いつもお世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

今回も歴史的建造物の訪問した際の活動報告です。

 

今回の日記は5月1日、京丹後市にある、豪商稲葉(いなば)家

に行ってきました。

 

稲葉家は麹を製造していた豪家で、稲葉一郎右衛門さんのご自宅

で、この方は鉄道省峰豊線(現京都丹後鉄道宮豊線)の豊岡~久美浜間

の開業を待ち望み、出資された方でもあります。

 

訪問時にこどもの日に近いことから、ひな人形展が開催されており、

撮影許可を聞いたところ「どうぞ、撮ってくださいね!」とのこと

でした。

 

豪商稲葉家は京丹後市久美浜町にある歴史的建造物で、

国の登録有形文化財に指定されています。

 

ここから入口へと続きます。

中には土産屋さんのほか、ぼた餅・串団子を販売されている

お店もあるようです。

 

地元のお土産が多く販売されています。

 

1階のお部屋です。

歴史を感じるものが多く保存されています。

 

かなり歴史のあるお金なども展示されていました。

 

この部屋にはお琴がありました。

 

ここから2階の部屋を見ていきます。

 

とても広いですね!

 

ここは茶室だったのでしょうか?

時代劇に登場しそうな風景です。

 

かつて蔵だった内部は資料室になっております。

 

お庭も広いです。

ボート?もありました。

 

中庭から撮影の本家。

 

最後にここでぼた餅を購入しました。

他にも種類があるようです。

 

これで報告は以上です。

いつもお世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

今回の日記は、鉄道を訪問ではなく、観光地を散策しながら

僕研究クラブの会長が訪問したときの活動報告になります。

 

去る8月2日に京都府与謝郡与謝野町にある、ちりめん街道を

散策してきました。

 

クラブの会長として、街並みの研究です。

 

ちりめん街道にはかつての街並みを忍ばせる建物が多く残り、

まるで「屋根のない建築博物館」ともいえる風景です。

 

僕はこのちりめん街道がある加悦地区の近くに住んでいますが、

行ける機会が全くなく、一度行ってみたいと思っていましたが、

8月は時間が空いていたことから、訪問することになりました。

 

また、ちりめん街道まで路線バスで行けることから、近くのバス停

から乗車し、ちりめん街道で下車します。

 

この建物は旧加悦町役場 役場庁舎です。

 

甲子園球場を設計した、今林彦太郎氏によって設計

されたそうで、1929年に建てられてそうで、今は観

光案内所として使われています。

ここがちりめん街道のスタート地点かな。

 

こんなに立派な寺や歴史を感じる建物がありました↓

※サイズが大きいため、小さくして載せます。

 

こちらは井筒(いずつ)屋旅館。

今も現役で、1928年に建てられたそうです。

この街道で唯一の旅館です。

 

こちらは川嶋酒造酒蔵です。

1931年(昭和6年)築。

 

終戦まで行われていた酒造りの蔵には当時、

精米の設備や酒樽が並んでいたそうです。

当家は角地に建つ大規模な土蔵として目を引く

だけでなく、酒造という生業と生活空間とを組み

合わせた、昭和初期の建築として注目されています。

 

このお寺は実相寺です。

 

1556年に金屋城主、岩見氏が落城に伴い、三男を携えて

功徳庵を建設、

1560年に三男、日裕と称し、庵主となり

開基されました。

1836年に日護住職が現在の建物を再建して、加悦谷では

唯一の日蓮宗寺院として多数の信徒を有する寺です。

 

また境内には、全国で2社しかないという金色養蚕神という

養蚕と生糸、衣服の守護神が祀られているようです。

 

 

こちらは下村家住宅です。

 

かつては郵便局の使命を担っていたことも

あったそうで、街道筋で最も古い建物だそうです。

 

主屋は1807年(文化元年)、座敷棟は1921年(大正10年)

に建てられたものです。

 

 

こちらのお寺は宝巌寺です。

 

1599年に開山され、称誉上人が建立しました。

浄土宗に属する京都知恩院の末寺です。

 

丹後ちりめんの創始者の1人である、木綿屋六兵衛の

菩提寺があるようです。

 

