optie-nagoptieのブログ
  • 17Oct
    • 「魔法のことば」 石田勝紀氏

      台風19号の迫り来る11日(金)の夜墨田区立小学校PTA連合会が主催した研修会に参加した講師は、一般社団法人 教育デザインラボ代表理事の石田勝紀氏だった石田氏は、20歳で起業し、学習塾を創業しその経営にあたりながら独自の教育方法を確立していったそうだ始め登場した石田氏が、ラフな話し方で話を始めたので、何となくうさんくさい感じがしたしかし、自己肯定感の高さに注目した独自のモチベーション向上、学力向上の理論と実践は目から鱗が落ちるような内容だった主な話は2点子どものやる気を引き出す「子ども手帳」の実践子どもの自己肯定感を高め、結果的に学力を高める「魔法のことば」そして、少しだけ加えて真の「賢さ」「頭の良さ」とは何か今、新しい学習指導要領が、大変難解な表現で伝えようとしている「資質・能力」だ石田氏の話を聞いて、新学習指導要領の、今一つスッキリしない理解がストンと府に落ちた思いがした本当に、この講演会に参加してよかったと心から感動しながら帰路についた帰りの電車の中で早速著書を検索し、Kindle版で興味のある本を2冊購入したこの本も大変分かりやすくかかれていて、事実と、理論と、方法がスッキリとわかった石田氏は、講演の中で全国のメールに必ず返信していると言っていたので聞きたいことがあってメールを送ってみた24時間以内に返信、と書いてあったが夜書いて、朝起きて職場に着いたらすでに返信があった所属職員に、ぜひ読ませたいと思って教員向けの書籍はどれがいいか、おすすめを聞いた訳だが今まで書いたものでは、これとこれそして、来年の2月~3月に教員向けに書いた本が出ると教えていただいた講演の中で、魔法のことば、の反対の呪いのことば、というのも出た子どもがやる気をなくし、学力を下げる3つの、絶対に使ってはならないことばは「ちゃんと(きちんと)しなさい」「早くしなさい」「勉強しなさい」だそうだ「勉強しろ、と1回いうと偏差値が1下がる」などと面白く語ってくれた主に家庭向けの話だったが、私は学校でも応用できるものと今、考えている

  • 09Oct
    • 肉体の衰え?!

      今年になって、認めたくはなかったが明らかに体力が低下している事が気になっていた「加齢」のため、肉体が衰えているのがわかるようになったのだゴルフをしていても、めっきり飛ばなくなっているし前後屈をするのが辛いし風邪を引きやすくなっていたり夜元気がなかったり・・・先日、久しぶりに職員とバドミントンをしようという話になって準備をして体育館に行ったきちんとストレッチなど行うべきだったのだろうが時間もなかったので無理しないで少しずつやっていこうと練習をスタートした若者相手にクリアで慣らしを少しして汗をかくくらいまでやったその間にも、これまで経験のないような頭上での空振りが2,3度あってあれっ?っという感じがしていた老眼の強い仕事用のメガネのせいにしてごまかしていたが感覚と肉体の動きにズレが生じていることは間違いなかったそして、仲間内で適当に2対2に分かれ試合形式で打ち合いをはじめたバドミントンてはよくアキレス腱を切るという話を聞いていたのであまり無理せず、楽にやろうと思っていた・・・矢先、ちょっと前に落とされたのを拾いに足を踏み出したときピンっという感じが左足のふくらはぎに走ったすぐに倒れてしまうほどではなかったがごまかしてはおけない程度の痛みがあった続行しようと思っていたが大事をとってリタイア氷で冷やして様子をみたがすぐに痛みが引く気配はこれっぽっちもなかった結局近くでタクシーを拾い駅まで行って電車に乗り駅に着いたら家族に迎えにきてもらった力をかけなければ痛くないが歩くとモーションのどこかのタイミングで痛みが走るため引きずるような足取りになってしまう幸い2日ほどで痛みは引き違和感は残るものの、普通に歩けるようになった一つショックだったのは翌日、主事さんに「でしょう?! 違うんです!」無理しちゃいけないと諭されていた時「(見ていても)去年とは、ぜっーんぜん違うんですから!」と言われたことだそう言えば、着任したばかりの頃は盛んに、シャキッとしていて姿勢がよく見ていて感心するというようなことを言われたそれが、最近は全然違うというのだ疲れている?背中が丸まっている?元気がない?しょぼくれている?えー、どう見えるというのだ?!ショック!

