僕が死ぬ日・・生まれる日 -11ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

ランチでのジョーは至極、上機嫌であった。


私は出来る限りの気遣いをして彼のご機嫌取りに励んだからだ。


担当者の今日子と面識がある事も少しだけ私の緊張をほぐしてくれた。


帰り際にジョーは課長に向かい「坂本は実に良い奴だな!これから長い付き合いになりそうだ!」と言った。


その言葉を聞いて課長は今まで見たこともないような笑顔で・・・


「ええ・・彼は我が課のトップ営業マンですから!」と誇らしげに言った。


社に戻った課長は実に上機嫌であった。契約が上手く行きそうだと言う事だけではなく・・・


ジョーが「こんな部下が持てる君もきっと、優秀なんだろう!」とおせいじにも似た言葉を言ったからだ。


「坂本!今夜は前祝だ!チーム全員に集合をかけておけ!」


それが証拠に課長が飲みに誘う事などめったに無い!ある意味、ケチの彼が飲みに誘う事は奇跡に近い。


しかし、私は彼と違い浮かれている訳には行かない。


これから、どう、あの担当者を落として行くか考えなければいけなかったからだ・・


そして、何時の間にかふと、友美の事を思い出す。


何度も携帯をチェツクしかが、友美から連絡は入っていないようである。


携帯電話を見るたびに、私は自分が仕出かした愚かな行為を後悔した。


その日から2週間後、私に急な出張が舞い込んだ。


「先方の担当者が、商品を見たいと言って来てね!生憎、静岡工場にしかサンプルが無いんだ!