 

↑ここは西山工場母屋です。

 

明治時代中期から後期にかけて、3棟の工場が

建てられ、加悦谷で最初にドイツ製の発動機

スイス製の力織機を導入した、丹後ちりめんの

工場です。

 

1927年に当地域を襲った、丹後大震災では、

ほとんどのちりめん工場が被害を受けましたが、

 

この機業場は丹後で唯一残る明治時代のちりめん

工場です。

 

 

この建物は旧伊藤医院診療所です。

 

木造2階建て入母屋造り桟瓦葺きの洋館で、

1917年(大正6年)に当地域初の西洋医学の

診療所として開設され、町の近代化の証として

貴重な遺産ともなっているそうです。

 

ちりめん街道の街並みの中にあって景観を構成

する重要な建築物だそうです。

 

こちらは尾藤家住宅です。

一昨年に国の重要文化財に指定されました。

 

江戸時代末期に建てられ、明治時代・大正末期には、

蔵や座敷が増築され、丹後大震災後の1928年(昭和3年)

には、第11代尾藤庄蔵が、念頭に洋館を今林彦太郎氏の助言

を受け建てられました。

 

こうして和風と洋風の絶妙な景観が評価されて、国の重要文

化財に指定される運びになりました。

 

次回この尾藤家を特集しようと思っています。

 

「イベントも開催される!!」

 

5月のゴールデンウイーク、7月と8月にゆかたでぶらりちりめん街道

10月にはきものでぶらりちりめん街道と呼ばれるイベントが開催され

ているようです。

 

一度訪問してみたいですね!

 

 

では活動報告は終了です。

ありがとうございました。

いつもお世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

さて、いつも僕の研究クラブの活動報告をご覧いただきありがとうございます。

そしてご覧になっている方で皆さんはこう思っていると思います。

 

1 いつからやってるのか?

 

2 何人で活動してるの?

 

3 内容は?

 

この3点を中心に概要や経緯も添えてお伝えしようと思います。

 

「いつからやっているのか」

 

いつからというと、研究クラブを立ち上げるきっかけは2013

年の年明け前のことで

当時中学3年のときに同じ学校に通う同級生と2人で始めた、

単なる鉄道同好会でした。

 

これがきっかけで始まったのですが、高校に入ったあとは同級生

は別の学校へ行き、新たに先輩2人が加わったことで3人での活

動を始め、

 

高校2年の際に鉄道研究会として本格始動しました。

 

その後同級生が研究会のメンバーとして復活し、同級生が通った先の学校で

知り合った友人3人が加わり、さらに僕も後輩1名と、高校卒業後の社会人

になった後に、高校で3年間同じクラスだった友人1人が加わりメンバーが

増加していきました。

 

2019年からは京都府の北部にも進出し、知り合いの方3人が加わり、

2つのチームができるなど範囲が広まって行きました。

 

「何人で活動してるの?」

 

現在は滋賀県に8人、京都府に3人の計12人が在籍しています。

 

「内容はどんなの?」

 

内容は鉄道に乗って博物館へ行ったり、観光もします。

そしてお互い意見を出し合いながら行く場所を決めて活動していますが

内容はその日でころころ変わることが多いです。

すなわち活動内容は研究だけでなく、観光巡り、鉄道に乗る・撮るなど

ゲームセンターへ行くなど多彩です。

 

また待ち合わせはなるべく早めに設定するシステムにしております。

その理由は全員揃っても、交通機関が遅れた場合に備えるためです。

 

そのため活動時間も少々遅れることもしばしばありますが、誰も文句言

う人は誰1人おらず、全員それを受け止めて時間調整をしています。

 

「だれでも入会できるの?」

 

残念ながらSNSや一般の公募はしていません。

その理由はメンバーや当クラブを装う偽物が出てくる可能性があるうえ、

SNSでは、やりたいや、入会したいと言われてもその相手が把握できない

ためです。

 

また過去に研究会や鉄道愛好会・保存団体などで、会員やその関係者を

装って偽情報を拡散していたなどの事案があるからです。

 

