「あ、これすてき〜!!キラキラ

ギュンと心惹かれて手に取ったのに、

値札を見て、そっと戻したことはありませんか?

 

クローバー欲しいものを見つけたとき、
嬉しいはずなのに、
同時に「やめておこう」と思ってしまう。

 

クローバー本当は買えるのに、
「もったいないことするんじゃないか?」
「こんなことに使っていいんだろうか?」
って、自分で自分を止めてしまう。

 

アクセルとブレーキを同時に踏むこの感覚、

結構しんどいですよね。

 

私もこの感覚と長いこと付き合ってきました。

 

「この繰り返しをどうやったらやめれるの?」って、

そんな自分がほとほとイヤになったことも、もちろんありました。

 

でも、何度も繰り返す中で、

それがただの繰り返しで終わっているわけではないこと

 

むしろ繰り返すごとに、

お金と自分の関係作りが随時更新されていってる

 

ということがわかってきたので、最近はこの感覚が出てきたら

「お〜、キタキタアップようこそ」って感じで、

丁寧に拾い上げるようにしています。

 

 

お金って、

自分の心理と向き合う道具として最高なんです。

 

 

  第一ステップ:お金に対する自分の心理を知る

お金を使うことへの罪悪感や抵抗感は「お金の問題」ではありません。

その背後にある、心理が働いている、ということなのです。

 

例えば、

お金が減ることが怖くて使えない、とか、

支払いがあるたびに気が重くなる、とか。

 

これは、

お金=生命線(命に影響する)レベルの紐付けが

自分の中にあるということ。

家族のためなら使えるのに、

自分のためになると、急に使えなくなる。

 

これは、

「自分を優先してはいけない」という無意識の思い込み。

 

他には、

家族のためなら使えるのに、

自分のためになると、急に使えなくなる。

 

これは、

「自分を優先してはいけない」という無意識の思い込み。

 

(どっちも私が持っていたヤツですw)

 

どんな心理がブレーキになっているのか、

人によって違うし、

時によっても違うので、

そこを丁寧に見てあげる必要があります。

 

さて、先に挙げた

クローバー欲しいものを見つけて嬉しいはずなのに、
同時に「やめておこう」と思ってしまう。

 

このブレーキを持っている自覚があるとしたら、

それは、自分優先を許可できないブレーキですか?

それとも、無くなってしまう不安ですか?

もしくは別のブレーキでしょうか?

 

是非、言語化することからやってみてください。

 

自分の現在地がわかったところで、

タロットカードにガイドしてもらいましょう。

 

  お金が減るのが怖い

使ったら、「無く」なってしまう・・

 

もちろん、1ヶ月の収入だけ切り取って見るのであれば、

今ある分以上に使えば、とりあえずその月は無くなるんですが

もっと長いスパンで振り返れば、そのあとまた入ってきましたよね。

 

ウチは自営で、入出の変動は当たり前、

ヤバい状況を何度も経験してきましたが、この通り、

生かされてますw

生命線は繋がっている、というだけでなく

PCもあってネットも繋がっていて

こうして記事を書く余裕も享受しています。

 

私の場合は、一つ前の記事で書いたように、

収支も考えないでいくつか借金を抱えたりして無謀なことをやってきましたが、

借金返済を通して、

「こんな私でも、なんだかんだで返せる」

という体感が育てることができたし、

 

そして、それが

いくらまでなら自分にとって大丈夫なのか、怖くないのか

数字で掴むことができました。

 

お金に対する偏見があって、どこかお金と向き合うことを

避けていた私にとっては、返済は良い筋トレだったんだな、と思います。

 

ただ、その時の自分を思い返すと

心中は乾いた不毛地帯にいる感じ。

 

なんだかんだで大丈夫な体感と数字がわかってみると、

豊かさって、

有る/無いで測るものではなく、

 

大丈夫(なんとかなる)=豊かさ

 

ではないか?

そう感じています。

 

 

あなたは、豊かであるって、

どんなことだとイメージしますか?

定義してみてください。

 

 

タロットカードでは、豊かさといえば女帝。

 

 

ティアラを身につけてるくらいだから、

リッチだろうね・・・

 

ということではありませんw

 

女帝は豊穣の女神、自然の象徴です。

その女帝は、豊かさをどう定義するでしょう?

 

自然界には季節がありますね。

季節が巡り、天候が変わっていく中で

植物が育ち、実り、私たちは

豊かな実りを享受しています。

 

つまり変化することが、自然(あたりまえ)

循環するものが、自然(あたりまえ)

 

そういえば、お金についても

「金は天下の回りもの」と言われますよね。

 

 

「有る」か「無い」かにかかわらず、

循環していること』が豊かさという現象なんじゃないか、

と思っています。

 

全てが枯れてしまう冬にも、次の命が地中で温められている。

これを私たちは、あたりまえに知っている。

 

でも、お金となると、枯れる=もう終わりだ、となってしまう。

 

(収穫した分だけ食べるところから、「蓄える」ということを

覚えたあたりから、不安の心理が生まれているかもしれませんね)

 

話がズレたので戻しますw

 

 

変化の連続こそが収穫をもたらし、

巡り続けることが、安定をもたらす。

 

女帝は、持っているから豊かなのではありません。
変動の中で、その時季のものを享受しています。
有れば有るなりに、
無いなら無いなりに楽しむ天才。
 
今受け取っているもので自分を満たすことのできる天才。
 

女帝の世界の豊かさは、

「あってもいいし、なくてもいい。」です。

 

  「あっても、なくてもどっちでもいい。」

 

成幸している富豪や、一代で事業を築いた人たちのエピソードでも

 

・お金がない時も、お金がある時も、やることは変わらなかった

・お金はもちろんあればいいけど、お金がないときも楽しかった

 

というような話をよく見聞きします。

 

片付けコンサルタントのこんまりさんとかも、お金を生み出していない学生の頃から

お部屋に花を飾って楽しむことを欠かさなかったそうですし、そういうお話を聞いていると、

お金無しでも楽しめる力こそが、お金を生み出す創造性なんだろうなと思いますし、

そもそも、お金に操縦されていないんだな、ということがわかります。

 

・お金があっても楽しい、お金がなくても楽しい

・お金があっても(やりたいことは)できるし、お金がなくてもできる

 

お金があってもなくても『大丈夫な自分』

お金があってもなくても『できることをやる自分』

環境によってブレることのない安定感

 

 

このマインドセットがあれば、

「全ては有る」

「全て受け取っていい」

の女帝の世界観にアクセスできる。

 

これは頭で理解することではなく、

肝心なのはどうやったらそれを体感できるのか、方法ですよね。

 

そのあたりはまた次回、

お話ししてみたいと思います。