悪いんだが、坂本!静岡に行ってくれないか?」


なんとも予想していなかった展開である。ある意味、今回の商談の手ごたえのような物を感じた。


そして、今回の出張が絶対に失敗できない物だと言うプレッシャーを感じた。


「そうですか!それなら、直ぐにスタッフを集めて準備に・・」


そう私が言うと課長は少しニヤケ顔で・・


「先方の担当者は君と二人で行きたいそうだよ!」と言った。


通常、このような大きな商談の接待はチームで行う。私がリーダーならな、サポートの人間が最低でも三人は同行する事になる。


それも彼らは全て接待のプロである。私は細かい雑用は全て彼らに任せて相手のご機嫌取りに専念していれば良いのだ・


「か・・課長!それをお受けになったのですか?」


「当たり前だろ!普通ならこちらから頭を下げてお願いしなければいけない事を先方から言ってくれたんだぞ!」


確かに彼が言っている事は正論である。しかし・・実を言うと接待をすると言う事は私の最も苦手な分野である。


私はどうも人を喜ばす行動が苦手なのだ。よくも今までやってこれたとある意味、自分でも感心をする。


「とりあえず!この件は決まりだ!準備にかかってくれ!」


私は直ぐにスタッフを集め入念な打ち合わせに入った。


期間は2泊3日。事前に出来る事は全て彼らにサイコーの演出を依頼した。


問題なのは2日目である。仕事はオフで担当者を楽しませろ!と言う何とも無理な注文である。


その日から何度か今日子に会えないかと物音がすると部屋の外に出てみたが彼女と会う事は出来なかった。


そして、何の根回しも出来ないうちにとうとう、当日が来てしまった。


午前9時、私は品川駅の新幹線の改札の前に立っていた。


するとビシッとブランドも物のスーツを着こなした今日子が現れる。


「ご苦労様!ヨロシクね!」


そう言われ私は丁重に頭を下げると指定席の切符と今日の予定を説明した。


新幹線の中で何とか話を盛り上げようと努力をしたが、彼女は前回と違い寡黙なビジネスウーマンであった。


目的地に着くまでの1時間の間、一言も話さずに渡された資料を真剣な眼差しで読んでいた。


話し方はビジネス的な話し方で、そこには男と女の感情など微塵も無く・・


接待と言う言葉が本当に合っているような丁寧な言葉で私は彼女に接した。


1時間後、新幹線は三島駅に到着した。


駅から出て三島の街を見つめた瞬間。何とも懐かしい気持ちに包まれる。


実は、私は3年ほどこの街に住んでいた。それは思い出したくない思い出である。


当時、リーダーとして動いて契約で私のチームの一人が重大なミスをした。


彼は責任を取って北海道に飛ばされた・・


そして私は「監督不行き届き」と言う何とも都合の良い言葉で本社から追い出された。


必死に業績を伸ばし、やっと、本社に戻れたのは3年後の事であった。


「レンタカーを借りてきますので少々、御待ちください!」


そんな私の言葉に彼女は少しだけ不機嫌そうに言った。


「そんなの勿体無いわ!電車で行きましょうよ!駅から工場はそんなに離れていないはずでしよ!」と


私はこの時点で少しだけパニックに陥っていた。


組まれた工程が大幅に狂ったからだ。やばいな・・昼はどうしょう?あそこは車じゃないと行けないのに・・」


そんな事を考えて居ると勝手に彼女は修善寺線の改札に向けて歩き出していた。


「待ってください!に・・荷物をお持ちしますから・・」


私はそう叫びながら彼女を追った・・


なんとも不甲斐ない接待の始まりであった。


私は大いなる不安を胸に電車に乗り込むのであった。

どうのように自宅に戻ったか正直、記憶が無い。


何処の駅で降りてどの道を歩いて帰ったのかまったく記憶が無い。


気がつくと私は自宅の玄関の前にへ垂れ込んで座っていた。


マンションの住人に覗き込まれその人の気配でやっと目を覚ます。


「あっ!すいません!接待で飲みすぎまして・・」


「一流企業の方も大変ですよね・・」


何処かの会社のOLなのだろうか?年の頃は私よりも2,3歳、年下のように見えた。


彼女はそう私に告げると私の隣の部屋のドアに鍵を差し込んだ。


私は初めて隣人が女性である事を知った。


最後の力を振り絞り私はポケットから鍵を取り出すと部屋に入った。


お気に入りのスーツは雨に濡れずぶ濡れになっていた。


スーツを脱ぎ投げ捨てるように置くと私はそのままベットに倒れこんだ。


携帯電話のイルミネーションが着信とメールの着信を知らせている。


誰だ?そう言えば朝から携帯をチェックしていない。


もしかしたら大事なメールが来てるかもしれない。


仕方が無い・・そう思い重い体を起こし携帯電話を見た。


すると100件以上の着信を知らせる表示と200件のメールが表示されていた。


その殆どの相手が西川であるのを確認すると携帯を放り投げ私は深い眠りに落ちて行った。


次の日、私は完全なる二日酔いで出社した。


「なんだ!最近、多いな!大丈夫かお前!今日は大事な商談なんだからな!しっかしてくれよ!」


課長からそう激を飛ばされ私は身をしき締める。