  • 30Sep
    • 爪を切る

      昨年の冬から取り組み始めたクラシックギター今年の演奏会を目標に自分としては珍しくかなり真面目に練習に取り組んできた中学生の頃夢中になってギターを弾いていた頃は左手の指先はカチカチに固くなっていたが働き出してからはすっかり柔らかくなっていたそれが今では、こんなところにまめまでできているここは、課題曲の出だしのコードを押さえるところだ前回のリポート(第6回白樫音楽サロン 終演後編)で演奏会がさんざんな結果であったことを書いたがとりあえず、今後どうするか考えていたと、いうのも、ギターを弾くために伸ばした右手の指の爪は仕事を初め日常の生活に結構支障をきたしていたからだ結局、演奏会後はギターに触れることもほとんどできなかったが昨日は久しぶりに休日でゆっくり過ごすことができたので最後に、これまでのところまでの様子を記録しておくことにしたこれまで動画撮影用に使っていたフジフィルムのデジカメは完全に壊れてしまったのでいつものタブレットで撮影してみたiPadではないので、音がよくはないが、仕方ない何度か失敗もあり、それでも3回はとってみようということで午後、家族が買い物にいった隙に決行したこの間の失敗で体が柔らかくないといけないことはわかったのでまずは体操をした特に肩の辺りに余計な力が入ってしまうとうまく指が動かなくなるので肩の辺りのストレッチを行ったそうして、とにかく3回撮影してみた最後のがまあましかな、ということになり終了した夜、風呂から出て10か月ぶりに右手の指の爪を切ったこれで、一先ず気持ちの区切りが着いたまあ、爪がなくてもギターは弾けるがやはりちょっとした距離感が違う面白いなあ、と思う今度はピアノに挑戦するつもりだったがどうしようか迷っている

  • 26Sep
    • 第6回白樫音楽サロン(終演後編 その3)

      私にとってはティータイムは、次の準備だけのためにあったが椅子と足置きをセットしチューニングをした代表が、第三部・クラシックの部は奥から登場だというので、ギターを手に部屋の奥でスタンバイ家を出るまでに、一度もスムーズに最後まで通せたことはなかったがよくあるピアノ教室の発表会で小さな子がつっかえつっかえ演奏するような感じにはまあ、できるだろうと半ば開き直ってはいたそして、いよいよ第三部が始まり再びステージに呼ばれたこの演奏会に出させてもらってクラシックの皆さんの、音楽に対する向き合い方に感銘を受け私も一つ真面目に楽譜を読んで挑戦してみよう、と去年の12月から練習を始めましたまだ、きちんと弾けるようにはなっていないんですがクラシック・ギターの代表曲「アルハンブラの思い出」という曲を演奏しますこんなあいさつをしてしまった (上、写真)ギターを抱え、始めの部分を押さえると緊張で体が固まっていて動かなかった (時の証拠写真) それでも、これまで一年近く練習してきてとりあえずは、それっぽくは弾けるようになっている(はず)ガチガチのまま、右手の指を動かしてみた動かない指が弦に届かない右腕がギターの縁に食い込んでいてずらしたいのに離れない途中でどこを演奏しているのかもわからなくなってしまった絶望的な演奏(と呼べるものにすらなっていない)しかし何とか最後のところまで来てハイポジションのAのコードをポロロロンと鳴らしたらそこだけきれいな音が出たそして、最後の最後の低い和音をボーンと弾いて演奏終了皆さん拍手をくださったがはっきりいって申し訳ない気持ちでいっぱいになったああ、クラシック音楽に取り組むってこういうことなのかソロってこういうことなのかと、悲しいというより、感心してしまった私も今まで人前で演奏したり、へたな歌を歌ったりしたことは結構あるしかし、そのために長いこと練習したり一曲を長い時間かけて準備したりしたことは今回まで一度もなかったそう言えるくらいにはたくさん練習をしたし不自由にも関わらず、右手の指の爪を伸ばして手入れして、爪を剥がさないように用心して今日の本番に備えたのだったそれが、ステージでの緊張で、全く発揮できなくなってしまう驚きだった自分の「体」と「心」が、こんなにもバラバラになりうるということそして、クラシック音楽をやるというのがそれを越えたところにやっとスタートラインが見えるのだということ改めて、他の人たちに敬意を覚えたそれは、感覚だけで、なんとなく演奏をするのとは全く別の次元の話だった私の後に、人生をピアノに捧げている三人のピアニストが演奏をしたそれぞれの方は、ご自分では満足はしていないようだったが私たちには、本当に素晴らしい演奏に思えるものだったさすがだ演奏会の最後に、またステージに登場することになってしまった(予定通りではあるが)最後は、毎年歌っているオリジナルを歌ったさっきの曲よりは、よほど普通にできるのともう半分やけにもなっていたので、楽しく歌うことができたクラリネットも応援してくれて、いい感じだった********************今回は、初めてのことに挑戦してみて半世紀以上の人生で初めて学んだことのあった貴重な経験をしたコンサートだった それとは別に、残念なことに今回も毎回のように、映像を撮っていたのだが何とカメラまで途中で故障して全く動かなくなってしまったこの日に間に合うように、バッテリーまで購入していたのに役に立たなかった***************ショックは結構大きく数日たった今も引きずっている(悲しいとか、悔しいとかいうものではないのだが)(おしまい)

