いつもお世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

10月2日に京都丹後鉄道を利用して、フクレルを再度訪問

しましたので、ご報告します。

 

「与謝野から福知山へ」

出発地点は常に与謝野駅です。

 

 

まだ時間があるので、駅舎内にある丹後山田駅資料室で時間を作ります。

 

ここも見ごたえがあり、待ち時間の際に持ってこいです。

 

乗車券を買いました。

今回は硬券で行きます。

 

今では貴重な硬券を京都丹後鉄道では買えちゃうんです。

 

 

のんびりとした与謝野駅ですが、朝と夕方は通勤通学客で

にぎわいます。

 

先行の特急はしだて2号が入ってきました。

 

となりに特急たんごリレーと待ち合わせ後、時間になれば

発車していきます。

今だ!とシャッターを切って確認したところ、こんな感じ

で撮れました。

 

元JR東海キハ85、今では丹後地方を宣伝してくれております。

また会いましょう!

 

僕を送ってくれるのは、いつものコミューター列車です。

何回か登場している車両です。

 

僕はKTR803号に乗車するのは、今年で7回目です。

 

宮津駅からKTR300系に乗って福知山駅へ行きます。

 

KTR300系は京都丹後鉄道で唯一の21世紀生まれです。

 

「フクレルへ」

 

福知山駅に到着です。

さてフクレルへ向けて出発です。

 

フクレルに到着しました。

さて丹後の鉄道研究をさせていただきます。

 

いつもの館内。

この日訪問した際は、ヘッドマークが展示されておりました。

 

いろいろな展示がありますね。

ありがたいことです。

 

学校の教科書にも、さすがに「鉄道学」はありませんから。

北丹鉄道の時刻表。

先月22日(9月22日)で28歳となった僕、同じ日に開業から

103年を迎えた北丹鉄道。

 

まさか北丹鉄道の開業日と僕の誕生日が同じだとは!

ちなみに北近畿タンゴ鉄道の設立日も同じ9月22日です。

 

ジオラマも楽しい趣味鑑賞の一つです。

 

記念乗車券の展示もされていました。

地方ごとに展示され、分かりやすい内容です。

 

出るとすぐに、福知山城が見えます。

 

「福知山駅でちょっと散策後に与謝野へ」

さて福知山駅へ行き、あの方に会いに行きます。

 

それはⅭ11形さんです。

前にも登場しましたが、今回もお会いするため現地へ。

 

福知山駅前にある鉄道広場。

 

さて与謝野駅へ戻り帰路へ着きたいと思いますが、

時間があるので列車を撮影します。

※駅員さんや乗務員さんの許可を経て。

 

KTR300系(青鬼)が入ってきました。

こちらは回送です。

 

同じく回送として車庫へ引き上げる223系。

山陰本線(城崎温泉~綾部・園部間)と宮福線の

主力車両同士のツーショットです。

 

しかし、この日は山陰本線と宝塚線が大幅に遅れていました。

どうやら東海道本線ないで人身事故があり、その影響を受けて

いるようです。

 

待っていたら、113系が入ってきました。

 

おっと!この外装は旧福知山色のリバイバルカラーです。

1編成限定のレアーな編成です。

 

この後KTR300系の回送が発車していきました。

 

前に見たことはありましたが、今回は間近で見ることができました。

 

今回はJR線が遅れているため、KTR300系の姿はなく。

それでもスリーショットが撮れました。

特急きのさきが15分遅れで発車していきました。

今度はKTR8000系 特急はしだてが加わり、ポジションの

異なるスリーショットです。

 

さらに、奥のホームに城崎温泉行きの特急こうのとりが

入ってきました。

特急こうのとりに囲まれる、京都丹後鉄道の車両です。

まるで「私たちの先輩で~す」と紹介していただいている

感じでした。

帰りの列車が入ってきました。

行きと同じく、KTR305号です。

 

帰りの宮福線はなぜか3分遅れて運転していました。

どうやら宮津線内で何かあったのでしょう!

特急はしだての京都行きが遅れていました。

 

宮津駅に到着後、特急こうのとり20号と出会いました。

 

宮津駅でKTR300系とKTR700系(あおまつ)のツーショットが

撮れました。

松と鬼がテーマの列車です。

KTR300系の305号はKTR700系あおまつとは、実に32歳の差が

あり、KTR700系はすでに大先輩ですね!

