今日の透析ちゃん 8
1月7日 14時30分
恋人からメール。彼女は着々とこちらへ向かっている。
でも、方向音痴な彼女のことだから、迷うんじゃないだろうか。
そんなことを考えているうちに血圧の定期計測が回って来た。
看護婦さんが昨日と同じように、右手でオレの血圧を計る。
点滴も血圧も採血も、全てのことを右手で行う。
左手の血管は傷つけてはいけないらしい。
なぜなら最悪、慢性腎不全により透析を導入した場合、
必要な処置があるからだそうだ。
「シャント」というものを作るとかなんとか。
まあいい、いいんだそんなことは今は。
まだ慢性と決まったわけじゃない!
そして、血圧を計っているその最中に、恋人が到着した。
本当にふとした拍子に、カーテンごしに目が会ったんだ。
まるでいつものように、彼女は溢れるような笑顔をオレに向けてくれた。
あー。
やっぱお前の笑顔は最高だな…。
さっきまでの緊張が解けていくのが分かる。
我慢した甲斐があった。
数分を待たずに、両親も到着。っつーか、弟もやって来た。
オレと弟は、ここ数年大変仲が悪かった。
ろくに口もきかなくなっていた。
正直彼は、オレのこの状況を見てどう思っているんだろう。
ざまあみろ、なんて思ってたりしてな。
でも、そうだったとしても、それはそれでしょうがないのかも知れない…
そう思うぐらいに、まあミゾがあったわけだ。
でも彼は来てくれた。
家族と彼女、みんなで話す。
こんなにたくさんの面会人が来てるのはこの部屋、
いや全フロアでオレぐらいのものだ。
今まで、家族の前で彼女と手をつなぐのは、何となく気恥ずかしかったけど、
今はそんな気はおきない。
当たり前のように彼女と手をつないで、いってみれば家族の一人として、
オレは彼女の右手をつかまえていた。
そんな時もオレは、カテーテルが気になってたんだけど笑
例え目の前に恋人がいても、カテーテルが意識から消えることはない。
ちくしょう。
しばらく話した後で、彼女と2人にしてもらう。
「大丈夫?大変だったね」
ベッドサイドに彼女は座って、オレの頭を撫でた。
正直オレは迷った。
いきなり入院しておいて、大丈夫も何もない。
でも、かと言って「真実」を話すのは気が引けた。
まだ未確定とはいえ腎不全という名前が出ているのだ。
生易しい状況ではない。
そんな話を聞いたら間違いなく、彼女は泣いてしまうだろう。
昨日の今日でまだ決定事項は無く、検査段階なのだから、
適当なことを言ったら逆に彼女を心配させるだけだろうな。
なーんつって、彼女のことを気にかけるナイスガイ的なことを言っているが、
要は、人工透析というハンディキャップを口にすることが、
イコール「敗北」のような気がしていたんだ。
オレはまだ腎不全と決まったわけじゃない。
オレはまだ身体障害者なんかじゃないんだ。
だからその可能性について考えたりしない。
だってオレは大丈夫なんだから…!
それに。
もし、オレが腎不全になったと知って、
彼女はそれでもオレと結婚してくれるんだろうか?
それは、正直、難しいと思った。
今、事の真相を知らずに笑っている彼女の笑顔を壊したくなかった。
いつまでも隠せることじゃないだろうけど…。
オレは、腎不全の可能性について、言及しなかった。
「…なんかね、腎臓がちょっと疲れちゃったみたいで、
尿毒が身体に回っちゃってたんだって。
だから点滴使って血をキレイにしてもらったんだ」
オレは大事な部分はボカシにボカシて伝えた。
「ふうん。痛いことなかった?」
「うん。大丈夫。全然平気だよ」
全然平気じゃなかったクセに、オレはウソをついた。
彼女を心配させたくなかったというのももちろん、ある。
でも、もしここで「痛い。もう耐えられない」などと言ってしまったら、
オレは本当に耐えられないだろう。
これからまだ1ヶ月も入院生活がある。
今後どういう治療があるのか分からないんだから、
ここで弱音を吐くわけにはいかない。
オレは弱いから、まだ強がっていないといけない。
彼女はただ笑っていた。
お前の笑顔は本当に、オレの全てなんだ。
ああ、お前と生きていたい。
それからずっと、ただただ他愛の無い話を、ずっとしていた。
その間もやっぱりカテーテルが気になって、
「ちょっと下着の位置が気持ち悪い」とかしょーもないウソを付いて、
状況を確認した。
血は出てなかった。
もう大丈夫かな…。
でも数分後にはまた気になるんですけどね。
6時になって夕食の時間。
でもオレには夕食は回ってこない。
明日胃カメラがあるからだ。
まあどうせ食欲なんてないけど。
正直、昨日今日の透析ですでに気分はかなり良くなっていた。
でもメシを食いたいとはそれほど思わなかった。
メシを美味く食えなくなってもうずいぶん経つ。
メシの味なんて忘れた。
点滴してるし、別にどうでもいい。
家族は、恋人を残して先に帰宅した。
色々な生活道具を揃えてくれたが、そういうのを見ると
「いよいよここからは出られないんだな」という思いになった。
どうも何かにつけてネガティブになる。
帰り際、家族と握手をした。
弟とも。
お前の手を握るのなんて、マジ久しぶりだな。
つーかなぜお前の手はそんなに汗ばんでいるのか笑
面会時間リミットまで恋人はいてくれた。
彼女の家からは片道2時間かかる。
往復4時間の距離を彼女は来てくれた。
ありがと。
帰った後も、寝るまで2人でアホほどメールをした。
いろいろなことを話した。
「入院が治ったら温泉に行こう」
どっちからともなくそういう話になって、オレの心は踊った。
別に無類の温泉好きってわけじゃないですよ。
「治ったら○○しよう」
この魔法の言葉が、オレを少しだけ上向きにさせてくれたんだ。
「○○にデートにも行こう」
「ここにも行こう」
そんなことばかり、11時に彼女が寝るまでの間に40通近くやりとりした。
そう、早く治そう。
早く治して、温泉に行こう。
彼女は明日も来てくれると約束してくれた。
これから毎日来てくれるって!
