どうも、はちごろうです。


10月も終盤。今年ももう第4コーナーを回って最後の直線に入った感じ。
そうなると、そろそろ「今年を振り返る」なんて話題もちらほら。
映画好きとしても「今年、何観たっけ?」ってことを考えるわけだけど、
ここ数年、鑑賞本数がどんどん減っているので、振り返りやすいと思う一方、
サンプル数が少ないので全体を俯瞰して語るのには
正直心許ないというか、説得力に欠けるというか。
とはいえ、毎年話題作を中心にそれなりの数を観ていると、
その年のトレンドというか、どの作家も似たようなテーマで、
同じような危機意識を抱えているなと感じる。
ま、今年はどんな傾向だったと感じたか?については、いずれ機会があれば。


さて、今月公開された2本の作品、
「ディスクロージャー・デイ」と「DIGGER/ディガー」を観る。


「ディスクロージャー・デイ」は巨匠スピルバーグ監督のひさびさの本格SF。
米国政府から独立した秘密組織ワーデックスが
長年機密情報として収集・保管をしてきた地球外生命体との接触の記録をめぐり、
公表すべきと考える元職員と、それを阻止しようとする組織との対立を描いた作品。

 

 

 

 



で、この作品の後半、情報を公表しようとする元職員のリーダーのヒューゴと
ワーデックスのリーダーのスキャンロンが対峙するシーンがあるんだけど、
スキャンロンは事実を公表することで世界にもたらされる影響、
収拾のつかない騒動に発展することを恐れるのに対し、
ヒューゴは事実を公表したうえでそれにどう対処するかは
人々に委ねるべきで、その権利があると主張するわけです。


一方、「DIGGER/ディガー」はハリウッドを代表するスター、
トム・クルーズが久しぶりにアクション以外の作品に挑戦。
監督は「バードマン」のオスカー監督アレハンドロ・G・イニャリトゥ。
強欲な石油採掘業者が米政府と協力して北極で稼働していた石油採掘プラントが爆発。
巨大な氷床が大西洋に向けて南下してしまった、その責任をめぐるブラックコメディ。

 

 

 




 

主人公のディガーは自らが強引に推し進めた採掘活動により、
北欧諸国に甚大な被害を及ぼしてしまう。
しかし、彼は米国政府を巻き込んでその責任追及の矛先を
可能な限り最低限にとどめようと画策。
またさらに世界各国の関係者たちが集まる公聴会の席で自らの行為を認めつつ、
石油に依存する世界に私を裁く権利はないと反論するわけです。


この2本を観て思ったのは、二作ともほぼ同じテーマを扱っているということ。
この二つの作品、結局は

 「不都合な真実との向き合い方」

という点でテーマ的には一緒。


「ディスクロージャー・デイ」は地球外生命体の存在の公表の是非を例にして、
政府にとって、世間にとって不都合で、正直向き合いたくない事実や、
その存在の主張に対して逃げずに受け止めることの必要性を訴えてる感じ。
それは例えばそれは戦争中の加害であったり、マイノリティの問題であったり、
それこそ後述する作品のテーマでもある環境問題だったり。

「世の中は平和で、人々は過去も現在もみな善人で、
 問題なんてあるはずがないし、あると主張する方がどうかしてる」

という理想にすがって目の前の問題をなかったことにする人々に、
ちゃんと前を向いて目ぇ見開いて見てみろ!人の話を聞けよ!っていうか。
作品の最後の言葉は、まさにそれを端的に表してると感じたわけですわ。


一方「DIGGER/ディガー」も環境を破壊し、
世界を危機にさらす主人公たちの存在に怒りを感じつつも、
常に進歩を追い求めることを宿命づけられた我々の社会活動には、
クリーンだろうがダーティーだろうが、エネルギーなしでは成立しないし、
それを生み出す彼らの存在によって支えられているという事実を突きつけてくる。
またそれに従事する彼らも好きで世界を壊しているわけではなく、
彼ら自身は「人々の生活を支えている」という自負のもとに行動してる、
その彼らなりの「正義」が結果として世界の破滅をもたらしてしまう。
そのジレンマをどう判断するか、という問いも用意されているんですね。
彼らは人々の暮らしの維持・発展に貢献した賢者なのか、
それとも世界を破滅に導いた愚者なのか、
そして愚者だとすれば、愚者なのは彼らだけなのか?
事実と向き合わず、適切な対処もせずに放置した我々に責任はないのか?と。



