「占いの言うとおりにしてしまう」Q&A
「私は常に、占いを頼ってしまいます。不安になると、ついつい占いのはしごをしてしまうのですが、結局どれが正しいのか分からなくなって、混乱してしまいます。どうしたらいいでしょう?」先日こんなご相談をいただきました。何かに迷う時、私自身の中にも発動する心理が、このご質問とリンクしてくるのではないか?と思ったので、私自身が自己対話の中で見出した本音をお話ししていきたいと思います。【目次】占いに頼りたくなる3つの心理占いに正解はあるの?そもそも正解ってなに?四柱推命で学んだ『運』占いに頼っていい占いに行きたくなる3つの心理占いに頼りたくなるとき、私の中に3つの不快感が湧き上がってきます。①モヤモヤという不快感・不穏感先が見えない。分からない。霧に包まれたようなこの感覚は、とても居心地の悪いもの。見えなければ見えないほど、その掴めない正体が大きく膨らんで飲み込まれそうな気分。この膨らみゆく気持ち悪さから一刻も早く、抜け出したい。モヤモヤからスッキリしたい。そのためには・・答えができるだけ早く欲しい。(余談ですが、ステファン・キングの映画『ミスト』ではその心理が非常にうまく描写されているな、と思います。)②「間違いたくない」という怖れ「正解」が欲しい、という心理はもちろんありますがそれをどんどん掘っていくと、別の心理も自分の中に見え隠れしているのがわかりました。自己責任から逃れたい、という気持ち。自分以外のものに選択や解を委ねることによって、たとえ間違ったとしても、自分の間違いにならなくて済む、運のせいにすることができる。自分を責めなくていい、という逃げ道を作れるからかもしれません。③「どうにかしなくてはいけない」という焦りじゃないと、最悪なことになるから行動しなければいけない、という焦りです。これも実は、①と同じ「スッキリしたい」という心理がベースと言えるでしょう。皆さんは、この3つにあたる心理をお持ちでしょうか・・?占いに正解はあるの?では本当に、占いに正解はあるのか?私は、占いが正解を教えてくれるわけではない、と思っています。物事には、何百通りもの選択肢がただ存在していて、その一つ一つの選択に対して、それぞれのストーリーが展開されていくだけです。例えば占星術では、生まれた時の星地図というものが存在し、これはとても有効な取扱説明書だと思います。自分の物事の捉え方や反応の仕方・・これらは、星地図に表れた「傾向」を見ることによって、確かに、ストンと腑に落ちる感覚を得ることがありますし、これによって、自己受容につながることもあります。でも、傾向を読み解きながら、どう生かすか?はあなた次第なのです。星地図はあくまでも、生まれたという「過去」でしかなく、そこから生きるあなたは、もう未来のあなたなので、過去の星地図に答えがあるわけではない。100歩スピリチュアルに譲って全てに定められた宿命がある、と仮定したとしてもやはりその道中にあるものは知らされない部分なんじゃないかと思います。だって、もし知ってしまってたら、私たち、生きるのがハラハラドキドキ(ワクワク)しなくなっちゃいませんか・・?笑残念ながら、私たちは、「分からない」というモヤモヤの感覚から逃げようとすることを、いい加減諦めた方がいいのかもしれません。そもそも正解ってなに?「そうは言っても、占いでは運の良し悪しが読めるではないですか?」確かに読みます・・しかし・・・そもそも運の良し悪しって、何でしょう?アイスクリームについてるクジ当たりだった→得した!!→運がいいこんなふうに考えると、「運がいい=自分にとって都合がいい」という認識になってしまいます。さらにそこから正解を求めようとすれば、「運が良い=正しい」「自分にとって都合がいい=正しい」随分自分本位な正しさになるような気がしますが笑運の良し悪しの見方って、本当にそうなんでしょうか・・・?四柱推命で学んだ『運』四柱推命では、五行の資質の関わり合いとその流れの中に私たちが生かされている、と考えられています。五行とは、木ー火ー土ー金ー水。木は燃料となって火を生み、火で燃やされた木は、灰となって土を生み土に含まれた鉱物からは、金が生み出され、金が冷えるとき、表面に水滴が生まれその水の力で、木が生まれる。この因果関係が、この地球の法則であり、「自然に流れる状態」これを私たちは、「良い」と表現します。その一方で、水が火をかき消してしまう水を土が堰き止めてしまう土の養分を木が吸い上げてしまう木を金属の刃が切り倒してしまうというような、「自分に対して厳しさを与えてくる局面」があります。これは、私たちにとってみれば、できれば回避したい都合の悪いことで、「運の悪さ」と表現してしまったりする。でも、本当にそれが悪いことなんだろうか・・?当たり前のことが、当たり前でなくなった時こそ気づきや学びの時だった・・・そんな経験はないでしょうか?とある陰陽師の方は、あえて運が悪い方角へ行くようにしているというお話をされていました。そこで起こることに対して自分がどう対峙するかが創意工夫であること。そして何より、「逆風を乗りこなした時の力の方が、半端ないと知っているから」とおっしゃっていたのが、とても印象的でした。つまり、自分にとって都合の悪いことは自分を大きくしてくれるためのギフトなのです。占いに頼っていい占いを批判するような感じで始まったのに、矛盾するタイトルでの締めくくり・・笑占いを否定するつもりは全くありません。占いは、先人の智慧や集約された哲学の塊。大いに学ばせていただいているし、活用させてもらっています。でも、「答えを出してもらう」という頼り方はしていません。都合の良い予測であろうが、悪い予測であろうが、自分の可能性を制限されるようなことがあっては面白くないと思って接しています。最後には絶対自分で答えを出す。占いは、自分に向けた『問い』を引き出してもらうツール。そんなふうに考えています。