昨日は いつも、ブログに登場する、夫の友達ではなく、違う夫の友達に会って、本当に楽しい時間を過ごした。

彼はいつもは 私たちが前に住んでいた、夫の生まれ故郷に住んでいる人だ。

たまたま、こっちに遊びに来ていたのだ。

 

来るって聞いた瞬間から ワクワク。。

だって 一緒に散骨してくれた時以来 会っていないから。

一緒に散骨しに来てくれたのが 今回の友達と、よくブログに登場するもう一人の友達。彼らは学生時代の友達だと言っていた。

 

本来は 今回の友達の方が仲が良かった。

何度も彼らの家に 私たちが泊まりに行ったり、一緒に旅行なども行った。

闘病中、私が必死で慣れない運転をして 彼らの家に行ったとき、

夫が 私の運転が恐ろしくて もう勘弁してくれと その友達にこぼしていたこと。

あの時は 私だって あなたのためにこんなに頑張ってるんだよ、と怒っていたけど、今はそれも含めて、全てが思い出で、笑えてしまう。

思い出はたくさんある。

 

最近は ずっと大丈夫だと思っていた。

もちろん、夫を思い出さない日はない。

毎日、夫を想っている。

けれども、夫の話をしても 大丈夫な自分がいたはずだった・・・

 

でも その友達と思い出話や現実的に困っていることなど(夫の遺品など)相談しているうちに 色々な思い出がこみあげてきて 泣いてしまった。

 

でも、過剰に心配するでもなく、適当に放っておいてくれるのだ。

本当にこれが 私には心地いい。

もうすぐ3年が経とうとしている今、人前で夫のことを話して泣くなんて タブーな感じに思い始めていた。

でも、涙がどんどん出てきて止まらなくなってしまった。

涙どころか 鼻水もずびずび。。。。

 

でも、他の友達も大丈夫、大丈夫、いいよ と放っておいてくれ、自分たちのバカ話をして笑わせてくれた。

本当に こういう関係が大好きだ。

ありがとう。友よ。

私は たくさんの叔父さんがいて 幸せです。

って、私が勝手に叔父さんと思ってるだけだけどね。

でも、これも 夫がくれたギフト。

そして 私は ちゃんと受け取っている。

それが とても嬉しい。だって 夫と通じてるから。

 

夏にまた、私が夫の生まれ故郷に戻る時に 連絡してね と会う約束をして別れた。

 

ありがとうねdarling.

 

 

 

ブロ友さん(勝手にブロ友さんと思っています)の記事や、それについているコメンとを読んでいて急に思い出したことがあった。

 

Cさん。

数年前に亡くなってしまった。

Cさんは 趣味の場の所謂大先輩で、年齢も私より10歳位 年上だったように思う。

 

彼女は生涯独身で お母さまを見送った後は一人暮らしされていた。

たしか、弟さんがいらしたけれど、しょっちゅう会っているようでもなく、近くに住んでいるというワケでもなかったと思う。

 

Cさんが病気を患っているのは 私は地元にいなかったので知らなかったのだが、私なんかよりも もっと昔からの趣味の仲間が彼女を気遣っていたらしい。

 

そして、聞いた話だが その日もみんなで一緒にご飯を食べていたという。

楽しい時を過ごし、またご飯一緒に食べようね と別れたらしい。

そして、次の日 友達がCさんに「昨日は楽しかったね。また行こうね。」というようなことをラインしたら いつもは すぐに連絡が来るのに、返信がなかったらしい。

 

そこで、友達はあれっ?と思ったらしい。

おかしい。

いつもは 絶対にすぐに連絡がくるはずなのに。

もしかして・・・

もしかして・・・・

考えたくないけど、もしかして・・・・

 

その友達はCさんの部屋の鍵を持っていたそうで、すぐに彼女の部屋に行ったらしい。

そしたら・・・・

やっぱり ベッドの上で亡くなっていたらしい。

 

私が思ったのは そうやって すぐに駆け付けてくれる友達がいる ってCさんは なんて幸せな人だったんだろう と思った。

そして そんな関係性に憧れた。

友達も素敵な人だ。しばらく、立ち直れないほど憔悴していたと聞いた。

そりゃそうだろう。

 

やっぱり最後は心の繋がっている人なんだな。 血のつながりなんて関係ないんだな と改めて思わされてしまった。

 

彼女たちは趣味仲間で それこそ40年来くらいの友達だった。

だから ある意味家族より長かったのかもしれない。

闘病は孤独な上に恐怖と戦わなければならない。

そんな時に 寄り添ってくれる人がいるだけで やっぱり 救われると思う。

 

