Wiiダイエットでこの秋を快晴に。
ブログネタ:この秋、何ダイエットする? 参加中この秋はWiiダイエットに決まりです!
テレビでもがんがんCMをうっているWii。運動不足は改善するわ身体の歪みは是正されるわもう大変。いいこと尽くめでバチがあたりそう。
というわけで買いましたよWii。毎日欠かさずやってます。
念願のロックマン9に費やすマイライフ。
自らの反射神経の衰えに愕然とし、微妙にレスポンスの遅いコントローラーに憤激し、敵に激突され即死穴に落ちていき、ボスの行動パターンを読み違えて踏みつぶされる。これがロックマン!
イエス! ロックマンだね!
ロックマン、コーヒー、ライター!!
この調子で昨月末から3キロ痩せました。
毎朝バナナを食べていましたが、たぶんロックマンの方の効果でしょうね。
今晩もついつい迫りくる敵弾相手にスライディングの動作を入力してしまいます。
ロックマン2準拠だからスライディングや溜め撃ちは無いと何度叱れば理解するの! わたしの指!
この秋、まだまだダイエットできそうです。
ロックマン、コーヒー、ライター!!
高橋昌一郎『理性の限界』
対談とか座談会というものは、まず、フィクションで仮想的に書かれたものか、実際に実施されたものかという区分ができる。
特に前者、仮想対談だった場合は顕著に、登場人物のキャラ付けは明確になる。
ツッコミ、ボケ、話題進行、解説役、反論役、まとめ役、萌えキャラ、などなど。
これは対談・座談会という形式の利点だ。
主張を明確に読者へ伝えるために、登場人物のキャラで議論のロジックを了解しやすくするのである。
高橋昌一郎『理性の限界』は、まさに群像劇とばかりに入れ替えたち替え登場人物、つまり話者が出てくる。
冒頭から挙げても、司会者、会社員、数理経済学者、哲学史家、運動選手、生理学者、科学社会学者……、話題が移ろうに連れて話者も姿を現し消えていく。
中で異彩を放つのが、カント主義者がまとわされたキャラである。
仰々しく威張り気味のいちゃもん付け屋で、反論を受けて渋々と退場する。かと思いきや、次の話題に間髪を入れず噛み付いてくる。
読み進めていくうちに、そろそろカント主義者が出てくるな、と予想してしまうと時すでに遅し。カント主義者の魔の手にハマってしまっているのである。
カント主義者の扱いのひどさには、知人のカント読みも失笑していたけれど、まあ仮想座談会にはこんなキャラは必須だ。
憎めないキャラに育て上げられたカント主義者に、作者の愛情を感じます。
本編自体は、机上の空論マニアにはたまらない知的遊戯。理性の、つまり人間の限界を痛感できる一冊。
その前に、議論に着いていけず自分の知性の限界にたどり着いてしまったのはヒミツです。
「選択」「科学」「知識」の限界に分けて進む座談会形式の議論は、ときに分かりやすく、ときに分かりづらい。そんなときはカント主義者の気持ちになって、分からんものは分からんので飛ばして先に進みましょう。
ボリュームがあるので飛ばしても堪能できるし、のちのちの再チャレンジも楽しめます。
- 理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書 (1948))/高橋 昌一郎
- ¥777
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パチンコによるアニメリバイバル
他の人たちは、そもそもこの歌を知らずなのか、パチンコの歌だと認知しているのか、リアクションはとらず。一番遠くにいたアニヲタとその隣のニコ厨がニヤニヤしているだけだった。
普段はアニメのアの字も口に出さない人が、何たるギャップ。
パチンコの影響恐るべし。
もちろん、これをギャップに感じてしまう方がズレてるんかなあと寂しくはなるけれど、本人に聞いてみたら案の定パチンコから入ったとのことでした。
エヴァや北斗の拳、花の慶治のパチンコ化で、キャラクター自体はアニメ好き以外にも強烈に浸透した、ってことは沢山の人たちが指摘したことだろう。アニメ本編を観るかってとこにはまたハードルがあるけれど、とにかくアニメ自体の認知層は拡大した。北斗の拳って少年漫画の定番ならともかく、エヴァ、そしてアクエリオン。
アニメがパチンコになるのは、少しだけ気分的な抵抗はある。
ウチらの好きなもんをパチンコにするな!(偏見)
換金所ってどういう仕組?
売上って闇に流れてはないよね?