彼女をごほうびにしておけば、結構オレ頑張れるかも。
消灯。
オレは今日もまた眠れないんじゃないかと不安だった。
早く寝てしまえばカテーテルを気にしないで済むんだけど、
オレは元々外出先で眠れないタチなんだ。
でも今日は耳栓を持って来てもらったので、
とりあえず同室の方々のいびきは大丈夫だろう。
「あまり動かないように」
という看護婦の指示をオレは忠実に守っていて、寝返りもうたなかった。
身体が変な感じに痛い。
でも動かない。
もう出血は嫌だ。
右足は絶対に動かしたくない。
相変わらず意識はカテーテル一点に注ぎ込まれている。
しかも明日は胃カメラですよ。
胃カメラなんてやったことないけど、苦しいってことは色々聞いてます。
ああ、普通に起きて普通に寝たい。
それだけなのに、なかなか平穏は訪れない。
明日は朝8時から検査だ。
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つづく
今日の透析ちゃん 7
昨日行った、例の透析ルームへと車椅子で向かう。
昨日の夜は一瞬ウトウトしたんだけど、例の「眠くなると息が詰まる」&
「寝てると舌を噛む」という発作がしっかり起きて、
眠れなかったわ舌は噛んで口の中血まみれだわで散々だったんだ。
道中、外来患者の人々が列を成して待っている。
この病院はなかなか人気があるようだ。
オレはその人々をすり抜けて、2階奥のあの部屋へ入った。
昨日と同じスタッフが出迎え、昨日と同じベッドに寝かされる。
いよいよ、いよいよだ。
先生に、カテーテルを選択するという意志を伝えようとしたが、
先生はまるで当たり前のように
「じゃあ今からカテーテル入れるから」。
あら、どうする?とか言っといて、選択の余地ないんじゃん笑
まあそっちにするつもりだったし、いいですけどね。
ベッドの周りにカーテンが引かれる。
これがまた、おっかない気分にさせる。
入れる場所がデリケートゾーンだから、という配慮なんだけど
「人に見せられないようなヒドい目に会わされる」気がした。
「じゃあ下、脱いでください」
そう言われて、とりあえずパジャマのズボンを脱いだわけだが、
「あ、下着もです」と冷静なトーンで言われた。
まあそうだよね、そうだとは思ってたけど…
間の悪いというか居心地の悪い感じで脱ぎます。
と、和紙の厚手のやつみたいな前貼りを乗せられた。
なんかもう、なんなんでしょうね。
刺しやすいように、脚をこう、カエルっぽく開くように言われる。
もう、正直言って尊厳なんて無い。
若い看護婦さんが山ほど囲むなかで、チンコを和紙で隠して股を開いてる。
しかもこれから、太ももの付け根に40センチの管を通す…!
オレの目は宙を泳ぎまくっていただろう。
「岸さん」
と、一人の女医が声をかけた。
「岸さん貧血ひどいんで、手術中に問題が起きる可能性があるんですよね
なんで輸血しますけど、いいですよね」
は? 輸血?
いやいやいや、いいですねもなにも、ここでそれ聞くって汚くないか?
反論の余地ないじゃん、こんな状態でさ。
しかも輸血とか、まあ取り越し苦労だとしたって、
それでエイズがどうのこうのとか、
とにかく輸血ってのはもっとデリケートな行為のはずだ。
でもこの女医野郎は、なんの精神的配慮もなくオレに言い捨てた。
「え…いや、ちょっと、先生に聞いてみていいです?」
オレはそう言うのが精一杯だった。先生はどこ行ったのよ、大事な時に!
そこへ先生がふらりと戻ってくる。
女医がさっきの旨を話すと、「いや、いいよ。やんなくて大丈夫」
という軽ーい返事。
ほらーーーーーーー!!いいって言ってんじゃん!
なにが輸血だよこの野郎!
でも女医は明らかに不満そうに「そうなんですか?」と、捨て台詞的に言った。
つか、そんなことぐらい前もって打ち合わせしとけよ。
オレお前キライ。
そんなこんなでいよいよ始まる。
施術部分に穴の開いたブルーの布をかぶせる。
うわー普通に手術なんじゃんこれ…。
と、オレにカテーテルを入れるのはあの女医なのであった。
なんかイヤなフラグが立った気がする。
「じゃあ最初に麻酔します」
アシスタントの人が麻酔注射をするが、とにかく麻酔注射が痛い笑
確か2~3本射った気がするけど定かじゃない。
とにかく麻酔のおかげで感覚は無くなった。
「では始めます」
入れる時は寝てるので当然どうやって入れてるのかは見えない。
まあもし寝てなくたって怖くて見れないけどさ。
なんとなくチクリとして、入っていく感覚。ちょっと痛い。
ズキンと重鋭い感じ。
大丈夫、大丈夫だ。恋人のことを考えよう。
「うーーーーーーわーーーーーーーー…早く終わって、早く終わって、
早く終わっ…」
と、その脳内ループを切り裂く痛みがオレの脚から一気に駆け上がってきた。
「が!?」
もう、なんつーか、ものすごいっつーか、耐えられんっつーか、
脚の奥の方に指突っ込まれてグリグリえぐられる感覚だ。
「……………………!!!!!!………!!!
…………………!!!!!!!」
昨日と同じ、口元に置いたフェイスタオルの向こうでオレは歯を食いしばりまくっていた。
なんというヒドい痛み。
恋人には申し訳ないが、恋人のことなんて微塵も考える余裕は無くなった。
ただただ、痛い。
麻酔全然効いてねえじゃん!!ちょっと!バカ!バカ!
オレがどれだけ「痛い」という意志を伝えても、
例の女医は優しい言葉のひとつも全くかけてくれなかった。
痛っっっっっっっっっっってえええええええええええええええ
え!!!!!!!!!!!
この痛みは、実は血管には麻酔が効いていないというオチなのである。
皮膚部分には当然麻酔が効いてるんだけど、
奥の方にある動脈血管には麻酔が届いていない。
なんつーか、意味あるようで無くね?
早く終わって早く終わって早く終わって早く終わって
早く終わって早く終わって早く終わって…
そう思ってると終わらないもんなんだ。
容赦なく、血管の奥の方まで管が突っ込まれていく。
もうやだ、もう、もうマジでやだ、なんで、
どうしてこんな思いをしなくちゃならない、
確かに不摂生したとは思うけど、その報いってことなのか?
治療ってこんなに痛みが伴うものだったっけ?
本当に、もう耐えられない。無理だ、もう、ホントに無理だって!
痛いって!痛いんだ!
こんな、知らない連中の前でチンコ出させられて、
ヘンな前貼りされて、股開かされて、
なんでこんなことをしなくちゃならないんだ…!
「はい、入りました」
ああ…やっとか…
オレはマジで、精魂尽き果てた。
もう無理だ。
でも今日はこの後透析が3時間ある。これはあくまでその前準備なんだ。
脚はこれでいいとして、腕はまた刺すんだろ、麻酔無しでさ…ああ、も
うホントに…
で、カテーテルが抜けないように縫い付けるんだけど、
これがまた痛ってーの。
もうどういうことなのかな?