スピルバーグとイニャリトゥ、現代を代表する映画監督が
同時期にほぼ同じようなテーマの作品を描いてるのは興味深いなぁ、と。
つまり二人とも、世の多くの人たちが
「現実から逃げている」と感じているってことなんだろう。
それじゃあ世の中は悪くなっていく一方だよ、ってね。

とはいえ、あれだけ毎日気が滅入るようなニュースが流れてくると、
正直なところお腹いっぱいなんだよね。現実に。
エンタメってのはその避難場所としてあるんじゃないのか?
という意見も正解といえば正解なんだけれども。


どうも、はちごろうです。


昨年、邦画の実写映画の興行記録を塗り替えた映画「国宝」。

 

 

 

 



主人公の喜久雄は九州最大規模の侠客の長男として生まれ、
対立組織の襲撃による父の死後、その芝居の才能を見込まれ、
上方歌舞伎の大看板、花井半二郎のもとで歌舞伎役者として修業を始める。
半次郎の実子、俊介とともに研鑽を積んだ喜久雄は
俊介を差し置いて半二郎の代役を務めるまでになる。
しかし、半二郎が病に倒れたことで後ろ盾を失った喜久雄は、
血縁を重んじる歌舞伎界で瞬く間に居場所を失っていく。
芸が出来る場所を探して地方を流浪して数年、
彼は俊介の後押しもあり再び歌舞伎界に戻っていく。
そして晩年、喜久雄は史上最年少で人間国宝に選ばれるのだが、
インタビューに現れた記者は彼の人生を「順風満帆」と評するのだった。



何とも皮肉なシーンなのだが、私はこのシーンを観た時、
シンガーソングライターの山下達郎さんのことを思い出した。

 

 

 





「RIDE ON TIME」「高気圧ガール」「SPARCLE」「クリスマス・イブ」
「アトムの子」「さよなら夏の日」「僕らの夏の夢」「希望という名の光」・・・

半世紀にわたる音楽活動の中で数多くの名曲を世に送り出した達郎さん。
しかし、そのキャリアは常に綱渡りの連続だった。


達郎さんは1973年にバンド「シュガー・ベイブ」を結成。
名曲「DOWN TOWN」などを生み出してはいたものの、
歌謡曲全盛の当時、彼らの音楽はあの時代には早すぎたわけです。
結局数年でバンドは解散。ソロに転向するわけですが、
ファースト、セカンドアルバムのセールスは芳しくなく、
3枚目の「GO AHEAD!」をリリースした時は
これでパフォーマーとしての活動は終了して、
レコード会社に就職してプロデューサーになろうと考えていた。
しかしこのアルバムに収録されていた「BOMBER」という曲が
大阪のディスコで爆発的なヒットを記録したことで、
まさに首の皮一枚でパフォーマーとしてのキャリアが延命する。

その後、80年のアルバム「RIDE ON TIME」の表題曲「RIDE ON TIME」が、
カセットテープのCMソングに起用されたことで
ようやくコアな音楽ファン以外の層にも知名度が拡大する。
それでも、80年代には「高気圧ガール」「クリスマス・イブ」
「風の回廊(コリドー)」などを発表する一方で、
70年代末から80年代初頭に設立にかかわった個人事務所やレコード会社に
役員兼ミュージシャンとして所属するなどして、
着実に「引退→プロデューサー業」という下地作りもしていたわけです。

しかし、88年に「クリスマス・イブ」がJR東海のCMソングに採用され、
翌年1月にオリコン週間シングルランキングで1位を獲得する。
意外に思う人もいるだろうが、実は達郎さんの長い長い音楽活動の中で、
オリコンのシングルランキングで1位を獲得したのはこの曲だけ。
しかも元々は83年のアルバム「MERODIES」の収録曲で
シングル発売されたのもアルバム発売後の83年末。

いわゆるシングル・カット曲というやつ。
そして発表当時はベスト50圏内に入るのがやっとという、
はっきりいって「ヒットしてなかった曲」だったわけです。

結局、このヒットのおかげでまた引退の道が遠のいた達郎さん。
(本当は役員も兼務していたプロダクションの経営のめどが立ったら
 最初で最後の武道館公演をやって引退するつもりだったという。)
それでも2000年代に入るまではその機会をずっとうかがっていたと公言している。


つまり何が言いたいのかというと、
達郎さんは現在では押しも押されもせぬ大物ミュージシャンですが、
彼の志向する音楽が発表と同時に世間に受け入れられたことはただの一度もない。
彼の代表曲として知られる楽曲の大半は、
発表からしばらく経ってから徐々に評価されているものばかりなのです。



