僕が死ぬ日・・生まれる日 -27ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

静寂の中で響き渡る友美の叫び声を聞きながら、私の頭の中はフル回転を始める。

男の心の動き!そしてそれを受け止める女の心の叫びが私の中で文字となって降り注ぐ。

出だしはどうする?この男はなぜに自分の妻をそこまで暴力と言う鎖で地獄の底まで落とし入れようとするのか?その先にある物はきっと、男の弱さ・・・

友美の叫び声が終わる頃には私は題名の無い小説の一章説を既に完成させていた。

文字書きとはなんと愚かな生き物なのだろうか?

それと同時に私は愛用のボイスレコーダーを手元に置いておかなかった致命的な過ちに悲鳴を上げる。

頭の中で完成して行く文字の羅列はドンドン消えて行く。

それは何時もの事で別に珍しい事ではない。何時か時期が来ればまた同じ文章が私の頭の中に蘇るからだ。しかし、今回は自信が無かった。この怒りにも似た感情を再び文字と言う世界で表す事はきっと、二度と出来ないだろう。

私は直ぐに起き上がるとまだ、消えていない文字達をボイスレコーダーに避難させる。

「傑作をまた消してしまった・・」そんな戯言を呟きながら。

しかし、何時までもそんな余韻に浸り後悔をしている場合ではない。

なぜなら、今、自分が書かなければいけない話はアイドルとおっさんの恋愛話なのだ。

ボイスレコーダーに最後の文字を呟き私はそのまま深い眠りに落ちて行った。

次の朝、燃えないゴミを出しにゴミ捨て場に向うとそこには友美の姿があった。

何時もと違い彼女は深々とお辞儀をして礼を尽くす。

「先生!おはようございます!」

先生と言われなんとなく寂しい気持ちになる。

そして再び担当者の本間の言葉を思い出す。

「彼女は人妻だから愛してはいけない・・」と

その深いお辞儀は業務的であった。その瞬間、今まで何の隔たりも無かった隣人は、何時の間にか私の下の地位の人間に変わった。仕事という名のもとに・・

私は軽く会釈をしながら呟く!「やぁ~おはよう!」と

そう言いながら彼女の全身を舐めるように上から下へ見つめる。

真っ白なまるで雪のような肌に点々と青い痣が見え隠れしている。

それが昨夜の悲鳴の証だと言わんばかりに・・

私は自宅に戻るとパソコンの電源を入れ小説を書き始める。

何かしていないと心が壊れそうだったのだ。

そう何かに没頭して現実の世界から逃げ出さないと私の小さな心は壊れ廃人なりそうであったのだ。

しばらくするとパソコンのメールランプが着信を知らせる。

「誰だ?こんな朝早くから・・」

私はそう呟きながらメールを確認する。

見慣れないメールアドレス。静かにメールを開く。

「ベッキー先生!おはようございます!まいちゃんです!」

まい?そんな名前の人物が誰なのか直ぐに思い出すことが出来なかった。

以前まであんなに気にかけて居た女なのに・・

「最近、あまりブログに遊びに来て頂けていないようで!まいはチョ~寂しいですよ~

お仕事が忙しいのかな?たまには遊びに来て絡んでね?ヨロシクね~」

何とも軽い文章に不快感を持つよりなんとなく安らぎを感じる。

そういえば、あの北海道の青年はどうしてるのだろう??連絡をしてくれとアドレスと確か携帯の番号を教えたはずなのだが?

