は自然に口から出て来たと思う。

何の躊躇も無く・・

何の迷いも無く・・

当たり前のように・・本当に自然に・・

私は静かにドアを閉めた。

その途端、ドアの向こうから泣き叫ぶ妻の声が聞こえた。

「信じていたのに!本当に信じて・・」

私はそんな妻の声を聞きながら呟いた。

「信じていた・・俺もだよ・・」と

そのまま寝室に向かいベットに倒れこむ。

今夜は眠れそうも無い。

私は強いアルコールを胃に流し込み無理やりに眠ろうとした。

妻はその夜、寝室に現れる事は無かった。

ピピピピピ・・・ッ

けたたましく目覚まし時計の音が聞こえる。

時計を見ると7時を少しだけ過ぎていた。

私はふらつく足で一階のリビングに向かう。

何と言おう・・妻に何て・・

私の頭の中はそんな言葉で溢れていた。

静かにリビングのドアを開く。

静まり返ったリビングに人の気配は感じられなかった。

その代わりに一枚の紙切れがテーブルの上に無造作に置かれていた。

「実家に帰ります。」

そんな言葉・・

私はその紙をクシャクシャに丸めるとゴミ箱に捨てた・・

さようなら・・そんな言葉を呟きながら。

数本の飲み干された缶ビールの空き缶がテーブルの上に散乱していた。

今日子は何処からかウイスキーのボトルを持ってくる。

そしてグラスを私と自分の前に置いた。

そしてグラスにウイスキーを注ぎながら呟く。

「あなた・・奥さんを愛してるの?」と

愛してるのか?そう聞かれて私は即答出来なかった。

そんな私に追い討ちをかけるように今日子が呟く。

「さっき、色々とあるって言っていたけど・・

奥さんとの事??」

私はまるで蛇に睨まれた蛙のように身動き出来なくなった。

「ああ・・実はあいつ浮気をしてるようなんだ」

そんな私の言葉に今日子はまるでその事を知っているかのように

眉一つ動かさない。驚きもせずに言った。

「そう・・こんなに良い男が旦那でも女は違う男を捜すのね!

女って・・いや!人間って欲張りだね・・」と

そう呟くと今日子は私の隣に座りなおし私の顔を自分の胸に引き寄せ言った。

「別れられないの?」と

答えに困って沈黙してる私に唇に今日子の唇が重なる。

そして唇を離すと今日子は言った。

「忘れさせてあげるから・・おいで・・」と

私の理性はその言葉でぶっ飛んだ・・

私はまるで獣のように今日子に覆いかぶさる・・

そして涙を流しながら今日子の胸を愛撫する・・

今日子の息が妖艶に荒くなる・・

「おいで・・誠・・」

私は何をしてるのだろう?これでは妻と同じではないか?

いや・・違う!私は悪くない!私をこんなにしてしまったのはあいつだ!

俺は悪く無い!俺は・・俺は悪くない!

私はそんな奇麗事を心の中で何度も何度も叫びながら今日子を抱いた。

「タバコ・・くれる?」

乱れた息を整えるように今日子がそう呟く。

私はタバコを一本・・今日子に手渡しライターを手にした。

「何時もと反対だね!あなたが火を付けてくれるなんて!」

そう笑いながら今日子は言った。

私は・・何も言わずにただ、自分もタバコを取り出す。

「別れてくれない?奥さんと・・」

突然の今日子の言葉・・

「別れて・・純のお父さんになってあげてもらいたい。

私なら絶対にあなたを悲しませたりしないから・・」

タバコの灰が自然と灰皿に落ちる。

今日子は返事を強制するかのように私を見つめる・・

もしも、今日子が何かを企んでいるとするならば・・

その瞬間、私はこいつの企みにまんまと、はまってしまったのかもしれない。

でも、それは自分の思い過ごしである事を願っている自分・・

今日子が私の事を愛してくれていると信じたい自分がそこに居た。

「少しだけ考えさせてくれ・・」

その言葉を待っていたかのように今日子の唇が私の唇に重ねられた・・

キャスターマイルドの味がした・・

そんな大人のキスであった。

「シャワーを使わせてくれないか?」

「えっ?泊まっていけないの?」

「ああ・・帰るよ!今夜は・・」

「そう・・帰るの・・」

私は今日子の顔を見る事が出来なかった・・

いや・・もしも見てしまったら帰れないと思った。

シャワーを浴びて私は洋服を着て玄関に向かう。

「連絡・・してよね!お店にもまた着てよね!

そして・・また、純と遊んであげてね!」

そう今日子は私を見送りながら言った・・

そして私の唇に真っ白な長い人差し指を当てながら・・

「また・・抱いて・・」と微笑みながら呟いた・・

愚か者だ!私は・・私は・・愚か者だ!

友美と結婚した時に誓ったはずなのに・・

もう過ちは繰り返さないと!一生、友美を愛し続ける誓ったのに・・

私は静かに玄関をしめた。

何で・・何でこんな風になってしまったのか?

何で・・何で・・

俺は友美を愛していたのではないのか?

友美を幸せにしてあげたいと誓ったあの日の俺の思いは偽りだったのか?

死んでしまいたかった。

自分が・・本当の自分が見えなかった。

私は・・愚か者である!そしてそんな俺に妻を責める資格は無いのかもしれない。