さて、そんな達郎さんは数年前にある騒動に巻き込まれた。

前述した、自身が設立にかかわった音楽プロダクションに在籍していた
音楽プロデューサーの松尾潔さんが契約を中途解除されたと告白。
その理由を、当時世間で騒動になっていた故ジャニー喜多川氏の性加害問題に対し、
自身が公の場で批判を繰り返していたことだとし、
暗に長年ジャニーズと仕事をしてきた同プロダクションと、
達郎さんの不興を買ったことが原因だとにおわせるような発言をした。
それに対し達郎さんは当時自身のラジオでこの件の経緯を説明。

 ・松尾さんとの契約は顧問料を受け取る形の業務提携であり、
  事務所に所属していたわけではないので「解雇」ではない
 ・提携に関しては弁護士を通じた法的な文書がある
 ・契約解除を決定したのは社長自身であり、
  自分はこの件に関して社長に契約終了を促したことはない
 ・松尾さんの指摘した件は契約解除の理由のひとつにすぎず
  契約解除の至った理由は他にもある

ことなどを説明。
そしてジャニー氏の犯罪に対して「もちろん許しがたいこと」とした上で、

 「自分はあくまで『一作曲家・楽曲の提供者』であります」
 「今、話題となっている性加害問題については、
  今回の一連の報道が始まるまでは、漠然とした噂でしかなくて、
  私自身は1999年の裁判のことすら聞かされておりませんでした」

と発言。さらに

 「私の人生にとって、一番大切なことは『ご縁』と『ご恩』です」
 「プロデュサーとしての(ジャニー氏の)才能を認めることと、
  社会的・倫理的な意味での性加害を容認することとは、
  全くの別問題だと考えております」

との見解を発言。
こうした自身の考えに対して納得がいかない人たちには

 「きっとそういう方々には、私の音楽は不要でしょう」

とまで言い切った。
これがジャニーズ事務所憎しの世論に水を差す形となり
ネット上を中心に多くの批判を浴びたわけです。


私もこの日の放送は実際に聴いていたけれど、
「えれぇこと言っちゃったなぁ」と感じたのと同時に、
「まぁ、達郎さんらしいよなぁ」とも感じたのである。


前述したように、達郎さんが作った、いまでは「名曲」と称される楽曲は
発表と同時に広く大衆に受け入れられたことがほとんどない。
発表されて数年経ってから、何かのきっかけで評価されてるものが大多数。
しかし多くの人はそのことに全く気付いておらず、
リリース直後から多くの大衆に受け入れられていたと勘違いしている人がほとんど。
つまり大衆の感覚なんて、それだけいい加減だということ。
そしてそのことを誰よりも理解しているのが達郎さん本人なわけです。

自分の音楽は決して業界のメインストリームにはならない。
大衆による一過性の評価なんてあてにならない。
信じられるのは自分の志向した音楽と、その音楽を生み出した人物の「才能」、
そして自分の制作した音楽を愛する一方、
それ以外のパーソナルな部分には過度に関心を持たないファンしかない、
という結論に向かうのは極々自然なことなのではないだろうか?



そんな達郎さん、今週37年ぶりにライブアルバム「JOY 2」をリリースしたことで
いろんな媒体でインタビューを受けている。

 

 

 

 

 


案の定、数年前のあの発言についていまだに蒸し返してるのは
ネット上のごく一部の人たちだけで、多くの人はあの騒動をすっかり忘れ、
達郎さんのプロモーション活動は何の問題もなく続いている。
また近年の細田守作品(「サマーウォーズ」など)への楽曲提供の影響などもあり、
若い世代のファンが着実に増えていると聞く。

デビュー当時から「テレビ出ない」「本書かない」
「武道館のような大きな会場でやらない」を徹底し、
いまでも高いレベルの演奏を提供しつつ、我が道を行くキャリアを貫き続けている。
ちなみに今年のツアーも、一番大きい会場でも収容人数5000人規模止まりだし、
そもそも閉館した中野サンプラザホール(収容人数約1500人)の
2階席の最後尾に地声が届かなかくなったら、
ライブ活動から引退すると語っていたくらい
中小規模のホールにこだわり続けてきた人でもある。

やはり結局のところ、アーティストがまず提供すべきは「優れた作品」であり、
いくら品行方正な人格者であろうと作品が残せなければ意味がないのだろう。



ま、80年代にニューミュージック系のミュージシャンが
自分たちのことを「アーティスト」と名乗り始めた頃、
達郎さんはそんな風潮に対する当てつけのように
「アルチザン(職人)」というタイトルのアルバムを出してたけど。

 

 

 

 



そういう人なのよ、もともとね。
 

どうも、はちごろうです。


明日っから世間は5連休だそうですね。

でも台風の接近で、連休中は大雨の予報なんだとか。

ま、家でゆっくりしてろってことですかね?

