どうも、はちごろうです。
さて、今月はアニメ映画の話題作がやたら多くて。
しばらくは劇場でアニメばっかり観てるかも。
ただ、ここ最近のアニメに関しては
洋邦問わず思うところがあるので、
かなり辛口の感想を書いてしまうような。
ま、そういうことでよろしくお願いいたします。
では、映画の話。
「劇場版鬼滅の刃 無限列車編」
吾峠呼世晴原作の大ヒット漫画のTVアニメの劇場版。
鬼に家族を殺され、生き残った妹も鬼にされてしまった少年が、
鬼を倒すため、そして妹を人間に戻すため戦う姿を描く。
あらすじ
人を食らう鬼が暗躍する大正時代の日本。
山奥で母と兄弟姉妹と暮らす少年・竈門炭治郎は、
鬼に一家を惨殺され、唯一生き残った妹・禰豆子も鬼に姿を変えられてしまう。
炭治郎は禰豆子を人間の姿に戻すため、
鬼を討伐する秘密組織「鬼殺隊」に入隊。
討伐の途中で知り合った若き隊員、我妻善逸と嘴平伊之助ともに、
鬼たちを率いる鬼無辻無惨を追うのだった。
那田蜘蛛山での戦いで瀕死の重傷を負った炭治郎、善逸、伊之助は、
「柱」と呼ばれる鬼殺隊の最高隊員のひとり、胡蝶しのぶの屋敷で
体力回復とさらなる訓練を経て新たな任務に就くことに。
それは40名以上の乗客が行方不明になっている列車「無限」の調査だった。
任務には「炎柱」と呼ばれる「柱」、煉獄杏寿郎も同行していた。
炭治郎は先の戦いの中、普段水の呼吸を使って戦う自分が、
父から伝承した「ヒノカミ神楽」という火の技を偶然繰り出しており、
その謎を解く鍵を密かに杏寿郎から探ろうとしていた。
だが彼らが車内で車掌から切符を切られた途端、
炭治郎達はそれぞれ深い眠りの中に落ちてしまう。
それはその列車を操る「下弦の一」と呼ばれる鬼・魘夢の仕掛けた罠だった。
その涙、どこから出てるの?
公開週末の興収が全世界の週末興行成績の半分以上を占めるという、
史上空前の大ヒットを記録している本作。
(このブーム全体についても書きたいことはあるんですが)
さて、私はこの作品、TVアニメが放送されたときに知ったクチで。
つまり原作が週刊少年ジャンプで連載されたのも知らなかったんですね。
だから当時の私にとっては、良く出来てるなとは思ったものの、
あくまで「2019年4~6月期に発表されたアニメのひとつ」程度の認識で。
実際、この期は「鬼滅」の他にも良い作品はいっぱいあったんですよ。
「キャロル&チューズデイ」や「さらざんまい」のような
人気アニメ作家のオリジナル新作から、
「文豪ストレイドッグズ」の3期に「ワンパンマン」の2期、
「フルーツバスケット」の再アニメ化のようなものまで、
「鬼滅」以外にも話題作は他にもたくさんあったわけで。
(他にもあっただろ!ってアニオタからのツッコミは重々承知)
だから今回の「鬼滅」ブームにはどこか冷めているというか、
「それほどの作品だったっけ?」ってのが正直な感想で。
さて、本作は過酷な運命を背負った少年達が鬼と戦う話で、
炭治郎や隊員達と鬼達のアクションシーンに定評があるんですが、
個人的にこの作品がすごいなと思ったのはむしろ「笑い」の部分で。
