THOUSAND WINDS -202ページ目

無鹿

今日は分散礼拝の日。
ご近所の教会さんから、中の信者さん、
あちこち市内の同教派の教会へ
分かれて礼拝しに行って、
元の教会はがらんとしてた、
でも十数人はいたか。
夏のキャンプじゃ、キャンプ地に司祭さんまで赴き、
教会無政府状態、
信徒の代表の方と、サーバーの私で
気楽に司祭不在の礼拝をやってのけた。
またやりましょうねと言っていたのに、
今回は司祭さまご在宅につき。

そんなひっそりした中で歌った聖歌、どこかで聞いた事あるなと思ったら、
かつてTVで歴史物番組やってて、大友宗麟と言うクリスチャン大名の話で、
南蛮渡来の外国人の宣教師らによる、
音楽の演奏の中で聞こえて来た曲、私がかなり好きな曲を
思う存分熱唱して来た。
大友宗麟が地上の神の国を作ろうと領地の中に設けた地名
無鹿
あて字としてはうまいことやってると思った。
遠藤周作の小説でそんなのがあるが、
今はそんな地名は残ってもいないらしい。
すへてはうたかたの夢。
もし仮にあのままキリシタンが承認され、
時代を先取りした神の国、
無鹿が現代に残っていたら、
どんな町になっていたか

笛の神様は透明な笛に下り

そう言った物がいるのかは不明。
ごく普通の銀メッキのフルートを自室で吹いていても
そうは思わないけど、
毎度しつこく登場させてる、
ご近所の教会さんの小礼拝堂の中で、
勝手に吹きまくってると
あっ、
笛の神様がいるみたいな
現存感を覚える事がある。
ことにクリスタルガラス製のピッコロ、
あれ半音低い為に合奏に向かないが、
最近思い出したように注目して
このもろい笛の音を鑑賞している。
ものものしいボタンなどレバーなどの付いた、
近代フルートならちゃんと鳴るのも分かるのだが、
この手に持てばポキッて折れそうな
はかない透明な笛がメロディをかなでる所が
神秘的すぎて、この笛の音が
恐らくは他のどんな素材でも
出す事の出来ないような
幽玄な美みたいな音で
吹ける曲は限られるものの、
これ買ってよかったみたいな
ちゃんと吹けた日には自室でも
神が舞い降りたような気になる

ガーディアン

これまでの新記録
本屋でこのタイトルの小説を見つけ、
最初の半ページ読んだ時点で
全泣き。
何気に涙もろい私
ついでに思い出し泣きした。
どこかおかしいのだろうか。
おかしいとしたら全部なんだが。
主人公の少女
幼い頃に唯一の肉親の父が
余命いくばくもない
末期ガンにかかってしまい
最初のページの半分が
父親の告白。
それ読んだだけで全泣きした。
最後のとこ、いつまでもお前の事、見守っているよ。
実際彼女が大きくなってからのシーン、
彼女が危険に見回れた時に
超常的な力が働いて、敵が撃退される。
彼女にしてもすっかり慣れっこで、隣の虚空に向かって、
「お父さん、ひどいじゃないの」とか言ってる。
子供の頃死に別れた、父の現存かあまりに露骨に描かれている。
死んだ後肉親の霊などは、
その子供の守護霊みたいなものに、
本当になれるものなのかは知らない。
ここまで面倒見のいいと言うか、
子煩悩な守護霊化したお父さんと言うのも、
どことなくほのぼのとしてて、いい。
この小説最初の1ページ読んだだけで、買う事もなく
ついさっきまで忘れていた。
そう言えば確か他のでも全泣きしたよなと、
自慢のUSBメモリ並みの記憶容量の、てめえの海馬を探って
キーワードだけ拾って来て
ようやくぐぐって本を見つけて来た次第。

鉄コミュニケーションの小説版をかつて読んで

ハルカだったと思う。
人類最後の生き残り。
周りはロボットたちだけ。
その中にハルカそっくりに作られたロボットもいた。
2巻目から読んだから、いきさつは知らない。
ICUみたいな集中治療室にいる。
前の話で事故に遭ったらしい。
ロボットたちの懸命な救命作業が続く。
人の最後の生き残り、
死なせるわけにはいかない。
何ページかそんな看護のシーンが続き、
いきなり回復して元気になったハルカの姿が描かれている。
何事もなかったかのようにお話は続けられる。
ただハルカのベッドの横に貼られた、
ロボットたちが書き残したメモ
「私たちを作られた、人を創られた神様、
願いを叶えて下さり、感謝致します」
この最初から数ページ読んだ時点で、全泣きした。
今も思い出し泣きした。
何となく涙もろい私。
本屋で立ち読みした本で、全泣きする事もしばしば。
でもってこの物語がなぜ思い出し泣き出来るのか、
考えても良く分からない。
人工知能も信仰を持つ事が出来るのか。
直接の作り主は人間でも、人を崇めるでなく、
人を創造された神を崇めたりするだろうか。
人並みか人以上の知能を持つ機械は、
果たして神を認識出来るだろうか。
人のような死の無い機械が神を信仰するだろうか。
個人的な感想、人工知能(AI)は人よりも霊に近い。
プログラムは目には見えないけど、確かに在るものである。
人工知能におけるプログラムのように、
人の体にプネウマ(霊)が宿ってると考えられないだろうか。
つまりコンピュータウィルスみたいに、
汚れた霊による霊障もあるのではないかと。

ルキアにこだわる私

古代イベリア半島で土着信仰で、太陽の女神として崇められた「ルキア」、
詩のぐるっぽの方で書いていたら何かこだわりが出来てしまった。
後に「ルシファー」に転じてしまう名前ではあるが。
狼と香辛料、このライトノベルも途中で読んでいない、
どこか中世のヨーロッパで、
日本のお稲荷さんのキツネみたいに
豊穣の神として崇められた
オオカミ。
キリスト教が蹂躙する前に崇拝されていた土着の神さまは
ごくわずかが聖者として扱われ、ほとんどは邪教の悪魔とされた。
そう言った物がいるのかどうかはともかく、
キリスト教もその土地なりに普及を目的とするために
土着の神々や風習を取り入れたりしてきた歴史がある。
日本のキリシタンにしろ、現代日本のキリスト教とは似ても似つかない、
まして三位一体と言う、とても中心的な教えが、
キリシタンの神学に抜け落ちている。
日本では八百万の神とか言って、
土着の神さまが生きづいているが、
あのルキア、もし実在する精霊だったら
せめて日本にでも渡って来て、
あの弁天さんみたいな女神として崇められたらどんなもんだろうか。
精霊たるものが
神呼ばわりを受けて
心地よく応じるかは別の話だけど、
おっと。