私は連休関係なく仕事ですが。


さて。
今月10日、富士山が今年も無事閉山した。
しかし近年、閉山期に無届けで富士登山するものが後を絶たず、
閉山期に遭難した場合は救助ヘリを有料化することが検討されているという。
何年も前から、いわゆる中高年の登山ブームやインバウンド客の増加も手伝い、
安易な登山計画を立て、体調も整えず、しかも軽装で登るなどして
途中で高山病などの体調不良で動けなくなる登山客が増えるなど、
その対応に苦慮しているという話は毎年のようにニュースになっていた。

この件に関し、「これだから外国人は・・・」と文句を言うのは愚の骨頂。
そもそも無茶をする登山者に国籍や年齢は関係ない。
やらかすやつはやらかす、それだけのことです。
それにどんなに万全な準備をしても不測の事態は起きるもんです。
ただ、海外のガイドブックには富士山を

 「3000m級ながら、都心から数時間で行けて誰でも登れる」

などと、結構いい加減な説明で紹介されているものもあるらしく、
それを真に受けて登りに来ちゃう外国人観光客が少なくない点も指摘しておきたい。

それに私も他人のことは言えない。
若い頃、学生時代の仲間と山中湖にキャンプに行った帰り、
近くだからと富士山の五合目まで車で行って、
そのまま六合目まで登ったことがある。
私自身は中学時代に富士山に登ったことがあったので
「富士山はそんなに甘いもんじゃない!」とその提案を強く否定したが、
結局仲間全員の総意に押し切られる形で一緒に登ってしまった。
結果、五合目の駐車場まで戻ってきた時点で全員両足が筋肉痛になった。



さて、古典落語の演目に「お菊の皿」というのがある。

 江戸の番町、現在の千代田区神楽坂のあたりに
 火付盗賊改・青山播磨守主膳の屋敷があった。
 「火付盗賊改」というのは放火・盗賊など重大犯罪に特化した捜査官で、
 池波正太郎の名作「鬼平犯科帳」の主人公・長谷川平蔵の役職もこれ。
 で、この主膳の屋敷にお菊という女中が働いていたが、
 ある日このお菊が十枚一組の高価な皿を一枚割ってしまう。
 怒った主膳はお菊の中指を切り落とし、後で手打ちにするため屋敷内に監禁する。
 手打ちといっても蕎麦じゃあない、要は斬り殺すってこと。
 しかしお菊は隙を見て監禁部屋から逃げ出し、
 そのまま屋敷にあった井戸の中に身を投げてしまう。
 それ以来、夜ごと井戸の中からお菊の声で

  ・・・いちま~い  ・・・にま~い

 と、皿を数える声がするようになるのだった。


という、日本の怪談話の代表作の一つ「番町皿屋敷」。
このお菊の幽霊がまだ主膳の屋敷跡の井戸にいると知った町内の若い衆が、
お菊を一目見ようと番町まで足を運ぶのだが・・・という話。
皿を数える声を最後まで聴いちゃうと呪い殺されるというので、
「・・・ろくま~い」って言ったら逃げちゃおうと算段をし、いざ番町へ。
行ってみると確かにお菊さんと会うことが出来、
計画通り六枚目の皿を数えた声を聴いて若い衆はその場から逃げ帰ってくる。
さぁ、お菊さんは美人だし、これが面白いってんであっという間に評判になり、
翌日からお菊の元には町人どもが続々と押し寄せるようになるのだが・・・



ま、何が言いたいのかというと、
富士山もお菊さん同様、そもそもは軽々に娯楽にしてはいけないもの。
あの山は夏場でも山頂付近は夜になると気温が一桁台まで下がり、
元々火山なので足元は冷えた溶岩で出来ているわけだから、
市販のスニーカーやウォーキングシューズで歩くと結構痛い。
また日本人なら一度は学校で習う、富士山の標高は3776m。
当然ながら空気も薄く、普段の調子で動いてると簡単に高山病になってしまう。
だからこそ登山用の装備を整え、前日早く寝るなど体調も整え、
万全の態勢で臨まなければいけないくらい大変なわけです。富士登山ってのは。