久々にまいのブログにアクセスをしてみる。当初、私だけだった読者は20人に増えていた。そんな読者を上から順番に見つめる。

「安藤健と申します!」

そんな題名のブログを発見した瞬間、私は何の躊躇もなくそのブログに飛んだ。

北海道の雄大な景色が広がっていた。

ブログに貼られた数々の北海道の写真。ブログのメッセージボードにこんな言葉・・

「辛い時は思い出せば良い!君の心に刻まれているこんな何の変哲も無い景色を・・」

それが安藤君からのまいへのメッセージである事は一目瞭然であった。

辛い時に思い出せば良い!君が過ごした北海道の景色を・・

私は貼られている北の雄大な山々を見つめなんとなく心が洗われる気持ちになった。

まいのブログに戻ると2回目のライブの告知が表示されていた。

私は迷わず予約フォームをクイックしてそのライブのチケットを2枚予約した。

その後、コメント欄にコメントを残す。

「何時も応援しています!次のライブにも絶対に行きますよ~~」と

ファン心理。一人のアイドルを愛するそんな人間にならなければいけない。

小説家とはなんと不器用で愚かな生き物なのだろう・・

そして一冊の物語を完成させてしまったらきっと、私はそんな人物を辞めてしまし次の違う小説の主人公に変わって行く!ある意味、罪深い人間である。

ただ、そんな物なのだろう人なんてものは!一生涯同じ人間のファンで居る事が出来るのはきっと、ファンではない!それは愛なのかもしれない。

私は直ぐに本間に電話を入れる。「はい!誰よ!まだ夜中よ!」時間は8時を少し過ぎた頃である。夜型のこいつにしてみればまだ、夜中なのかもしれない。

「俺だ!ベッキーだ!真夜中にすまないな!でも俺にしてみれば朝だ!」

そう私が不機嫌そうに言うとハッ!としたように本間は言った。

「せ・・先生!申し訳ございません!何か不手際がございましたでしょうか?」と

「いや!デートの誘いだ!」そう私が冗談で言うと一瞬の沈黙のあと深いため息が聞こえた。

時計を見ると午前の10時を少し過ぎていた。私は久しぶりにワイシャツに袖を通し担当者の本間がプレゼントしてくれたよそ行き用のスーツをタンスから取り出す。

修善寺線の伊豆長岡の駅から電車に乗り三島で東海道線に乗り換え沼津に向った。

文芸道出版社は業界では大手の出版社である。全国に支社を持ち小説からその他、幅広いジャンルの雑誌を出版している。

私は会社の受付に向かい「坂本誠ですが!佐藤友美さんをお呼び頂けませんか?」と告げると受付嬢はお決まりのマニュアル通りの返事を私に返してくれる。

「お約束は?失礼ですが坂本様のお名前は伺っておりませんが?」と

私は手馴れたように自分の名前を言い直す。

「小説家のベッキーと申しますが!」と

受付嬢はあからさまに自らの無礼に気づき慌てたように内線電話かけ始める。

どこの出版社でも同じ光景だ。

私の名前は坂本誠では本当は無いのだ。そう私の名前は小説家のベッキーと言う。

しばらくするとエレベータから一人の女性が姿を現す。私はその女性を見た瞬間、驚きの表情を浮かべ思わず身を隠す素振りをする。

しかし彼女は目ざとく私を見つけ話しかけて来た。

「あれ?坂本さん!どうなさったのですか?うちの会社に何か御用ですか?」

佐藤友美

そう言えば本間がそんな名前を聞いたような気がした。まさかね~まさか!

えええ・・・っ!まさかなの?

「ええ、実は仕事で・・」

「そうなんですか!実は私も担当する作家さんのお出迎えで!ベッキーって作家さんをご存知ですか?彼、実は静岡にお住まいなんですよ!それで急遽、私が担当にね!」

そう言いながら友美はキョロキョロと辺りを見廻す。

きっと、私を探しているに違いない。

「あの~ベッキー先生はどちらに?」

友美は受付の女性にそう聞いた。彼女は必死で友美に目配せをしている。

その視線の先にはアホ面の私が立っていた。

友美は驚いたように私に言った。

「もしかして坂本さんがベッキー先生なんですか?」と

私はバツが悪そうに小さく頷いた。

「し・・失礼しました!私、これから担当させて頂く方のお顔も存じませんで!」

「えっ・・いえ!別に、私も嘘を言ってましたから!お相子です」

そう私が言うと友美は急いで胸元から名刺を取り出し私に差し出した。

文芸道出版社 編集部 佐藤友美

それが友美の肩書きであった。そして私も胸元から名刺を取り出す。

小説家 ベッキー(坂本誠)

