僕が死ぬ日・・生まれる日 -13ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

友美は少しだけうつろな目で私を見つめた。


近くに居た女性の待ち人の男性が来たらしく二人の何とも楽しそうな話し声が聞こえた。


くだらない男性の冗談に女性は楽しそうに大きな声を出して笑っていた。


何時からだろう?私はこんな冗談をうるさいと感じるようになったのは・・


私も若い頃はそんな冗談を言いながら笑っていたのに・・


私は小さい頃から何時も思っていた。


早く大人になりたいと・・・


貧しい家庭で育った私は、自分の不運な人生は全て親のせいだと思っていた。


早く大人になれば、こんな苦しみから解放される・・


人間の最終的な人生の目的は「安定」を手に入れることだと私は思っている。


だから私はその安定を手に入れるために人一倍、努力をして来た。


今、私は自分が目指し求めていた「安定」を手に入れようとしている・・


しかし、最近、思うのだ。人は「安定」と言う大きな目標を手に入れる事で「不安定」を失ってしまうのでは?と


安定と言うものを手に入れる代償に人間は不安定を失ってしまう。


それと同時に不安定の中でしか、感じることの出来ない「どうでも良いこと」を失ってしまうのではと・・


本当の幸せは、本当は「安定」の中には存在しないのかもしれない・・


不安定と言う何とも言えない曖昧な世界に・・・喜びとか悲しみとか適当にある世界に幸せはあるのかも?


「冗談だよ!昨夜の夜の言葉は・・」


そんな言葉が何度も喉の辺りまで出て来た。しかし、友美の顔を見るとその言葉がどうしても出てこない。


私は、きっと、何かを期待していたのかもしれない。


理性と言うなの仮面の奥に欲望と言うなの素顔が存在してる。


それはどんなに聖者と言われる人間でもどんなに悪人と呼ばれる人間でも同じであると思う。


友美は少しだけ怪訝そうな顔をして私に声無き訴えを繰り返していた。


「早く行きましょう!」と・・


私はそんな友美の表情に我慢できなくなり。何度も飲み込んで言えなかった言葉を呟いた。


「ごめん!冗談だよ!そんなに怖い顔をするな!」と


少しだけ引きつった笑顔で!まるで冗談を言うように・・


そんな私の言葉に友美はそれでなくても上がり気味の目じりをより上げながら不機嫌そうに言った。


「冗談は言わないで!私は昨夜、一睡も出来なかったのよ!色々、考えて一睡も出来なかった!

それでもここに来たと言う事はそれなりの覚悟をして来てるの!

そんな私に対してそんな冗談はやめてよ!」


少しだけ興奮ぎみに友美は怒鳴るように言った。


先ほどの隣のカップルが何事かとヒソヒソ話を始める。


「冗談だよ!でもな!確かに君は悩んだかもしれない!しかし、私が君の旦那にしてあげた事はそれ以上の事なんだよ!毎朝、5分の担当者との面会を求めて早朝の4時から多くの営業が順番待ちのために並んでいるんだ!それでも、会えれば良いけど会えない日の方が多いんだ!

君の旦那だって同じさ!私はね!君に昨夜、君が味わった苦しみ以上の代償を払ってあげたのさ!」


「何よ!なら、良いと言う事なの?何も無くって良いと言う事なの?」


私は少しだけ考えて小さな声で言った。


「当たり前だろ!俺たちは友達じゃないか?」とそんな戯言を・・・


「それじゃ!私の気がおさまらないわ!」


「何だ!君は私に抱かれたいと思っているのか?同意の上なら私は何時でもOKだぜ!

今すぐにタクシーなりに乗って新大久保に行けば、二人の欲望を満たしてくれる場所は幾らでもあるのだから!」


「えっ・・いや・・別に!そんな意味で言ったのではないのよ!でも、このままでは・・」


「そうかい!解ったよ!なら、こうしょう、食事に付き合ってくれ!君と何時か行きたいと思っていた場所があるんだ!遠い昔だけど、まだ、その店があればの話だけどね!

それで、チャラにしょう!良いだろ!食事くらい!それでどうだろう?」


友美はいったい旦那になんと言い訳をしながら今夜、この場所に来たのだろう?