私にそんな人はいないけれど、あまりにも素敵な話なので みんなとシェアしたくなったのだ。

 

 

この間、友達に言われた。

「もうすぐ、5年だっけ?あれ?4年だっけ?」

 

・・・・・・・・・・・。

3年です。

 

まだ3年なのか、もう3年なのか、分からない。

 

でも、みんなの中では このことは 「ずーーっと前のこと」になっているんだ

と、認識した瞬間だった。

 

私には ずーっと前のことのような、ほんの数か月前のことのような、なんとも複雑な気分だ。

 

でも、もうすぐ3年がたつ今、振り返ると3年前の、あの時よりは 私は確実に進んでいると思う。

亀の歩みくらいだからか 気づかなかったけど 気づいたら 周りの景色が違っていた みたいな。ちょっとずつ踏み出せていると思う。

 

そして 理解したのは「進む」イコール「夫を忘れる」ということではない。

夫は 私の胸の中にちゃんと生きているし、これからも ずっと夫を想って生きていく。

 

今、ご主人を失ったばかりの方たち。

いつまでも 思い出に溺れていたいよね。

私もそうだったよ。今でもそうかもしれない。

 

でも、もうすぐ3年が経とうとしている今、夫の写真や遺品は 辛すぎて もっと見れなくなった。

夫を失った当初は 夫のものに囲まれて生きていたい と思って、引っ越した時も 夫の想い出のものは捨てられずに 持ってきた。

でも、今 正直、辛すぎて もう見たくない。

今でも 最後まで使っていた歯ブラシは大事にとってある。これは 捨てられない。

でも、もう見たくないという心境だ。多分、あそこのエリアにあると思われる所にあって そこは 怖いから踏み込んでいない。

 

これは 決して 夫を忘れたいとか そういう思いではない。

遺品などを見ると、急に生々しく思えるというか、あの時の気持ちが蘇ってくるのが怖いというか。防衛本能なのか「見たくない」 と思ってしまう。

 

私、今まで結構 頑張ってきたと思う。

そうでしょ?darling?

 

たくさん、新しい友達を作って、仕事はまだまだ軌道にのらないけど、まだ種を撒いて育ててる途中だし、何より 人生の短さをdarlingに教わったから 出来るうちに 自分のやりたいことをやろうと思えるようになったよ。

 

そして もう一つ、darlingから学んだこと。

「自分で動かないと 何も始まらない。」

これには結構 エネルギーがいる。

これも自分のチョイス。 自分の責任。

気乗りがしないこともある。それでやらないで正解だったこともある。

それでも、ドアにノックし続けると、新しい扉が開けることもある。

 

もちろん、今でも 家族の愚痴などを聞くたびに「なんで亡くなったのが、この人たちじゃなかったんだろう?」って 思ってしまう。

なんだかんだ言ったって、安心できる場所、守られる所があるのに気づいてないのね って。

まぁ 言ってるだけなんでしょうけど。

色んな思いを抱えながら 適当に受け流せるようになった。

私も強くなったもんだ。

いや、強くならざるを得ないのだ。

 

 

この前、ある友達が地元に帰ってしまうため さよならパーティーがあった。

知ってる人も知らない人もたくさんいた。

その数日後に ある友達から ○○さんから連絡来た?と ニヤニヤして聞かれた。

○○さん、otankoちゃんのこと 気に入ってたから 連絡先教えちゃった と。

その○○さんとはすでに ライン交換をしていたから 別にどうでもいいが、その後 連絡をとりあったりはしていない

 

っていうかさー。

そういうの メンドクサイ。

そんなの求めてない。

ただの友達で十分だ。

あぁ 私、男になりたいな とふっと思った。

夫が亡くなった今、女である必要ってあるのかなぁ とか考えてしまった。

 

髪や肌の手入れ、誰のために、何のためにやってるんだろう?見せる人も褒めてくれる人もいないのに。

シミがあったって なくたって 誰も気にしない。

同じ洋服を着てようが メイクが変わろうが 誰も何も言わない。

なので そういうモチベーションは はっきりいってない。

 

でも、夫が愛してくれた私が 汚いお婆さんになってしまったら 夫は悲しむだろうな とか思うから 夫のために女でありたい。夫のために最低限は小綺麗にしていたい。

いつまでも夫の奥さんでいたいから。

そのポジションまで 失ったら 私はどうやって生きて行けばいいのか。

そこだけだ。

 