にもかかわらず、若者が会社帰りに五合目から夜通し登って山頂を目指す
「弾丸登山」なるものが一時期話題になり、当然ながらトラブルも多発したので
現在は五合目のゲートを夜間閉鎖するようになったし、
前述したように、ガイドブックを真に受けた外国人観光客が
皇居前でジョギングでもするかのような軽装で登り始め、
結局八合目付近で低体温症でダウンしたなんてニュースもあった。

で、その都度こうした迷惑客の対応で規制を厳しくした結果、
とうとう救急ヘリの有料化の議論までいっちゃってるわけですよ。
これ、このままいくともっと厳しくなるでしょ?
入山料はいま4000円だけど、今後はもっと高くなるだろうし。
そもそも20年前は入山料なんてなかったわけですよ。
登山客が多くなったことでごみ問題が常態化したこともあり、
それで世界“自然”遺産の登録が一旦見送られ、
世界“文化”遺産として登録することになったわけで。



まー、客の分母が増えれば不心得者の数も比例して増える、
これはある程度は致し方ないことなのかもしれないですが、
それでも最低限ルールを守って、万全の体調で登って臨んでほしいですね。
自然相手のことなので、何が起きるかわからないわけですから。


ちなみに「お菊の皿」の方にも、
お菊さんを見に行くことを反対する者が出てくる。
「ろくま~い、って声を聴いたら逃げてくりゃいいんだから」と諭す仲間に、

「でも、お菊さんが

  ごま~い、ろくま~い・・・七枚八枚九枚っ!

 って言ったらどうする?」

と、不測の事態を想定して反論するわけですが、
実はこの若い衆のこの発想は馬鹿には出来ないわけでね。
実際問題、いまだに富士山で登山中に命を落とす人もいますし。



最後にもう一つ。「お菊の皿」の結末について。

久しぶりにお菊さんの声を聴きに行った町内の若い衆。
最前列で「いちま~い、にま~い」と聴いていたが、
「ろくま~い」と聴いてさて逃げようと思ったら
あまりの人だかりでその場から逃げることが出来なくなってしまう。
「しちま~い、はちま~い」とさらに数え続けるお菊さん。
そしてついに

 きゅうま~い じゅうま~い じゅういちま~い・・・

「十一枚!?」
驚く若い衆を尻目にお菊さんはついに

 じゅうろくまい、じゅうしちまい、じゅうはちまい   おしまい

といつもの倍の数を数えてしまった。
「なんだって今日は倍の十八枚も数えたんだよ!」と怒る若い衆にお菊さんは


 「勘の悪い連中だねぇ、明日は休むんだよ」



みなさんもゆっくり休んでくださいね、ということで。
 

どうも、はちごろうです。

 

 

パソコンを修理に出した話。続きです。

 

 

 

さて、パソコンを修理に出して2週間後。
すでにパソコンのない生活、それもかなり快適な生活に慣れてしまっていた。
そんななか、ついに家電量販店から電話が来る。
「ようやく修理が終わったか・・・」と思い電話に出ると、
相手の口から予想外の返答が来る。

 「実は修理に出された際の症状が再現できないので、
  一度パソコンを起動してみたい。
  つきましてはPINコードを教えていただけませんか?」

つまり、修理を依頼した際に申告した症状が

修理担当者の前ではどうやっても再現できなかった、
なんだか病院に着いた時点で熱が下がった、

いくら検査をしても数値的には健康そのもの、みたいなことをやらかしたわけです。
一応かかってきた電話番号は量販店の修理センターの番号で間違いなく、
また担当者の口から出た、修理に出した機種のメーカー名など、
とりあえず信用に足る内容だったこともあり仕方なしにコードを教える。
(それでも一抹の不安はあったのよ。
 担当者が単独でやらかすつもりだったかもしれないし)
この時点で長くかかってもあと3,4日だと思ってたのだが、
結局さらに10日待たされることになる。

そして10日経ったある日、再び修理センターから連絡が入る。
「さすがにもう大丈夫だろう」と思って電話に出たところ、
担当者は

 「さまざまなエラーチェックなどをさせていただきましたが
  お客様のおっしゃった症状が再現できませんでした。
  ここで一旦修理を引き上げますか?それともまだ修理を続けますか?」

とまぁ、平たく言えば私のパソコンは「詐病」を疑われたわけです。
さて、どうするか。さすがにこのまま修理を続けると早晩仕事にも影響が出るし・・・
そんなことを考えていると修理担当者は追い打ちをかけるように