  • 25Sep
    • 第6回白樫音楽サロン(終演後編 その2)

      第一部は、ポピュラー系の音楽が続いた他の人たちの演奏はそれぞれとてもよく、楽しませていただいた私の後に大人の歌が続き、それからクラリネットとトロンボーンの演奏が続いたアイドルを目指していたという歌のMさんは、ステージ用のドレスで着飾り今時のアイドルとは格段に異なる大人のムードたっぷりにいい声を響かせていたクラリネットはこのコンサートの始まりのメンバーで最年長の70代の奏者だポーランドの「クラリネット・ポルカ」という楽しい曲を演奏してくれたピアノの伴奏に私もギターで参加したトロンボーンも加わり陽気な演奏になった続いてトロンボーンとクラリネットが「聖者の行進」をジャズ風に演奏してくれたトロンボーンは荒川の区民オケで演奏している奏者でクラリネットの方と飲み屋で出会いその後FB友達になったのが縁で昨年の演奏会に来てくださった方だ今年はリスナーではなくプレイヤーとして参加してくださった次は、トロンボーンのデュオで米津玄師の「LEMON 」という今風の曲をやってくれたそのもう一人が、何と中学2年生の少女だ代表のやっているピアノ教室の生徒さんで学校のブラスバンドで演奏しているというとてもファンキーなリズムの、難しい曲をトロンボーンという音のコントロールが難しい楽器で見事に演奏したここで、雰囲気が変わって、勝手に第二部ということにした声楽の皆さん、声楽アンサンブル・ショコラがピアニストとともに登場一気に華やかな感じになったオペラ、オペレッタ、ミュージカルの名曲を圧倒的な声量で聞かせてくれたそして、前半の最後は、リスナーの皆さんも参加してみんなで慎吾ママのおはロックをジャニーさん追悼の気持ちを込めて歌ったMさんが慎吾ママのコスチュームに着替えて歌は声楽アンサンブル・ショコラが中心に楽器も再び全員参加で演奏した楽しい演奏になったそして、お茶タイムの休憩となった(つづく)

  • 24Sep
    • 第6回白樫音楽サロン(終演後編 その1)

      今回は、今更ながらに悟った「心」と「体」の関係について**********************11時にようやく会場となる201号室が開き会場準備とあわせてバタバタと直前リハが始まった今回は出演者がかつてない人数だったのでみんな、本当にさわりだけだった今回の会場は、今までで一番広く20人の参加者が入ってもゆとりがあった11才の子どもから高齢の方まで、家族みんなで参加してくださるリスナーさんたちもいた12:45に、一通りのリハが済んだ頃にはもう大方のリスナーさん方もいらっしゃっていた13:00開場時刻にはほとんどみんなが揃っていたので代表者の友人があいさつと演奏会の趣旨について簡単に説明をした予定よりも早めの開演となりトップの自分がスポットライトで照らされたステージに着いた英語の教員時代の昔話を少しして今年伝記的映画で話題となっているエルトン・ジョンの歌を歌った今年で6回目の本番何回上がっても、本番のステージは極度に緊張する仲間と一緒だと全然大丈夫なのだが一人だと、自分が自分でなくなってしまう経験を何度もしている今回も、自信のないままの出演で気分的にもちょっと気後れしていたのだがギターを弾き始めたらこれまで一度もないようなおかしな順番で弦が響きだした体が固まっていて、自由に動かない2小節いったところで、思いきってストップしたやり直し気を取り直して再びイントロを弾く何とかいつものメロディが流れ出した歌い始めて曲が進むとギターの弾き語り(歌っている自分とギターを弾いている自分)が分裂してしまい考えられないような失敗がいくつも出てきたコードを押さえ間違えるなんて万に一度あるかないかなのに肝心なところでハイポジションのAがDmになったりするそれでも歌に集中して何とか最後まで歌いきった皆さんが温かく拍手をしてくれたこうして第6回白樫音楽サロンがスタートしたしかし、これはまだ序の口であった(つづく)

