今日の透析ちゃん 7 | orizarot

今日の透析ちゃん 7

昨日行った、例の透析ルームへと車椅子で向かう。
昨日の夜は一瞬ウトウトしたんだけど、例の「眠くなると息が詰まる」&

「寝てると舌を噛む」という発作がしっかり起きて、

眠れなかったわ舌は噛んで口の中血まみれだわで散々だったんだ。

道中、外来患者の人々が列を成して待っている。

この病院はなかなか人気があるようだ。
オレはその人々をすり抜けて、2階奥のあの部屋へ入った。
昨日と同じスタッフが出迎え、昨日と同じベッドに寝かされる。
いよいよ、いよいよだ。
先生に、カテーテルを選択するという意志を伝えようとしたが、

先生はまるで当たり前のように
「じゃあ今からカテーテル入れるから」。
あら、どうする?とか言っといて、選択の余地ないんじゃん笑
まあそっちにするつもりだったし、いいですけどね。

ベッドの周りにカーテンが引かれる。

これがまた、おっかない気分にさせる。
入れる場所がデリケートゾーンだから、という配慮なんだけど
「人に見せられないようなヒドい目に会わされる」気がした。
「じゃあ下、脱いでください」
そう言われて、とりあえずパジャマのズボンを脱いだわけだが、
「あ、下着もです」と冷静なトーンで言われた。
まあそうだよね、そうだとは思ってたけど…
間の悪いというか居心地の悪い感じで脱ぎます。
と、和紙の厚手のやつみたいな前貼りを乗せられた。
なんかもう、なんなんでしょうね。
刺しやすいように、脚をこう、カエルっぽく開くように言われる。
もう、正直言って尊厳なんて無い。
若い看護婦さんが山ほど囲むなかで、チンコを和紙で隠して股を開いてる。
しかもこれから、太ももの付け根に40センチの管を通す…!
オレの目は宙を泳ぎまくっていただろう。

「岸さん」

と、一人の女医が声をかけた。
「岸さん貧血ひどいんで、手術中に問題が起きる可能性があるんですよね

なんで輸血しますけど、いいですよね」


は? 輸血?


いやいやいや、いいですねもなにも、ここでそれ聞くって汚くないか?
反論の余地ないじゃん、こんな状態でさ。
しかも輸血とか、まあ取り越し苦労だとしたって、

それでエイズがどうのこうのとか、
とにかく輸血ってのはもっとデリケートな行為のはずだ。
でもこの女医野郎は、なんの精神的配慮もなくオレに言い捨てた。
「え…いや、ちょっと、先生に聞いてみていいです?」
オレはそう言うのが精一杯だった。先生はどこ行ったのよ、大事な時に!
そこへ先生がふらりと戻ってくる。
女医がさっきの旨を話すと、「いや、いいよ。やんなくて大丈夫」

という軽ーい返事。
ほらーーーーーーー!!いいって言ってんじゃん!
なにが輸血だよこの野郎!
でも女医は明らかに不満そうに「そうなんですか?」と、捨て台詞的に言った。
つか、そんなことぐらい前もって打ち合わせしとけよ。
オレお前キライ。

そんなこんなでいよいよ始まる。
施術部分に穴の開いたブルーの布をかぶせる。

うわー普通に手術なんじゃんこれ…。
と、オレにカテーテルを入れるのはあの女医なのであった。
なんかイヤなフラグが立った気がする。
「じゃあ最初に麻酔します」
アシスタントの人が麻酔注射をするが、とにかく麻酔注射が痛い笑
確か2~3本射った気がするけど定かじゃない。

とにかく麻酔のおかげで感覚は無くなった。
「では始めます」
入れる時は寝てるので当然どうやって入れてるのかは見えない。
まあもし寝てなくたって怖くて見れないけどさ。
なんとなくチクリとして、入っていく感覚。ちょっと痛い。

ズキンと重鋭い感じ。
大丈夫、大丈夫だ。恋人のことを考えよう。
「うーーーーーーわーーーーーーーー…早く終わって、早く終わって、
早く終わっ…」
と、その脳内ループを切り裂く痛みがオレの脚から一気に駆け上がってきた。
「が!?」
もう、なんつーか、ものすごいっつーか、耐えられんっつーか、
脚の奥の方に指突っ込まれてグリグリえぐられる感覚だ。
「……………………!!!!!!………!!!
…………………!!!!!!!」
昨日と同じ、口元に置いたフェイスタオルの向こうでオレは歯を食いしばりまくっていた。
なんというヒドい痛み。
恋人には申し訳ないが、恋人のことなんて微塵も考える余裕は無くなった。
ただただ、痛い。
麻酔全然効いてねえじゃん!!ちょっと!バカ!バカ!
オレがどれだけ「痛い」という意志を伝えても、

例の女医は優しい言葉のひとつも全くかけてくれなかった。

痛っっっっっっっっっっってえええええええええええええええ
え!!!!!!!!!!!

この痛みは、実は血管には麻酔が効いていないというオチなのである。
皮膚部分には当然麻酔が効いてるんだけど、

奥の方にある動脈血管には麻酔が届いていない。
なんつーか、意味あるようで無くね?

早く終わって早く終わって早く終わって早く終わって

早く終わって早く終わって早く終わって…

そう思ってると終わらないもんなんだ。
容赦なく、血管の奥の方まで管が突っ込まれていく。
もうやだ、もう、もうマジでやだ、なんで、

どうしてこんな思いをしなくちゃならない、
確かに不摂生したとは思うけど、その報いってことなのか?
治療ってこんなに痛みが伴うものだったっけ?
本当に、もう耐えられない。無理だ、もう、ホントに無理だって!