ズローッと糸を引っ張るのが分かって、それが普通に痛い。
腎不全は本当に痛い病気だ。昨日から痛い思いしかしてないじゃないか。
やっと、やっと終わった。
「じゃあ透析始めます」
もう、勝手にやってくれよ…
オレにとってラッキーだったのは、
カテーテルというのは管が二本に別れてるということ。
つまり脚だけで透析ができる。腕の注射は無しだ。
「これで、3時間我慢すれば恋人に会える…ああ…もうマジにくじけそうだ」
くじけようが何だろうが、透析はしないといけないんだな。
オレは脚の付け根に突っ込まれた、妙な管で生かされていくんだ。
そして3時間後。
「それじゃあ終わる準備しますね」
看護婦さんはそう言って、オレの掛け布団をめくったんだけど、
「あっ!」って言うんですよ、看護婦さんが!
「血が漏れてましたね」
は???????????
なんか、カテーテルの接合部分から血が漏れてたって。
それを聞いてオレの頭には、
なんかプラグからドンドン血が漏れて死ぬイメージが湧いた。
だって、管が入ってるって。そんなのそもそもオカしいじゃん!
「ちょっと岸さんは見ない方がいいなーこれ」
そういうこと言わないでくれ笑
血がこぼれた部分にシーツをかけて、さっきの女医が来るのを待つ。
女医は全く無感情な感じで麻酔を射ち、再び縫い始める。
つーか麻酔まだ効いてないし。
普通に、マジ普通に痛い。糸が皮膚をツーーーーーーーッと通るのが、
明らかな痛みと共に分かる。
お前絶対わざとやってるだろ?
何回も何回もこの「ツーーーーーーーッ」を味わわされて、やっと終了。
リクライニングのベッドを起こしてもらって、迎えの車椅子が来るのを待った。
「ああ、今日はもう、本当に最低最悪の日だったな…」
オレは恐る恐る患部を覗き込んだ。でも、おっかなくてあまりまともに見れない。
大きめのガーゼが当てられてたから、まあ見えないんだけど。
「岸さん、もしまた血が出たようだったら言ってくださいね」
なんだよ、それって逐一自分でここ見なくちゃなんないってことか。
見たくないのに…。
そう思って、一応もう一回患部を見る。
「これは違うんですよね?」
オレはそう言って、ガーゼのちょっと赤くなってる部分を示した。
「あら、やだー!」
看護婦さんはそう言って、また女医を呼ぶ。
オレはまた血が漏れていた。
いや、マジ、ホント、勘弁してくれ。
オレきっと死ぬわ。
やって来た女医は明らかに不機嫌だった。
「えーもうやりようが無いよ」と吐き捨てやがった。
いや、お前、ほんと死んじゃえよ。
患者の前で、もうやりようが無いとか、それでテメー食ってんだろ!
もしあの女医が女医ではなく虫だったら、潰していただろう。
また縫われ、痛い思いをし、やっと終わる。
ガーゼを厚めに押し付けてもらった。
迎えの車椅子が来る間、心配過ぎて何度も確認する。
「オレの身体に管が刺さってる」
そこから血が漏れている。血が、漏れてる。
なんとも言えない、生殺しのような恐怖がこみ上げた。
やっと来た車椅子に乗った時、点滴の管が真っ赤になっていることに気付いた。
管を血が逆流していた。
ちょっ…マジで…
看護婦さんに伝えたら、どうってことないという感じで、
指でつまみながら血をオレの身体方面に押し戻した。
この時点でオレは、脳から血が下へ落っこちてくのを感じた。
目の前が暗くなっていく。
気を失いそうになったが、なんとか部屋まで戻った。
ベッドに倒れ込む。
「これから毎日こんななのか…もう耐えられない…」
その間にも脚が気になる。
血が漏れている気がする。
何度も何度も、確認してしまう。
できるだけ脚を動かすなと言われた。
トイレに行くのも憂鬱だ。
この状態から逃げ出したい。
オレは吐き気で入院したはずなのに、
なんだってこんなに痛みと出血に追いかけ回されるんだ。
意識の全てが、右足の付け根に集中してしまう。
「あっ、今漏れた気がする!」
数十秒に一度、バカのひとつ覚えのようにパンツをめくる。
白いままのガーゼを見てホッとするが、またすぐ心配になるんだ。
「早く恋人に会いたい」
顔が見たいんだ。
オレには今こそ、お前が必要だ。
でも、面会時間の2時までにはあと30分あった。
「ちぇっ…」
オレ四方を囲むカーテンが、「お前は病人だ」と押し迫るようだった。
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つづく
きょうのぼく
こんばんわ。あけびです。
今日は岸さんごふうふの、おくさんのかぞくが来たよ。
なんか色々写真とってもらって、むりやりだっこされて、
「び!び!」って奇妙に短縮されて
おくさんかぞくはいいかぞくだって思ったよ。
あと、今日はケージからなんと数歩、そとにでられました。
世界ってひろい!
広過ぎてまいごになる危険性が多分にあるので
3歩以上はでません。
そうきめたから、ついきゅうしないでください。
明日はきっともうすこし、外まで出られると思うんだけど
あと、おくさんのかぞくが来たよ。
なんか色々写真、あれ、これさっき言った。
あと、あの、今日もお手洗いは完璧でした。
きっとぼくはそのうち、ひょうしょうされると思うんだ。
あしたもたくさん水をのんで、たくさんだすぞう。
「そんなに飲んで出して、お前は羨ましい」って、
岸さんのだんなさんが言ってたよ。
だんなさんおしっこ出ないんだって。
そんなのぼくに言ってくれたら、分けてあげるのにな。
岸さんのだんなさん談「いりません」
おくさんのパパ撮影
あけび降臨
みなさんこんばんわ。
ぼくは「あけび」っていうオスのフレンチブルだよ。
めちゃ臆病で、基本的に腰が抜けているんだけど
岸さんとこのごふうふは、僕をかわいいって言ってくれるよ。
こういうウマい話には必ずウラがあるって僕は常日頃思っているんだけど
連れてこられちゃったから、もうしょうがないね。
僕の耳は普通のフレンチブルより大きめな感じのとってもキュートな耳なんだけど
ちょっと怯えるとすぐ後ろに寝るよ。
でもご飯は食べるよ。
お腹すくからね。
あんまり歩かないけど、時々歩くんだ!
さっき水も飲んだよ。
今のところ楽しみはご飯と、あとご飯かな。
岸さんごふうふは、なにかにつけて僕の方を見くすくすわらってるんだ。
なにかたのしいことがあるのかな?
そのうち僕もきっと楽しくなって飛び跳ねることもあるかもしれないけど
でも基本的には腰が抜けてるんだ。
そういうのを、じぶんんらしさって言うらしいよ。
岸さん的にはそこが気に入ったんだって。へんなの。
あしたはきっと、もっとなかよくなって
うんちもうまいことしてみせるんだ。
ああ、おなかがすいた。
また書いてもらえると思うから
その時にまたあおうね。
おやすみなさい。
今日の透析ちゃん 6
そして3時間の透析が終わった。
機械内部に残った血液を身体に返して、針を抜く。
抜く時はそれほど痛くなかったけど、脚の方は動脈なので止血に時間がかかる。
先生が脱脂綿ごと強く押さえる。
男性器の横を、働き盛りの男が押さえるのだ!