それが私の肩書きである。

「立ち話もなんですから近くの喫茶店にでも!」

友美は愛想笑いを浮かべながら予想もしなかった訪問者の正体に動転しているようにそう言った。

それから2時間ほどこれからの打ち合わせをした。しばらくすると友美の部署の責任者と名乗る男が現れる。

「先生にお会い出来て光栄です!うちの課は特に地元密着の機関紙を発行しております!

機会がございましたら先生にも地元の有名人としてコラムでもお書き頂けると・・

どうです!今から早いですがお近づきの印に一杯?ほら!佐藤!店を急いで予約しに行け!解ってるな!上だぞ!上!」

私は有無も言う事も出来ずに強制的に連行されるように店に連れて行かされた。

友美は途中で帰宅した。

私はそのまま彼と二人でもう一軒飲みに行った。

私が自宅に戻ったのは夜の10時を少し廻った頃であった。

自宅に戻りネクタイを緩めると急に疲労感が私を襲う。

そして万年床の布団の上に転がった。

天井を見つめながら思っていた。なんだこの感じは?少しだけ胸が痛む。

友美さんの事を考えると少しだけドキドキする・・

本間の言葉がふと頭を過ぎる。

「人妻ですから!ダメですよ!」と

「てめ~ふざけんじゃね~よ!何様だ!飲んでなんかきやがって!」

そんな怒鳴り声と共に叩かれる音が聞こえる。

「あなた!止めて!大きな声を出さないで!」

やめて~~~~~~~~~~~!

私は布団に潜り込むと耳をふさぎながら叫んだ!

やめろ!やめろ!!やめてくれ!と

私には関係が無い!それは夫婦の問題だ!他人が口を出せる事ではない。

でも、でも、もしも私が彼女の事を愛してしまったならばどうなのだろう?

もしも私が彼女を愛してしまったら・・それは他人事なのだろうか?

友美の泣き叫ぶ声がまるで静寂を掻き消すかのように響きわたる。

それを追うかのように私は布団の中で叫んだ!

やめろ!やめろ!やめるんだ!と・・

なぜに涙が出るのだろ?別に私が殴られ罵声を浴びせられている訳では無いのに・・

なぜに私は泣いている??

その意味に私が気がつくのはもう少し後の話になる。

次の日、私は居たたれまれない思いで目を覚ます。時間はやはり何時もの習慣で4時であった。昨夜の彼女の悲鳴にも似た叫び声が耳から離れなかった。

しかし、正直、私には関係が無い話である。そうだ関係が無い。

夫婦には夫婦の決して他人には入り込めない世界があるのだ。

どんなに旦那が暴力を振るっても相手が助けを求め来ない限り私にはどうにも出来ない事であった。

私はそんな想いを掻き消すかのようにパソコンの電源を入れて締め切りまじかの月刊誌のコラムの執筆を始めた。

それからしばらくは平穏な日が続いた。火曜日と木曜に数回、彼女とゴミ捨て場や階段で出会ったが何時もと変わらない笑顔を私に向けてくれた。

「そう言えば坂本さん!離婚されたんですよね!」

そう出版社の担当者に言われたのは11月に入ってからの事であった。

東京の本社で次回作の打ち合わせをしている時に彼女が突然にそう私に聞いた。

「ああ・・良く知ってるね!内緒にしていたのに・・」

「ええ!みんな知ってますよ!それに今、静岡に住んでるですよね!この世界は広いようで狭いですからね!」

本当だ!この世界は広いようで狭い。

「そう言えば静岡のどちらに住んでるんですか?」

「えっ・・あ~伊豆長岡って知ってますか?」

「ああ・・知ってますよ!そう言えばうちの支社が沼津にありましてね!