痛いって!痛いんだ!
こんな、知らない連中の前でチンコ出させられて、

ヘンな前貼りされて、股開かされて、
なんでこんなことをしなくちゃならないんだ…!

「はい、入りました」

ああ…やっとか…
オレはマジで、精魂尽き果てた。
もう無理だ。
でも今日はこの後透析が3時間ある。これはあくまでその前準備なんだ。
脚はこれでいいとして、腕はまた刺すんだろ、麻酔無しでさ…ああ、も
うホントに…

で、カテーテルが抜けないように縫い付けるんだけど、

これがまた痛ってーの。
もうどういうことなのかな?
ズローッと糸を引っ張るのが分かって、それが普通に痛い。
腎不全は本当に痛い病気だ。昨日から痛い思いしかしてないじゃないか。

やっと、やっと終わった。
「じゃあ透析始めます」
もう、勝手にやってくれよ…
オレにとってラッキーだったのは、

カテーテルというのは管が二本に別れてるということ。
つまり脚だけで透析ができる。腕の注射は無しだ。

「これで、3時間我慢すれば恋人に会える…ああ…もうマジにくじけそうだ」

くじけようが何だろうが、透析はしないといけないんだな。
オレは脚の付け根に突っ込まれた、妙な管で生かされていくんだ。

そして3時間後。

「それじゃあ終わる準備しますね」
看護婦さんはそう言って、オレの掛け布団をめくったんだけど、
「あっ!」って言うんですよ、看護婦さんが!
「血が漏れてましたね」
は???????????
なんか、カテーテルの接合部分から血が漏れてたって。
それを聞いてオレの頭には、

なんかプラグからドンドン血が漏れて死ぬイメージが湧いた。
だって、管が入ってるって。そんなのそもそもオカしいじゃん!

「ちょっと岸さんは見ない方がいいなーこれ」

そういうこと言わないでくれ笑
血がこぼれた部分にシーツをかけて、さっきの女医が来るのを待つ。
女医は全く無感情な感じで麻酔を射ち、再び縫い始める。
つーか麻酔まだ効いてないし。
普通に、マジ普通に痛い。糸が皮膚をツーーーーーーーッと通るのが、
明らかな痛みと共に分かる。
お前絶対わざとやってるだろ?
何回も何回もこの「ツーーーーーーーッ」を味わわされて、やっと終了。
リクライニングのベッドを起こしてもらって、迎えの車椅子が来るのを待った。
「ああ、今日はもう、本当に最低最悪の日だったな…」
オレは恐る恐る患部を覗き込んだ。でも、おっかなくてあまりまともに見れない。
大きめのガーゼが当てられてたから、まあ見えないんだけど。
「岸さん、もしまた血が出たようだったら言ってくださいね」
なんだよ、それって逐一自分でここ見なくちゃなんないってことか。
見たくないのに…。
そう思って、一応もう一回患部を見る。
「これは違うんですよね?」
オレはそう言って、ガーゼのちょっと赤くなってる部分を示した。
「あら、やだー!」
看護婦さんはそう言って、また女医を呼ぶ。
オレはまた血が漏れていた。
いや、マジ、ホント、勘弁してくれ。
オレきっと死ぬわ。
やって来た女医は明らかに不機嫌だった。
「えーもうやりようが無いよ」と吐き捨てやがった。
いや、お前、ほんと死んじゃえよ。
患者の前で、もうやりようが無いとか、それでテメー食ってんだろ!
もしあの女医が女医ではなく虫だったら、潰していただろう。

また縫われ、痛い思いをし、やっと終わる。
ガーゼを厚めに押し付けてもらった。
迎えの車椅子が来る間、心配過ぎて何度も確認する。
「オレの身体に管が刺さってる」
そこから血が漏れている。血が、漏れてる。
なんとも言えない、生殺しのような恐怖がこみ上げた。

やっと来た車椅子に乗った時、点滴の管が真っ赤になっていることに気付いた。
管を血が逆流していた。
ちょっ…マジで…
看護婦さんに伝えたら、どうってことないという感じで、

指でつまみながら血をオレの身体方面に押し戻した。
この時点でオレは、脳から血が下へ落っこちてくのを感じた。
目の前が暗くなっていく。
気を失いそうになったが、なんとか部屋まで戻った。
ベッドに倒れ込む。
「これから毎日こんななのか…もう耐えられない…」
その間にも脚が気になる。
血が漏れている気がする。
何度も何度も、確認してしまう。
できるだけ脚を動かすなと言われた。
トイレに行くのも憂鬱だ。
この状態から逃げ出したい。
オレは吐き気で入院したはずなのに、

なんだってこんなに痛みと出血に追いかけ回されるんだ。
意識の全てが、右足の付け根に集中してしまう。
「あっ、今漏れた気がする!」
数十秒に一度、バカのひとつ覚えのようにパンツをめくる。
白いままのガーゼを見てホッとするが、またすぐ心配になるんだ。

「早く恋人に会いたい」

顔が見たいんだ。
オレには今こそ、お前が必要だ。

でも、面会時間の2時までにはあと30分あった。
「ちぇっ…」
オレ四方を囲むカーテンが、「お前は病人だ」と押し迫るようだった。


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つづく