森下と山伏と日高は、
食い入るようにパソコンを凝視していた。

マヌエル:俺はこの1ヶ月の間ずっと、
 世界の株式市場を見つめ続けた。朝から朝まで。
オリバー:朝から朝まで?
マヌエル:そうだよ、朝9時に日本の東証が始まり、
 少し遅れて日中にはアジア各国の市場があり、
 夕方からはヨーロッパ各国の市場があって、
 夜中から明け方まではアメリカのダウがある。
オリバー:ふむ。
マヌエル:朝から朝まで携帯やPCでそれらを、
 俺はひたすら毎日じっと眺めていた。
オリバー:毎日か。

マヌエル:日付が変わって最初に開く市場は日本だ。
 そして東から西に向かって地球を一巡していく。
 最後にアメリカの市場でこの星の一日が終わるんだ。
オリバー:うむ、地球は丸い。
マヌエル:この1ヶ月間、世界同時株安は、
 W字型の底を形成して上昇に転じていった。
 下がって上がって下がって上がって。
 底が二回あって、その後株価は上昇局面に戻った。
 だからW字型の底という訳だ。
オリバー:よく上がったな。

マヌエル:崩落から上昇に転じた反転のタイミングは、
 二回とも、なんと日本市場が発端だった。
オリバー:日本?
マヌエル:そう、日本発の世界同時株高が、
 世界を恐慌の入り口からサルベージしていった。
オリバー:日本発か!
マヌエル:俺はこの目でその様子を見ていた。
 上海が下がり欧州が下がりニューヨーク・ダウが下がり、
 そして日本の東証も同じように下がる。
 そんな24時間がしばらく続いていたのだが、
 ある朝なぜか、日本の東証が突然上昇に反転した。
オリバー:!!

マヌエル:感動的だった。
 日本の株価が上昇へと反転したまさにその日、
 上海やインド、そして欧州各国も軒並み上がり、
 その夜のニューヨーク・ダウも上昇に転じた。
オリバー:ふむぅ。
マヌエル:そのような日本発の上昇反転が二回生じた後、
 世界の株式市場はジワジワと上がり続けるようになった。
オリバー:そうだったのか。

マヌエル:なぜ上がったんだろうな?
オリバー:え? 市場がなぜ上がったかって?
マヌエル:そうだ。
オリバー:売り方の主力は確かファンドだったんだよな。
マヌエル:その通り。
オリバー:つまり、この度の世界同時株安は、
 彼らが仕掛けたものだったってことなんだろう?
マヌエル:多分ね。
オリバー:なら、今回はリハーサルだったんじゃないのか?
マヌエル:リハーサル?
オリバー:ああ、俺はそう思うね。
 近い将来、本格的な世界恐慌を意図的に起こすために、
 今回は予行練習をしてみたんだよ、きっとな。

マヌエル:なるほど、リハーサルか。
 だとすると、世界市場を一気に崩落させる練習をして、
 しっかり成果が出たんで、もう終わりにしたと?
オリバー:そうだ。
マヌエル:つまり崩落時の売り方の主役だった巨大資本が、
 上昇反転時の買い方の主役でもあるということか?
オリバー:うん。
マヌエル:例えば巨大資本の気持ちを代弁するなら、
 よし! リハーサルは大成功だ! 今回はこれで終了!
 それじゃ今からは買うぞ! 買いまくりだ!
 という感じになるのか?
オリバー:そういうことだろ。
マヌエル:それがな、現実は違うんだ。
オリバー:え?

マヌエル:日本の東証からは日々、
 外資の売り買いについて細かい数字が出されている。
オリバー:ほう。
マヌエル:そして今週、東証は今月の流れについて、
 極めて興味深い公表を行った。
オリバー:どんな公表だよ。
マヌエル:2月28日から3月下旬まで、
 日本の東証における売り方のメインは機関投資家、
 買い方のメインは個人投資家、とのことだ。
 かつ現在もまだ、この傾向は変わらないそうだ。
オリバー:あ?