何時もは偉そうに訪ねて来る営業に対応しているが、私の仕事はそれだけではない。


売り込みも大事な仕事なのだ。


今度は私が彼らと同じこめつきバッタのように頭を下げなければいけない。


アメリカのある企業と商談を始めて丁度、3年になる。やっと、担当者と会う事が出来る知らせをもらった。


この話がまとまれば、数百億の商談である。そして、私の昇進が確実になる。


「準備は良いか!そろそろ行くぞ!営業一課の底力を見せてやろうぜ!」


私の会社には営業1課から10課まで存在してる。


数が大きくなるほど扱う金額が低くなる。


私が居る1課は言わば花形である。したがってその取り扱う金額も大きいし、困難も多いわけだ。


相変わらず、朝から私の携帯電話は鳴りっぱなしである。


そしてその殆どが西川からの電話とメールであった。


仕方が無いので私は西川を着信拒否に設定した。


そしてもう一度、鏡を見つめ身なりを整えると一度、パン!と頬を手で叩き気合を入れた。


タクシーで1時間ほどかかり相手先の会社に向う。


相手先の会社に到着したのは11時を少し過ぎた頃であった。


受付で名刺を差し出し担当者に連絡をしてもらう。


どうやら、今回の担当者と営業部長が会ってくれるようだ。


外資系の会社であるが社員は殆ど日本人らしい。


社内に入り忙しそうに行き来きするすれ違う社員たちは殆どが日本人であった。


第一会議室。


そう表示された部屋のドアをノックし少しだけ緊張した表情で部屋に入る。


部屋に入ると中央に高そうな応接セットが置かれておりそのソファーに中年のアメリカ人の男性と日本人の女性が座っていた。


私は一度、深々と頭を下げソファーに向った。


そして、ソファーに居心地が悪そうに座っている女性の顔になんとなく違和感を感じた。


何処かで会った事がある気がする。しかし、それが何処だったか思い出せない・・・


この女は誰だ??


「初めまして!山田貿易の・・」


課長がそう言いながら名刺を差し出した後に続くように私も名刺を差し出した。


アメリカ人の部長は名刺など差し出す気配は無い。


ジョーだと自分の名前を告げた。


そしてその隣に座っている女性は丁寧な口調で「木村今日子です!」と告げ名刺を差し出した。


「今回の件の担当を彼女にしてもらうから、詳しい事は彼女と商談をしてくれため!

女だと思って舐めてかかってはいけないよ!彼女は我が社、初の日本人の女性の役員なのだから・・」


そうジョーに言われ少しだけ恐縮しながら彼女の顔を見つめた。


しかし、どうしても彼女と何処で会ったか思い出せない・・


それが今日子との初めての出会いであった。


簡単な話を済ませ4人でランチに行く事になった。


私は緊張していた。会社での商談よりも外での話の方が何倍も難しいからだ。


それこそ!ホークの持ち方一つ、雑談での会話の一言で商談が流れる事は珍しくないのだから・・


会社を出てタクシーで予約してる店に向う。


ジョーと課長が同じ車に乗り、私は担当者の木村さんと乗った。


車が走り初めて少しすると彼女が笑顔で言った・・


「二日酔いなのに大変ですね・・」と


この女はなぜに私が二日酔いである事を知っているのか?


「雨に濡れてお風邪など引かれませんでしたか?」


この女はなぜに私が雨に濡れて帰宅した事を知っている??


何て答えればよいのだ?この女の機嫌を損ねるわけにはいかない・・・


しかし、誰なんだ?何処で会ったのだ・・


「ええ・・なんとか・・」


そんな曖昧な返事をしながら相手が誰か必死に考えていた。


すると、彼女が鞄から手帳を取り出す仕草をする・・


「ああああ・・・・・・・・・・っ!君は!!」


そんな私の驚きの雄叫びに彼女は一瞬、ピクと体を揺らし反応した。


「す・・すいません!急に・・・昨夜はどうも・・見っとも無い姿を・・」


そう照れながら話す私に今日子は笑いながら「やっと気がついてくれたんですね!」と言った。

「俺の何処が悪かったんだ?」とそんな私の問いに・・


友美は少しだけ困ったような表情を浮かべた。


「何で今更、そんな事を聞くの?」


「えっ・・いや、本当はずっと聞きたいと思って居たんだが聞く勇気が無かったんだ」


「そう!気を悪くしないでね!良い?」


「えっ・・良いよ!」


「二股は御免だったからよ!」


「二股??オイオイ・・それは心外だな!俺はそんな適当な男ではないぞ!」


そう、少なくてもあの頃は私はそんな適当な男ではなかった。


苦し紛れの言い訳か?それなら嫌いだから!とはっきり言ってくれた方がまだ気が楽である。


「嘘が上手いのね!今更、嘘を言わなくて良いでしょ!もう、過去の話なのだから・・」


「だから!嘘は言ってない!俺が誰と付き合っていたと言うんだ!」


ジャズの音色をかき消すかのように私は少しだけ興奮したように怒鳴った!


マスターはそんな私を珍しそうに諭す事もなく見つめていた。


「西川さんと付き合っていたんでしょ!知ってるのよ!」


西川??それは確かに振られた後に付き合ったが、その時は気にも留めていなかった。


西川だって??