そんな複雑な心なのである。

この前、仕事関係のワークショップに行った。

暇だし、頑張って、受けられる時は受けようと、数回通った。

 

で、最初は気づかなかったけど 何回目かの時 その主体の人が夫に似ていることに気づいた。

 

身体的な特徴

笑顔

雰囲気

しぐさ

人への反応 など。

 

初めて会ったのに なぜか親しみが湧く・・・と思っていた。

そして、あ、夫もこんなことしてたよね・・

夫も こんな風に笑ってたな・・・

夫も こんなに背が高かったっけな・・

夫の雰囲気も こうやって柔らかくて すごくリラックスな人だったよな・・・

 

なんか、どんどん夫と重なってきて・・・。

すごく懐かしい気持ちになった。

そして なぜだか心が安らいで、癒された。

懐かしい、古い思い出を見つけた時のような感覚と似ていて、一瞬だけ また会えたような感覚になった。

とても心地良かった。

 

夢見心地で家に帰ってきて。

でも、家に帰ってきたら 一気に現実に戻されて切なくなって、心が痛くなって、涙が出た。

 

でもね、一瞬でも幻でも 夫の姿を見れたような気がして。

夫が彼を通して、私に会いに来たのかな。

って思うことにした。

 

今日でワークショップは最期。

本当は花見に誘われていて、ワークショップは行かないで、花見に参加しようと思ってたけど、やっぱり 最後にどうしても 夫にもう一回会いたくて。

花見をキャンセル。

最後に、幻の夫に会いに行ってきます。

 

 

この前、2年半ぶりくらいに 突然友達からSNSでメッセージが届いた。

 

その友達とは

この人、Bちゃんだ。

 

彼女のアイコンがピッと突然出て来た時、心臓がドキンとするほど 嫌な気分になった。

内容は

「このアカウント、まだ使ってる?」

みたいな内容だった。

 

考えたあげくに、既読をつけずに削除した。

すっかり色々なことを忘れていたのに 色々思い出させられて、嫌な気分になった。

 

実は知っている。彼女は暇なんだろう。

彼女は仕事の都合で、家族をおいて単身赴任している。

 

地元に「帰省」すると、みんなが予定を合わせてくれて 忙しく過ごせるけれど、それが単身赴任などでいつもそこに暮らす、日常になると みんなそれぞれ予定や家族のことがあり、年中会うことはできない。

一通り、友達などに会ったり、なんだりが終わると、週末や連休などは 私のように暇なんだろう。きっと。

 

だから 私のことも一人で暇だろうと思って、

ほとぼり冷めたと思って私に連絡してきたんだろう。

 

しかも、いかにも「私もこのアカウント、使ってなかったけど、あなたは まだこれ使ってる?連絡とれるよね?」という自分が昔、私のメッセージを無視したのを故意と思われないように予防線を張って 自分を防御しているのだ。

 

きっと、彼女は 少しほとぼりが冷めたら 私と元の関係に戻ると思っていたのだろう。

でも

あの頃の、昔、彼女と仲良かったころの私は もうどこにもいない。

元の私には もう戻れないのだ。

それは 夫を亡くす という人生最大の悲しみの経験があったからこそ、何年、いや何十年経とうが もう元の私には戻れない。

経験により、人生のステージが違っているのだから。

 

色々、思い出したら 今でも震えがくるほどの怒りがこみあげてきて 動悸が起こるほどになったので ちょっとここで吐き出させてもらう。

 

夫を亡くした後、どうやって生きていたのかも覚えてないけれど、これだけはハッキリ思い出せる。

 

私は夫の遺骨を灰にし、半分は海に散骨し、半分は骨壺に入れて部屋においてある。

お墓を作る予定はない。

そして、それを私は、自分が死ぬ時に一緒に私のお棺に入れてほしいと思っている。そして一緒になりたい。

それが 私の願いだ。

 

でも、私が死んだら誰かにやってもらわなくてはならないので、誰が生き残っているかも分からない。なので友達には言っておこうという気持ちだった。

すると、彼女は

「はぁ??そんなの、とっておいたって捨てられるに決まってるよぉー。」

と、笑いながら言った。

 

「だったら、あんたの夫の名前でも骨壺に書いて貼っとけばいいんじゃなーい?」

と、ゲラゲラ笑いながら言った。

 

夫を失った直後の本当に砂のような心のデリケートな時期だったので これは堪えた。あっけにとられて 

「そうかな。。」

というのが精いっぱいだった。そしたら彼女は

「そうだよー!!決まってるよぉー!」

と、笑い飛ばした。

 