例えば炭治郎が家族を殺され、妹を鬼にされてから、
山奥での訓練を経て鬼殺隊の入隊試験に合格するまで。
だいたいTVシリーズでいうと5話までなんですけど、
ここまではずっとシリアス一辺倒でいくんですね。
とにかく暗いし、重いし、理不尽だし、残酷だし。
ところが炭治郎が試験に合格し、初めて山を下りる第6話以降、
この辺から各登場人物の言動のコミカルさというか、
その異常性、狂気の部分が徐々に現れてくるんですね。
まず、冷静に考えれば妹を箱に入れて旅をすることや、
猪のかぶり物をして生活してること自体どうかしてるわけですけど、
実は主人公の炭治郎を初めとした登場人物、
特に鬼殺隊側のキャラクターの異常なまでの真面目さ、実直さが
回を進めるごとに露呈していくんですよ。
例えば14話の「藤の花の家紋の家」。
炭治郎と善逸が伊之助と初めて出会う話なんですけど、
炭治郎と伊之助の会話の噛み合わない感じというんですかね。
戦いを強要する伊之助に対して意識的にそれをしているのではなく、
「そこでそんなことを訊く?」っていうような質問を炭治郎は唐突に口にするし、
異常なまでの気遣いで逆に伊之助の戦闘意欲を削いでしまう。
でもそのことに炭治郎自身は全く気がついていないというね。
といった感じで、鬼との壮絶な戦いのあとには
必ず一旦笑いを誘うエピソードを持ってくるその緩急が好きで。
それはこの劇場版でも同じなんですね。
例えば炭治郎達が列車に乗り込んで先に乗ってるはずの煉獄を探す。
すると前の方の車両で「うまい!」って言葉を連発する声がする。
で、その車両に入ると煉獄が弁当を何箱も食べてる。
しかも一口食べるごとにフルボリュームで「旨い!」って感想を言ってるわけです。
そして他の乗客は「ヘンなやつがいる」って顔してて。
で、そこから彼らは鬼との戦いに入るんですが。
ただ、確かにアクションシーンの作画は文句なしだし、
演じてる声優陣の演技も素晴らしいんですけど、
やはりところどころ首をかしげたくなる部分があって。
まず本作の敵である鬼・魘夢(えんむ)は、
妖術で相手に「このまま夢の中にい続けたい」と思えるような都合のいい夢を見せ、
その隙に相手の無意識領域にある精神の核を潰すことで廃人にし、
その後易々と相手を食らう、という作戦を仕掛けるんですね。
だから序盤で炭治郎・善逸・伊之助・杏寿郎の4人は
それぞれ魘夢の妖術で夢を見ることになるんですけど、
最初に出てきた夢、これは杏寿郎が車内に現れた2匹の鬼を
一撃の下に斬って捨てて炭治郎達が彼を褒め称える、というものなんですね。
まずこの夢は誰の夢なんだ?と。
おそらくこの夢が一番都合のいいものと感じるのは杏寿郎なんだろうけど、
その後、彼は別の夢を見ることになるんですね。
それは杏寿郎が鬼殺隊の柱になったことを
元鬼殺隊の柱だった父・槇寿郎に報告するんだけど、
槇寿郎は何があったのか知らないがすっかり意欲を無くしていて、
杏寿郎の報告を喜ぶどころか「下らん」と切り捨てるんですね。
これ、杏寿郎にとって「いつまでもいたい世界」か?と。
尊敬する親に努力を否定される夢をなぜ魘夢は見せたのか?