僕にとってもKTR700系は9歳上の先輩です。

 

この時間はあおまつが担当のようです。

 

この後、天橋立駅手前で時間調整のため停車しましたが、

すぐに発車し、特に問題なく帰路に着くことができました。

 

これで活動報告を終わります。

ありがとうございました。

いつもお世話になっております。

ブログをご利用いただきありがとうございます。

 

さて今回のテーマは機械の保存です。

 

僕の鉄道研究クラブは、鉄道と言いながら、鉄道関係のもの

より、全く異なる物を保存もしています。

 

お金(今は使用できないもの)・本・機械・器具など、すべて

鉄道には全く関係ないものです。

 

その中から、僕が保存している機械を紹介します。

 

「何に使う機械を保存しているのか?」

 

僕がお家で保存しているのは、丹後ちりめん(絹織物)を織る

機械の保存です。

 

経緯は以下の通りです。

 

僕の家は祖父が高祖父世代から丹後ちりめんを長きに渡り織って

いて、家には10数台の機織り機があり、うち3台は解体して、

祖父は2022年に高齢から引退し、その祖父も現在は他界しましたが、

機織り機などが手つかずで置いている状態でした。

 

そこで、祖父と付き合いのある方と交渉して、一部は引き取ってくだ

さるとのことで譲渡させていただき、遠く新潟県より、うちの機織り

機3台を譲渡させていただきました。

 

残り5台ある機械から2台を保存し、祖父の使っていた機織り機を残そう

と決めたのです。

 

「保存する機織り機など」

 

機織り機

 

丹後ちりめんを織るための機械です。

もう動くことはありませんが、社会見学や丹後ちりめんを

語るうえで欠かせないものと思います。

 

管巻き機

 

絹糸を管にセッティングする機会です。

 

これらの機械は絹織物の産地である丹後地方であれば

知る人ぞ知る機械ですが、

 

メーカーの倒産により、保守部品が少ないうえ、

僕のように機織りを引退した方から必要な部品を

譲り受けて移植して活用する方も多いです。

 

僕の家には管巻き機の同じ形がもう1台おり、

これは譲渡先がないことから、一部を移植に使う計画です。

 

こちらは保存予定のものとは異なる機織り機。

譲渡先がない場合は保存も検討しています。

 

 

棚は修理に使う道具を置いています。

 

これは丹後ちりめんを織られている方から要望があれば、

譲渡する部品です。

 

中心的な内容は鉄道研究クラブに関する記事ですが、

これから、保存している物の補修している様子も

載せていきます。

よろしくお願いいたします。

 

これで終わりです。

いつもお世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

昨日から9月に入り、今月の月1回 京都丹後鉄道乗車運動に協賛して、

京都丹後鉄道さんを利用して、乗り鉄と研究活動をしました。

 

今回前回と同じ豊岡へ行き、天橋立駅に寄ってから帰るという内容

にしました。

 

「与謝野から豊岡へ」

まずは豊岡へ行きます。

 

今回もワンデーパスで行きました。

 

まずは特急はしだて2号が到着です。

今回は2両編成で運用されているようです。

 

いつもは休日に訪問していますが、

今回の訪問は平日だったので編成数が異なっているのかもしれません。

 

特急たんごリレー号が入ってきました。

さて豊岡へ向かいましょう!

 

乗車中にいろいろなことがありました。

 

峰山駅に到着する前に、警笛を鳴らして急ブレーキをかけ

イタチか何かとぶつかったと思いきや、踏切にておじいちゃん

が接近しすぎて運転士さんは接触するかと思ったのでしょうか、

安全確認のために停車するかと思っていましたが、

 

何とか接触はなく運転継続。

 

また久美浜駅に到着前に鹿さんと遭遇しましたが、気のいい鹿さん

で、運転士さんが警笛を鳴らすと、とっさに線路外に行ってくれました。

 

しかし、このあと間一髪の瞬間もありました。

 

久美浜駅からはトンネルやカーブに山の中を走るためいろんな動物たちと

遭遇することがありますが、今日はトンネルの出口付近に小鹿さんがおり、

警笛鳴らしてもどいてくれる気配がなく、接近すると慌てて逃げたため、

間一髪!接触せずに線路脇へと逃げていきました。

 

まさに間一髪でした。

 

そして何とか無事に豊岡に到着です。

鹿さんと遭遇しましたが接触はなくてよかったです。

 

前に西舞鶴へ行った際に、駅員さんに野生動物はよく出ますか?