まさか、抱かれに行ってくるとも言えないだろうに・・・


彼女のつり上がった目が何時の間にか普通に戻っていた。


浮かべていた緊張と悲痛な表情は何時の間にか消え、笑顔になっていた・・


「なに?それ、デートのお誘いかしら?随分と高いデート代ね!まぁ~私とデートなんだからそれくらいは・・

当たり前かもね!」


そんな友美の言葉に私は笑いながら言った・・


「姫!ありがとうございます!爺は幸せでございます!」と・・


二人でくだらない冗談を言いながら歩き出す・・


そうだ!これなんだ・・私が失い、そして求めていた物は・・


友美の体ではなく・・そうだ、こんな時間だったのだ・・


そんな私達二人を先ほどのカップルは安心したように見つめていた・・

西川は私に気が付くと急いでタバコを消し私の元に近寄ってきた。


「どうも!坂本様!初めまして近畿商事の西川晃と申します」


そう言われ手渡された名刺の肩書きは主任であった。


佐々木とは違いやり手の営業マンと言う感じである。


私は一瞬にて営業モードに自分自身を切り換える。


この手の男は舐めてかかると痛い目に合う。


そんな典型的な男であった。


「喫茶店にでも移動しませんか?」


そう言い出したのは西川の方である。それも佐々木とは違う。


「先日は木村さんにも大変、お世話になりまして!」


いきなり木村の名前を出す所もなんとなく気が抜けない。


「それで、今日はどんなご用件で・・」


「実はですね!ぜひ!山田貿易様にですね!ご紹介したい商品がございまして!本日はとりあえずご挨拶と言う事で・・」


そう言いながら西川はカタログ一式が入った封筒を私に手渡した。


私は中身を見る事も無く興味なさそうにテーブルの上に置いた。


「そうですか!ご挨拶に・・なら、もうご用件はおすみですね!それでは・・」


そんな私の言葉に西川は意外そうな顔をして焦ったような表情を浮かべる。


きっと・・・


「妻から話が通ってるはずだろ!見積もり見て担当者を紹介してくれるんじゃないのかよ!」と


心の中で何度も叫んでいるに違いない・・


木村はそうしてくれたのかい?でも、あんたの奥さんはその代償に何を支払ったのか・・


あんた、本当に知らないのか??本当に・・・


私はテーブルの上の封筒を手に持ち静かに席を立ち上がった。


「それでは・・これで失礼!奥様によろしく・・」


そう言いながら軽く彼に会釈をした。


私の事を罵声する叫び声が背中に伝わって来るような気がした。


会社に戻ると就業時間を告げる音楽が流れていた。


まぁ~あまり意味の無い音楽だが、時間を知るには丁度良い音楽である。


時間は午後の5時・・・


私は残った仕事を素早く済ませると6時には会社を出て新宿に向った。


新宿に向う電車の窓から外を見つめながら私は思っていた。


友美はいったいどんな気持ちで新宿に今、向っているのだろう・・


私はなぜに新宿に向っているのか?