とかとか。まあ偏見だ。パチンコ自体は嫌いじゃないけれど、自分の好きなものが利用されているのが気に食わない! っていう中学生なメンタルに基づいている。
とはいえ、アニメの話をより多くの人と語り合えるキッカケになるかもしれない、ならば心が踊ります。
じゃあせっかくですから、こんなアニメもパチンコ化してください。
パチンコ『あずきちゃん』
CR『アリスSOS』
パチンコ『アウターゾーン』
ごめんなさい。やっぱりいいです。
だからといって、アニメ話が噛み合う保証がどこにもありませんでした。
エロい響きに踊らされ。
おっぱい、という崇高な語すら口にすることにタブー臭が漂っていた小学時代、まんじゅう、だの、まんげつ、だのも恥ずかしくて言えなかった。
「いっぱい」の「い」を「お」に替えて言ってみて!
おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱい!!!!!!
今なら喉が焼けるほど叫ぶことができる。でも、書けば書くほど悲しくなる。
正答は無論、「おっぱお」と子供だましも言いところだが、たしかに子供のときの自分はだまされた。見事にだまされた。
その日から、あだ名が「エロ本会社の社長」となりました。
今となっては、エロ本会社の社長に是非なりたい!
なれるものなら、なりたい!
エロ本! 社長!
なんて贅沢な響きだろうか!!
政治と宗教と野球の話題はタブー?
商談における心構えとして、「政治」と「宗教」と「野球」の話題は避けたほうがいい、というものがある。
確かに、前半二つは生き方に基づくものであり、話し相手と合致したときのメリットよりも食い違った時の方のデメリットが果てしなく大きいから、商談とか仕事関係のときは避けるが無難だよ、ってことなんだろう。
でも、「野球」がこの二つに割って入るのは違和感がある。
もちろん「野球」が思想だったり生き方だったりする時代は終ったんじゃないか、という指摘は厳密には正しくなく、「野球」以外にも分散したと言い逃れたほうが妥当かなとは思う。
その意味での違和感。
じゃあ「野球」だけじゃなく「サッカー」辺りも付け加えれば良いんじゃないかというのもしっくりこない。
たぶん「野球」にはアンチという感情が体制化しており、アンチ巨人やアンチ阪神だのという「デメリット」が存在するからこそ、「政治」や「宗教」に並べられる存在になりえたんだろう。国民的娯楽であったということ以外の理由としては。
でも、日本人同士の雑談の中では、「宗教」以外なら「政治」も「野球」もバラエティ感覚で語れるものになっている感触があるから、別にタブーでもないんだろうなあ。
宗教! 宗教だけは難しい。
いまの歴史教科書に天理教や黒住教が載っているように、100年後の教科書には創価学会や幸福の科学がちゃんと載るんだろうか。
宗教! 宗教だけは難しい。
これも生き物のサガか……。
もしも子どもが生まれたらこんな英才教育を施したい
男女問わず、料理は身に着いた方がプレシャスな時代です。ここは素直に『Oh!Myコンブ』を読ませるのがベターです。せっかく美味しいものを食べたのに「この洗いを造ったのは誰だー!」と怒鳴り散らしたり、巨大化して目からビームを出したり、料理人が死ぬほど苦労した工夫や隠し味を一口で見抜き解説を始めたりするような大人には育ってほしくありません。素直にほっぺたを押さえて飛び上がるぐらいが好感を持てます。
算数は当然、ジョジョです。素数の数え方を学びます。
国語も当然、ジョジョです。擬音の豊かさを学びます。宮澤賢治と併せて声に出したい日本語です。メメタァ、ズキュウウン、ズビズバ。
天文学は間違なく聖戦士星也です。シャカが仏教まで学ばせてくれます。おまけに、授業中に居眠りを注意されたときには「私が目を開けるとどうなるのか分かっているのか!」と教師の五感を奪うそぶりを見せることも学べますね。
ダンスはニコニコ動画で楽しく学ばせます。
美術は常に創意工夫や上達を目指す心を学ばせるために、プリキュア5のエンディングを視聴します。ガンバランスdeダンスに乗る映像が、不気味に動かず塗りもおおまかだった初代から、うねうね動く後半時期に至る過程を知り、ああアニメ制作ってスケジュールきついんだなあ、と感得させましょう。
体育と音楽は一つの作品で事足ります。テニスの王子様です。テニスを行うために人知を超える方法は全部で百八種類あります。ミュージカル版では個性溢れる百八のボーカルテクを身に着けましょう。