「誰から聞いたんだ!その話を・・・」


「本人から・・・」


そう友美は呟くとまるで自分を落ち着かせるかのようにグラスのカクテルを飲み干した。


「本人から?西川本人がそう言ったのか?」


「そうよ!あなたに告白された日の前の日だったと思うわ!学校の帰りに呼び止められてね!

坂本君と私は付き合ってるから!って念を押されるように言われたわ!」


西川・・・


運命の赤い糸などと言われるが、きっと、この世にはそんな物は存在しないのだと思う。


恋とは自分自身の努力や思いだけではどうにもならない物だと感じた。


そう、全ての恋の始まりも終わりも全てタイミングなのだと・・


私はその後、何も言葉を発する事が出来なくなった。


確かに、西川との出会いはタイミングが良すぎる・・


きっと、誰かが西川に私が友美に告白をする事を教えたに違いない。


誰か・・それは木村に決まっていた。


なぜなら、その事を知っているのはあいつしか居なかったのだから・・


そう言えば、私と西川が付き合い始めた直後にあいつにも彼女が出来た。


なるほど・・そう言う事なのか・・


「そろそろ・・帰ろうか?」


私はそんな沈黙に我慢できないようにそう友美に言った。


時計を見ると10時を少しだけ過ぎていた。


良い子が帰宅するには丁度良い時間である。


友美の意思など関係が無いように私はグラスの残りの酒を飲み干すと静かに席を立ち会計に向う。


友美はそんな私を追いかけるように小走りで私を追ってくる・・


外は何時の間にか雨であった。


「なんともついていないな!雨かよ!」


そうは言ったが私は内心、ホッとしていた。雨が私達二人を余計な話をさせずに駅まで追いやってくれるに違いない!


私は鞄から折りたたみ傘を取り出すと友美に渡した。


「俺は走って帰るから!それは返さないで良いから!捨ててくれ!」


「えっ!ちょっと、待ってよ!一緒に入って行けば良いでしょ!駅まで!ねっ!そうしょう!」


雨は私達を引き離すどころか・・余計に二人を結びつけた。


タイミングなのだ・・こうして再び出会ったのも・・


こうして雨が降ったのも・・全てタイミングなのである。


ゴールデン街に続く細い道路を雨を避けるように寄り添いながら二人で歩いていた。


友美から甘い女の香がした・・・


タイミング・・・


そう、全て・・タイミング・・・


恋の始まりは全て偶然のタイミングから始まる・・・


数人の酔っ払いの集団を避けようと体を動かした瞬間に友美と目が合った・・


なぜだろう?なぜ?私は無意識に友美に唇に自分の唇を重ねていた・・


「オイオイ!あんまり見せ付けんなよ!お暑いね~」


酔っ払いが嫉妬交じりにそう叫ぶ・・


友美は目を大きく見開きながら私の目を見つめ震える声で言った・・


「どうして?」と


「えっ・・ご・・ごめん!約束破ってしまって・・ごめん!何もしないつもりだったのに・・ごめん!」


私はキスをした瞬間・・不覚にも恋に落ちてしまった。


心は何時の間にか高校生の自分の戻ってしまい。あの時の友美を思う気持ちがよみがえってしまったのだ。


忘れ物など取りに来なければよかった。


こんな気持ちになるのなら、難しい事など考えずに一夜限りのあやまちをこの女と犯す方が何倍も良かった。


私は逃げるように降りしきる雨の中を友美を一人の残し走り出す!


違ったんだ!俺は嫌われて居た訳では無かったんだ!ただ、タイミングが合わなかっただけだったんだ!


そう、何度も何度も心の中で叫びながら・・・


私は何時の間にか10代の頃の何も怖いものなど無かった一人の男に戻ってしまった・・


ずぶ濡れになり電車に乗った・・


車内は混雑をしていたが、私の周りはまるで厄介ごとを避けるかのように空間が生まれていた。


それは、私がきっと、泣いていたからに違いない・・


人生は辛すぎて私の手には負えない・・


そんな言葉を何度も何度も呟きながら・・