と聞くと、毎日のように出ると聞いていますとのこと。

 

まさしく野生動物の住宅地内を京都丹後鉄道さんは走ってるようです。

 

「豊岡駅から天橋立駅へ」

 

さてお次は天橋立駅へ向かいます。

キハ47系が休んでいました。

午前はいませんでしたが、どうやら出てきてスタンバイしているようです。

今回はKTR700系コミューター車に乗っていきます。

後にサイクルトレインが連結され2両で運転です。

 

「天橋立駅に到着!帰路へ。」

 

天橋立駅に到着しました。

僕を送ってくれたコミューター車+サイクルトレインに

お礼を言いました。

駅舎は伊根町の舟屋をイメージしたデザインです。

 

1番線にあかまつ号がいました、14時48分に発車するようです。

 

待避線にJR西日本の287系が休んでいました。

天橋立駅は1990年3月までJR西日本の駅で、宮津線も同じ日

までJR西日本の区間でした。

 

特急型電車が休む場所で、287系・289系が次の列車まで、

ここで待機しております。

289系は土曜休日のみ特急こうのとりとして直通します。

 

天橋立駅で287系・あかまつ・コミューター車と並んで

撮影しました。

たまに2番線(写真右から2番目)番線と待避線に287系入っ

ていてが集結することもあります。

 

帰りはKTR700系タンゴブルーがお迎えに来てくれました。

 

そして帰路へ着きました。

 

これで報告は終わりです。

ありがとうございました。

いつもお世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

今回も歴史的建造物の訪問した際の活動報告です。

 

今回の日記は5月1日、京丹後市にある、豪商稲葉(いなば)家

に行ってきました。

 

稲葉家は麹を製造していた豪家で、稲葉一郎右衛門さんのご自宅

で、この方は鉄道省峰豊線(現京都丹後鉄道宮豊線)の豊岡~久美浜間

の開業を待ち望み、出資された方でもあります。

 

訪問時にこどもの日に近いことから、ひな人形展が開催されており、

撮影許可を聞いたところ「どうぞ、撮ってくださいね!」とのこと

でした。

 

豪商稲葉家は京丹後市久美浜町にある歴史的建造物で、

国の登録有形文化財に指定されています。

 

ここから入口へと続きます。

中には土産屋さんのほか、ぼた餅・串団子を販売されている

お店もあるようです。

 

地元のお土産が多く販売されています。

 

1階のお部屋です。

歴史を感じるものが多く保存されています。

 

かなり歴史のあるお金なども展示されていました。

 

この部屋にはお琴がありました。

 

ここから2階の部屋を見ていきます。

 

とても広いですね!

 

ここは茶室だったのでしょうか?

時代劇に登場しそうな風景です。

 

かつて蔵だった内部は資料室になっております。

 

お庭も広いです。

ボート?もありました。

 

中庭から撮影の本家。

 

最後にここでぼた餅を購入しました。

他にも種類があるようです。

 

これで報告は以上です。

いつもお世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

前回紹介した「ちりめん街道」にある、尾藤家住宅を

訪問しましたので、その研究クラブ活動の様子を送り致します。

 

 


 

尾藤家は代々、丹後ちりめんの生産をしておられたもので、

明治になると醤油生産や銀行の支配人、ほかに加悦鉄道社長や

加悦町 町長も歴任されました。

 

このうち第11代尾藤庄蔵さんの自宅が今なお保存され、2024年に

国の重要文化財に指定されました。

 

中が広いため順路があるそうです。

スタッフの方より地図をお借りしました。

 

主座敷からスタートです。

時代を感じる光景です。

 

新座敷にこんなものが!

