THOUSAND WINDS -151ページ目

真実の名を教えておくれ、いつの日か消えてしまう君よ♪

たまに思う。
リアル私の名前なんかしょぼく、生活に便利なようについているだけ。
クリスチャンネームにしても、あんましその事に意識しないように、してた、無理だな。
ここでルゥーヤと言う名前が一人立ちするにつれ、
これって「真名」に近いんだろうかって思った。
初めからついていた名前。
なんびとたりとも変更する事あたわじ。
魂の名前。
むしろあの小説の中の、「流雨夜」そのものが、
私に近かったのだろうか。
こんだけハンドル名が長く続いたのは珍しい。
ぐぐっても同じ名前にでくわした事がない。
自分とこのサイト検索するのに便利ではある。
既に私がルゥーヤと言う名前の何かである事は確定してしまっていて、
今さら変更する事は出来ない。
真実の名前だったら、真名だとしたら、
そんなもの公開すれば、他人にいいように操られてしまう。
真名とは本来そう言ったもの、だからルゥーヤと言う名前、
きっと真名ではない。
でももしそんな真名みたいなのあったら
きっと秘密にしとけないだろう。
案外「鳴滝ミオ」だったりして。
おっと、もう他人から操られてるぅ~

わっ、びっくりした!

人の所のブログでよもや私がこのブログで書いた事が「引用」されているとは知りませんでした。
別に構いませんけど。
ただちょっと面倒ではありますね。
ちょっとそこらへんの説明など。

今やってるここは、
アメーバブログとしては2回目です。
かつて1回目のアメーバブログしてましたが、
とある理由により辞めてしまいました。
1500記事を越える膨大な書き込みも今はなく、
別に後悔もしていないと。
その原因の一つが人とのコメント上でのトラブルで、
それからトラウマになって
いくつかある私のブログの大半が
コメント禁止になっています。
原則こちらからもコメント書かない、以前何かとトラブルの元となったから。
コメントのやり取りのない何だか寂しいブログにはなりましたが、何とか一年半ばかりこの2番目も続きました。
人気のないFC2ブログなどではコメント開けてみましたが、
まだ積極的にコメントの交換が出来る心境じゃないのです。
なので申し訳ありませんが
こちらじゃコメントは差し控えさせてもらってます。
ちなみにこっそり読者登録しましたので、ご報告など。

理性感性あまのじゃくとね

水を差して申し訳ない

私、感性で生きてます

理性の大切さも知ってます
でも私のはそれじゃない

理性の出所はきっと神様から

感性の出所はきっと人から

人には理性も感性もあるらしい
考える事は大事なんだが

うまく言えないのだが

この世界は多分理性じゃ捉えきれない

もっと言えばこれは理性が知覚すべき対象などではない

なぜならこの世界は幻に過ぎない

たまたま人間に判る法則が埋め込まれているけど

映画のスクリーンのようなものでしかない

だから私はそんな映像をただ

感じて生きているだけ、つまり感性

この世界がなぜこんな風に出来ているかは知らない

でもこんな世界程度、

他のルールでも作れたはずなんだ

たまたま今の形で存在している

それが今の形であるのは、偶然でしかない

理性はそれを疑う

きっと今ある世界の中に

意味が隠されているに違いない

神様の真意が隠されているに違いない

だからそんな物質的な所に

神はいない

考えるな

感じるんだ

とある映画スターの遺言

この世界は幻

いくらその意味を調べても無駄なこと

ただ今あることをひたすら

感じとる事しか出来ない

それ以外の方法では

神は見つからない

・・・

そのうちチタン管が出ますかねえ

フルートは材質が高価だったり貴金属だったりすれば、必ず高いと言う、
ごく当たり前な理論に従ってる、稀有な楽器です。
だから何も総プラチナ製の一千万円するフルートが仮にあったとしても、
それが良い音するかなんか何の関係もない。
希少価値で言うならチタンでも構わない位ですが、
間違いなく作られる事はないでしょう。
そもそも初めは木管だったんだから、本来あるべき音は木管のそれであるべきなのに、
金管とかになるともはや字のごとく、金管楽器の音になってしまう。
かつて毎日みたいに吹いて、録音してアップしてた、
フルートの曲を久しぶりに耳にすると、
やっぱりこれって縦笛じゃないの?って思わなくない。
やはり洋銀管の銀メッキフルートじゃ、本当の音出ないんだねえ。
でも本当の音とは?やはり今となっては総銀管のハンドメイドフルートでしかないのだろうか。
フルートやってますわ、と人に自慢げに言える程度とは、
やはり最低この水準を
満たしてる必要があるのかも知れない。
まあそれと演奏技法などもある。
簡単な曲ですらあちこち間違えまくってるあれは、
それだけでも小学生の縦笛練習中みたいに聞こえてしまうもんだから。
どうせ私なんて。

ああ、歯が浮く、浮いてしまう

かつて下手なフルーティストのブログやっていた頃、
JASDAC回避の為に苦戦してて、
日本基督教団のこどもさんびかに手をつけましたんだが、
あれって問題なかったのか。
原則教会の讃美歌はOKと踏んでたがもうどうでもいいや。
それで私はただのやたら長い金属製の横笛吹きでしかないので、
あえて歌詞なんざどうだっていいやと思ってはいたのですが、
たしかすこしひらがなだけでかかれたかしをよんでみますと、
こんなんこどもにわけわからんままうたわせるかぁ、みたいな
はのうくようなみててはずかしいかしのディズニーパレード。
確かにひらがなばかりで書かれている事もあり、
どこかごまかしてやがるなと思わんでもないですが、
やはりこれこどもに歌わしたらまずいやろ~みたいな
幼少の頃からこうやって健気に子供たちをたぶらかして、
マインドコントロールさせて、
次の世代のクリスチャンをつなぎ止めようとしてるらしい。
大人の歌詞でもこれしらふで歌うのきついわ~みたいな
歯の浮く歌詞あるから、もはや
いつの頃からか、私はこうした教派の思惑に乗せられんよう、
歌詞の意味を全く考えんと歌おうと誓いました。
どうせ他の大人だって私とおんなじ事考えてると思ったら、
甘かった。みんな歌詞ちゃんと味わってんのよねえ、ちゃんちゃんと。