一方、炭治郎が見る夢は一家が鬼に惨殺される前、
山奥で母と兄弟姉妹仲良く暮らしていた頃という、魘夢の狙い通りの夢で。
でも途中で炭治郎はその違和感に気づき、
断腸の思いで自らその夢を拒否してつらい現実に戻っていく。
ここはそれなりに心を動かされる展開で。
ただ一方、炭治郎の夢に対して、善逸と伊之助の夢はものすごい雑で。
善逸は禰豆子と自然の中でデートしてる夢、
伊之助は炭治郎達を従えて列車の化物と戦う夢なんだけど、
まだ描かれていないだけで彼らにも当然それまでの人生があり、
鬼殺隊員になるまでに紆余曲折があったはずなんです。
特に伊之助なんか、なぜ猪のかぶり物をするに至ったのか、
なぜ山奥で獣たちと戦う生活をしていたのか、
そこには相当ヘビーな過去があるはずなんですよ。
そしてその過去は当然彼らの深層心理にも影響してるはず。
なのに二人の無意識の領域にはそうした片鱗が何もないんですよ。
何もないどころかなぜか本人がいて、入り込んだ者を攻撃するというね。
で、何とか炭治郎は魘夢の仕掛けた夢から醒め、
善逸や伊之助、禰豆子、そして煉獄と共に魘夢討伐を開始。
そしてやっとの思いで魘夢を倒したその直後、
そこに「上弦」と呼ばれる無惨側の幹部の一人、
猗窩座(あかざ)が現れるんですね。
で、杏寿郎がそれと立ち向かい、両者死亡で引き分けとなる。
その壮絶な戦いを目の当たりにした炭治郎と伊之助は、
杏寿郎の死に打ちひしがれると同時に、
自分たちが戦う相手との実力差に愕然とするわけなんですけど。
「やっとの思いで実力以上の敵を倒して少し自信が付いた直後、
さらに強い相手の存在を自覚させられて愕然とする」
という展開は、成長譚としては割とよくあるもの。
しかも主人公達にとって目標であり憧れの存在である先輩格が
自分たちの目の前で命を落とすことによって、
「この先誰が死んでもおかしくない」と
キャラクター本人だけでなく観客にも学習させる、
という演出も割とよくあるものなんですよ。
一番わかりやすいところだと「魔法少女まどか☆マギカ」の3話とか。
だから杏寿郎が命を落とすという展開には
「あ、そうきたか」とは思うものの、
そこまで衝撃の展開だとは思わなかったんですよね。
ま、観に行く前にメディアやSNSでさんざん匂わされたのもあるんですけど。
それと、これは明らかに失敗してるなと思ったのが、
杏寿郎の死を目の当たりにして悲嘆に暮れる炭治郎を
伊之助が強い口調で説教するシーンがあるんですよ。
「泣いてんじゃねぇ!」と。
でもそれは伊之助本人の強がりでもあり、
涙が止まらない自分を鼓舞する目的も含まれてるんですけど、
そこで伊之助のかぶり物の目から涙が流れてるんですね。
この描写が明らかに大問題だなと思って。
まず、単純にかぶり物の目から涙は出ないだろうと。
そういう表現は比喩的表現というか、
かぶり物の中の人間の感情を表す例えとしてやるものであって、
あそこまでシリアスな場面で絶対やっちゃいけない表現だと思うんですよ。
それでなくても、伊之助のあのかぶり物は彼の心の鎧というか、
他人に見せたくない本心を隠すためのものなわけですよ。
だからこそ魘夢との戦いの中で彼の術をかわす重要な役目にもなったわけですし。
だいたいすでに背中を向けて肩をふるわせる描写だけで
負けず嫌いの伊之助の動揺は表現できてるわけだし、
もし彼に涙を流させるなら、かぶり物の顎から滴らせる、
もしくは何らかのきっかけでかぶり物が外れて泣き顔が見える、
または伊之助が自らかぶり物を取って泣きじゃくる、
そういう表現の方が自然だと思ったんですよね。
少なくとも、かぶり物から涙が流れてるカットで私はすっかり萎えました。
この作品、全体的には良く出来てると思うんですよ。
物語も、作画も、声優陣の演技も素晴らしいのは間違いない。
ただ、私にはここまで世間が大騒ぎするほどの作品とまでは思えなかったし、
あくまでも数あるTVアニメの劇場版のひとつとしか思えなかったです。
厳密に言えば「TVシリーズの27話~31話」くらいの認識ですかね。
[2020年11月8日 TOHOシネマズ池袋 10番スクリーン]
※とりあえずTVシリーズを観ないと楽しめないので先にそっちを。