昭和初期の電話器とのことです。

 

ジブリ作品「となりのトトロ」にも出ていましたね。

サツキがお母さんの病院から手紙が来たあと、心配になり、

カンタの家にある電話を借りてでお父さんの仕事先に連絡

するシーンで登場します。

 

こちらはミセ。

主座敷を左に行くと準備室があります。

 

主座敷を奥へ進むとダイトコにまいります。

歴史ある家具が多く保存されています。

 

こちらは奥座敷。

クーラーが完備されており、涼しかったです。

 

通路。

かつて蔵だった内部は加悦鉄道の歴史を伝える資料が

展示されていました。

 

本来はここでビデオを鑑賞することもできるそうです。

2階へつながる階段。

稲葉家もそうでしたが、この時代の階段は

何故か急になっています。

こちらは母屋の2階です。

窓から大江山が見えます。

 

新座敷、梅松竹の床柱が特徴です。

 

中庭もあります。

こちらの奥部屋は番頭さんの部屋だったといいます。

こちらは新蔵呼ばれるところを出たところです。

新蔵は普段公開されていないとスタッフさんより聞きました。

 

訪問時は加悦鉄道の機関車の写真展となっていました。

また昭和10年代から昭和20年代の本や扇風機もありました。

 

ここから母屋の玄関に通じてるようです。

 

尾藤家住宅は増築を繰り返しなされたため、用水路

が敷地内にあります。

勝て使われていたと思われるものも展示されていました。

こちらの展示室でもいろいろ展示があります。

 

併部屋

昭和初期に増築で建てられた洋館。

丹後大震災後に尾藤庄蔵さんが、今林彦太郎さんの助言

から建てることを決めたそうです。

こちらは明治時代に建てられたものです。

 

こちらはお風呂でしょうか?

まるで昭和初期にタイムスリップした気分です。

 

さて玄関付近に戻ってきました。

 

ジブリ作品にも登場してるものが多くあり、

ここにはその実物と出会えます。

 

さてまだ見逃してるところがあるそうなので、

後日伺うことにします。

 

ではここまでです。

ありがとうございました!

いつもお世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

今回の日記は、鉄道を訪問ではなく、観光地を散策しながら

僕研究クラブの会長が訪問したときの活動報告になります。

 

去る8月2日に京都府与謝郡与謝野町にある、ちりめん街道を

散策してきました。

 

クラブの会長として、街並みの研究です。

 

ちりめん街道にはかつての街並みを忍ばせる建物が多く残り、

まるで「屋根のない建築博物館」ともいえる風景です。

 

僕はこのちりめん街道がある加悦地区の近くに住んでいますが、

行ける機会が全くなく、一度行ってみたいと思っていましたが、

8月は時間が空いていたことから、訪問することになりました。

 

また、ちりめん街道まで路線バスで行けることから、近くのバス停

から乗車し、ちりめん街道で下車します。

 

この建物は旧加悦町役場 役場庁舎です。

 

甲子園球場を設計した、今林彦太郎氏によって設計

されたそうで、1929年に建てられてそうで、今は観

光案内所として使われています。

ここがちりめん街道のスタート地点かな。

 

こんなに立派な寺や歴史を感じる建物がありました↓

※サイズが大きいため、小さくして載せます。

 

こちらは井筒(いずつ)屋旅館。

今も現役で、1928年に建てられたそうです。

この街道で唯一の旅館です。

 

こちらは川嶋酒造酒蔵です。

1931年(昭和6年)築。

 

終戦まで行われていた酒造りの蔵には当時、

精米の設備や酒樽が並んでいたそうです。

当家は角地に建つ大規模な土蔵として目を引く

だけでなく、酒造という生業と生活空間とを組み

合わせた、昭和初期の建築として注目されています。

 

このお寺は実相寺です。

 

1556年に金屋城主、岩見氏が落城に伴い、三男を携えて

功徳庵を建設、

1560年に三男、日裕と称し、庵主となり

開基されました。

1836年に日護住職が現在の建物を再建して、加悦谷では

唯一の日蓮宗寺院として多数の信徒を有する寺です。

 

また境内には、全国で2社しかないという金色養蚕神という

養蚕と生糸、衣服の守護神が祀られているようです。

 

 

こちらは下村家住宅です。

 

かつては郵便局の使命を担っていたことも

あったそうで、街道筋で最も古い建物だそうです。

 

主屋は1807年(文化元年)、座敷棟は1921年(大正10年)