もう、いやあああああ。
再び車椅子に乗せられて、ひとまず待合室へ。両親と再会する。
「なんか、針でやるかカテーテルでやるか選べって言われた」
そう言ったところで、なにかオレが落ち着くような言葉が返ってくるわけもない。
戸惑っているのは両親も同じだ。
アラレちゃんによく似た看護婦さんが、病室へと案内してくれた。
オレの病室は7階。6人部屋だった。
通されたベッドの頭の部分の鉄柵に、
『水分1日700ml』、『左腕血圧測定採血禁』、『食事禁』という札が下がっている。
食事禁止はまあいい。どうせ食欲なんてない。
メシを美味いと思えたのはいつだったかな。
もうメシの味なんて忘れた。
水分700ml。
多いのか少ないのか分からないけど、多分少ないんだろう。
オレは飲むのが普段からすごく好きだったけど、それも管理されちゃうんだな。
しかし、なんで左腕はダメなんだろう???
病室で、一通り今後の流れについて説明を受けた。
腎不全について、急性か慢性かを調べる。
慢性であれば人工透析に向けての準備を行い、急性であれば生検で調べる。
この生検ってのはお腹に針を刺して腎臓の組織を採取し、調べるというものだ。
どっちにしろオレはまだまだ針を刺されなければならない。
こんなに痛みの束縛を受けるのは生まれて初めてだ。
とりあえずトイレに行きたくて、立ち上がる。
看護婦さんが黄色い声で制止した。
「ダメダメ!ダメです!歩かないで!」
車椅子に乗せられてトイレへ。
今後トイレに行く時はいちいち看護婦さんに連れていってもらわなアカンのか?
「これからは尿をこちらのカップに取ってください。
その後こちらのバッグに溜めてくださいね。1日の尿量を計ります」
促されるままに尿を計量カップに取って、その後大きめのビニールバッグに入れる。
じゃあああ…という音がなんか物悲しい。
病室に戻って、両親と打ち合わせる。
着替えとかテレビカード(部屋のテレビを見るプリペイドカード)を買ってくれとか、
サンダルがあった方がいいとか。
でも、そんなこたー正直どうでもいい。
なにがあったところで、これからの一ヶ月の入院が明るいものになるとは到底思えない。
「あの、携帯で電話はもちろんダメなんでしょうけど、メールはどうですか?」
恐る恐る聞いてみる。
「メールはいいですよ。電話は指定の場所でお願いしますね」
あら、意外にもオッケーなんだ!
助かった。
これで、恋人と自由に電話はできなくても、メールは出来るじゃないか。
メールできるのとできないのとでは、気持ち的にだいぶ違う。
ああ、そういえば今日はまだ一回も連絡してなかった…
どっちにしても連絡をしないわけにはいかないけど、果たしてどう言ったものか。
両親が帰った後で、身上書的なものを書かされた。
自分の性格とか普段の生活パターンとかそういうの。
一人でただ寝てても気持ちがまとまらないままなので、
ちょっと真面目に書こうと試みる。
書き進むと、「今回の病気についてどう思いますか」という質問。
オレはこう書いた。
『大きな病気のようなので正直驚きましたし、困惑しています。
でも、頑張って治していきたいです。よろしくお願いします』
オレなりに真摯な言葉で、気持ちを素直に書いたつもりだ。
でも、違うんだ。
これは決して、前向きな言葉なんかではなかった。
オレはただ、明るい未来が欲しかった。
とにかく急性であってほしい。それだけでいいんだ。
そういう、可能性を『想定』した文章に過ぎない。
オレは強くなどない。
虫歯になったあとで、「痛くなくなりますように、これからお手伝いなんでもします」
とか何とか泣いてるガキと同じだ。
書き終わった用紙を置いて、買ってきてもらったミネラルウォーターを一口飲み、
水分量記入用紙に「水/一口」と書き入れる。
こんなメンドいことをこれから毎日やるんか…。
オレは自分のベッドの周りのカーテンを閉め切って、途方に暮れた。
カーテンの向こうでは、同室の人だったり看護婦だったりが歩く音だけが聞こえる。
ここには何もない。
寝る前に体重を計ったんだけど、通常体重より10キロ落ちていた。
10キロって。すげえな。
それとオレ、身長170無かった笑
ベッドの天井を見ながら、オレはあることを思い出し、驚愕した。
「オレ、血液検査やってたわ…」
それは去年の春先のこと。オレは帯状疱疹を患ってしまった。
この時痛みがなかなか引かなかったので、
皮膚科を紹介してもらったのだがそこで、
「帯状疱疹やって検査はしましたか?」
「検査?」
「帯状疱疹っていうのは、どこか他に異常があって身体が弱まったことで
発症することが多い病気です。ですから検査をした方がいいです」
先生がちょっと冗談の通じなさそうな人だったこともあって笑、
オレは言われるがままに血液検査をした。
でも結果を聞きに行かなかったんだ。
もしその時、ちゃんと検査結果を聞いていたら、
この事が分かっていたのかもしれない。
オレはひどい自己嫌悪に襲われた。
ああ、チャンスはあったのに…!
とにかくこの話を明日先生に伝えなければ。
その結果次第で、状況は大きく動くかもしれない。
午後6時。
恋人からメール。
「入院したんだって!?大変だったね!」
母が電話してくれたらしい。もう状況は一応伝わっているようだ。
ヘンなウソをつく必要はないな。つーかウソのつきようが無いけど。
彼女のメールが意外に明るかったのが救われた。
ロビーまで車椅子で押してもらい、そこで電話をかける。
「もしかしたら、あいつは泣いてしまうかもしれない。気をつけて話さないとな」
でも、電話の向こうの彼女の声はいつものように明るかった。
『入院だってよーなんか困っちゃうよなー』
そういう雰囲気で話させてくれた。
結局オレの方が、彼女に気持ちを助けられた。
人工透析という言葉は使わず、
腎臓が少し疲れているので血をキレイにする治療をしてもらった、とだけ告げた。
「明日お見舞いにいくよ!欲しいものなにかある?」
いろいろと欲しいものを伝えて、そのたびにお互い笑い合った。
ああ、今日オレ初めて笑ったな。
今日、というか久しぶりに笑った気がするんだ。
「こんなトコで負けてられない。そうだよ、だってもしあの時の疱疹が兆しだったとして、あれからまだ数ヶ月しか経ってないんだから、
だったらオレ急性かもしれないじゃん!
