僕が死ぬ日・・生まれる日 -28ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

私は数ヶ月住んだ東京を後にし静岡に帰る事にした。

仕事の上は東京に残った方が便利は良かったのだがなんとなく現実から逃げたかったのかもしれない。

東京の仕事場を解約して静岡の三島に戻って来たのは10月の事で新たな生活が始まろうとしていた。

三島の直ぐ隣に伊豆の国市と言う市がある。そこの伊豆長岡と言う町に私はマンションを借りる事にした。独身の30男で至極曖昧な職業に駅を降りて直ぐに店を構えている不動産屋の主人は少しだけ顔をしかめる。

しかし、なんとか無理を言って2LDKのコーポタイプのアパートの契約に辿り着く事が出来た。駅から徒歩12分!2LDKの駐車場付きで家賃は6万6千円なり!

しばらくはこの部屋が仕事場兼住居になる。もう少し落ち着いたら修善寺の温泉付きマンションでも買って仕事場にしょうか?などといらない妄想を膨らませながら引越しを済ませる。

引越しをした当日の夜に簡単な挨拶の品物を持ってアパートの住人の家を挨拶に廻った。

アパートには8組の部屋があり小さな子供が居る家が3軒であとは独身者のようである。

最近は引越しの挨拶などする人間は珍しいようだ!そんな珍しい事を丁寧にする私は住人たちは物珍しそうに笑顔で迎えてくれた。

7軒を右から順番に訪れ最後に私は隣の部屋のチャイムを鳴らす。

玄関が開き中から一人の男が不機嫌そうに顔をだした。

そしてその後ろには一人の女性が立っていた。

男はめがねをかけていて痩せた神経質そうな顔立ちである。そして後ろで私を見つめている女性は髪の長い痩せ気味の美人であった。

新婚夫婦なのか?表札に名前は書いてない。子供のどうやら居ないようである。

「この度、隣に引っ越して来ました。坂本と申します!ヨロシクお願いいたします!

これはつまらない物ですがご挨拶代わりに・・」

そう言いながら差し出した菓子の箱を見つめその男は不機嫌そうに言った。

「つまならない物ならいりません!持って帰ってください!」と

私は思わず顔をしかめてしまった。それと同時に厄介な隣人の登場に何とも言い表せない不安を感じた。

「あなた!何を失礼な事を!申し訳ございません!本田と申します。ヨロシクお願いいたします。」

そう慌てて妻らしき女性の方が私に頭を下げる。

それが友美との最初の出会いであった。

私はバツが悪そうに彼女の菓子の箱を手渡す。そして嫌味交じりに呟いた。

「東京の有名店のお菓子です!結構な値段のするお菓子です!美味しいですよ!」と

そんな私の言葉に旦那は苦虫を潰したような顔になり友美は楽しそうに笑っていた。

引越しが無事に終わり数日後過ぎ私の生活はまるで何事も無かったように普通に戻りつつあった。朝は4時に起きてテープレコーダーを片手に散歩に出かける。そして歩きながら頭に浮かんだ言葉を録音しながら1時間程の散歩を楽しむ。それは昔からの習慣だ。

家に帰るとシャワーを浴びて米を炊き朝ごはんを食べてから散歩の時に録音した言葉をノートに書き写す。いつもならここで仕事場に出かける。

何も変わらない生活。一つ変わったと言えば、そこに娘の喧しい泣き声と笑い声が聞こえない事だけであろうか?

今は仕事場に向う事も無いので朝食を済ませるとコーヒーを飲みながらボォ~っとテレビを見つめる。7時を過ぎた頃、今日は火曜日で生ゴミの日であることに気がつき急いでゴミ袋をゴミ箱から取り出し外に出た。

ゴミの置き場は家から少し歩いた所にあり肌寒い中を肩をつぼめながら歩いていると目の前に一人の女性がゴミを出していた。

隣の奥さん・・「おはようございます!」そう私が声を掛けると私の寝巻き姿を見つめ彼女は不思議そうな顔をして挨拶を返してくれる。

あなたは?仕事に行かないの?きちんと化粧をして高そうなスーツを着こなしているこれから出勤しょうとしている彼女からしてみれば私のこの服装はなんとも不思議に感じられたに違いない。

「失礼ですけどお仕事って何をされているのですか?」

それは多分、隣人の素朴な疑問だったのだと思う。私は笑顔で彼女に答える。

「一応、出版関係の仕事をしております!」

そう私が答えると彼女は安心したように言った。

「私の友人にも数人、出版関係の人間が居るんですよ!時間が不規則だと嘆いていました!大変ですね!編集の方ですか?気難しい小説家のお守りも!」

そう、私がその気難しい担当泣かせのダメ小説家です!