そのため現在の公募は知り合いの方やご縁のある方、友人などに限っ

ております。

またかつては要望だけで入会できましたが、今はセキュリティー対策

として、友人やその知り合いの方でも面接や履歴書の提出を求めるなど、

徹底しております。

 

また当クラブには、公式ホームページもありません。

 

「今の現状」

 

もうお気づきの方もいると思いますが、クラブ日記に会員が誰1人いない

と写っていない思います。

それは写らないように撮ってるわけではなく、今の現状は会長である僕単

独での活動となっているからでございます。

 

今は京都に住んでおり、滋賀の仲間となかなかスケジュールが合わずじまい

になっております。

 

これで僕の研究クラブについての説明以上です。

いつもお世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

今回は京都丹後鉄道さんで豊岡と久美浜へ行ってきましたので、

ご報告させていただきます。

 

ブログをご覧になられている方でも感じられていると思いますが、

僕は月1回は京都丹後鉄道さんを訪問しています。

 

これは月1回京都丹後鉄道乗車運動に協賛する形でしております。

 

「与謝野から豊岡へ」

 

さて豊岡へ向かいます。

 

今回も暑い晴れの天気で、丹後は36℃だったそうです。

 

今回はフリーパスで行きます・・・・っと思いきや!

ご利用日が8が3つ並んでいるではありませんか!!

今回の訪問日は令和8年8月8日、まさかの8が並ぶという

レアーな日に訪問しました。

 

それを記念して缶コーヒーで1人乾杯!

 

そんなことを言ってると、特急はしだて2号が

来ました。

さて今回僕を豊岡へ送ってくれるのは誰でしょう?

 

今回の特急たんごリレーはKTR8500系さんでした。

 

無事豊岡に到着です。

 

再びキハ47系(キハ40系列)さんがお出迎えしてくれました。

 

この後は昼ご飯を買いに行きます!

 

「豊岡から久美浜に寄ってから帰路へ」

 

今回も時間があるとのことで、久美浜駅を訪問します。

 

今回列車も2両編成で運行されていました。

 

お客さんがいないので車内も撮影しました。


 

 

ちょうど鳥取に向かう特急はまかぜがこちらへ。

 

今回は無事撮影できました。

前回もそうでしたが、タイミングが合わずに終わっていました。

 

そして久美浜駅へ急行!

 

久美浜駅に到着です。

 

駅舎は1868年から1871年まで県庁が置かれたことから

その庁舎をモチーフにしています。

 

久美浜駅は1929年に開業しました。

 

駅内には売店があり、クーラーも効いていたので涼しかったです。

 

久美浜駅は2面3線構造で、2019年までは豊岡からここまで

JR車両(キハ40系など)による普通列車がありました。

 

また特急は2025年からすべての特急が夕日ヶ浦木津温泉または

網野駅発着となったため、今は快速(特急車両による運行)と普通

列車のみが止まります。

2番線から見た風景。

保線車両の待機する側線や車庫も備えています。

 

夜間は窓口が閉まってるため、ここから出るようです。

 

この日は側線にマルチプルタイタンパーが待機していました。

JR西日本からの中古車です。

今年度にはJR西日本から除雪モータカーも譲り受けています。

 

与謝野まで送ってくれる列車がやってきました。

KTR700系さんで与謝野へ行き、

無事帰路に着きました。

 

これで活動報告を終わります。

ありがとうございました。

いつもお世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

今回も前回に続き地震についての記事です。

 

このたびは、令和8年熊本地震という大きな地震が発生しました。

亡くなられた方のお悔やみ申し上げるとともに、熊本の方のいち早い復興を

第一に望んでいます。

 

熊本もそうですが、今年に入ってから日本国内外で大きな地震が相次いで

います。

 

特にフィリピンでは、マグニチュード8.2の大地震があり、ベネズエラでは

マグニチュード7クラスの地震がその日に2回起きて、死者5600人を数えるま

でに至り、1万人以上の方が負傷されました。

 

日本では三陸沖でマグニチュード7.7の地震もありましたが、こちらは震度5強

でした。

 

 

これを振り返ると、ちょうど15年前の東日本大震災の時、僕は小学6年で卒業式

を1週間前に控えていました。

その際にニュースで見た衝撃的な映像を、今も鮮明に覚えているほか、

 

