妻が実家に帰ったと言う現実は私にそんなに衝撃を与えなかった。
ある程度、予想をしていた事だったからだ。
妻が家を出て3日の月日が流れた。
その間、結局、私は妻の実家に一度も連絡をしていない。
そして妻からも何の連絡も来なかった。
そんな状況でも仕事には行かなくてはいけない。
ある意味・・男とは辛い職業だと思う。
妻が家を出たその日の晩に木村から電話が来た。
まるで私の状況を把握してるかのタイミングに驚く。
「どうだ?最近・・嫁さんと・・」
木村のそんな言葉を聞いた瞬間に我慢していた涙が溢れ出す・・
「実家に帰ったよ!もう・・多分、駄目だと思う・・」
そんな私の言葉に木村はただ・・
「飲みに行こうか?誠・・」と一言
親友なんていらないと思っていた。
でも、この時ほど木村と言う男の存在に感謝した事は無い。
「店長!最近、顔色がすぐれないようですが?
調子でも悪いんですか?」
妻が家を出て4日目・・
私のやつれ様を見かねた部下の一人が私にそう言った。
「いいや・・最近、食欲が無くってね・・」
私はこの4日間、殆ど食べ物を口にしていない。
アルコールだけで生きてるようなものであった。
正直、自分でもこんな状態になるとは思っても居なかった。
妻とだって毎日、そんなに話をしていた訳ではない。
それに私は基本的に一人で居る事が好きな性格である。
だから、別に妻が居なくなっても平気だと思っていた。
しかし、自分の予想以上に・・
妻が居る当たり前の現実が消えた事は私の心の中に大きな衝撃を与えたようである。
そんなある日、本社の人事部長の大久保から連絡が入る。
「よう!坂本!調子はどうだ?」
そんな言葉を彼が私に言うのは珍しい・・
「うちの嫁さんが最近、料理教室なんかに通い始めてよ!
最近、料理にはまってるんだ!お前、良かったら食いに来てくれないか?」
大久保はそれ以外、何も言わずに電話を切った。
きっと、私の状態が彼の耳にも入っているのだろう・・
そんな彼の優しさに感謝した。
私と大久保は長い付き合いである。
私が入社試験を受けた時の面接官が当時、人事課長であった彼であった。
面接の時に彼は何も言わず私の目をじっと見つめていた。
私も何も言わずに彼の目を睨んでいた。
面接時間が終わり席を立とうとする私に彼が言った
「お前・・良い目をしているな!
地獄に来る心構えはあるか?」と
私は振りかえり彼の目を睨み
「望むところです」と呟いた。
多分、その他に3社、内定が決まっていた余裕がそんな行動を取らせたのだと思う。
私は結局、この会社に就職した。
なんとなく地獄が見てみたかったのかもしれない。
入社式で私に彼は言った。
「地獄へようこそ!死んでくれ!
でも、地獄の先は天国だぞ!」と
それから大久保は何かと家族ぐるみで私の面倒を見てくれる。
私が唯一、信頼している上司である。
次の日の夜、私は早上がりをすると彼の自宅に向かった。
玄関のチャイムを鳴らすと中から女性の声が聞こえドアが開かれる。
少し小太りの中年女性・・
大久保の妻の小百合である。
小百合は懐かしそうに私を見つめ・・
「上がりなさいよ!」と呟いた。
リビングに通されドアを開くと大久保が座っていた。
そして私を見ながら悲しそうに呟いた。
「随分と痩せたな・・お前・・」と
私がソファーに座るとグラスが2個運ばれて来た。
「まぁ~一杯、飲めよ!話はそれからだ・・」
そう言いながら彼がグラスにビールを注ぐ。
そして一気にビールを飲み干すと私に尋ねた。
「何が起こってるんだ?お前に・・」と
私は彼に呟いた・・
「妻が・・実家に帰りました。離婚するかもしれません!」と
大久保は少し驚いたような顔を一瞬して言った
「何があったんだ?話してみろよ!」と