確か5回直した
月刊ヤングキング今月号が発売になったもようです。
よろしくお願いします。
今回は主人公アキのトラウマ的過去である、レイプシーンの回です。
今までで一番ネームを何度も直されました。
最初は全とっかえと言われたんですけど
指摘をかわしてかわしてかわしまくって
これになっています。
そもそも担当との間では「これっきゃない!」
というものになっていたのですが
編集長からダメ出しが出てたくさん出たという
なかなかアルティメットな内容です。
結果的にはかなり評判を呼んだらしいので
食い下がってよかったなあというところでしょうか。
小手先の表現ではなく、アキの「身体の一部」としての過去の時間を
共有していただけたらと思うのです。
今日の透析ちゃん 13
シャント手術というのは、腕の静脈に動脈を繋ぎ変える手術のことだ。
透析では1分間に牛乳瓶一本分ほどの血液を取り出す必要がある。
そのためには普通の静脈注射では間に合わないため、この手術を行う。
動脈は深いところにあるので、そこに刺すのは難しいし危険が伴うってことだな。
利き手ではない方の腕にこの手術を行うわけで、オレの場合は左腕。
ベッドの頭に「左腕 血圧計測/採血厳禁」と書かれていたのはこのためだ。
オレの腕には言ってみれば、第二の心臓が作られることになる。
手術は1週間後。
執刀は、例の女医ではないということなので安心。
オレはとても気持ちが落ち着いてきていた。
透析を受け入れてしまえば、あとは退院を待つだけだし、
それにシャント手術を受けてしまえばそこから退院が逆算できる。
どうやら月明けの2月には退院できそうだ。
日課の、車椅子でのフロア散歩も楽しい。
かつてここに担ぎ込まれた時のあの気分とは大違いだ。
「あー、オレ身障者になっちゃうんだな。すげえな」
オレは相変わらずテンションが高かった。
かっこいい障害者になるという命題は、無根拠な自信を抱かせた。
でもそれは、あくまで「無根拠」なんだ。
「岸さん、むくみがまだ取れませんね」
主治医はオレの脚を触診しつつ、フラットに聞いた。
「あ、そうですか…でも、カテーテルがあって歩けないので、
それでむくんでるってのもあると思いますが…」
「ちょっと尿量を見てみましょう」
主治医がオレの毎日の尿量をチェックする。
「減ってきてますね…やっぱり透析の導入は必要だと思いますよ。
じゃあ取りあえず利尿剤を増やしますので」
やっぱり透析の導入は必要だと『思いますよ』…?
「思いますよ」ということは、絶対的な最終通告じゃなかったのか?
もしかして、尿さえちゃんと出てたら透析しなくてもよかったってことか?
なんだよそれ、あんたがやれって言うから透析を決断したのに、
「思います」とかなんで、どうしてそういう、
今さらボカした言い方をするんだ!