断るだけだったら・・電話でも良いはずなのに・・


新宿駅は人で溢れていた。


新宿に来る者・・そして新宿から去る者の人込みで大変な混雑である。


友美を見つけられるか少しだけ不安であったが、そんな不安は直ぐに消えた・・


行きかう人込みの何かであいつだけなぜか私には浮き上がって見えたからだ・・


それだけあいつが行きかうどんな女性よりも美しかったからかもしれない。


いや・・・もしかしたら違うかもしれない。


なぜなら、私は甘い蜜の香にまるで吸い寄せられるミツバチのように友美に吸い寄せられて行ったからだ。


メスが放つ淫靡なホルモンが私を誘い吸い寄せたのかもしれない。


「よう!早いんだな・・」


時計を見ると7時にはまだ10分程あった。


友美は私を一度、切なそうに見つめると・・・


「旦那から連絡あったわ!色々とありがとう・・」


そう呟いた。

次の日、早朝から佐々木と彼の上司だと言う男が私を訪ねて来た。


「なんとも・・こちらの配慮が足りませんで・・」


佐々木の上司を自分が思いつく限りの言い訳をしながら自分が悪くない事を主張した。


結局は頼りが無い佐々木の責任で、うちの会社に迷惑をかけていけないと担当者を換えたそうだ。


「実績の半分で良いからつけてあげてもらえませんか?」


そう私が切り出すと佐々木の上司は少しだけ驚いた顔をした。


「何か?ご不満でもおありですか?それに私の顔に何か付いていますか?」


そう私が嫌味交じりに言うと佐々木の上司は少し焦りながら・・


「い・・いえ!滅相もございません!しかし、少し意外で・・

うちの佐々木と坂本主任様が同級生と言う事は佐々木から聞いて知っておりましたが・・」


「それが何か不都合な事でもあるのですか?」


「えっ・・いや!主任様は仕事に私情を持ち込みにならない方だとお聞きして居たものですから・・・

少々・・意外だと」


「あんた・・私に意見ですか!自分のお立場をご理解されていらっしゃらないようで・・」


私はそう言いながら佐々木の上司を睨みつけた。


そうだ!彼が言っている事は合っている。


私は仕事に私情を入れた事等、今まで一度も無い。


そんな物は仕事の妨げになるどころか時には大きな困難を呼び寄せるからだ。


「とりあえず、あとの詳しい事は担当者と話してください!別に佐々木が担当しょうがしまいがどちらでも良いんです!ただ、実績だけお願いしますよ!」


私は一度、深々と頭を下げる。


私は何をしてるのか?何で頭を下げている・・・


それはきっと、友美と言う女のためであると思う。


佐々木の上司が逃げるように会議室を後にして行く。


きっと、会社の外に出たら、佐々木は凄い剣幕で怒鳴られるに違いない!


「あいつは何様だ!こんな屈辱をうけたのは初めてだ!」と


でも、おっさん!これが社会だよ!そう、これが社会なんだ・・


上司が見えなくなると佐々木が再び私の所に戻って来た。


そして、私の耳元で周りを気にするように小さな声で言った。


「坂本!気を悪くしないで聞いてくれ!確かめたいんだが、今回の件は妻がなんか関係をしてるのか?」


私は一瞬、体が硬直した。


「何でだ?そんな事を・・」


「えっ・・いや、例の同窓会の夜、あいつには珍しく酔っ払って帰って来たんだ。それで次の日の朝にね!

あいつが君の名刺を差し出しながら、君を今日、訪ねろと言った。昨夜もあいつが心配をして私に連絡をくれた直後に君から連絡が入った・・」


オドオドしながら佐々木はそう私に言った。私は不機嫌そうに彼に言った。


「何が言いたんだ!お前は・・」と


「い・・いや、あいつは、こんなダメな俺を精一杯、何の文句も言わないで支えてくれる良い女なんだ・・

私は特に学生時代に君と仲が良かったと言う訳ではない・・それに・・」


「それに?何だよ!言ってみろ!」


「す・すまん!それに・・君が学生時代に妻に片想いをしていた事は知っていたから・・」


私の顔は見る見る真っ赤に変化した・・


「お前・・俺が、お前と契約してやるからとお前の奥さんに言い寄ったとでも言いたいのか?

お前・・お前な!」


「ご・・ごめん!悪かった!いや、マジでやばかったんだ!ノルマに全然、届かなくって・・

毎日、寝ないで頑張っても、全然、届かなくって・・リストラされそうだったんだ!今度の査定で・・

ノルマに行かなかったら、リストラされそうだったんだ・・助かったよ!

ごめんな!気を悪くしないでくれ!ごめん・・

良かったら、一度、夕食でも食べに来てくれないか?狭い小汚い家だけど・・

友美は結構、料理が得意なんだ!ご馳走するから・・連絡してくれ!ありがとう!本当に・・ありがとう!」


佐々木はそう何度も私に頭を下げながら会議室を出て行った。


私があいつを怒鳴りそうになった時にあいつの目が何となく言っていた。


人間はな!後ろめたい事がある時は怒るんだよ!と・・・


あいつの目がそう、私に言っているように感じた・・


ただ、別に私は友美をこの件をえさに抱いた訳でも何をした訳でも無い。


あいつに別に後ろめたさなど感じる事は無いのだ・・


今夜だって・・


今夜だって・・・


今夜だって!冗談だよ!と言ってあいつを家に帰すつもりで最初からいたのだから・・


私が自分にデスクに戻ると直ぐに内線がなる。


「坂本主任!西川様と言う方がお会いになりたいと・・」


「西川?そんな奴とアポをとった覚えはないぞ!」


「はっ・・しかし・・お約束しているとおっしゃっておりますが」


西川・・西川・・あ!西川の旦那か!」


「思い出した!直ぐに下に降りるから・・」


私はそう受付の女性に告げると上着を着て下に向った。


西川の旦那とは面識が無い。私は受付に向かい訪問者を尋ねた。


「あちらの方が西川様です・・」


受付嬢にそう言われ見たその先に一人の男がタバコを吸いながら座っていた。


あいつが西川・・あいつがね~~


それが西川晃と言う男との初めての出会いであった。