そうだよ、検査するまでもなく、急性だって判明するかもしれない!そうだ!」
オレは急にテンションが上がった。
いける。きっと大丈夫だ。
オレと恋人は、2月から一緒に暮らすことを計画していた。
そしてこのタイミングで入院。
最初はなんてバッドタイミングだと思ったけど、いや、そうではない。
これは「急性」であるという前触れに違いないんだ。
オレの人生は振り返ればずっとそんな感じだった。
絶対今回だって絶妙のタイミングで治って退院するんだ!ひゃほう!
ありがとう恋人、お前がいればオレはきっと、これを乗り越えられるだろう。
明日の彼女の面会を楽しみに、今日は寝ることにしよう。
消灯は9時。
別に9時に寝る必要はなくて、テレビを見ていてもいい。
単に電気が消えるという意味だ。
オレはそれまで漫画家らしく3時ごろに寝ていた。
9時に寝るつもりは最初っから無いけど、
こんな入院先のベッドで果たして無事に眠れるんだろうか。
眠れませんでした。
いや、マジで朝まで一睡も出来なかった。
隣のいびきがうるせーし、それになによりカテーテルだ。
明日はそれを入れるんだ。
入れるって決めたはいいけどやっぱり気になるんだ。
朝は6時起床。
6時って笑
いやマジにねーよ。
絶好調に眠い中、起きて時間を潰す。
眠いし疲れてるけど、頭はいよいよカテーテルで一杯。
一体どういうことをされるんだろう。
痛いのかな…まあ痛くないってことはないな。
そして透析の時刻が訪れる。
オレは昨日のように車椅子に乗せられて、透析ルームへと連れていかれた。
「これを頑張れば、彼女に会える。
頑張るんだ、どうせ刺すのに1時間もかかるわけじゃない。
頑張ろう…!」
ーーーーーーーーーーーーーーー
つづく
今日の透析ちゃん 5
透析担当の先生は、麻酔をすると言ったそばから麻酔無しでオレの腕に針を刺そうとした。
これだから!大人は嘘つきだっ!
「あの、麻酔すんじゃないんですか?」
「腕はしないんですよー、脚の方はしますから」
オレの必死の質問などいたって普通に聞き流され、
さくさくと彼はオレの腕に針を刺した。
痛てえ。
今まで点滴だったら何度かしたことがあって、
だからこの針が普通の注射より太いことは知ってる。
そもそも、間接の内側のところってなんか筋肉も無いし、
弱点な感じがしてイヤなんだ。
どうせなら肩とか腕にしてくれればいいのにな…
まあそんな感じでなんとか腕側は無事に完了。
針につながれたチューブを固定する。
そして次はいよいよ脚の方。
脚に針を刺すっつーのは未体験ゾーンだ。
一体どうゆうことになってしまうのか。
こういう時、ベッドに寝かされた状態というのは全く無防備な状態であって、
椅子に座っているより遥かに緊張する。
「じゃあまず麻酔の注射をしますね」
そして、先生はオレのズボンを脱がす。えっイヤン。
下着を晒して、ホントみっともないっつーか、ヘナチョコな感じが哀しい。
看護婦さんはオレのショーツ姿に見とれることもなくテキパキと準備をこなしていく。
まずパンツの右側をヒモみたいなので縛って、まくり上げた状態で固定。
そして脚の付け根部分、まあ要は男性器の横ですよ、そこを脱脂綿で消毒。
つーか、え、そんなとこなん?????
とりあえずみんな、自分のソコを指で押してみたらいいと思うんだ。
形容しがたい不快な感じがするから。
ここはもうホントに弱点なんだよ人間の。
そんなトコにさ、普通の針よりもっと太くて長い針刺すんだって!
うそん!
透析の血は動脈に刺さないと理想的な分量がとれないため、仕方が無い。
そして、その場所に容赦なく麻酔注射が射たれる。
つーか、麻酔注射痛てえ笑
チクリッッッッッッッ、という感じの、鋭い痛み。
もうすでにイヤなんですけど…
「はい、じゃあいきます」
いよいよだよ。ついに、こんなトコに針刺すんだってよ。
どんぐらい痛…
つーーーーーーーーーーーーーーか、
ものすごく痛てえ!!!!!!!!!!
麻酔なんてはっきり言って意味ねえ。
もうアホのように痛い。
これはどういうことですかっ!!!!!!!!
痛い、痛いって、ちょっと、早くしろって、こら!こらこらこら!
あああああああああああ…
刺す間、左手に持っていたフェイスタオルをオレは口にかぶせていた。
なんとなくそうしてたら安心したからなんだけど、いざ刺されたら、
そのタオルの向こうでオレの口は食いしばりまくっていた。
あり得ない痛みと恐怖と。
まあ、痛みに対する耐性が無さ過ぎるのかもしれないけど、
これは…ちょっと…!
タオルから出ているオレの両目も、
まるで処女消失の乙女のように堅くつぶられていたのだった。
もう、正直「痛がったら恥ずかしい」なんつー理性は50万光年の彼方へ飛んでいってしまった。
オレはパンツ丸出しで、脚の付け根に針刺されて、歯を食いしばってるんだ。
もうこれ以上の苦痛も恥辱もねえよ。
透析ルームにはオレ以外入れなかったので、
親にこの姿を見られることはなかった。
「痛かったですかー?」
まるで当たり前のように先生は語る。
ああ痛かったですとも。オレは全く憔悴してしまった。
とにかく腕と脚の針刺しが終わり、これから透析が始まる。
「ではこれから3時間です」
さんじかん、って、軽ーく言うのね…
こんな状態で3時間も寝てろっつーのか。しかもそれが終わっても、
オレはこれから一ヶ月帰れないんだ。
ああ…
オレの横にある機械。そこから伸びるチューブに、オレの血が通っていく。
薄白かったチューブは、濃赤色に染まっている。
オレの血が、身体から出されて、目の前を流れてる…!
なんか、おっかなくって見てられなかった。
透析が進んだところで、先生が話しかける。
「明日も透析をするわけですけど、今後の方法としては2つあります。
ひとつは今日と同じに腕と脚に刺してする方法。
もうひとつはカテーテルを装着する方法です」
『カテーテル?』
「カテーテルを使えば、以降はすごく楽になりますよ。
ただ、このぐらい(40センチぐらい)の管を脚の付け根に刺すことになるんだけど」
おほほほほほほ。40センチの管だって。このおっちゃんバッカじゃねーの。
今日のこの針刺しを今後もやるのかと思うとそれは絶対考えられないんだけど、
かといって40センチの管を刺すっつーのも、きっとあり得ない痛みだろう。
健康を取り戻すって、こんなに痛みが伴うものなのか?
もっとこう、楽にならないのか。痛みというのは本当に、気力を奪ってしまうんだ…。
「悩ましいトコですね…」
「そうですね、ははは」
いまいちこの先生には深刻さが無い!笑
「あと岸さんね、今まで健康診断とかやってないんですか?」
「いや、自由業だったので、ちょっと…」
「そうですか、岸さんの場合あまりにデータが無いので、
今の状態を計りかねるんです。
もし、どこかで診断したとか思い出したら言ってくださいね」
だからやってないっつーの。ヘタレですまんね。
今の状態どころか全く先が見えない。
オレにとって目下大事なのは、針を抜く時も痛いのかしらということだった。
もう、これ以上痛いのはイヤだ…!