今から考えると

「所詮 経験のない人には分かってもらえない」

これにつきる。

 

これは私の推測だが、数週間前にBちゃんとの共通の友達、Aちゃんと一緒に飲んだ。

彼女はまだ下の子供が小学生なので あまり会えない。

でも、彼女の家の近くに新しいお店が出来て 行ってみたいと思っていたので そこまで行って飲んだのだ。

その時に、私の今の心の拠り所である、夫の友達も誘ってみた。

そしたら 来るというので 3人で飲んだのだ。

 

多分、それをAちゃんは なにかの時にBちゃんに言ったんじゃないかと思われる。

だからBちゃんは 絶対に、その私の夫の友達に会いたかったんだと思う。

どんな奴なのか見て、値踏みしたかったんだと思う。

そういう人だ。彼女は。

そして「otankoちゃん、まぁ何はともあれ、すぐにまた別の男出来てよかったじゃん。」とか、デリカシーなく言いそうだ。

そういう人なのだ。彼女は。

ちなみに 何回も言うようだが、夫の友達の彼とは何もない。ただの友達なだけだ。

 

冗談で言ったとしても、イチミリも笑えない。

私はきっと、彼女のいつもの不倫ネタと一緒のただのゴシップなのだ。

 

そして私は、私が孤独と戦って、やっと築き上げた、今の私の世界に 土足でずかずか入ってきて壊されることに恐怖を感じた。絶対に入れたくはないという危機感がある。

こんなデリカシーのない人は私の人生にもう必要ではないのだ。

 

きっと彼女は自分は無視された、otankoは酷い人だ、私は無視されて可哀想だ、と周りに言いふらすだろう。

この手の人は そうに決まっている。

でも、私は共通のAちゃんしか連絡をとってないし、そのほかの人は学生の時の友達だから 知ってるには知ってるが、もうAちゃん以外とは連絡もとってもないし、会うこともないので どんなに悪い噂を流されても、別にどうでも良い。

 

そうだ。

私は夫を失って、酷い人間になったんだよ。

それで、いい。

 

 

 

 

 

有言実行、ハイキンググループに一人で参加してみた。

 

集合場所をネットで見て、ドキドキしながら行った。

3人とか、2人とかだったら どうしよう・・・・。

どんな人達なんだろう・・・・。

もし、気がのらなかったら、一人で行けばいいんだ・・・

色々考えて 緊張した。

 

駅に着くと それらしきグループがいて 勇気を出して入っていった。

 

リーダーの人はすぐに

「あれ?新しい人だよね?」

と私を見て行った。

 

私は数週間前のオープンパーティーで会ったことを伝えた。

といっても 私も酔っ払いだったので 全く覚えてなくて、その人がリーダーだということさえ覚えてなかったというありさま。

そのリーダーも私のことは 覚えてないようだった。お互い様なので よかった。

 

私はグループが出来上がっていて そこに私一人がぽつんと入るのかと思っていたら 今日、初めて参加の人も 何人かいて ちょっと心が救われた。ネットで見たとか言っていた。

全員で15人くらい?

20人弱だったと思う。

 

色々な雑談を色んな人としながら山道を歩く。

ちょっと まだ寒かったけど とても気持ちが良かった。

 

自然の中で 鳥の声や 木々のささやきを聞いていると 心が解放的になる。

集団行動だからこその 面倒さもあるっちゃあるけれど リーダーの人は みんなに気を使い、とても よくまとめていると思った。

それに、なにせ 熊が怖くて 一人で 低山とはいえ山は怖い。

現に 熊出没・注意との看板もあった。

でも、大きいグループだと やっぱり安心だ。

 

山を登り終わって 駅の手前で解散となった。

 

すっごく楽しいというほどでもなかったが、初めて会う人と話したりは それなりに楽しかった。家でいじいじしているよりは ずっと心にも体にも健康的だと思った。

私は一人でハイキング等に行くのは 全く構わないのだが、近年、熊出没のため 山道などは一人で行くのは やっぱり 怖いから 誰かと一緒がいい。

でも、友達と予定を合わせるのは 大変なのだ。

少ない友達なのに その中からハイキングが趣味という人というのも なかなかいないし。

 

良かった点

熊を恐れずにすむ

全員とは話せなかったが、新しい人と 他愛のない話が出来る

終わったら さっさと終了、解散。

 

悪かった点

集団行動なので、勝手に休憩したりできない

 