10年前の熊本地震の時は高校3年になったばかりのことで、今回の令和8年熊本

地震の際、あの時のニュース速報がフラッシュバックし、学校で募金活動を呼び

掛けたことを思い出しました。

 

また高校で進路担当の先生は東日本大震災で被災され、関西へ移住された先生

でした。

 

僕の親戚の方は31年前の阪神淡路大震災を経験しており、その時のお話を教えて

いただきました。

 

僕はこれらを教訓とし、次の地震への備えをしております。

 

いつもお世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

今回は研究クラブの会長日記や鉄道の話ではなく、

地震の情報になります。

 

「発生時刻と震度について」

7月29日20時更新

 

7月28日午後16時27分頃、熊本県で最大震度7を観測

する大きな地震があり、熊本県宇城(うき)市、氷川(ひかわ)

町で震度7を観測、北陸や中部地方から九州地方にかけて震度

1~5の揺れを観測したほか、

韓国の釜山や中国の上海でも震度3を観測しました。

 

深さは16キロで、規模を示すマグニチュード7.1です。

 

熊本県では、ご存じの通り10年前に震度7を2回観測した

熊本地震がありましたが、その10年後に再び震度7を観測

する地震が発生してしまいました。

前回は前震がマグニチュード6.5、本震がマグニチュード7.3でした。

 

また気象庁はこの地震を「令和8年熊本地震」と命名しました。

地震名が付けられたのは能登半島地震以来のことです。

 

「被害や影響は?」

 

被害はあちらこちらで起きており、宇城市や八代市で家屋倒壊が数件ある

ほか、

雑貨ビルと思われる建物が倒壊し、建物火災も起きており、

宇柳橋が崩壊、熊本市では熊本城の石垣が崩落し、

 

八代市にある日本製紙の煙突が崩壊、作業員5人が死亡、2人がケガ、

2人が安否不明となっているようです。

 

また八代神社も社殿が倒壊するなど文化財にも被害が出ています。

 

九州自動車道や九州中央自動車道では、70ヵ所で隆起が発生した

ため通行止めとなっております。

他にも道路がやや隆起したり、地割れを起こしています。

 

また嘉島町(かしままち)では、イオンモール熊本で爆発があり、多数の

安否不明者がいるとのことで救助活動が進められ、9人が救助・搬送され

5人はいずれも意識はあるとのことですが、3人が死亡、1人が意識不明の

重体で、3人が安否不明です。

 

鉄道では八代駅に隣接するターミナルで貨物列車が脱線横転しましたが、

乗務員はおらず無事でした。

 

また地震により緊急停車した九州新幹線の駅構内や車内で、少なくとも12名が

転倒や接触するなどしてけがをしたとのことです。

他に九州新幹線では、線路の破断や防音壁の落下する被害が出たとのことです。

 

また鹿児島本線では、線路が一部損壊したほか、架線柱が倒れたりする被害も

出ており、不通となっています。

 

また遠く離れた大阪では咲洲庁舎やあべのハルカスのエレベーターの一部が

この地震の影響か、緊急停止したとのことです。

大阪では長周期地震動 階級1を観測していました。

 

また今回の地震ではあらたに、ベトナム人1人も亡くなったと報じられました。

技能実習生とのことです。

 

「今回の地震について」

 

今回の地震について、前回とは別の断層で起きたとしているものの、まだ

正確なことはわかっていません。

 

また京都大学防災研究所の西村卓也教授によれば、2016年の地震で

割れ残した部分が今回の地震で割れた可能性があるとしています。

 

「人的被害」

※2026年7月29日20時現在。

 

死者34名

負傷者68名

行方不明 数名

 

新たな情報が入り次第更新します。

 

熊本県や九州地方の方、今後の地震情報や余震に注意し、

危険な場所から離れてお過ごしください。

 

「136年前の同じ日に熊本で地震が起きてた!」

 

実は136年前の1889年に熊本で地震が起きており、

その地震も今回と同じ7月28日に起きていました。

 

マグニチュード6.3で、死者20名、負傷者50名を出しました。

いつもお世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

今回は7月20日に京都丹後鉄道さんを訪問し再び西舞鶴駅へ行きました。

これで今年3回目の全線走破となりました。

 

「いざ!西舞鶴駅へ!」

 

西舞鶴駅へ向かうとします。

今回は硬券を買いました。

京都丹後鉄道さんでは、乗車券が今も硬券。

 

先行列車を見送りながら撮影!