マヌエル:機関投資家とは、国内と国外とがあるが、
 国外ファンドつまり外資の方が規模は大きいはずだ。
オリバー:ん~。
マヌエル:結果からいうならば、
 外資の勢力は徹頭徹尾、売り方なのであって、
 日本発の上昇反転を主導したのは決して彼らではない。
 その主導は、多くの個人投資家たちによるものだ。
オリバー:個人だと?
マヌエル:東証の公表によればそうなる。
オリバー:ちょっと信じられない。

マヌエル:わかる、にわかには信じがたいことだ。
 世界同時株安の最中、日本発の株価上昇を生んだのが、
 なんと、個人投資家たちによるものだったなんて。
 これまで世界市場を自在に操ってきた巨大資本に対抗し、
 彼らに打ち勝って株価を崩落から守ったのが、
 外資から単なるカモと見られていた個人だったなどと、
 どうしてそんなことを簡単に信じられるだろうか。
オリバー:ありえない。
マヌエル:同感だ。
オリバー:個人の寄せ集めが外資に勝つなんて...
 そんなこと、絶対にありえないよ。

 

 

 

灰野「......」
弓沢「......」

沈黙する灰野と弓沢。
元々、無駄口を叩くような間柄ではないが。

灰野「......」
弓沢「......」

やがて灰野が口火を切る。

灰野「覚醒降下、試してみるよ」
弓沢「?」

弓沢は狐につままれたような面持ちだ。

灰野「......」
弓沢「......」

再び静けさが戻った。
が、直に弓沢がシビレを切らした。

弓沢「覚醒降下?」
灰野「うん」
弓沢「初耳だぞ、それは」
灰野「へぇ~、知らないんだ?」
弓沢「おぅ、まあな」
灰野「......」

灰野は弓沢に軽くレクチャーした。
弓沢は少しバツが悪そうに耳を傾けた。

弓沢「意識を覚醒したままの降下?」
灰野「......」
弓沢「操作能力はむしろ向上するだぁ?」
灰野「......」
弓沢「情報認識精度をいかに確保するかが問題?」
灰野「......」

弓沢は問いを発した。

弓沢「そんなん、うまくやれんのか?」
灰野「......」

灰野は、
まるで自分に言い聞かせるかのように答えた。

灰野「やるしかないよ」
弓沢「......」

 

 

 

灰野「......」
弓沢「......」

灰野の様子が少し変化した。
弓沢は灰野をじっと観察している。

灰野「......」
弓沢「......」

灰野にとって弓沢はもう意識の外にある。
一見すると灰野は、
自分の世界に没入しているかのようだ。

しばらくして、
ブツブツと意味不明な言葉を、灰野は発語した。

灰野「あなたがまるで」
弓沢「......」
灰野「そこにいるようです」
弓沢「......」
灰野「想うだけでそこに」
弓沢「......」
灰野「そうですそこに」
弓沢「......」
灰野「私の目の前にあなたが」
弓沢「......」

弓沢はやがて気付いた。

弓沢「あ、これは...」
灰野「......」

ふとアイデアの浮かんだ弓沢は、
おもむろに自らのカゲに指示を出した。

弓沢「おい、あのな、灰野のセリフをだな」
カゲ「......」
弓沢「モニターで文字にして見せてくれ」
カゲ「......」

薄型大画面モニターに、
灰野が口にした言葉の数々が表された。

弓沢「んん、こいつぁ...」
灰野「......」
弓沢「なんだか詩のようだな」
灰野「......」

あなたがまるで
そこにいるようです
想うだけでそこに
そうですそこに
私の目の前にあなたが

だってこんなに会いたいのに私は
それでもきっと私は会うのです
あなたに

だってきっと
こんなにも抱き締めたいのに私は
だからいつか私は必ず抱くでしょう
あなたを

弓沢「あなた?」
灰野「......」
弓沢「ジーノのことか」
灰野「......」
弓沢「こんなに会いたいのに?」
灰野「......」
弓沢「ジーノにはまだ接近できてないな」
灰野「......」

あなたはまるで
拒むかのようです
壁の中でそこに
そうですそこに
私の目の前のあなたが

だってこれほど触れたいのに私は
それでもきっと私は会うのです
あなたに

だってきっと
こんなにも溶け合いたいのに私は
だからいつか私は必ず抱くでしょう
あなたを

弓沢「壁?」
灰野「......」
弓沢「ジーノのディフェンスか」
灰野「......」
弓沢「灰野! なんとか防御網を突破しろ!」
灰野「......」
弓沢「ブチ破るんだ!」
灰野「......」

あなたをまるで
捕まえたようです
二人だけでここに
そうですここに
私と目の前のあなたと

だって本当に欲しかったから私は
ようやくやっと私は会いました
あなたに

だってきっと
こんなにも狂おしかったから私は
いつまでもずっと私は抱いているでしょう
あなたを

弓沢「破ったか?」
灰野「......」
弓沢「突破したのか?」
灰野「......」
弓沢「いいぞ! そのまま行け!」
灰野「......」
 

 