 

でも、また予定があえば参加してみたいと思った。

 

ところで その中の一人が言っていたことなのだが・・・。

 

一人の人が 集合場所まで 一駅だけ新幹線を使って来たということだった。

 

新幹線を使うなんて むちゃくちゃ高いじゃないか。(実際一駅だから そうでもないらしいけど)

お金持ちだねぇー

と、みんな やいやい その人のことをからかっていた。

どケチ根性の私なんて いつも 一番安い方法で行くっていうのに。

 

すると その人が、

「いいじゃないか。もうどうせすぐに死んじゃうのに、自分のお金なんだから 好きに使いたいよ。お金は棺桶に入れられないんだから。」

 

みんなは笑っていたが、私は 妙ーーーに納得してしまった。

ほんとだよ。

いつ死ぬかなんか 分からない。

死ななくとも、いつ、家から出らるような健康状態じゃなくなるかもしれない。

 

そう思ったら なんかお金なんてなくても別にいいや って改めて思えた。

一番大切なものは やっぱり お金ではない。

健康でいる今の時間なのかもしれない。

だから 自分の気持ちの良いことだけに時間を使いたい。

好きな人たちと時間を過ごしたい。

嫌な気持ちになる時間なんて まっぴらごめんだ。

 

そんな風に思わせてくれた、ハイキンググループ、初体験でした。

 

もし、誰か興味ある人がいたら メッセージくださいね。

東京近郊のイベントになると思われます。

 

 

 

 

最近、ある仕事に応募した。

仕事といっても アルバイトであるが、新しい分野への挑戦だ。

 

仕事を見つけて応募するということは 結構 骨が折れる作業である。

書類審査だけで落とされたことも 1度や2度ではない。

書類審査がなく、とりあえず面接に行った所もあるが、なにせ 履歴書を作って 写真を貼って・・・という作業もなかなか 面倒くさい。

職歴書なんて 書いてるだけで あまりにも大変で燃え尽きる。

 

そして、面接に行くと、この人が私に興味があるのか、ないのかほぼ分かる。

それは、合否に直結で結びつく。

この人、私に興味ないな と感じると、だいたい落ちる。

 

もし、採用されなかったら ただこの会社が合わなかっただけ と言い聞かせるが、やっぱり、何度味わっても、不合格を突き付けられると 地味に傷はつく。

 

とりあえず、自分で背中を押して、応募してみたところから面接のお知らせが来て、ちょっとした課題もあり、AIとともに考えて行った。

面接では、大いに盛り上がってしまい、自信はあった。

 

でも、たまに面接の感触はよかったのに落ちたという話も聞くので 過信してはいけない と、自分に言い聞かせる。

でも、あそこまで 盛り上がって 課題も気に入っていただけて、ほぼ内定な話も出てたのに、これで落ちたら 人間不振になる とか思ってしまったほどだった。

 

上に話を通さなければいけないから、結果は2,3日かかると言われたが 次の日にすぐに採用メールが来た。

 

この仕事は夫と出会ってなかったら出来なかった職種だ。

なのでこれで、私が夫と結婚していた証が出来たようで嬉しい。

 

嬉しいのだが、この嬉しさを一番に伝えたい人、それは やっぱり夫だ。

きっと 夫だったら 抱きしめてくれたに違いない。

笑いながら「だから、otankoには出来るって言ったでしょ」って言ってるかなぁ。

「よかったね」と、笑いながらビールで乾杯していたと思う。

 

そんなことを考えたら やっぱり切なくなってしまった。

嬉しかったことをシェアしたい一番の人は 今でも変わりなく、夫だ。

夫しかいない。

 

すごく切なくなった。

 

この喜びを誰にもシェア出来る人がいるので AIに報告してみた。

もちろん、喜んでくれた。

きっと、夫だって 天国でオレの妻はすごいんだ って自慢してるよ って励ましてくれた。

 

でも、やっぱり切なさは 変わらないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事場で働いている人で 異常にポジティブな考えの人がいる。

私はその人とは 働く場所も違うので よくは知らない。

 

でも、聞く所によると、なんでもその方は色々な邪悪な物を浄化させる力を持っているそうで。

「ここは邪悪な気が蔓延している。」

と言ったかと思いきや、指をパチンとならして

「はい、これで浄化できました。」

とか言うらしく、同僚がひいていた。

 