特急はしだて2号(左)と特急たんごリレー1号です。

 

かつては大阪~高山間の特急ひだや、名古屋から三重県へ

向かう特急南紀として走っていた車両です。

 

今はここ丹後を拠点にしています。

 

前回の西舞鶴訪問時と同じKTR803号がやってきました。

1回乗るとこの車両は何故か何回も来るという。

 

京都丹後鉄道の車窓から撮影した海。

この日は海の日です。

 

由良海水浴場が見えます。

ここは安寿と厨子王の伝説がある場所です。

 

「西舞鶴駅に到着」

 

西舞鶴駅に到着しました。

 

さて駅員さんに撮影許可を取り、撮り鉄と行きますか~

まずはこの2人を撮影!

 

西舞鶴駅 JR乗り場には125系と287系に、何故かキハ40が

います。

このキハ40は豊岡の所属ではなく、金沢でした。

検査のため、後藤総合車両所まで自走で回送中に

僕と偶然出会ったのでした。

 

あのかっこいい車両にも会いに行きました。

去年で最後と思っていたら、もう3回も会っています。

 

西舞鶴の車庫で休んでいるKTR701号。

 

このあとは昼ご飯を買いに行き、駅で食べた後、

宮津市から来られたというおばあちゃんと、駅員さんと

僕の3人で、この猛暑のお話で会話が弾み、15分くらい

話していましたが、その間は列車が無く、ちょうどいい

時間でした。

 

戻ってくると、ちょうどKTR700系みやづ号が入ってきました。

 

JRホームには125系がおり、福知山へ向けて発車です。

 

前回は車庫内にいましたが、今回は出勤日だったようです。

 

次にあおまつが入ってきました、このあと車庫へ引き上げます。

 

腹が減ったので、このデザートを食べます。

 

駅員さんから教えてもらい、「お隣の駐車場からもっと

良い写真が撮れますよ!」ということで撮影!

よく見ると中にあかまつがおりました。

車庫からKTR700系が出てきました。

僕は最近この色を「海鮮色」と呼んでいます。

実際のこの色は「タンゴブルー」なのですが。

前回の訪問でもお会いした鯖ラッピング車。

 

そして!

またショット写真が撮れました。

JRと京都丹後鉄道の一般形と特急型がともに写ります。

 

この組み合わせも良いですね!

 

待っていたら113系が入ってきました。

 

お次はKTR700系(コミューター車)とご対面。

この703号も、何度もお会いしています。

 

そして与謝野駅まで送ってくれるのは、もちろん!

あおまつさんです。

いつもありがとうございます!

 

では!さようならです!

 

あおまつの車内で飲み鉄と行きますか!

このドリンクは期間限定とのことです。

 

由良川鉄橋を渡る前面からの風景。

 

ここはカメラをしまえない、撮影スポットです。

そして帰路に着きました。

 

これで報告を終わりです。

ありがとうございました。

大変お世話になっております。

いつもブログをご利用いただきありがとうございます。

 

今回はJR東日本701系の編成表です。

 

「701系」

 

効率の悪く、老朽化が進む客車列車を電車化するため、

1993年から導入された通勤型電車です。

 

地区や路線により番台区分があり、

デザインも地区によって異なります。

 

番台は0・100・1000・1500・5000・5500番台と

なっています。

このうち5000・5500番台は、山形・秋田新幹線内

を走行するため、線路幅が異なるグループです。

 

また東北新幹線延伸で分割した、第三セクター鉄道である

IGRいわて銀河鉄道・青い森鉄道に譲渡・新製され、

譲渡された車両もデザインが変更されました。

 

「編成表」

「秋田総合車両センター 南秋田センター」

 

 

 