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つづく
今日の透析ちゃん 4
1月6日/午後
「大変だ」告知を受けて30分後には、オレは横浜のN病院にいた。
このあたりになるといよいよもって、オレの体調はおかしくなってい た。
口の中が異常に乾く。水分がゼロだ。
オレンジジュースを買ったのだが、一口飲むたびに吐き気。
こんな、総合病院の受付で吐くわけにはいかない!
でも口中の乾きも我慢しがたいもので、オレは吐き気,とせめぎ合いながら、
パック入りの小さいジュースを40分ぐらいかけて飲んだ。
受付から指定の窓口へ通される。
そこで、診察の順番待ちの間に問診表的なものを書かされた。
項目のなかに「もし重大な病気であった場合、告知は誰にしますか/A:本人 B;家族」ってのがある。
えっ、重大ってなによ!
まあこれは一応の流れとして書いてあるだけなんだけど、
オレはもう重大疾病が決定してしまったような気がしてしまった。
「ガン、かもしれねえな。エイズってこたーないけど、ガンはあり得るな。
健康診断しておくべきだったのかな…でもなあ…」
と、後の祭り的なことをグダグダ考えた。
これでもしマジにガンだったら、そのショックでオレは死んじゃったかもしれない。
名前を呼ばれて診察室へ。
M先生は全く冷静に、かかりつけ医からのデータを読み込んだ。
「この数値ははっきりいって尋常ではない数値です。
これはつまり腎不全の状態で、腎臓が機能不全を起こしているんです。
慢性か急性かは分かりませんけど、これだけの数値が出ているということは多分慢性だと思われます。取りあえず検査を一通りやりましょう」
慢性か急性。
それってなんだ?
どっちだったら、なんだっつーんだ!
とにかく、いままであらゆる検査を拒んできたオレは、ここにきて、
超精密に検査を受けることになったのだ。
治る治ると思ってきたことが、まさかこんな展開になるとは…!
尿検査、レントゲン、CTを取る。
CTって初めてやった。なんかあのまま宇宙のなんとかエネルギーと繋がるんじゃないかと思った。
ずっと隠してきたことを全てめくり取られるんだ。
どんなひどい病気が隠れているかもしれない。
オレは本当にヘタレだから、病気があるという事実だけでコケてしまうだろう。
それが怖くて今まで、あるものを見ないようにしてきたんだ。
でもそのおかげで、オレは大きなつまづきをしたっぽい。
全ての検査結果を待っている間、オレは恋人のことを考えた。
かかりつけ医は入院になるっていったけど、これから一体どうなるんだろう。
でも、はっきりしたことが分かるまではヘタに連絡して心配させるのも良くない。
この辺りではまだ、かっこいい彼氏を演じる余裕があった。
検査結果を持ち、再びM先生の元へ。
一体腎臓が悪いというのがどういう事なのかよく分からないけど、
とにかくきっと大丈夫。
なんだかんだでオレは今までずっとそうやって、
最後にはうまいことやって生きてきた。
今回だってきっと大丈夫。大丈夫だ。
M先生はじっと考え、そして言った。
「やっぱりこれは腎不全ですね。とりあえずすぐ入院です。多分1ヶ月ほどになります。
これから人工透析をすることになります。とにかく今から、やりましょう」
え?
は?
はぁ?
ええええええええええええええええええええええええええ
えーーーーーーーーーーーーーーーーー
オレは耳を疑った。
いま、いま、この人、人工透析っつった?
一ヶ月?一ヶ月入院して、人工透析?じんこうとうせき?????
オレは病気のことはよく知らないけど、人工透析というのが大変なことだというのは知っている。
なんだっけ、なんかすっげー長い時間かかってアホほど大変なんだ。
つーか、それはいいとして人工透析ってどういうことすんの?
痛いの?
すごく痛いの?
え、なに、たしか人工透析って一生じゃなかった?
いっしょう???????????????????????
え、いっしょう????????????
どういうことだ。
なんだ。
これは一体なんなんだ。
オレは人生で初めて、めまいを感じた。
椅子に座っていられなくなって、ベッドに倒れ込む。
人工透析…
一ヶ月入院…
これは、ヤバい。どう考えても、ヤバい。
なんで!どうしてだ!
オレはそのまま車椅子に乗せられた。なんでも今の状態で不用意に動くと、
尿毒が頭に行くだか何だかで、気絶して倒れる危険があるらしい。
オレが、車椅子だってよ…
初めて経験する高さの視点に、オレは言いようのない不安を覚えた。
周りにいるどの患者より、オレは不幸だ…
そして、透析ルームへ。
ベッドに寝かされる。
オレの右横には見慣れない機械。なんかチューブがいっぱい出ている。
夏と言えばチューブだが、透析と言ったらやっぱりチューブなんだ。
「では始めます。今日は岸さん初めてですから、腕と脚の付け根からやります。
ちょっと大きい針ですけど、麻酔しますからね」
じぇんじぇん気休めにならないお言葉と共に、テキパキと準備が進む。
ああ、マジか。ちょっと大きい針ってなんだよ…どんぐらいだよ…まあ、麻酔してくれるっつーし、
あああああああああ、でもでも、ああああああああああああ…
そして、いよいよ、まずは腕から針が刺されることになる。
麻酔無しで。
「あれ?ちょっと先生!?」
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つづく
今日の透析ちゃん 3
今日は1日、なんとなく体調が悪かった。
たまに、透析の翌日まで疲れが残ることがある。
透析というのは4時間ずっと寝ているわけだけど、
身体的にはフルマラソンを走ったのと同じぐらい疲れる。
これがどういうことなのかは追って書く。
最近はとにかく原稿が立て込んでいて、毎日特に新しい出来事があるわけでもないから、今日も透析ネタでいくことにします。
まあ記憶が新しいうちにまとめちゃった方が楽だしね。
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1月1日/元旦
まさか、年明けと共に病院へ行くなんてことがあるとは思わなかった。
パジャマの上からスウェットを着て、その上にダウンを着るという、
超みっともない格好。
親父の運転でなんとか病院まで来たオレは、
救急受付のロビーで途方に暮れていた。
病気というのは元旦だろうが関係ないわけで、
こんな時でも数人の患者が診察待ちをしている。
シーンと静まり返ったフロアに、心エコーの機械音がピッピッと響いていた。
なんだかそれを聞いていると、
オレの人生がピーーーーーーーーーーと止まりそうに思える。
オレは一体どうなるんだろう…まさか重大な病気なんじゃないだろうか…
横に座る親父に、オレは冗談めかして言った。
「ああ、オレもしガンだったらヤバいね」
「そんなことないだろよ」
親父のその言葉に正直オレは安堵していたのだ。
「だよね、そんなこたーないよな…」
30分ほど待って、オレの順番。
部屋にいた先生は全く冷静に「どうしましたー?」。
「どうも2ヶ月ぐらい前に風邪が腹に入ったらしいんです。吐き気がヒドくてですね、
でも他に別に痛みとかは無いというか…」
まああああーた、この期に及んで軽めに症状を説明するオレ。
「そうですか、でも2ヶ月ってのはちょっと長いですね」
そ、そうか?うん、そうだね…オレの抵抗は医者の前じゃ空しいもんだ。
「吐き気ね…じゃあレントゲン撮りましょう、とりあえず」
『ええーん、マジでー?』
レントゲン撮影は驚くほど簡単に終わった。
現像を待っている間、オレは、ヘンなしこりでも体内に見つかるんじゃないかと
オロオロしていた。
今までずっと、先延ばしにしてゴマかして、なんとか病気を「無いもの」にしてきた。
もしこれで、ガンですなんて言われてみろよ。生きていけないよオレ!