オレが感じてる自信なんてものは所詮、強がりだ。
言葉尻を突いて、言いがかりもいいところだ。
簡単に吹き飛んでしまう。
これからも、何気ない一言で落ち込んだり
浮き上がったりすることがあるんだろう。
もう今日は恋人は帰ってしまった。
オレは彼女にメールする。
「オレはお前のために生きたい。だからこの、
ガタガタする気持ちをなんとかしたい。
わたしのために透析を受けろ、と言ってくれ。
そうしたらオレは透析を受け入れられる」
返信はすぐにやってくる。
この早さが愛ってやつだ。
「わたしのために透析を受けてください」
オレは納得した。
納得したことにした。
前にも書いたが、透析を受けるという現実を理性的に受け入れるなんてことは
まだまだ無理だし、もしかしたら一生無理かもしれない。
オレが今目の前に置いておくべきなのは、透析という現実ではなくて、
恋人と生きるという未来。
そのための努力だ。
手術当日。
ラジオの持ち込みはオッケーだと聞かされていたにもかかわらず取り上げられ、
しかも眼鏡まで取り上げられる。
手術は約40分。
その間、ただ待ってろっていうのかーーーーーー
手術初心者でビビリのオレには過酷な状況だが、その時はやってくる。
両親、恋人と共に車椅子で手術室へ向かう。
入る間際にオフクロとハグした。
オフクロとハグとか、どんだけぶりだろうな。
ちなみにシャント手術というのは、手術とは言ってるけど、
医者に言わせれば手術の間際にするような
簡単オブ簡単な行為らしい。ふはは。
手術室。
初めて入った。
中はひんやり寒くて、廊下にいくつもの部屋が並んでいる。
例えていうなら、スターツアーズの搭乗口みたいな感じだ。
その中の、一番奥の部屋に入る。
おー、テレビで見たような丸いライトがあるじゃないの。
あと、ドラマで見たのとおんなじように、
手術室の中って音楽が流れてんのね。
しーーーーーーーんと静かじゃなくてよかった。
患者の取り違いを防ぐために名前を言わされて、ベッドに寝る。
左腕を90度横に上げて、ひじの辺りに小さいカーテンが置かれる。
これでオレからは、オペの状況は見えない。
見えないっつっても、布一枚向こうで腕切られてるって思うと尋常ではない。
オレは果たして、卒倒したりせずにいられるのだろうか?
だって、意識がある中で腕開いて血管いじくるんだよ?!
「はい、じゃあまず麻酔を打ちます」
チクリと刺される痛み。
1本刺して、2本刺して、3本刺し…
このヘンから感覚が無くなる。
おお、いよいよか、いよいよ始まるんかーーーーーーう
わーーーーーーーー
まだか、わーーーわーーーーーー、わーーーーーーーーーー
「岸さん、もう始まってますよ」
うそん。
全く分からなかった。
さすが麻酔。
今回はカテーテルとは違うね。
とはいえ、血管を引っ張られる感覚は確かにある。
キモい。
どうにもこうにも我慢できなくて、手術中はずっと、
音楽に合わせて足先をハミングさせてた。
「寒いですか?」って看護婦さんに聞かれたので
「いや!大丈夫っす!」と元気よく答えた。
15分おきに看護婦さんが時間経過を教えてくれるので、
あとどのぐらいかかるのか読めて助かった。
手術は無事に終了。
これから明日の朝まで、左腕は動かしてはいけない。
トイレに行くときはまた看護婦さん呼ばないといけないんだな…
オレはそんなことをぼんやりと考えて、
そして恋人は手術の成功に泣いていた。
オレの部屋は6人部屋で、誰もが腎臓を痛めた患者だ。
糖尿病の人もいるし腎不全もいる。
とにかくみんな、シャントを腕に持つ人々だ。
そして、オレのこのシャントは、
これからくるであろう腎不全に備えたものではなく
身障者であるという「烙印」である。
つい3週間前まで。
3週間前までオレは健常者だった。
このブログを読んでいる大多数の人がそうであるように、
普通に起きて、働いて、寝ていた。
それが、オレの意志とは関係なく、
今後一生のものとして変化してしまう。
今後どうなるとはいえ、元通りに戻ることは絶対にない。
これは、一人で背負うにはあまりにも重たい。
オレの場合は家族と、それに、腎不全という障害を