に建てられたものです。

 

 

こちらのお寺は宝巌寺です。

 

1599年に開山され、称誉上人が建立しました。

浄土宗に属する京都知恩院の末寺です。

 

丹後ちりめんの創始者の1人である、木綿屋六兵衛の

菩提寺があるようです。

 

 

↑ここは西山工場母屋です。

 

明治時代中期から後期にかけて、3棟の工場が

建てられ、加悦谷で最初にドイツ製の発動機

スイス製の力織機を導入した、丹後ちりめんの

工場です。

 

1927年に当地域を襲った、丹後大震災では、

ほとんどのちりめん工場が被害を受けましたが、

 

この機業場は丹後で唯一残る明治時代のちりめん

工場です。

 

 

この建物は旧伊藤医院診療所です。

 

木造2階建て入母屋造り桟瓦葺きの洋館で、

1917年(大正6年)に当地域初の西洋医学の

診療所として開設され、町の近代化の証として

貴重な遺産ともなっているそうです。

 

ちりめん街道の街並みの中にあって景観を構成

する重要な建築物だそうです。

 

こちらは尾藤家住宅です。

一昨年に国の重要文化財に指定されました。

 

江戸時代末期に建てられ、明治時代・大正末期には、

蔵や座敷が増築され、丹後大震災後の1928年(昭和3年)

には、第11代尾藤庄蔵が、念頭に洋館を今林彦太郎氏の助言

を受け建てられました。

 

こうして和風と洋風の絶妙な景観が評価されて、国の重要文

化財に指定される運びになりました。

 

次回この尾藤家を特集しようと思っています。

 

「イベントも開催される!!」

 

5月のゴールデンウイーク、7月と8月にゆかたでぶらりちりめん街道

10月にはきものでぶらりちりめん街道と呼ばれるイベントが開催され

ているようです。

 

一度訪問してみたいですね!

 

 

では活動報告は終了です。

ありがとうございました。

いつもお世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

さて、いつも僕の研究クラブの活動報告をご覧いただきありがとうございます。

そしてご覧になっている方で皆さんはこう思っていると思います。

 

1 いつからやってるのか?

 

2 何人で活動してるの?

 

3 内容は?

 

この3点を中心に概要や経緯も添えてお伝えしようと思います。

 

「いつからやっているのか」

 

いつからというと、研究クラブを立ち上げるきっかけは2013

年の年明け前のことで

当時中学3年のときに同じ学校に通う同級生と2人で始めた、

単なる鉄道同好会でした。

 

これがきっかけで始まったのですが、高校に入ったあとは同級生

は別の学校へ行き、新たに先輩2人が加わったことで3人での活

動を始め、

 

高校2年の際に鉄道研究会として本格始動しました。

 

その後同級生が研究会のメンバーとして復活し、同級生が通った先の学校で

知り合った友人3人が加わり、さらに僕も後輩1名と、高校卒業後の社会人

になった後に、高校で3年間同じクラスだった友人1人が加わりメンバーが

増加していきました。

 

2019年からは京都府の北部にも進出し、知り合いの方3人が加わり、

2つのチームができるなど範囲が広まって行きました。

 

「何人で活動してるの?」

 

現在は滋賀県に8人、京都府に3人の計12人が在籍しています。

 

「内容はどんなの?」

 

内容は鉄道に乗って博物館へ行ったり、観光もします。

そしてお互い意見を出し合いながら行く場所を決めて活動していますが

内容はその日でころころ変わることが多いです。

すなわち活動内容は研究だけでなく、観光巡り、鉄道に乗る・撮るなど

ゲームセンターへ行くなど多彩です。

 

また待ち合わせはなるべく早めに設定するシステムにしております。

その理由は全員揃っても、交通機関が遅れた場合に備えるためです。

 

そのため活動時間も少々遅れることもしばしばありますが、誰も文句言

う人は誰1人おらず、全員それを受け止めて時間調整をしています。

 

「だれでも入会できるの?」

 

残念ながらSNSや一般の公募はしていません。

その理由はメンバーや当クラブを装う偽物が出てくる可能性があるうえ、

SNSでは、やりたいや、入会したいと言われてもその相手が把握できない

ためです。

 