まあガンだったら、放っておく方が遥かに生きてけないんだけど。
そして、再び名前を呼ばれる。
「岸さん」
運命の時だ。
「特に胃腸付近に異常は見られませんね」
その説明にオレは、もうマジで嬉しかった。
ガンじゃねえ!オララーーーー!
「今は深夜ですし正月ですからこれ以上詳しい検査ができません。
このまま症状が続くようなら早めにかかりつけ医に見せてください」
結局原因は分からずじまい。でもいい、まあいいんだ。異常は無かったんだから!
吐き気止めと胃腸薬を処方されて帰された。
なにも体調は変わらないまま、それでもオレはちょっと嬉しい感じで帰路に着いた。
「さあ、早く帰ろう。帰って、もらった薬を飲んで寝よう…」
でも、家までの10数分の間にも再び吐き気が襲ってくる。
あら、ちょっと待って、これは、ちょっと、あたし吐きそうだわ!
家に着くなり車を飛び降りてトイレに。
また吐いた。吐くものも無いのに。
黄色い胃液みたいなのが、ちょっと出た。
処方された吐き気止めを飲んでみる。
あ。
あら。
効いた! なんだこれ!
吐き気止めは異常なほど効いた。すっぱりと吐き気が引く。これは素晴らしい!
よし!寝よう!明日はこの調子で吐き気が引いてるといいな!
でもオレはその時気付いてなかったんだ。
吐き気止めは吐き気を止めるだけで、治すものではないということに。
翌日も、またまた吐き気は変わらず。
もういい加減なんとかしてくれ!もう嫌だ!
でも医者に行きたくても今は正月だ。かかりつけは営業してない。
なんだか喉がまた痛い。そして異常な寒気。
オレの部屋の暖房は、いつからか設定温度が31度だった。
それまでは、エアコンがポンコツになって、効いてないんだと思っていた。
でもそうじゃない、オレが寒いんだ。
今じゃ寝る時はパジャマの下にTシャツを着て、ソックスを履いて寝ていた。
それでも寒いんだ。
もし風邪じゃないとしたら、それでこの異様な寒気って、ヤバくね?
息苦しさも一向に収まらない。
不思議なのは、寝ると途端に息苦しくなるということ。
普通寝たら楽になるんじゃないの?
喉があまりに痛いので、風邪用のマスクをして寝ようとしたんだけど、
息苦しくて死ぬかと思った。
この頃から、オレにまた新しい症状が出始めた。
寝ようと横になって、眠気がやってきて、眠りに落ちようとすると息が詰まる。
窒息状態になって目が覚める。その繰り返し。
寝たらそのまま永眠しちゃいそうだ。
やっと寝付くと、今度は困ったことに、これもウソみたいな話なんだけど、
勝手に舌を噛んでしまって痛みで起きる。
寝てる間に、多分歯ぎしり的状態になってるんだと思うが、
容赦なく思いっきり舌の横部分を噛んでしまう。
朝起きると口の中が固まりかけた血でヌルヌルになってることがたびたびあった。
あと、ここ数ヶ月、寝てる最中に脚がつりやすくなった。
どっちにしても、オレはまず寝たくても寝付けないし、
寝たとしても痛みで起き、そして起きてる間は吐いてるという、そんな感じだ。
吐き気はもう、水を飲んだだけで止まらなくなった。
吐き気止めも、効くけど効き目が短くなってきたようだ。
1月5日
かかりつけ医の仕事始め日。
オレはスウェットパンツを2枚重ねて履き、上に4枚ぐらい着込んで、
親父の車で病院へ送ってもらった。
ホントは歩いていこうと思ってたんだけど、前の夜にも吐きまくっていて、
多分歩いていくのは無理だろうと判断したからだ。
歩いて15分ちょっとの距離が、もう歩けない。
「じゃあ岸さん、採血もしてなくて、正直なにもデータが無い状態ですから、
採血だけしましょうよ。結果は明日出ますから」
普段のオレだったら、そこでも拒否った。
でも、明日すぐに結果が出るということで、オレは採血検査に同意した。
つーかもうヤバいって、分かってたんだよな。
1月6日
朝イチで結果を聞きにいく。
待合室で、オレはこんなセリフを脳内で繰り返していた。
「岸さん、やっぱりお腹に入る風邪でしたよ」
そうさ、オレはそういう診断をもらって、漢方じゃない薬をなんかもらって、
安心して帰るんだ。
今まで長かったなあ…
診察室に呼ばれる。
オレは椅子に座った。
先生はオレの採血検査の結果に目を通している。
さあ、早いところ言ってくれ。風邪だって!
「ん、んんっ?????」
医者が、カルテを見て、息を呑むという状況を、オレは生まれて初めて体験した。
「これは…」
そう言って、先生は絶句していた。
なに?なになに?なによ!え、風邪でしょ?風邪じゃねーの???
「これはちょっと、大変なことになってます」
なんか、そっから先のことは、あまりにも衝撃的だったのと内容的に難しかったのとで、よく覚えてない。
「…で、クレアチニンというのは筋肉の運動で出来る代謝物質で、
通常は0.6ぐらいです。でも岸さんはその20倍近く出てるんですね。
あと貧血が尋常じゃないです。通常の半分ぐらいしか血が無い状態です。
これ、よく今まで大丈夫でしたね」
なんか、ああ、なんか、大変なことのようだ。どういう病気なんだろうか…
頭はなんも考えられてない。
ただ、先生に言われることを右から左に聞き流す。古い。
「とにかく今から紹介状を出します。ここじゃこれ以上手の下しようがないので。
これ持って行ってください。多分、すぐに入院です」
入院ーーーーーーーー???