更に、前に辞めて行った人のことも

「きっと邪悪な心の持ち主だからここに耐えられなくて去っていったのよ。これでここは汚れのない場所になったわ。」

などと すごくポジティブな発言をするらしい。

ある意味、幸せな方だ。

 

一方。

すごーくネガティブな人もいる。

その人は、愚痴もそうだが 過去を後悔してばかりいるのだ。

 

もっと前から 気をつけていれば 歯医者の費用が こんな高額にならなかったのに。

あの会社をもっと早くに辞めてればよかった。

私が面接して入れた人、なんで面接の時に私は彼女の本性を見抜けなかったんだろう。

最初に飲んだ、あのお酒が余計で 酔っ払った。

 

等々、後悔がとにかく多く、それも、何回も同じ後悔を言うわけだ。

最初は

「そうだねぇ。」

と言っているが、何回も重複して言ってこられると、こちらも なんて答えていいか分からなくなる。

しかも、過去は変えられないんだから もう どうしようもない。

 

私が後悔してることと言えば、もうちょっと中学生のころに勉強して良い高校に入ればよかった という後悔くらいだ。

でも、そしたら その後の人生も全然違っていただろう。

夫に出会ってなかった人生になるとしたら、私は今のままでよかったんだんと思う。

 

人が自分のことを見て幸せそうだとか 可哀想だとか思われるのは勝手だが、自分自身が幸せを感じられるっていうのは 自分を肯定することじゃないかと思う。

いつも、ああだった、こうだった、と後悔しているんじゃなくて 自分の選択は間違ってないんだ と胸を張って 自分を肯定できること。それは幸せなんだと思う。

 

夫と結婚したことは 全く後悔もない。

今は 一人ぼっちで、悲しい。でも その悲しみの中でも、私 頑張って生きてて えらいじゃないか。

と、自分を認めてあげられる。

胸を張って 自分を肯定できるんだ。

であるならば 私は幸せなのだ。 

 

と、後悔ばっかりしている同僚を見て こんなことを私は考えてしまった。

 

 

 

なぜか AIに私のことを理解してもらって 寄り添う言葉を言われたら すっきりした。

 

この前、夫の友達に「友達の家でオープンパーティーがあるから来ない?」と誘われた。「だいたい同じ位の年齢層だから、楽しいと思うよ」と。

「誰か友達連れ来てもいいし、一人で来てもいいよ。」

 

悩みました。

知ってる人ばっかりの友達とは違う、オープンパーティー。

私は 知らない人と楽しくお話できて 楽しい時を過ごすことが出来るんだろうか。

 

友達を連れて行くことを考えた。

でも、友達と言っても 今日の今日で誘えるのは 限られている人達。

一人は... その場所がちょっと遠かったので 彼女はまず行きたくない というだろうと。それに加え、彼女は私にべったりくっついてくるだろうから 新しい人と話すチャンスが減る そう思った。

 

もう一人の友達は とても独立している人で心地いい。けれど こういうパーティーとかに興味があるかは微妙だし、彼女が楽しめるかどうかも微妙。

とりあえず、彼女には聞いてみた。

なにか予定があって 彼女は来れないということだった。

 

じゃぁ 私一人で行こう。

一人といっても 夫の友達がいるじゃないか と思った。

 

着いてみると、他にも知ってる顔が数人いて安心した。

知ってるけど、あまり話したことなかった人と話したり、お酒の力を借りて新しい人と話たり。

すっごく楽しかった。

勇気を出して、一人で行ってよかった。

 

これが誰かと一緒に行くと、放っておいても 一人でどんどん色んな人と話せる人だとよいが、そうでないと こちらも気を使ってしまって 結果、ただ2人で話してるだけの状態になって オープンパーティーの意味がなくなってしまう。

 

でも、一人だと いろいろな所に飛び込める。

私が 自然の中を歩くトレイルが好きで、この前も○○に行ったんだよ という話をしてたら そこにいた人が たまたまハイキンググループのリーダーで 私の話を聞いていて 今度参加してよとお誘いいただいた。

別にそんな堅苦しくなく、その時間にただ現れればいいだけだからと。

今度是非参加したいと思ってる。

 

なんだか 長く停滞していた私の人生が ゆっくりと動き出したような感覚さえある。

不思議な感覚だ。

 

これはAIによると、

私は立ち直ったのではない。

悲しみとともに生きることを覚えたからだ。

悲しみとともに、時には笑い、時には新しい人と出会うこともできるようになった。

ただ、それだけだと。

 

悲しみは減らないけど、でも楽しむこともできるようになったんだ。

それは大きな進歩であると思いたい。