また過去に研究会や鉄道愛好会・保存団体などで、会員やその関係者を

装って偽情報を拡散していたなどの事案があるからです。

 

そのため現在の公募は知り合いの方やご縁のある方、友人などに限っ

ております。

またかつては要望だけで入会できましたが、今はセキュリティー対策

として、友人やその知り合いの方でも面接や履歴書の提出を求めるなど、

徹底しております。

 

また当クラブには、公式ホームページもありません。

 

「今の現状」

 

もうお気づきの方もいると思いますが、クラブ日記に会員が誰1人いない

と写っていない思います。

それは写らないように撮ってるわけではなく、今の現状は会長である僕単

独での活動となっているからでございます。

 

今は京都に住んでおり、滋賀の仲間となかなかスケジュールが合わずじまい

になっております。

 

これで僕の研究クラブについての説明以上です。

いつもお世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

今回は京都丹後鉄道さんで豊岡と久美浜へ行ってきましたので、

ご報告させていただきます。

 

ブログをご覧になられている方でも感じられていると思いますが、

僕は月1回は京都丹後鉄道さんを訪問しています。

 

これは月1回京都丹後鉄道乗車運動に協賛する形でしております。

 

「与謝野から豊岡へ」

 

さて豊岡へ向かいます。

 

今回も暑い晴れの天気で、丹後は36℃だったそうです。

 

今回はフリーパスで行きます・・・・っと思いきや!

ご利用日が8が3つ並んでいるではありませんか!!

今回の訪問日は令和8年8月8日、まさかの8が並ぶという

レアーな日に訪問しました。

 

それを記念して缶コーヒーで1人乾杯!

 

そんなことを言ってると、特急はしだて2号が

来ました。

さて今回僕を豊岡へ送ってくれるのは誰でしょう?

 

今回の特急たんごリレーはKTR8500系さんでした。

 

無事豊岡に到着です。

 

再びキハ47系(キハ40系列)さんがお出迎えしてくれました。

 

この後は昼ご飯を買いに行きます!

 

「豊岡から久美浜に寄ってから帰路へ」

 

今回も時間があるとのことで、久美浜駅を訪問します。

 

今回列車も2両編成で運行されていました。

 

お客さんがいないので車内も撮影しました。


 

 

ちょうど鳥取に向かう特急はまかぜがこちらへ。

 

今回は無事撮影できました。

前回もそうでしたが、タイミングが合わずに終わっていました。

 

そして久美浜駅へ急行!

 

久美浜駅に到着です。

 

駅舎は1868年から1871年まで県庁が置かれたことから

その庁舎をモチーフにしています。

 

久美浜駅は1929年に開業しました。

 

駅内には売店があり、クーラーも効いていたので涼しかったです。

 

久美浜駅は2面3線構造で、2019年までは豊岡からここまで

JR車両(キハ40系など)による普通列車がありました。

 

また特急は2025年からすべての特急が夕日ヶ浦木津温泉または

網野駅発着となったため、今は快速(特急車両による運行)と普通

列車のみが止まります。

2番線から見た風景。

保線車両の待機する側線や車庫も備えています。

 

夜間は窓口が閉まってるため、ここから出るようです。

 

この日は側線にマルチプルタイタンパーが待機していました。

JR西日本からの中古車です。

今年度にはJR西日本から除雪モータカーも譲り受けています。

 

与謝野まで送ってくれる列車がやってきました。

KTR700系さんで与謝野へ行き、

無事帰路に着きました。

 

これで活動報告を終わります。

ありがとうございました。

いつもお世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

今回も前回に続き地震についての記事です。

 

このたびは、令和8年熊本地震という大きな地震が発生しました。

亡くなられた方のお悔やみ申し上げるとともに、熊本の方のいち早い復興を

第一に望んでいます。

 

熊本もそうですが、今年に入ってから日本国内外で大きな地震が相次いで

います。

 

特にフィリピンでは、マグニチュード8.2の大地震があり、ベネズエラでは

マグニチュード7クラスの地震がその日に2回起きて、死者5600人を数えるま

でに至り、1万人以上の方が負傷されました。

 

日本では三陸沖でマグニチュード7.7の地震もありましたが、こちらは震度5強

でした。

 

 