 「このまま続けるとお引き渡しはお盆休み明けになるかも・・・」

と言い出す始末。これが決定打となり、いったん戻してもらうことに。
これをもって私のパソコンの修理作業は終了となったわけです。



結局、今年のお盆休みはそれまでラジオサーバーに録音しっぱなしだった
大量のラジオ番組の音声ファイルをパソコンに移動・編集・保存に
数日費やして今に至る、といった感じである。

この騒動により、パソコンと一定期間物理的に距離を取ったことで、
ここ数年徐々に距離を取っていたネット空間とさらに離れることにもなった。

パソコン自体も、数時間でも使わないと思ったらさっさと電源を落とすようになった。

また新たなアプリや機器を導入したことで日々の作業効率も上がり、
なんだか思った以上に穏やかで、有意義な日々を送っているような気がしている。

もちろん弊害もなくはないのだろうが、
これはこれでいまの私には必要なのかなとも思っている。



 

どうも、はちごろうです。

 

 

パソコンを修理に出した話。3回目です。

 

 




さて、音声コンテンツの復旧は120%どうにかなってしまったので、
今度は映像系のコンテンツの視聴をどうするか?という問題に。

自室のテレビはこの夏で購入から丸14年。
地上波・BSなどはいまだに問題なく視聴出来るものの、
当時最新だった通信機能は完全に時代遅れとなり、ほぼ無いといっていい。
無線LANの機能はあるものの速度は2.4GHz止まり。
ストリーミング配信をするには明らかに速度が遅い。
アプリもYouTubeとニコニコ動画(!)しかなく、
そもそもアプリを追加でダウンロードすることすらできない。
そういえばゲーム機にサブスクのアプリがあったような…と、
部屋の奥からPS4を引っ張り出して接続してみたものの、
これもまた無線LANは2.4GHzなので却下。
一応登録したスマホの画面を投影するミラーリング機能があるが、
ミラーリング接続後に動画アプリを再生してもなぜか投影されず、
そもそも接続自体が不安定で、目の前で操作しててもすぐ切れる。

というわけで、別売りのストリーミングデバイスを手に入れることに。

現状、ストリーミングデバイスの最大手はGoogleとAmazonの2社。
Googleは数年前からこれまで販売してきた「Chromecast」の販売を終了し、
新たに「Google TV Streamer」という商品を売り出していた。

 

 

 

 

 

 

 


この商品、現在薄型テレビの主流となってる「Google TV」
(平たくいえばAndroid OSが搭載されたテレビのこと。
 映像・音楽サブスク系に特化したアプリが楽しめる)
の機能を、外付けで追加できるという代物。
長年Chromecastを使ってきた身としては
このStreamerを購入しようと考えていたのだが難点が一つ。
これまでのChromecastに比べるとかなり割高なのである。
具体的には渋沢さん1枚くらい高い。
ならばと比較的安価なAmazonの「Fire TV Stick」も考えたのだが、

 

 

 

 

 
 
 
7月に入り、毎日のようにアニメの新番組がスタートする中、

注文して来るまでの時間が待てないということで
Streamerを偵察がてら家電量販店に戻る。
するとまぁ何ということでしょう!
ちょうどサッカーW杯の開催中だったこともあり、
Streamerが期間限定セールで25%引きになってたのである。
そこで私は購入を即決。(とはいえ、1万円以上の出費。明らかに感覚がマヒしてる)
家に持ち帰って早速接続と設定をして視聴開始する。
するとまぁ何ということでしょう!
これまで映像系のサブスクを視聴する際は
パソコンのディスプレイをHDMIケーブルを使ってテレビに映していたのだが、
PC版のサイトはデータ量を減らすために
意図的に画質を下げているところが少なくなく、
Streamerを利用したことで画質が大幅に向上してしまったのである。
こうなると、PCが戻っても以前のような視聴方法に戻る気にはならない。
「もっと早く手に入れればよかった!」とすら思った次第である。


そしてもう一つ、かなり大きな収穫があった。
それはパソコンを置くスペースが空いたことである。
ノートパソコンだったらいくらでも移動は可能、
それこそ電源を落とせば立てかけておいても問題はなかったものの、
つい横着して部屋の文机の上に置きっぱなしにしていたわけです。
しかしそのパソコンを修理に出したことで、
置き場所にしていた文机もまた脚を畳んで部屋の隅に持っていき、
空いたスペースを有効に活用することが可能になったのである。
(具体的には就寝前のストレッチが格段にやりやすくなった)

 

 

 

(さらに続く)