受け入れてくれた恋人がいたから良かったけど、
青臭い言い方だがこういう時に初めて、
人は一人で生きてるんじゃないと思い知る。
今日と同じ明日がくるということは
本当に奇跡なんだと思うべきだ。
昨日と変わらない身体を持った自分をラッキーだと思うこと。
昨日と変わらず生きている自分をラッキーだと思うこと。
せめて今掴んでいるこの幸せは、
オレは手放さないようにしたいと思っている。
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つづく
今日の透析ちゃん 12
透析を受ける。
腎不全患者にとってこれを受け入れられるかどうかで、
今後の人生設計は大きく変わるだろう。
オレも、受け入れたのかと問われると自信がない。
ただ、否応なくそれ以外にもう道がないのだから、
自分がどう思っていようと透析する以外に無い。
決して投げやりなわけではなく、ポジティブに、流れに任せるといった方向だ。
そう思えるのは、恋人がいるから。
彼女との未来がある、それだけでオレはとても前向きになるし、
「透析をしなければ生きられない」のではなく、
「透析してでも生きる」という考えにシフトすることができる。
まあ考えようによっちゃ、職が無くて大変っていうのと腎臓が無くて大変ってのは、
大して変わらないってことだ。
透析を受け入れたことで、オレはヘンにハイテンションになった。
オレはこれで身障者になるけど、でも、漫画家で身障者なんてのは
ちょっと面白いかも知らん。
それに、今までの健常者であるオレが言っても説得力が無かったメッセージでも、
これからのオレが言う言葉にはものすごい説得力が生まれることが多々あるだろう。
作家として、障害を持つというのは実は結構、武器なのではないだろうか。
健常者が言えばただのキレイ事でも、障害者のオレが言えば正しい。
そういうことがある。
ああ。
そうだよ。
そうなんだ。
腕が無くなったわけでもない。
目が見えなくなったわけでもない。
告知を受ける前からの恋人が、変わらずオレを愛してくれている。
オレは今までと変わってないんだ。
透析の時間を物理的に少しだけ奪われるだけで、
本当は失ったものより得たものの方がずっと多いような気がする。
その透析時間だって、漫画家という自由業である以上、
好きなように自分の都合で折り合いが付けられる。
漫画家で良かった。
オレは、オレで良かった。
これは負け惜しみでもなんでもない。
オレにとって、腎不全という病気はそういうものだ。
オレは決めた。
「障害者で漫画家で、それでもかっこいい人間で楽しくいよう。
そういう人生を送ろう。オレは、かっこいい障害者になろう」
オレは驚くほど前向きな気持ちで一杯になった!
早歩きで元気にフロアを駆けずり回りたくなったが、
カテーテルがあるのでそれは無理。
このテンションを誰かに伝えてやらなイカン。
オレは両親にメールを書いた。
できるだけ感動的に書いて、泣かせてやろうと思った。
全文きっちりと覚えているわけではないが、できるだけ思い出して書いてみる。
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お父さん、お母さんへ
今日の夕食は、またオレの大好きなものばかりでした。
○○(恋人)が付き合ってくれて、あっという間に食べたよ。
このところ毎日美味しく食事が取れています。
明日も楽しみだ。
入院して以来、毎日来てくれてありがとう。
お父さんはそんなこと当たり前だと言うけど、そんなことはないと思うんだ。
嬉しく思っています。
みんなはここに来て、いつも冷静にいてくれるけど
家ではそんなことないと思う。
特にお母さんは心を痛めたこともあると思います。
今オレはそれに対してなにもできなくてごめんね。
今日先生と話をして、一生懸命メモを取るお父さんの姿に正直すごく救われました。
ホントにありがとう。
でもオレは今、とても安らかな気持ちでいるのです。
そう思えるのは○○がいてくれるから。
いつも見てて分かると思うけど、オレ、本当にいい子を見つけたでしょう?