(0番台)3両編成

 

奥羽本線・羽越本線・津軽線で使用中

 

1 N1

2 N2

3 N3

4 N4

5 N5  踏切事故で2020年廃車。

6 N6

7 N7

8 N8

9 N9

10 N10

13 N13

 

 

(0番台)(2両編成)

 

奥羽本線・羽越本線・津軽線で使用中

 

 

11 N11

12 N12

13 N13

14 N14

15 N15

16 N16

17 N17

18 N18

19 N19

20 N20

21 N21

22 N22

23 N23

24 N24

25 N25

26 N26

27 N27

28 N28

29 N29

30 N30

31 N31

32 N32

33 N33

34 N34

35 N35

36 N36

37 N37

38 N38

39 N39

 

(100番台)3両編成

 

101 N101

 

(2両編成)

 

102 N102

103 N103

104 N104

 

(5000番台)

 

田沢湖線で運用されています。

 

5001 N5001 2025年7月廃車

5002 N5002

5003 N5003

5004 N5004

5005 N5005

5006 N5006

5007 N5007

5008 N5008

5009 N5009

5010 N5010

 

「仙台車両センター」

 

(100番台)2両編成

 

2編成が在籍しています。

東北本線・常磐線で使用中

 

105 F2‐105

106 F2‐106

 

(1000番台)4両編成

 

1000番台では4両と2両編成があります。

主に東北本線・常磐線で活躍中です。

 

1016 F4‐1016

1017 F4‐1017

1029 F4‐1029

1030 F4‐1030

 

(2両編成)

 

1018 F2‐1018

1019 F2-1019

1020 F2-1020

1021 F2-1021

1022 F2-1022

1023 F2-1023

1024 F2-1024

1025 F2-1025

1026 F2-1026

1027 F2-1027

1028 F2-1028

 

(1500番台)

 

715系の置き換え用として、配置されました。

車体は同じですが、車内レアウトが異なります。

 

1508編成は青森駅構内で浸水事故に遭い、

床下機器が損傷したため、1000番台1033編成を

編入したものです。

 

1501 F2-501

1502 F2-502

1503 F2-503

1504 F2-504

1505 F2-505

1506 F2-506

1507 F2-507

1508 F2-508  元1033

1509 F2-509

1510 F2-510

1511 F2-511

1512 F2-512

1513 F2-513

1514 F2-514

1515 F2-515

1516 F2-516

1517 F2-517

1518 F2-518

 

「盛岡車両センター」

 

盛岡には、1000番台のみ配置されています。

当初は青森に所属していました。

 

東北新幹線延伸により、譲渡されたため、

減少しました。

 

1008

1009

1010

1011

1012

1013

1014

1015

1021

1031

1032

1033 2001年、1508編成に。

1034

1035

1036

1041

 

「山形車両センター」

 

奥羽本線で活躍しています。

山形には5500番台のみ在籍しています。

 

5501 Z-1

5502 Z-2

5503 Z-3

5504 Z-4

5505 Z-5

5506 Z-6

5507 Z-7

5508 Z-8

5509 Z-9

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもお世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

今回は再び京都丹後鉄道を訪問しました。

今年で9回目の訪問となります。

 

行き先は豊岡駅です。

帰りに網野駅へ立ち寄りましたが、ある理由があるんです!

ブログ内にその理由が登場します。

 

「豊岡へ出発!」

 

豊岡へ向かいます。

先週は台風7号が上陸し、九州から関西にかけて被害が出ましたが、

丹後は間一髪で、進路から逸れました。

今回の天気は晴れて暑い日でした。

 

 

プラットホームにある花壇に花が植えられています。

地元の子供たちが毎年きれいに咲かせようと、植えてくれています。

 

特急はしだて2号京都行きがやってきました。

今回は車両上の都合で2両編成でした。

 

KTR8000系とツーショットを試みました!

ただ電柱の影が余計です。

 

今回もKTR8000系です。

ちなみにこの編成は先月の豊岡へ行く際に乗った編成で、

なんと!車掌さんも同じ方でした。

 

豊岡に到着しました。

先月に続き、キハ40系とうみやまむすびさんがお出迎え

してくれました。

しかも先月と同じ配置です。

 

ここで昼ご飯をとります。

 

昼ご飯を食べ終えた後に豊岡駅に向かうと、特急こうのとり

と出会いしました。

こんなものを見つけました!

