THOUSAND WINDS -149ページ目

また始めるか

ある男の話
とある不幸な事故によって
中途半端な死に方をして
ただ今幽霊中
いつまでそんな中途半端な状態で
いるのか分からなくて
もう一度ちゃんと死ねるのやら
人に聞きたいけどもう後の祭り
もはや誰の目にも止まる事はない
誰からも見えなくなってしまったのか
この男ちょっとだけ物理に関心があって
そう言えば確かニュートリノって
よく似た物質あったっけなと
急遽その空気より軽い幽体引きずって
富山はスーパーカミオカンデへ
まさか幽体がニュートリノと同じ物であるなんて
あり得ないと思うのだが
そこはこけの一念
執念でニュートリノの真似に成功する
観測センターでは大騒動に
ニュートリノの観測結果に
人為的なパターンが現れたとか
きっとこいつは宇宙人からのメッセージだ
これまで見つからなかったのは
まさかニュートリノを通信に
使ってるなんて
想像すらしなかったから
「こんちわ、初めまして
幽霊の男です
ぶっちゃけた話
どうしたらちゃんと死ねるでしょ」
チェレンコフ光のパターンが
日本語で表示された事に
観測員たちはいたく腹を立てた
一体どこのどいつだ
世紀の大発見だと思ってたのに
こんな事実公表出来はしない
誰がいたずらしやがったか知らんが
そんな奴は
念仏でも唱えて
死ね!

ああそうか
幽霊になった男は悟ったらしい
早速うろ覚えの
般若心経唱えて見たら
目の前に
光が見えたような気が
・・・

人から言われる数の事

新人の頃は周りみんな目上で、
あちこちから色んな事言われて、
ストレス連鎖の終着駅みたいになっているから、
可愛そうだなと思っていたら
また四月になり新たな新人が入ってくれば、
自分らがされたような事を彼らにも行い
新たなヒエラルキーが構築され
何事もなかったように会社と言うシステムは機能すると。
そのうち長くいるとまあそれなりに昇格するんだろうが、
知らないうちに何か孤独になる。
注意される口数が断然減る。
目下の者に声をかけてもかしこまられ、
対等な立場でしゃべるのは同じランクの人、
それも上になるたび減っていく。
同じちょんぼをしでかしても、
新入りならあちこちから待ち構えたように、
先輩面した面々が得意気に注意をする。
でもそれなりの地位に座った者に、
同じ事で注意出来る者はいない。
地上はこんなサル山みたいな仕組みになってて、
あちらの世界もそんな権力構造みたいなものがあると信じ、
天使らにさえ九つの位階みたいなもんをこしらえる。何だそれは。(otto)
結局人間の癖で何でも
自分たちが理解出来ること
納得いくことしか
理解しない。
耳で聞いても目で見ても
分からなくされてるんじゃなくて
先入観のせいでちゃんと理解出来ない。
それがたかだか人間の理性の限界。

五次元なんかない

つい乗せられてしまった、これってチューリングテストだろうか。
2012年に人類が滅ぶだの、アセンションがどうだのと、
ついでに五次元みたいなのはないと私は思う。
スピリチュアルの悪い点
何でも人間本意で考えてしまう。
天使の本にしても様々な「適当な」名前の天使が出て来て、
それぞれ違う役割なんか持ってて、
あたかも人間の為に尽くすみたいな、
そんな便利屋さんみたいな天使
いればいいなあ、おっと乗せられたぜい。
恐らく彼らに名前はない。
だから何々の天使とか言っても、どれを指すのか分からない。
めいめい勝手に名前付けては
便宜をはかってたりしたら
いいな、おっと。
霊のことまで人間の尺度で考えたがるから、
語りかけてくる「霊」は常に
母国語を使う。
エノク語なんてのもよく見たらラテン語のパクリでしかない、天使は文字なんか使わない。
スピリチュアルが嫌いってわけじゃあない。
時たま泥沼状態の中から、砂金みたいな本が見つかったりして
なかなか興味深い。
こないだ買ったアシュターヴァクラギーターみたいな。
とにかく滅びネタはもうかつてのノストラダムスとか黙示録とかで飽き飽きしてるから、
空想でよけりゃもっと現実的な「滅びネタ」書けますよ、ふふ。

結局誰も知らない

前から思っていた。
聖書に残された記録としてのイエスは、
史実のイエスとは異なる。
弟子たちらによって装飾された、
余計なものを沢山ひっつけられた、
そんな偶像。
だから聖書のみとか言い出すと
聖書に書かれたイエス像を絶対化してしまう。
聖書の読みは各自で違うし、
どれが正しいの、は今さら確かめようがない。
それゆえプロテスタントは必然的に、
分離せざるを得ない。
聖書に書かれた事をもっては
きっとイエスの事は分からない。
キリストの事なら分かる、
それはパウロを初めとして、
原型はユダヤ教の聖書にも出てくる、旧約聖書じゃない、
向こう方の聖典。
それは作られたものだったから、
事実なんかもうどうだって良かった。
ただ墓が空であった、それだけが事実だ。
なぜそうだったのかは分からない。
誰か弟子が画策したわけでもない。
マルコ書までが恐らく事実、
あとはおまけだ。
その空っぽであった墓からここまで
イマジネーションが広げられ、
ドグマが生まれた。
誰も事実は分からない。
誰もが自分なりの意見を持つことしか、それぞれが正しいか間違ってるかを
批評する事も出来ない。
ただ外典やヨハネ書をあたってると想うのは
イエスはなぜか最初から十字架には関心があったと言うか、
初めからそれを目論んでいたふしがある。
それがなぜだかは分からない。
でもこんな感覚は異端でしかなくて。

先程解放されました

今帰るとこ。
私はロザリオの所にも残る。
よく分からないのは、何もロザリオの信心だけじゃないし、
ロザリオの歴史、どんないきさつで出来たの、とか
日本でのロザリオの普及はキリシタン時代にまでさかのぼるの、とか
どんな材質で作られてるのが好きか、とか
ロザリオと普通の十字のネックレスって、一体何が違うの?
みたいな、
製造者サイドの情報も興味あるから。
あと思うのが
あのぐるっぽの中で
一つ位
キリスト教の人専用の
「喫煙室」
あったっていいでしょうに。
どうも毛嫌いされてる事自体が
不思議でならない。
ロザリオに関係する事なら
何でも構わないのではないの。
今後は宗教色のにおわないやつ書きます、でも何かきゅうくつ・・・