 

ひとりで目覚めるとそこは
別の時間でした
私のものでもない
あなたのものでもない
ひっそりとした孤独の時間

ひとりで食事するその時
暗闇の世界でした
私が泣くでもなく
あなたを呼ぶでもなく
さめざめとした苦痛の暗がり

あなたを信じた私を
あなたは裏切ってくれました
死んでほしいなんて絶対にいえない
口が裂けても私にはいえない
でも思うくらいなら多分いいよね

弓沢「ん?」
灰野「......」
弓沢「ジーノの奴...」
灰野「......」
弓沢「かつて、信じてくれてた近しい相手を...」
灰野「......」
弓沢「こっぴどく裏切った過去があるな」
灰野「......」

天地を動かす大きな何かに
お祈りをしました
あなたが裏切られますように
誰かに裏切られますように
ささやかな私からの祈念

夜空にきらめく流れ星に
お願いをしました
いつの日か裏切られますように
どこかで裏切られますように
秘めやかなあなたへの呪縛

あなたを信じた私を
あなたは裏切ってくれました
死んでほしいなんて絶対にいえない
口が裂けても私にはいえない
でも思うくらいなら多分いいよね

弓沢「因果を結んだのか?」
灰野「......」
弓沢「過去の行いの報いとして...」
灰野「......」
弓沢「これからの近い将来...」
灰野「......」
弓沢「信じてた相手にジーノが裏切られるという...」
灰野「......」
弓沢「必然的な未来を確定予約したんだな?」
灰野「......」
弓沢「そうなんだろ?」
灰野「......」

 

 

 

モルグ「......」
ジェイ「......」

モルグの自室に二人はいた。

モルグ「......」
ジェイ「......」

モルグは窓際に立っていた。
窓の外を眺めている。

モルグ「......」
ジェイ「......」

モルグは感情を無理やり封じ込んでいるかのような、
少し殺気立った顔をしていた。

モルグ「......」
ジェイ「......」

ジェイはモルグからやや離れた所に、
やはり窓の外を遠目にしながら立っていた。

モルグが沈黙を破った。

モルグ「ジェイ、いまから...」
ジェイ「......」
モルグ「オズマに連絡を取れ」
ジェイ「......」

ジェイは後姿のまま微動だにしないモルグを、
神妙に見つめた。

モルグ「私の合図ひとつで...」
ジェイ「......」
モルグ「いつでも開始できるように...」
ジェイ「......」
モルグ「スタンバイしておけと」
ジェイ「......」
モルグ「オズマに伝えろ」
ジェイ「......」

 

 

 

森下と山伏は、
日高に尻を叩かれて店を出ていった。
彼女に頼まれた仕事をするために。

その後、店内に残った日高は、
ひとりで森下のパソコンを覗いていた。

マヌエル:俺は世界の株価の動向を観察しつつ、
 同時にある掲示板もロムっていた。
オリバー:掲示板?
マヌエル:ああ、巨大な匿名掲示板の中の、
 日本の個人投資家たちが集まっていた所なんだが、
 そこで俺は目を見張るような思いをしたんだ。
オリバー:何を見たんだよ。

マヌエル:俺はそこで、熱い生の声を聞いた。
オリバー:生の声?
マヌエル:本来なら利益最優先で株取引しているはずの、
 その投資家たちの、利益を度外視したかのような、
 心情の発露の数々を生々しくリアルタイムで、
 俺は見てしまった。
オリバー:だから何を見たんだ!

マヌエル:彼らはこういっていた、
 この国を守る、自分たちが防波堤になってみせる、
 自分たちの国を、株の買い方に徹することで守ると。
オリバー:守る?
マヌエル:この国の株をいま売り崩している連中に、
 そう簡単にこの国を乗っ取られるようなマネはさせない、
 そのために自国の株を買い守ってみせると。
オリバー:個人投資家たちがか?