これを振り返ると、ちょうど15年前の東日本大震災の時、僕は小学6年で卒業式

を1週間前に控えていました。

その際にニュースで見た衝撃的な映像を、今も鮮明に覚えているほか、

 

10年前の熊本地震の時は高校3年になったばかりのことで、今回の令和8年熊本

地震の際、あの時のニュース速報がフラッシュバックし、学校で募金活動を呼び

掛けたことを思い出しました。

 

また高校で進路担当の先生は東日本大震災で被災され、関西へ移住された先生

でした。

 

僕の親戚の方は31年前の阪神淡路大震災を経験しており、その時のお話を教えて

いただきました。

 

僕はこれらを教訓とし、次の地震への備えをしております。

 

いつもお世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

今回は研究クラブの会長日記や鉄道の話ではなく、

地震の情報になります。

 

「発生時刻と震度について」

7月29日20時更新

 

7月28日午後16時27分頃、熊本県で最大震度7を観測

する大きな地震があり、熊本県宇城(うき)市、氷川(ひかわ)

町で震度7を観測、北陸や中部地方から九州地方にかけて震度

1~5の揺れを観測したほか、

韓国の釜山や中国の上海でも震度3を観測しました。

 

深さは16キロで、規模を示すマグニチュード7.1です。

 

熊本県では、ご存じの通り10年前に震度7を2回観測した

熊本地震がありましたが、その10年後に再び震度7を観測

する地震が発生してしまいました。

前回は前震がマグニチュード6.5、本震がマグニチュード7.3でした。

 

また気象庁はこの地震を「令和8年熊本地震」と命名しました。

地震名が付けられたのは能登半島地震以来のことです。

 

「被害や影響は?」

 

被害はあちらこちらで起きており、宇城市や八代市で家屋倒壊が数件ある

ほか、

雑貨ビルと思われる建物が倒壊し、建物火災も起きており、

宇柳橋が崩壊、熊本市では熊本城の石垣が崩落し、

 

八代市にある日本製紙の煙突が崩壊、作業員5人が死亡、2人がケガ、

2人が安否不明となっているようです。

 

また八代神社も社殿が倒壊するなど文化財にも被害が出ています。

 

九州自動車道や九州中央自動車道では、70ヵ所で隆起が発生した

ため通行止めとなっております。

他にも道路がやや隆起したり、地割れを起こしています。

 

また嘉島町(かしままち)では、イオンモール熊本で爆発があり、多数の

安否不明者がいるとのことで救助活動が進められ、9人が救助・搬送され

5人はいずれも意識はあるとのことですが、3人が死亡、1人が意識不明の

重体で、3人が安否不明です。

 

鉄道では八代駅に隣接するターミナルで貨物列車が脱線横転しましたが、

乗務員はおらず無事でした。

 

また地震により緊急停車した九州新幹線の駅構内や車内で、少なくとも12名が

転倒や接触するなどしてけがをしたとのことです。

他に九州新幹線では、線路の破断や防音壁の落下する被害が出たとのことです。

 

また鹿児島本線では、線路が一部損壊したほか、架線柱が倒れたりする被害も

出ており、不通となっています。

 

また遠く離れた大阪では咲洲庁舎やあべのハルカスのエレベーターの一部が

この地震の影響か、緊急停止したとのことです。

大阪では長周期地震動 階級1を観測していました。

 

また今回の地震ではあらたに、ベトナム人1人も亡くなったと報じられました。

技能実習生とのことです。

 

「今回の地震について」

 

今回の地震について、前回とは別の断層で起きたとしているものの、まだ

正確なことはわかっていません。

 

また京都大学防災研究所の西村卓也教授によれば、2016年の地震で

割れ残した部分が今回の地震で割れた可能性があるとしています。

 

「人的被害」

※2026年7月29日20時現在。

 

死者34名

負傷者68名

行方不明 数名

 

新たな情報が入り次第更新します。

 

熊本県や九州地方の方、今後の地震情報や余震に注意し、

危険な場所から離れてお過ごしください。

 

「136年前の同じ日に熊本で地震が起きてた!」

 

実は136年前の1889年に熊本で地震が起きており、

その地震も今回と同じ7月28日に起きていました。

 

マグニチュード6.3で、死者20名、負傷者50名を出しました。