ランチでのジョーは至極、上機嫌であった。
私は出来る限りの気遣いをして彼のご機嫌取りに励んだからだ。
担当者の今日子と面識がある事も少しだけ私の緊張をほぐしてくれた。
帰り際にジョーは課長に向かい「坂本は実に良い奴だな!これから長い付き合いになりそうだ!」と言った。
その言葉を聞いて課長は今まで見たこともないような笑顔で・・・
「ええ・・彼は我が課のトップ営業マンですから!」と誇らしげに言った。
社に戻った課長は実に上機嫌であった。契約が上手く行きそうだと言う事だけではなく・・・
ジョーが「こんな部下が持てる君もきっと、優秀なんだろう!」とおせいじにも似た言葉を言ったからだ。
「坂本!今夜は前祝だ!チーム全員に集合をかけておけ!」
それが証拠に課長が飲みに誘う事などめったに無い!ある意味、ケチの彼が飲みに誘う事は奇跡に近い。
しかし、私は彼と違い浮かれている訳には行かない。
これから、どう、あの担当者を落として行くか考えなければいけなかったからだ・・
そして、何時の間にかふと、友美の事を思い出す。
何度も携帯をチェツクしかが、友美から連絡は入っていないようである。
携帯電話を見るたびに、私は自分が仕出かした愚かな行為を後悔した。
その日から2週間後、私に急な出張が舞い込んだ。
「先方の担当者が、商品を見たいと言って来てね!生憎、静岡工場にしかサンプルが無いんだ!
悪いんだが、坂本!静岡に行ってくれないか?」
なんとも予想していなかった展開である。ある意味、今回の商談の手ごたえのような物を感じた。
そして、今回の出張が絶対に失敗できない物だと言うプレッシャーを感じた。
「そうですか!それなら、直ぐにスタッフを集めて準備に・・」
そう私が言うと課長は少しニヤケ顔で・・
「先方の担当者は君と二人で行きたいそうだよ!」と言った。
通常、このような大きな商談の接待はチームで行う。私がリーダーならな、サポートの人間が最低でも三人は同行する事になる。
それも彼らは全て接待のプロである。私は細かい雑用は全て彼らに任せて相手のご機嫌取りに専念していれば良いのだ・
「か・・課長!それをお受けになったのですか?」
「当たり前だろ!普通ならこちらから頭を下げてお願いしなければいけない事を先方から言ってくれたんだぞ!」
確かに彼が言っている事は正論である。しかし・・実を言うと接待をすると言う事は私の最も苦手な分野である。
私はどうも人を喜ばす行動が苦手なのだ。よくも今までやってこれたとある意味、自分でも感心をする。
「とりあえず!この件は決まりだ!準備にかかってくれ!」
私は直ぐにスタッフを集め入念な打ち合わせに入った。
期間は2泊3日。事前に出来る事は全て彼らにサイコーの演出を依頼した。
問題なのは2日目である。仕事はオフで担当者を楽しませろ!と言う何とも無理な注文である。
その日から何度か今日子に会えないかと物音がすると部屋の外に出てみたが彼女と会う事は出来なかった。
そして、何の根回しも出来ないうちにとうとう、当日が来てしまった。
午前9時、私は品川駅の新幹線の改札の前に立っていた。
するとビシッとブランドも物のスーツを着こなした今日子が現れる。
「ご苦労様!ヨロシクね!」
そう言われ私は丁重に頭を下げると指定席の切符と今日の予定を説明した。
新幹線の中で何とか話を盛り上げようと努力をしたが、彼女は前回と違い寡黙なビジネスウーマンであった。
目的地に着くまでの1時間の間、一言も話さずに渡された資料を真剣な眼差しで読んでいた。
話し方はビジネス的な話し方で、そこには男と女の感情など微塵も無く・・
接待と言う言葉が本当に合っているような丁寧な言葉で私は彼女に接した。
1時間後、新幹線は三島駅に到着した。
駅から出て三島の街を見つめた瞬間。何とも懐かしい気持ちに包まれる。
実は、私は3年ほどこの街に住んでいた。それは思い出したくない思い出である。
当時、リーダーとして動いて契約で私のチームの一人が重大なミスをした。
彼は責任を取って北海道に飛ばされた・・
そして私は「監督不行き届き」と言う何とも都合の良い言葉で本社から追い出された。
必死に業績を伸ばし、やっと、本社に戻れたのは3年後の事であった。
「レンタカーを借りてきますので少々、御待ちください!」
そんな私の言葉に彼女は少しだけ不機嫌そうに言った。
「そんなの勿体無いわ!電車で行きましょうよ!駅から工場はそんなに離れていないはずでしよ!」と
私はこの時点で少しだけパニックに陥っていた。
組まれた工程が大幅に狂ったからだ。やばいな・・昼はどうしょう?あそこは車じゃないと行けないのに・・」
そんな事を考えて居ると勝手に彼女は修善寺線の改札に向けて歩き出していた。
「待ってください!に・・荷物をお持ちしますから・・」
私はそう叫びながら彼女を追った・・
なんとも不甲斐ない接待の始まりであった。
私は大いなる不安を胸に電車に乗り込むのであった。