臨時列車が運行される際に告知していたんでしょうね!

 

「豊岡から網野へ。」

 

さて今度は網野駅へ向かいます。

なんと!網野まで乗せてくれる普通列車は2両編成でした。

いつもはサイクルトレインですが、現在検査のため不在のことから

他の車両で運行されていました。

 

車内にお客さんがいないことから、ちょっと車内を散策しました。

 

 

車内は転換クロスシートで、写真は左がKTR700系、右がKTR800形

です。

トイレ設備の有無で形式が2つに分かれています。

 

コミューター車両の座席は4種類のデザインがあり、乗って

楽しい車両です。

座席は0系新幹線のおさがり品で、今も灰皿やテーブルが現存します。

座席は2人掛けですが、転換すると4人掛けになります。

 

KTR700系サンガ列車とKTR800系コミューター車両の

連結部分。

KTR700系・800系は1両ごとにデザインが異なります。

 

側面を見てみると、至る所に塗装剥げが見られます。

それだけ頑張っている証ですね!

いつもありがとうございます。

 

「網野駅到着後散策して帰路へ」

 

網野駅に到着後、反対列車が待っていたので、ツーショットです。

 

さようなら~

 

なぜ網野駅に来たかというと、今年で開業100年の節目であるため、

お祝いがてらできました。

しかし、開業した日は12月とだいぶ後なので、ちょっと早すぎのお祝いです。

 

網野駅舎はこんな感じ。

駅前に食堂がありました。

もう昼ご飯は済ませているため、来店はしませんでした。

 

豊岡行きの普通列車がやってきました。

 

網野駅は1926年12月25日に開業。

この日はなんと!昭和に改元された日で、昭和時代とともに

スタートした駅です。

すなわち開業日は昭和元年12月25日になります。

 

また偶然にも、止まってるKTR700系は平成元年12月21日製造で

元年同士の共演です。

 

特急列車の到着待ちです。

特急たんごリレーがやってきました。

 

網野駅3番線(旧1番線)

開業から3か月後に襲った丹後大震災では、ここに停車していた

列車が機関車ごと横転し、駅舎も損害を受けました。

 

しかし列車の乗員乗客は全員車外にいたことから、間一髪で難を

逃れました。

 

特急はしだて5号がやってきました。

 

特急同士のツーショット。

このシーンもあと数年でめったに見られない光景と

なります。

 

豊岡から戻ってきたKTR700系で帰路に着きました。

 

今回もありがとうございました。

 

 

いつも大変お世話になっております。

ブログをご利用ありがとうございます。

 

今回は6月13日に今年6回目の京都丹後鉄道さん、今年4回目の

鉄道館フクレルを訪問しました。

 

「出発!」

 

まずは与謝野駅から、福知山へ向かいます。

 

待ち時間の間に、加悦鉄道の丹後山田駅があったことを伝える看板を見つけ

ました。

 

今回はコミューター車が宮津まで乗せてくれます。

KTR706号でした。

今年3回目の乗車です。

 

宮津から宮福線で福知山へ!車両はKTR303号でした。

こちらも今年3回目の乗車です。

 

「鉄道館フクレルに到着」

 

鉄道館フクレルに到着しました。

駅から歩いて15分、人によっては20分かかるかもしれません。

 

目の前には福知山城があるので、そちらを目印に行っていただくと

効率よく行くことができます。

 

いつもの館内。

何回来ても、資料を見捨てることは不可能です。

 

宮福線と北丹鉄道の資料。

 

宮福線と北丹鉄道は創立日と開業日が同じ9月22日で、

僕も誕生日が同じ9月22日なのです。

僕はこれに感激を受けて、鉄道館フクレルが気に入りました。

 

 

とにかく見たいものばかり!