マヌエル:そうだよ、大手の機関投資家からは、
 取るに足らない烏合の衆のように思われていたはずの、
 個人投資家たちが、口々に力強く決意していた。
オリバー:この国を守る...か。
マヌエル:俺は魂が震えるような気持ちがした。
 俺には彼らが、神々しい宝石のように感じられた。
オリバー:う~む。

マヌエル:俺は自分の心の中で祈った。
 俺には祈るくらいしかできることがなかった。
オリバー:祈ったのか。
マヌエル:彼らが事故に合わないように、
 彼らが病気にならず健康を維持できるように、
 彼らの家族や恋人や友人たちに不幸が生じないように、
 俺は強く祈った。
オリバー:彼らの無事を...だな。
マヌエル:そして声を出さずに叫んだ。
 がんばれ! 負けるな! と。
オリバー:ふむ。

日高の近くに女性が近付いた。
月本だった。

月本「久しぶりね」
日高「あら、どうしたの?」

二人とも懐かしそうだったが、
その反面、互いに胡散臭そうでもあった。

月本「急いでるからハッキリいうね」
日高「......」
月本「いますぐ絵上の居場所を教えて」
日高「......」

 

 

 

灰野は正気に返ったような、
さっぱりとした面持ちに返った。
あたかも別世界への旅行から戻ったかのように。

そして、弓沢と目が合った。
灰野と弓沢はようやく会話ができる状態になった。

灰野「艦長...」
弓沢「灰野、よく帰ってきたな」

意外にも、
弓沢は陽気に騒ぎ出した。

弓沢「灰野ぉ! あのな、ちょっと聞け」
灰野「......」
弓沢「俺は正直いってお前のことが気に食わなかった」
灰野「......」
弓沢「最初に会った時からな」
灰野「......」

弓沢は身振り手振りで熱弁をしている。
灰野は黙って聞いていた。

弓沢「とにかく生意気だし、可愛くねぇし...」
灰野「......」
弓沢「いけすかないし、キザ野郎だし...」
灰野「......」
弓沢「腹が立つようなイケメンだし...」
灰野「......」

灰野はクスクスと笑みを零した。

弓沢「だがな、灰野、これだけはよく聞け」
灰野「......」
弓沢「今回のお前はな...」
灰野「......」
弓沢「よくやった」
灰野「......」
弓沢「難敵ジーノに因果を掛けるなんて...」
灰野「......」
弓沢「そうそう誰にでもできることじゃねぇ」
灰野「......」
弓沢「これはこの俺でも認めざるを得ない」
灰野「......」

ここで弓沢は一呼吸置いた。

灰野「艦長が感動してるってことはよくわかったよ」
弓沢「......」
灰野「でも喜ぶのは、まだ早いな」
弓沢「......」
灰野「確定予約した未来が実現して初めて...」
弓沢「......」
灰野「成功ってことだからね」
弓沢「......」

灰野は冷静に言い放った。

弓沢「ひとつ確認しておきたい」
灰野「......」
弓沢「結んだ因果の発現条件は何だ?」
灰野「......」
弓沢「いったい何がどうなればジーノの野郎に...」
灰野「......」
弓沢「しっぺ返しが起こるんだ?」
灰野「......」

弓沢は興味津々の様子だ。
灰野はあっさりと種明かしを始める。

灰野「心的動揺」
弓沢「ん?」
灰野「心的動揺だよ、あるレベル以上の強さの」
弓沢「ん~?」
灰野「ジーノがこの先のいつの日か...」
弓沢「......」
灰野「何かをきっかけに心が大きく動揺した時から...」
弓沢「......」
灰野「結ばれた因果の発現が始まる」
弓沢「......」

 

 

 

ジーノの携帯電話に、
ティーノから連絡が入った。

ティーノ「あのね♪」
ジーノ「どうした?」
ティーノ「見つけた♪」
ジーノ「え?」

ティーノはおそらくは携帯を片手に、
ウキウキと踊っていると思われた。

ティーノ「絵上を見つけた♪」
ジーノ「よし!」
ティーノ「たった一人でいるんだけど...」
ジーノ「......」
ティーノ「なんか、すごく弱そうな奴だよ♪」
ジーノ「......」
ティーノ「私だけできっと大丈夫だよ♪」
ジーノ「おい、ちょっと待て!」
ティーノ「じゃあね♪」
ジーノ「待て! 俺が行くまで待て!」

ティーノからの電話は切れた。
ジーノは携帯をずっと握り締めていた。

 

 

 

絵上はクラブのバーカウンターにいた。
立ちながらカクテルを飲んでいる。

語尾の下がるクラブではなく
いわゆる、語尾の上がるクラブである。

タバコを吸いながら立ち飲みをしている絵上の、
そのすぐ真後ろに、
ティーノがゆっくりと歩いて近寄ってきた。

ティーノは絵上を後ろから見つめている。
絵上はバーカウンターにやや前のめりに寄りかかって、
ちびちびとマイペースで飲んでいる。

ティーノは、
妙に絵上に話しかけたくなった。特に理由もなく。
そしてやや経ってから、
真後ろという絶好の位置取りを捨てて、
絵上のすぐ隣の空いたスペースに移った。

