等身大の自分にアクセスする方法
先日の投稿で示された「星」のカードから等身大の自分の測り方について、お話ししましたが、『アラフィフのあなたが、これからの人生で本当に大切にすべきことは?』お子さんが自立されて子育てが一段落。お仕事では一通りの経験をされて貫禄のアラフィフ世代。自分のための時間をどう過ごしたらいいのか?といったご相談が多いのも…ameblo.jpありのままの自分とか、等身大の自分とかにアクセスするのは、結構丁寧な作業が必要だと感じます。なぜかというと、「私」という存在一つとっても、何層かの自分に包まれていて、今「等身大の自分」と表現している部分は、層に包まれた形で、一番奥にあるからです。3層の自分今日は大まかな3層でお話しします。一層目は外側に向けて放っている自分。ペルソナ(仮面)とも言われますが、人との関わりの中で演じている自分。二層目はセルフイメージ。これまでの経験を経て、「自分は〇〇な人間だ」という設定が私たちの中にあります。そして三層目が素のまま、ありのまま、等身大の自分、インナーチャイルド・・・お好きな呼び方で良いと思いますが、本音の声が出る部分です。どれも本当の自分であって、下の写真のような多面体で捉えていただけば良いですが、それぞれの層の自分の間のズレが大きいとそのひずみの間を行き来するのが辛くなります。セルフイメージに踏み込む『まんまの自分』にアクセスするにはまず、自分が自分に対して持っている「セルフイメージ」と対峙する必要があります。誰しも、肯定的なセルフイメージと否定的なセルフイメージを併せ持っています。先にお伝えしておきますが、否定的なセルフイメージを消すことが必ずしもゴールだ、とは私は考えていません。とはいえ、この否定的なセルフイメージが頑強になるにつれ、その固くなった層の奥にある自分の声を聞き取ることは、とても難しくなってしまいます。そして、否定的なセルフイメージを覆い隠すために今度はペルソナがもっともっと頑張るしかなくなってしまいます。等身大の自分へアクセスするためには、このセルフイメージの皮を柔らかくするか、薄くすること。というわけで、最近私が試みた方法がなかなか効果的だったので、シェアしたいと思います。なりたくない自分を演じてみる①あなたは、周りの人にご自身のことをどんな人だと思われたいですか?反対に、②あなたは周りの人に、どんな人だと思われたくないですか?③あなたをイラつかせる人はどんな人ですか?この三つのどれでも良いので、思いつくままに書き出してみてください。例えば、① 誠実だと思われたい② 自分勝手と思われたくない③ 時間にルーズな人などなど、幾つでも良いので、思いつくだけ書いてみるそしたらあとはこれを、ご自身で演じてみてください。(ちなみに①については、書いたことの反対を演じることになります。つまり、誠実だと思われたいのであれば、その反対の不誠実を演じてみるのです)いやですよねずっとそのように振る舞う必要はありません。期間限定で構わないので、やってみてください。これは、セルフイメージの皮を弛ませるためで両極に振られると、摩擦のない柔らかい惰性の感覚が生まれます。↓【ハーバード大学発のヘビの振り子】- YouTubeYouTube でお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be感覚を視覚的に感じていただいたところで、最近の私の体験をお話ししてみたいと思います。恐怖と共に膨れ上がった妄想お化け演奏のお仕事で、一人舞台の公演があったんです。舞台は緊張するものですが、共演者がいると、お互いの相乗効果でノリや勢いが生まれてそれに背中を押されて舞台へ出ていけるのですが、全くの一人というのは、ただただ孤独。ビビる自分だけにスポットライトが当てられ、ミスやキズの一つ一つに全ての目が注がれる・・恐怖だけがクローズアップされやすく、しかし一人でそれを飲み込むしかなく、押さえ込もうとすればするほど、力が増していってしまう感覚があります。公演前夜、恐怖に駆られすぎて、どうにもならなくなってしまいました。(この時の一番奥の層の自分の声は「逃げたい・・」の一言)頭の中で妄想のような何かが、実体となってどんどん膨らんでいくのがわかりました。その『何か』は声を持っていました。私はそれを聞きながら、書き出してみることにしました。あんたなんかにできるわけがない。小さい時から、ろくに弾き通せたことがない。いつだって曲の途中でフリーズして、舞台から逃げ帰ってた。いつだって、がんばれなかった。いつだって、練習不足。あんたには情けない終わり方しか作れない。そんなあんただから今回も絶対に同じ失敗をする。もう手遅れだね。あんたみたいにビビりなヤツに満足する演奏を提供できるわけがない・・・書きながら、幼少期の弱々しくて、苦しかった私が繰り返しリプレイされていました。このイメージが膨らんで『妄想お化け』になった。これが私のセルフイメージの正体だなんだとその時、気づきました。書き殴っているうちにふと、以前師匠がくれた一言をふと思い出しました。「舞台でバカが出来たら勝ち」確かにバカが出来たら、どんなに楽だろう・・?公演当日の朝。どうしたって逃げられないし、観念するしかなかったわたしは師匠の言葉を採用することにしました。本当だったら、颯爽と舞台に出ていき、颯爽と舞台を去るかっこいい演奏者でいたい。けど、今日のお題はビビりまくって、傷だらけでよわっちくて苦しそうに弾いていて同情を誘うような演奏家。これを受け入れることは到底出来ないけど、とりあえず、演じてみよう。そんなわけで、本番前から演出開始w本番ギリギリまで、「いやだ〜嫌だ〜」とスタッフさんの前で大騒ぎ。あえて自分の本音を『音』として発してみたら・・そのたびに諭されはしましたけどwそれでも、受け止めてくださっているという体感がなんと心強かったことか。「こんな私でいてもいい」という安心感を本番前に得ていました。あとは、ただ苦しいまま弾くだけ。そこから何が出ようと、それが今日、私が発信できるメッセージ。お客様にとってどうであるかは「お手上げ」状態のまま、自分を見物するような気持ちで舞台に出て行きました。結果はというと・・舞台にはガッチガッチの自分がいて極めて順調。ミスもキズを残しながら、いい塩梅で味を加えていました。三つの舞台を終えた時には、以上でもなければ以下でもない、最初から最後まで、その時にしかあり得ない自分でそこに居れた。そんな感覚を得ていました。緊張度が減ることはなくても、どこか楽でした。そこには、私を押さえ込もうとする眼がなかったからでしょう。だから、一番怖かった妄想お化けも現れませんでした。この時わたしは、少なからず星の境地を体験したんじゃないかと思っています。 なんも着飾ってないけど「ま、いーや」 降〜参〜!セルフイメージが悪いのではないいつも失敗してばかりのしょーもなくて情けないほど力がなくてダメダメな私。これが私のセルフイメージです。舞台に限らず、何度となく湧き上がってきます。小さい時に培われた感覚なので、これからもずっと肌感として残ると思います。でも、今回の体験で、このセルフイメージ自体が問題なのではない、ということがわかりました。否定的な自己イメージそのものが悪いのではない。自分がそうなること(そうであること)を『禁じてしまう』ことこの抵抗こそが問題なんだとわかったのです。今回のお話はあまり参考になる例ではなかったかもしれませんが言ってみれば、私たちは皆、それぞれが人生という劇を演じています。私たち一人一人、その舞台に立っています。それがしょーもないキャラならそれで面白いし、ビビりキャラなら守ってあげたくなる。どんなキャラだって、100%の純度を持てば持つほど、観客を惹きつける。舞台でバカが出来たら勝ち三層の自分を全部、愛せますように。