今日の透析ちゃん 2
今日はクリニックの院長先生がいなかったので、穿刺が知らない先生だった。
穿刺というのは針を刺す事なのだが、相性が悪いとマジで刺さりにくいし、
なにより痛い。
今日は痛くありませんでした。もう血管が太くなってきたからね。
まあそれはまた後の方で書くことにする。
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12月
相変わらず調子は戻らない。
以前は、食欲が無い/気持ち悪い等々の症状は、太田胃散を飲んだら一発だったのだが。
何回飲んでも良くならない。
そのうち、あることに気付いた。
階段をのぼっただけで息切れがする。
普通の、駅の階段をのぼっただけで息切れ?
「まあ最近食ってないからな…いやいや、これはむしろ日頃の運動不足が原因じゃないだろうか!」
そう新たな説を打ち立てたオレは、試しに次のデートの際に駅まで無理して早歩きで歩き、電車でも一切座らなかった。
死ぬかと思った。
ウェストは減る一方だった。
毎晩、「ストレス 吐き気」で検索をかけてみる。
このワードで検索すれば確かに、「ストレスによる吐き気の症状」が出てくるわけで、
それを逆説的に自分の症状に当てはめては無理矢理安心していた。
一向に食事は取れるようにならない。
一回の食事の量は以前の半分以下に減っていた。
そんなオレを見て母が「なんか別の病気なんじゃないの?」とつぶやく。
嫌味でもなんでもない、単に心配したから出たセリフなんだけど、
その時のオレにはものすごい嫌味に聞こえた。
「オレはなんとか良くなろうと頑張って、仕事も一生懸命やってるのに、
自分は健康だと思って勝手なこと言って!」
そうしてオレはまた部屋にこもって、ひとり仕事をするのだった。
12月分の原稿と、次回分のネームを打ち合わせるため、少年画報社まで行く。
オレの顔を一目みて、担当は驚いた。
「岸さん、なんか黄疸が出てますよ!もしかして肝臓が悪いんじゃないですか?」
「は?」
またか。お前までオレにそんなことを言うのか…っ!
医者でもねーのに適当なこと言いやがって!
どいつもこいつもオレの気持ちなんて分かってない!
『オレの気持ち』ってなんだっつーのな。
「はははー」と笑ってごまかしつつも、編集の言葉が引っかかる。
黄疸ってなんだ?
帰宅して鏡を見て、オレは硬直する。
これは一体いつからこうなっていたのだ?
顔一面に、そばかすのようなシミが出来ていた。
腕にも身体にも、あちこちに出ている。
黄疸どころかまた新たな症状ではないかっ。
いつからか、オレは鏡で自分を見るのがイヤになっていた。
逃げるように脱衣して風呂に入る。
でも、湯船に使ったオレの身体は明らかにやせ細っている。
風呂の椅子に座ると尻のあたりの骨が痛い。
尻まで痩せた!
オレはまさに病人だった。
なんとか12月分の入稿を終え、年末を迎える。
一向に一向に一向に状態は改善しない。
気持ち悪くて、恋人が作ってくれたクリスマスケーキも食べられなかった。
吐きそうになりながら2~3口食べて、あやまった。
「ごめん、これはお前のケーキがマズいというわけではないのだ…」
最初の症状から数ヶ月、思い返すと彼女とはもうずいぶんまともに食事をしていない。オレが食えないからだ。
彼女よりずっと少ない量を、彼女よりずっとノロノロ食うのだ。
効いてもいない漢方をありがたく飲んで、見えもしない明日にすがっていた。
暮れも押し迫ったある日、恋人といつものように出かける。
そこでオレは異常な寒気に襲われた。
寒い、とにかく震えるほどに寒い。
確かに年末の寒い時期ではあるけど、それをさっ引いても寒い。
彼女もそれに気付いていた。つないだ手が恐ろしく冷たかったらしい。
「ねえ。風邪、なんじゃない?」
その、彼女の言葉にオレは寒気と吐き気を背負いながらも色めき立った。
風邪!ああ、そうか風邪だ!
よく考えれば最初は風邪の症状だったじゃないか!
きっとあの時風邪の菌が腹に入ったんだ。
それで全て繋がるじゃないかーーーーーー!!!
そしてオレはユンケルを飲んで寝た。風邪にはユンケルっしょ。
But、
症状は収まるわっきゃないのであった。
治らない。気持ち悪い。全然だめだ。
そんな流れで年末。
おいおい、マジかよ、風邪治んないまま年末になっちゃったよ!
この辺りになると、オレは起きていることさえ辛くなっていた。
立っていたり座っていると、それだけで吐き気が来る。
胃の中にモノがあろうとなかろうと、猛烈な吐き気が来た。
食事に階下へ降りる以外、オレはベッドから出られなくなっていた。
「どうすんだこれ…来月の『i.d.』描けねーよ…」
先が見えない。絶望的だ何もかも。
そして大晦日。楽しみにしていたはずの「モリマン対山崎」も全く楽しめない。
世界は大晦日なのに、オレの部屋だけ時が止まってしまったようだ。
オレはモリマンにシバかれる山ちゃんを見ながら、必死に吐き気と戦っていた。
吐き気が上がってくると、深呼吸して脳内で歌を歌った。ドレミの歌とか、そういうの。
今日はなんか、吐き気のサイクルが早い。
それでもなんとか、山ちゃんの姿に苦しみをごまかそうとした。
大晦日なのにそんな、病気だなんだとか思いたくない。
オレは大丈夫、ただの風邪なんだ…。
たしか、2~3時間の間に6回ぐらい吐いた後だったと思う。
吐き気が5分おきぐらいに来るようになった。
きつい。尋常ではない。
吐き気を押さえたくて水を飲む。
火照った食道を冷たい水が落ちていくのが分かる。
と、胃に水が到達した途端に猛烈な吐き気がわき上がる。
まだ体温で暖まってもいない水が再び食道を駆け上がる。
火照った食道を水が逆流するのが分かる。
これを繰り返したらさすがにオレは持たないです旦那様!
まるで内蔵そのものが出てきてしまいそうだ。
水で吐くって、おかしいだろこれ!
下の階でゆく年来る年を見ていた親父に、オレは吐き気を押さえて言った。
「病院に行きたい」
10月から我慢し続けた末の、敗北宣言だった。
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つづく