あれから2人で話をして、これからどうするかはもう決めました。
明日みんなと一緒にそれを再確認して
次のステージへ進んでいこうと思います。
オレは、お父さんとお母さんの息子として生まれたことを
本当に嬉しく、誇りに思っています。
本当にありがとう。
ーーーーーーーーーーーー
こんな感じ。
「次のステージ」とか言って、
「透析を受け入れる」と明言はしないところが作家っぽいな。
お楽しみは翌日じゃ。
書いている時、泣かせようと思って書いてるオレがなぜか泣いてた笑
なんか涙が溢れてきた。
どういう涙なんかなこれは。
別に自分の境遇を憂いたわけでもないし、
両親に申し訳なく思い詰めたわけでもない。
なんか分からないが、それほど悪い涙ではないんだなと思った。
オレは入院してから、涙もろくなった。
朝6時に起床するというローテーションは、
もはやオレにとって普通のことになってきた。
夜も普通に寝付けるようになってきたしね。
朝早起きするのはなかなか気持ちいいもんだ。
歩けないオレは、オレ専用に車椅子をゲットすることに成功した。
毎朝起きて顔を洗って、ロビーへ車椅子を転がす。
晴れていればそこから富士山が見える。
こないだまで昼まで寝てて、起きてもしょぼしょぼしてたオレが、
朝6時に起きて元気に富士山眺めてる。
まったくどっちが病人なんだかな。
身体がなまらないように、空いてる時間は車椅子でフロアをぐるぐる回った。
同じように、フロアを散歩してる患者がけっこういた。
入院する前、オレは気持ち悪くてベッドから起き上がることさえできなかった。
今はまだ車椅子だけど、オレは自由に動ける。
オレは着実に快復している。
カテーテルからの透析ももう安定したし、透析を受け入れてしまった以上、
もう心配事というのは無い。
あとはただ治せばいいんだ。
そう言えばシャント手術と言っていたけど、
オレは入院してしばらくこの「シャント」というものが
どういうものなのか分からなかった。
透析をしやすくするために、と聞いていたから、
なんか小さい蛇口的なものを腕に埋設するのかと思ってたけど、違う。
これは静脈に動脈をつなげて、いわば静動脈にする手術。
そうすることで、深く刺すことなく多量の血液を取り出すことができる。
簡単な手術らしいが、手術であることに変わりない。
メスで切って、中身をいじくるんだ。
しかも局部麻酔だから、状況が分かっている。
「あの女医じゃなければいいなあ…」
オレの心配事はもはやその一点に集中していた!
あいつは!
いやだっっっっっ!!!
この頃になると、自分の回りのことをいろいろと観察する余裕が出てくる。
透析ルームにいる時も、あれこれ見たり、
看護士さんたちとフランクに話もできるようになった。
毎回のオレの挨拶も、日に日に声が元気に大きくなってくる。
やはり状況が分かってくると安心できるもんだ。
ラジオを持ち込んで、いつもFM横浜を聞いてた。
「藤田くんの街レポート」が好きでした笑
毎回3時間なので、ラジオがあってもいい加減飽きるんだけどね。
寝ようと思ったけどあんまり寝られなかったな。
ちなみに今は透析中普通に爆睡してます。
透析の用意が遅れたりして開始がずれると、
昼ご飯の時間になっても透析が終わらない。
そうなるとメシが冷めて悲しいので、いつも9時に始まらないとヤキモキしてた。
そうやって色々なことに慣れてきたオレだが、ダメなこともあった。
飲水量の制限。
これはキツかった。
オレは元来飲むのが好きなタチで、1日に何杯も飲んでたから、
それが自由にできないのはなかなか厳しかった。
1日の飲水量は700ml。
普通のコップに少なめに5杯ぐらいかな。
同室の人の中には飲水制限が無い人もいて、
自由にお茶飲んでるのを見たりすると非常にブルーだった。
退院すれば無くなると思ってた飲水制限だが、どうもこのまま一生らしい。
それは、困るワネ…。
あと面倒なのは尿量の計測。
どうも、これも退院後もやらにゃならないらしい。
そんなんどうやってすんのよ。
まあそういうことにドキドキしながら、日がな1日クロスワードをやって過ごし、
後は見舞いがくるのを待つ。
オレの1日はそういう感じだ。
オレの部屋には毎日誰かが面会にいて、面会時間ギリギリまでいて、
いつも笑いがあった。
多分同室の連中は羨ましかっただろう!
次の日の面会時間。
両親、弟がそろった中で、オレは恋人と一緒に「透析を受ける」旨を伝えた。
オヤジ達はもう最初からこうなることは一応覚悟していたようだった。
あとは先生にそれを伝えたうえで、いつ例のシャント手術をするのか決める。
それが決まれば必然的に退院が見えてくるのだ。
問題は手術を誰がするのか、だが…
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
つづく