二人は、バーカウンターで、
すぐ隣り合わせに立って並んだ。

ティーノの方から絵上に声を掛けた。
自慢のブロンドの長髪をなびかせながら。

ティーノ「この店、よく来るの?」
絵上「......」

絵上は少し驚いたような顔をして、
すぐ隣にやってきたティーノの顔を見つめ返した。

絵上「えっと、いや、たまに来るだけだよ」
ティーノ「ふ~ん♪」
絵上「今夜も久しぶりに来たんだ」
ティーノ「へ~♪」
絵上「......」

ティーノは急に得意げな顔になった。

ティーノ「あはは♪」
絵上「......」
ティーノ「あのさ♪」
絵上「?」
ティーノ「すごくスキだらけだよね?」
絵上「ん?」
ティーノ「こんなに簡単に誰でも近づけるの?」
絵上「え? え?」
ティーノ「あはははは♪」
絵上「ちょっと待って、一体何のこと?」
ティーノ「あははははははは♪」
絵上「?」

絵上は困惑しながらも話を進めた。

絵上「あ、そうだ、名前教えてよ」
ティナ「私はね、ティナ」
絵上「ティナか、いい名前だね」
ティナ「ありがと」
絵上「俺はね、絵上」
ティナ「絵上さん?」
絵上「その黒い髪、すごくキレイ」
ティナ「そお? ホントに?」
絵上「うん、似合ってるよ、黒い髪」
ティナ「うふふ」

ティナは艶やかな黒い短髪を、
ふわっと揺らせて見せた。

絵上「若いね~、ハタチくらいかな?」
ティナ「もっと上、23」
絵上「たいして変わらないよ」
ティナ「あなた、いくつ?」
絵上「いくつに見える?」
ティナ「え~、いくつかな?」

ティナは楽しそうに微笑んだ。

クラブの店内は多くの遊び人で賑わっていた。
楽しそうな男女がいて、飲んで踊って騒いで誘い合って、
そして止むこともなく音楽が響いていた。

 

 

 

ジーノ「ティナ...」

直立不動でジーノは呟いていた。

ジーノ「あの...バカ女...」

携帯を握ったままのジーノを、
薄型大画面スクリーンで灰野と弓沢が観察していた。

弓沢「どうだ?」
灰野「......」
弓沢「いまのはどうだ?」
灰野「......」

灰野は俯きながら、少し間を置いて答えた。

灰野「うん」
弓沢「......」
灰野「多分オッケー」
弓沢「......」
灰野「多分ね」
弓沢「......」
灰野「しばらく経ったら因果が発効するはず」
弓沢「......」

モニターの中のジーノはまだ動かない。

弓沢「鉄壁だったジーノに対して...」
灰野「......」
弓沢「ようやく突破口が開かれることになるな」
灰野「......」
弓沢「あとの仕事は虹田レベルの刺客がやるだろう」

弓沢は溜息をついて安堵した。

弓沢「しかし、ティナって女...」
灰野「......」
弓沢「豪快に突っ込んでいったな」
灰野「......」

灰野はまだスクリーンをじっと眺めている。
そしてふいに、
思い出したかのように弓沢に言葉を飛ばした。

灰野「艦長、あんたいつまで海賊やってんだ?」
弓沢「ああ?」
灰野「このまま海賊でいいのか?」
弓沢「うるせぇぞ、余計なお世話だ」

弓沢は苦笑した。

弓沢「風の向くまま気の向くまま...」
灰野「......」
弓沢「俺には、この方が性に合ってる」
灰野「......」

スクリーンの中のジーノはまだ呆然と立ち尽くしている。

弓沢「おめぇ、次の仕事はもう決まってんのか?」
灰野「さあ」
弓沢「酷使されてやがんなぁ」
灰野「どうだろな」

灰野は惚けてみせた。

灰野「暇にしてるよりもいいよ」
弓沢「......」
灰野「きっとね」
弓沢「......」

広く暗い空間に、
灰野と弓沢の二人はいた。

薄く仄かな明かりが灯っているマンションの一室で、
二人はそれぞれ、ソファーに座っていた。