思わずそう白状したくなったが、私は苦笑いを浮かべ「本当にね~」と軽く答えその場を立ち去る。

なんとなく甘い香水の香が鼻につく。そして少しだけ疲れやっれた彼女の美しい顔をなんとなく私の興味を引いた。

「ふざけんじゃね~~よ!この糞女!!」

まるで静寂に包まれた世界をぶち壊すようなそんな怒鳴り声にキーを打つ手が一瞬止まった。

「ごめんなさい!あなた!謝るから大きな声を出さないで!ご近所迷惑だから!」

「迷惑!誰が迷惑だって言ってるんだ!迷惑なのはお前の存在だよ!この役立たずが!」

バシッ!バシッ!!!何度も何かを叩く鈍い音が聞こえる・・

それに合わせて聞こえる彼女の悲鳴・・叩かれているのは彼女らしい・・

そして叩いてるのは旦那なのか?悲鳴はその日、深夜まで続くのであった。

「世の中はそんなに甘くないんだぜ!」

その言葉はきっと、自分自身に言い聞かせた言葉だったのかもしれない。

玄関を出ると彼が夜空を見つめボォ~っと立っていた。

「すまないね!遅くなって!行こうか?」

そんな私の言葉に彼は怯えながら頷き、そして私の手に握られているボストンバックを見つめ、少しだけ安堵の表情を浮かべた。

全て話がついたのだと安心でもしたのだろうか?私はそんな彼の安堵の表情を見つめ叫びたい気持ちを必死に堪えた。

「安心してる場合では無いんだぜ!これからお前の地獄が始まるのだから・・」と

自宅の近くの小さな小料理屋に私達は向った。

もう少し歩けば駅の近くに大手の居酒屋チェーンの居酒屋が沢山あったが何となく何時も殆ど客もなく年老いた女主人が細々と経営するこの店が私のお気に入りだったのだ。

店の玄関を開けると女将の「いらっしゃいませ!」と言う声がする。

店内は予想通りに客は誰も居なかった。

「奥の座敷で良いかな?」

そう私が彼女に聞くとなんとなく空気を読んだのか彼女は笑顔で頷いた。

「ビールと今日のお勧めを!あとつまみは何時もの奴を適当に・・」

そう私は女将に告げると座敷に座った。

目の前に一人の若者が真っ青な顔をして疲れ果てたように座っている。

瓶ビールが二本とグラスが2個、運ばれビールの栓が抜かれた。

彼が私のグラスにビールを注ごうとビールに手を伸ばす。

私は手でそれを阻止しながら言った。

「君にお酌をしてもらう筋合いは生憎、無い」と

彼は差し出したビールを引っ込めると自分のグラスに震える手で必死にビールを注いだ。

「君は本当に馬鹿だよな!」

ビールを一気に飲み干し私は彼にそう言った。

「えっ・・いや!でも、私は今日子さんを愛しているし、それに・・」

そんな彼の言葉を遮るように私は言った。

「その事じゃないよ!君、僕に名刺を差し出しただろ?あれは頂けないよ!

だって君は僕の事を何も知らないじゃないか?そんな相手に自分の身分を教えるのは頭の良い人間がする事では無い」

「えっ!でも!あなたの事は今日子さんから色々と聞かせてもらってますよ!」

私はそんな彼の言葉を聞き彼をあざ笑うかのように唇を緩め呟く。

「あいつが知ってる事なんか本当の私の生活の10%にも満たないよ!

夫婦なんてそんなものだ!そんなものだよ!」

そんな私の言葉を聞いて少しだけ彼は怯えたような表情を浮かべた。

「現に私は君の会社の専務と友達だ!大久保って名前ぐらいは聞いた事があるだろ?

月に2度は仲間と一緒に飲んでいる。私が離婚した事は直ぐに噂になるだろう!

そうしたら相手は誰だ!って話になるよ!私は笑顔で大久保に言うよ!

お前の会社の馬鹿な若造だよ!ってね!」

少し意地悪が過ぎたようだ!彼の真っ青な顔は真っ赤に何時の間にか変化していた。

全身の震えが目の前に座っている私にも伝わって来そうなくらい震えていた。

私はさらに話を続ける。

「皆の前で恥をかかされた彼は憤激して言うだろう!その馬鹿は誰なんだと!

君はきっと、左遷になるよ!北海道の山奥か?遠い外国の田舎の子会社か?

どちらにしても君の未来は閉ざされてしまった。今日子は一緒になんか来てくれないよ!

あいつは強烈なマザコンなんだ!母親と離れるくらいならきっと、君を単身赴任させる!

それが悲しいかな現実だよ!」

そう言いながら私はもう一度、彼の顔を見つめる。

答えは?君はこんな私の攻撃になんと答える?

彼は意を決したように呟いた。

「それでも僕は今日子さんと結婚します!彼女を愛してるいるから!」

愛?愛とは実に素晴らしい!いや・・若さなのか?きっと、今の私には彼と同じ言葉は絶対に言えないと思った。

私はビール瓶を持つと彼のグラスにビールを注ぎなら笑顔で言った。

「今日子と娘を頼みます!」と

そんな私の言葉に彼は以外だと言う表情を浮かべ少しだけ安心したように微笑み言った。

「解りました!」と

そんな私達の空気を見計らったように女将がご自慢の手料理を運び始める。

家族を奪われた男と家族を奪った二人の男の夜宴はその夜、深夜まで続いた。

帰り際、私は彼に呟いた。

「裁判所でまた会いましょう!」と

そんな私の言葉に急に現実に戻されたように彼の酒でほんのり赤く染まった顔は真っ青にまた変化した。

それで良い!君はそれだけの罪を犯したのだ!一生、その事を忘れてはいけない。

誰かの幸せの裏側で必ず誰かが不幸になっている。それが社会と言う物なのだから・・

その日から2ヵ月後、私達の離婚が正式に決まった。

私は浮気相手の金田に200万円の慰謝料を請求した。妻の今日子には養育費の支払い義務の放棄と財産分与の拒否を要求した。結果的には小額の金と金田への慰謝料を諦める事で決着が着く事になったのだが、親権だけはどうしても手に入れる事は出来なかった。

それだけが心残りであった。その代わり月に一度の面会の権利を手に居いれた。自分の子供の会うのに権利も何も無いような気がする。でもそれがきっとルールなのかもしれない。