生命倫理は男塾です。人が容易く生き返ることを知ります。
一通りは頼もしく育ってくれることでしょう。
店頭で強制されるクジ引きが怖い
電器屋さんやコンビニで、一定金額以上購入したときに半ば強制されるクジ引きが怖い。
もし当たったら、にぎやかしく鳴り物を用いて「おめでとうございますッッ!!」と囃し立てられる。
通行人からはイロモノのように視線を投げられ、定員の笑顔に応えないわけには居心地が悪いからへらへら笑い返し、景品を受け取り次第そそくさとその場を離れる。
照れるやら気恥ずかしいやら、どういう顔をしたらいいのか分からない。
外れたら外れたで、「はずれです」「残念でした」などと、何も悪いことはしていないのに、それどころかその店で身銭を切り買い物をしたにも関わらず、お悔やみの言葉を投げかけられる。
断るのも無粋なようで、まさに進むも地獄引くも地獄。
参加券を集めてクジ引きに挑むにいたっては修羅の道かと思えてしまう。
ビンゴ大会なども、極めて順調に一番でビンゴを抜きそうならばビンゴであろうとも口を閉ざし、複数人が同時に当選するタイミングで手を挙げる。
そもそもビンゴに穴を開けず、参加自体を辞退することも少なくない。
参加した振りをして、隣の人から、
「調子はどう?」
と尋ねられ、
「んー、まあまあかなあ」
とお茶を濁していたら、見せて見せてとせがまれて、慌てて後ろ手で適当に穴を開け見せたところ、首尾よく告げられた番号がビンゴに結びつき、
「おテスさん、ビンゴだよ!」
と叫び告知された時の、会場から集まる注目が今のところ人生最大の恐怖だった。
らんま1/2のオープニングこそ心に残る逸品
実家の企業が大負債をかかえて倒産したSEと、実家が完全無職になったばかりの学生が集い、実に素敵なバーにて、実に素敵な雑談がなされて幸せだった。
総選挙後の公明党の動向を予想したり、日教組は日本のガンかもしれないがなぁにかえって免疫がつくという私の軽口に対して中山前大臣の気持ちで反論しよう、ってなエンターテイメントな話題から、足裏診断やシャクティパットの練習など、数々のとりとめのない雑談を重ねた。
そのなかで、初代らんまのオープニングって歌と作画共に著しく優れてるよね、という雑談になった。
小学生の時分に見た『らんま1/2』は、格闘と性教育の両方を捧げてくれた。
女らんまは俺の嫁、と言わしめる魅力が確かにあったアニメ、それは小学生のクソガキも見事に虜にした。
当時のアニメ主題歌はアニメ本体と結び付いてキャッチだったなあ。初代らんまも、軽妙な主題歌とポニーテール時代のあかね、女らんまのベクトル多様な可愛さがプレシャスだったんだろう。イナフだ!!
がっかりしていってね!
世の中はがっかりすることに満ちてますね!
せっかくですから、がっかりを楽しんで生きていきます!
日本三大がっかり観光地として揶揄される札幌時計台。
どれだけがっかりできるのかなと、がっかり感を味わいに札幌に行きました。
ヒザから崩れ落ちるぐらいのがっかりを期待して、このがっかりを知ってる限り全てのメアドに配信する勢いで時計台に到着。
何気なく地味めなたたずまいで、これはこれで悪くは無かったです。
がっかりできない半端さにがっかりできて結果オーライでした。がっかり!
三大がっかりおっぱいに挙げられるほど名高い、ジョゼと虎と魚たち、さよならみどりちゃんはとっても大好きな映画です。
超話題作とか試写会絶賛とか行列のできる料理店とか爆笑必至とか今クールの注目アニメとか、ホントに大好きです!
ここまで読んでくれた皆さんもがっかりしてくれてれば幸いです!
万が一、ほんの僅かでも面白みを感じてくれたのなら、こちらががっかりです。がっかり幸せです。
がっかりしていってね!!
はじめましてってちょっと不思議だな
はじめまして!
おテスと申します!
あれ、でも「はじめまして」ってちょっと不思議だな。
ウェブでの「はじめまして」なのに、既にレスポンスで格差が出てるぞ。
格差だ格差だ。格差って楽しいな。
格差があるから、上を妬むことができる。下を蔑むことができる。
こういう感情を愉しみにしている人には、格差って良かれ悪しかれ必要なものなのなんだなあ。
すぐ隣の人の「格差」って言われると嫌な気持ちになるけれど、それを楽しめるような関係こそ素敵だな、と思って。
雑談こそ全ての楽しさの源泉。
見知った人との雑談が一番笑えるし、一番怒れるし、一番楽しい!
No Zatsudan , No life!!