いよいよヤバい。これは困った。
オレを送った後親父は先に帰ってしまっていたので、電話で話す。
「なんか…ちょっとヤバいみたい。で、なんか入院って言ってるんだけど。
だから、そうだな、じゃあすぐ用意して明日あたりに行こうか」
…ということになりました、と先生に告げる。
先生は神妙な面持ちで返した。
「岸さん、すぐっていうのはそういう『すぐ』じゃないです。今すぐ、です」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
つづく
今日の透析ちゃん 2
今日はクリニックの院長先生がいなかったので、穿刺が知らない先生だった。
穿刺というのは針を刺す事なのだが、相性が悪いとマジで刺さりにくいし、
なにより痛い。
今日は痛くありませんでした。もう血管が太くなってきたからね。
まあそれはまた後の方で書くことにする。
ーーーーーーーーーーーー
12月
相変わらず調子は戻らない。
以前は、食欲が無い/気持ち悪い等々の症状は、太田胃散を飲んだら一発だったのだが。
何回飲んでも良くならない。
そのうち、あることに気付いた。
階段をのぼっただけで息切れがする。
普通の、駅の階段をのぼっただけで息切れ?
「まあ最近食ってないからな…いやいや、これはむしろ日頃の運動不足が原因じゃないだろうか!」
そう新たな説を打ち立てたオレは、試しに次のデートの際に駅まで無理して早歩きで歩き、電車でも一切座らなかった。
死ぬかと思った。
ウェストは減る一方だった。
毎晩、「ストレス 吐き気」で検索をかけてみる。
このワードで検索すれば確かに、「ストレスによる吐き気の症状」が出てくるわけで、
それを逆説的に自分の症状に当てはめては無理矢理安心していた。
一向に食事は取れるようにならない。
一回の食事の量は以前の半分以下に減っていた。
そんなオレを見て母が「なんか別の病気なんじゃないの?」とつぶやく。
嫌味でもなんでもない、単に心配したから出たセリフなんだけど、
その時のオレにはものすごい嫌味に聞こえた。
「オレはなんとか良くなろうと頑張って、仕事も一生懸命やってるのに、
自分は健康だと思って勝手なこと言って!」
そうしてオレはまた部屋にこもって、ひとり仕事をするのだった。
12月分の原稿と、次回分のネームを打ち合わせるため、少年画報社まで行く。
オレの顔を一目みて、担当は驚いた。
「岸さん、なんか黄疸が出てますよ!もしかして肝臓が悪いんじゃないですか?」
「は?」
またか。お前までオレにそんなことを言うのか…っ!
医者でもねーのに適当なこと言いやがって!
どいつもこいつもオレの気持ちなんて分かってない!
『オレの気持ち』ってなんだっつーのな。
「はははー」と笑ってごまかしつつも、編集の言葉が引っかかる。
黄疸ってなんだ?
帰宅して鏡を見て、オレは硬直する。
これは一体いつからこうなっていたのだ?
顔一面に、そばかすのようなシミが出来ていた。
腕にも身体にも、あちこちに出ている。
黄疸どころかまた新たな症状ではないかっ。
いつからか、オレは鏡で自分を見るのがイヤになっていた。
逃げるように脱衣して風呂に入る。
でも、湯船に使ったオレの身体は明らかにやせ細っている。
風呂の椅子に座ると尻のあたりの骨が痛い。
尻まで痩せた!
オレはまさに病人だった。
なんとか12月分の入稿を終え、年末を迎える。
一向に一向に一向に状態は改善しない。
気持ち悪くて、恋人が作ってくれたクリスマスケーキも食べられなかった。
吐きそうになりながら2~3口食べて、あやまった。
「ごめん、これはお前のケーキがマズいというわけではないのだ…」
最初の症状から数ヶ月、思い返すと彼女とはもうずいぶんまともに食事をしていない。オレが食えないからだ。
彼女よりずっと少ない量を、彼女よりずっとノロノロ食うのだ。
効いてもいない漢方をありがたく飲んで、見えもしない明日にすがっていた。
暮れも押し迫ったある日、恋人といつものように出かける。
そこでオレは異常な寒気に襲われた。
寒い、とにかく震えるほどに寒い。
確かに年末の寒い時期ではあるけど、それをさっ引いても寒い。
彼女もそれに気付いていた。つないだ手が恐ろしく冷たかったらしい。
「ねえ。風邪、なんじゃない?」
その、彼女の言葉にオレは寒気と吐き気を背負いながらも色めき立った。
風邪!ああ、そうか風邪だ!
よく考えれば最初は風邪の症状だったじゃないか!
きっとあの時風邪の菌が腹に入ったんだ。
それで全て繋がるじゃないかーーーーーー!!!
そしてオレはユンケルを飲んで寝た。風邪にはユンケルっしょ。
But、
症状は収まるわっきゃないのであった。
治らない。気持ち悪い。全然だめだ。
そんな流れで年末。
おいおい、マジかよ、風邪治んないまま年末になっちゃったよ!
この辺りになると、オレは起きていることさえ辛くなっていた。
立っていたり座っていると、それだけで吐き気が来る。
胃の中にモノがあろうとなかろうと、猛烈な吐き気が来た。
食事に階下へ降りる以外、オレはベッドから出られなくなっていた。
「どうすんだこれ…来月の『i.d.』描けねーよ…」
先が見えない。絶望的だ何もかも。
そして大晦日。楽しみにしていたはずの「モリマン対山崎」も全く楽しめない。
世界は大晦日なのに、オレの部屋だけ時が止まってしまったようだ。
オレはモリマンにシバかれる山ちゃんを見ながら、必死に吐き気と戦っていた。
吐き気が上がってくると、深呼吸して脳内で歌を歌った。ドレミの歌とか、そういうの。
今日はなんか、吐き気のサイクルが早い。
それでもなんとか、山ちゃんの姿に苦しみをごまかそうとした。
大晦日なのにそんな、病気だなんだとか思いたくない。
オレは大丈夫、ただの風邪なんだ…。
たしか、2~3時間の間に6回ぐらい吐いた後だったと思う。
吐き気が5分おきぐらいに来るようになった。
きつい。尋常ではない。
吐き気を押さえたくて水を飲む。
火照った食道を冷たい水が落ちていくのが分かる。
と、胃に水が到達した途端に猛烈な吐き気がわき上がる。
まだ体温で暖まってもいない水が再び食道を駆け上がる。
火照った食道を水が逆流するのが分かる。
これを繰り返したらさすがにオレは持たないです旦那様!
まるで内蔵そのものが出てきてしまいそうだ。
水で吐くって、おかしいだろこれ!
下の階でゆく年来る年を見ていた親父に、オレは吐き気を押さえて言った。
「病院に行きたい」
10月から我慢し続けた末の、敗北宣言だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
つづく