そこに本社から結婚して移動になった同期の子が居て・・

そう言えば友美も伊豆長岡だって言ってたような?」

「そう!沼津にも支社があるんだ!ならわざわざ東京に来るのも面倒だからそっちに担当者をもう一人置いてくれないかな!詳しい打つ合わせはここまで来るけど!細かい打ち合わせは沼津の方で!なんて都合が良い事には出来ないか?」

担当者は少しだけ考え「編集長に確認をしておきます!でも、沼津には文芸部が無いんですよね~雑誌系に編集部しか!」と私に告げ席を立ち上がる。

私は一応、名目上の次回作の打ち合わせを終了させると担当者の本間と数人の編集者と夜の街に消えた。

連絡が来たのはそれから一週間後の事であった。早朝、私の携帯電話が突然にけたたましく鳴り響く!

「先生!どうも本間です!先日の担当者の件なんですが、沼津支社の方に佐藤友美と言う女が居るんですが移動前は私と同じ部署におりまして!数人の作家の担当も経験しております!彼女に任せようと思うのですが?先生はどうですか?上にはもう確認済みですので

あとは先生のご都合しだいです!」

本間のそんな電話に私は寝ぼけまなこで曖昧な返事を繰り返していた。

「それなら一度、社のほうに行って頂けますか?どうせお暇でしょ?たまには動かないと熊になりますよ!キャハハハ・・」

本間の甲高い笑い声が耳に付き私は意識を取り戻した。

「今日にでも行ってください!佐藤今日子と受付で言って頂ければ話は通しておきますので!」

本間にそう言われ私が電話を切ろうとした瞬間・・

「あっ!それと先生!マジ美人ですけど彼女、人妻ですから!妙な考えは持たないように!もしも、ムラムラしちゃつたら、私、本間順子が何時でもお相手いたしますので!」

そう私を馬鹿にするかのように本間は言うと電話を切った。

まったく!最近の若い女は失礼だ!いや・・特にあいつだけかも知れないが。

ふと時計を見るとまだ午前の3時であった。そして外は真っ暗・・

いったいあいつらはどんな生活を送っているんだ!そんな独り言を呟きながら私はもう一度布団に潜り込み深い眠りに落ちて行った。

何時ものように4時に起きて散歩に出かける。そしてテープお越しを済ませると炊飯器のスイッチを押した。朝食を済ませ今日が木曜日である事に初めて気がつく。

私は急いで生ゴミの袋を取り出すとゴミ捨て場に急いだ。

丁度、出勤前の彼女と鉢合わせになる。

「おはようございます!」

無精ひげを生やした私の顔を見つめながら彼女は爽やかにそう言った。

「あっ!どうも!おはようございます!毎朝、早くから大変ですね!」

そう私が言うと

「いいや!今日は特別なんです!実は今日から新しい仕事を任されましてね!その予習と言うか担当する先生に今日、お会いしないといけないものですから!」

先生?担当??

「あの~佐藤さんのお仕事って何をされているのですか?差し支えなければ・・」

「あっ!私も坂本さんと同じで出版関係なんですよ!主人はまったく畑違いの仕事ですけどね!処でどちらの出版社ですか?」

時計を見ると成る程、何時もよりも若干早めである。

私は少しだけ考えて呟いた。

「あなたが知らないような小さな弱小出版社ですよ!こんな私でも務まるようなそんな小さな出版社です」と

友美はなんとなく聞いてはいけない地雷を踏んでしまったような顔をした。

そして軽く頭を下げてその場から立ち去った。

「今まで誰も本気で愛した事が無かった事にやっと気がついたの!金田さんと出会って本気で愛せる人に会えてやっと、その事に気がついた。」

ふと、今日子のそんな言葉を思い出す。私は何も言わずただ、彼女の後姿を見つめていた。