撮影もOKだそうです、フクレルの関係者の方に聞きました。

 

迫力万全のジオラマ。

 

 今日は曇りでした。

 

しかし、曇りのおかげで白と緑の色合いが良く、変に撮れなくて

済みます。

では福知山駅へ行き、もう1カ所行ってみようと思っている場所があるので、

そちらを訪問します。

 

「福知山駅ロータリーも鉄道ファンの聖地?」

 

福知山駅に到着です。

かつてここから北丹鉄道も発着していました。

こちらは北口側です。

 

そして行ってみたかったのは福知山駅南口側のロータリーです。

前に知人から、「福知山駅ロータリーも面白いよ!」と聞いていたので、

今回行ってみましたところ、確かにすごいものばかりでした。

 

全景、かつて福知山駅で使われていたと思われる鉄道遺産や機関車用

の鐘などがあり、鉄道ファンが集まるところになっております。

 

ロータリーにはⅭ11形40号機が転車台に載った状態で保存されています。

転車台は駅高架化のため廃止された福知山機関区で使われたものです。

 

福知山駅で使われた屋根と骨組みと思われるものは、今ロータリーの

休憩スペースとして活用されています。

よく見ると、骨組みはすべてレールの廃材を再利用していました。

この再利用方法はよく聞く話です。

中にはレールを活用して楽器にされた方もいました。

 

腕木式信号機も残されており、かつて福知山駅構内で使われていた

のでしょうか?

 

こちらはSL蒸気機関車用の鐘です。

柱は同じくレールの廃材を再利用されています。

 

よく見ると道も機関区をイメージされたものとなっており、

枕木の模様が印象に残ります。

 

「帰路へ!」

 

さて帰ることにします。

しかしだいぶ時間があるので、いろいろ撮影しました。

 

鉄道工学の話もあります。

参考にしてみてください!

 

京都丹後鉄道の福知山駅ホームです。

かつては北丹鉄道のホームがあった場所が、今は京都丹後鉄道の

宮福線ホームとして使われています。

 

しかし、高架になった今はすっかり変わってしまいました。

地上駅時代は面影があったそうです。

 

 

福知山駅構内の信号機。

これは出発信号機で、列車に対して駅を出ていいか、行けないか

を知らせます。

 

こちらは停止位置目標です。

列車を停車させる際に運転士さんが確認する標識です。

 

福知山駅ホーム全景。

左の1面2線が京都丹後鉄道、その他はJRのホームになります。

 

当駅止まりの列車が入ってきました。

 

しばらく待っていると、113系が顔を出しました。

ちなみにどちらも回送です。

 

この地域で見られる最年少と最年長のコラボ。

今度は宝塚線の当駅止まりが入ってきました。

今度は宮福線と山陰本線の主力車両でツーショット!

 

さらに特急こうのとりが加わりました。

今度はお隣に特急きのさきが入ってきました。

 

お~、宮福線ホームに113系が加わり、4つの車両が

並んでいます。

しかもディーゼルカー(気動車)を囲んでいます。

城崎温泉行きの特急こうのとりが入ってきました。

残りはここ福知山エリアしか残っていない113系。

あと何年走ってくれるかが注目されます。

今も新型車両の導入計画はないようで、あと数年は

走ってくれたらなと思います。

 

特急きのさきが発車しました。

僕は流線型のこの姿がお気に入りです。

 

かつては特急しらさぎとして運用していた683系2000番台で、

直流電車に改造のうえ、形式と帯色を変えられています。

しかし、車号は2000番台のままで、形や性能も683系時代と

変わりません。

 

特急はしだてと特急こうのとり、天橋立と城崎温泉へ向かう観光

的な特急です。

観光地に向かうのに最適な列車です。

 

113系も添えてトリップルショット!

また気動車を囲んでいます。

 

さてお迎えが来ました。

まさかの行きと同じKTR303号でした。

 

帰りもよろしくお願いいたします!

 

赤色のKTR300系と緑色の113系が並んでいます。

KTR300系の黄色を入れたらパプリカや信号機の色ですね!

 

宮津駅では特急こうのとり20号とお会いしました。

 

帰りの宮津線は前回の訪問と同じ、あおまつでした。

いつもありがとうございます!

 

これで報告は終わりです!

ありがとうございました。