  • 23Sep
    • 第6回白樫サロンコンサート(直前編)

      毎年続けて6回目となった東日本大震災復興支援チャリティーコンサート今年は例年より一月早い9月の開催となった主催の友人は、毎年これで最後と思いながら集まってくれた人に励まされもう一回にもう一回と続き早6回目を迎えた支援している女川では、今年から復興、ではなく、復「幸」という字をあてているあの震災から後も日本や世界の各地で自然災害が相次いで被災された方、犠牲になった方が後を絶たない地球の温暖化等の問題を放っておけないと世界中で若者が声をあげ始めている幸せを取り戻す当たり前の、普通の暮らしを取り戻すそれだけのためにすでに何年もの月日が流れているそして、その時間は確実にあの出来事を過去の遠い記憶に押し込めているだからこうして毎年集まって、みんなで確かめ合うことは大事な意味のあることだと思う今、会場へ向かって電車の中でこれを書いている今年も、気持ちのいい演奏会になりますように今年は、これまで聴衆側だった人たちがたくさん演奏者側になるというみんな、今日の日に向けて、準備をしてきたことだろうそれは何気ない日常にいい具合に張りを与えてくれる楽しみだ

  • 15Sep
    • 生音楽絵本 芸大総合芸術集団SPICA  進化中

      東京芸大総合芸術集団「SPICA」が進化を続けている昨日、9月14日、東京丸の内の丸ビル特設ステージで「幸福の王子」の公演があった芸大アーツのイベントに出演した地下鉄半蔵門線で大手町まで行き、地下道を長いこと歩いて開演予定ギリギリに会場に着くときれいに設置されたステージでは芸大の教授やそれぞれの分野の有識者と思われる5名が「母学」について語っていたステージの周りにはアート作品も展示されていたトークが終了し、準備の時間をとって、SPICA な音楽生絵本が始まった墨田のユートリヤでの初演以来「桃太郎」、芸祭での「宝星」(完全オリジナル)とレパートリーも増えまた、演奏家も新たに加わり表現の可能性が豊かに広がりつつあるそして、今回もこのイベントに招かれたのだ会場は、丸ビルの1階にあるスペースを使って特設されたステージだ4,5階上まで吹き抜けでいい感じおまけにそこにいる人たちが大人で洗練された空間になっていたPAもよく調整されていて思いの外いい響き大勢の人が行き来するのに、とても静か絵本の朗読が始まると、ステージを見に来た人たちばかりでなく通りすがりの人たちも大勢立ち止まって聞き入っていた ステージは2つに分かれていてバイオリンとフルートは観客席の中に作られたところでメインステージと対面に位置し対話をしているようでもある今回はパーカッションも加わり表現に広がりが感じられたソプラノの声も、適度な残響で美しく響いていたそして、いつの間にか、大勢の人たちが立ち止まって聞いてくれていたオスカー・ワイルドの物語をリライトした作品は感動的で、胸が熱くなるたまたま通りかかった人も、きっと得した気分になったことだろう生音楽絵本、SPICA の次回公演は10月、都内の小学校だそうだ小学生の子どもたちに、生の感動を届けてほしいものだ

  • 08Sep
    • 就活の終結(その4)

      就活が、「命を削る」と表現したのは、まったく誇張でもなんでもないまさに命を削ってしまう、苦行だということだ長女同様、この三女もこの1年で8キロも体重が落ちてしまったいろいろなところで聞く話では、うちの子たちだけの話ではなさそうだこれまでも、何社も応募して、書類や面接、適性検査などを受けた後不採用の通知をもらい落ち込んでいた私も経験があるが、面接などで落とされると、自分の人格が否定されたような大変なショックを受けるまるで自分の存在は価値がないような錯覚に陥るこのストレスは、確実に「命を削る」のだここしばらく、我が家の心配事であった娘の就活であった本人はもちろんのこと、家族も胸のうちに暗雲が引っ掛かっていて心が晴れることがなかった私は、今回の件では、かなり気を揉んで、この娘の就活のために、はじめて真剣になって、祈ることができた はじめの日は「○○のいいところがだせてありがとう」次の日は「○○の就活がうまく進んでくれてありがとう」そして、9月4日は、朝目覚めたときに大事なことを思い出したそうだ、そうだったんだ望んでいるものは、必ず叶うしそして、最高の結果が、必ず訪れるということそうだ、そうなんだそして「○○に最高の職が決まってくれてありがとう」と祈った さて、9月4日、私が○木氏からの回答を得た日、家に帰ると何だかうちの雰囲気が違っているような感じがした私は帰宅途中に残念な思いをしていたので、気分的には重いままだったが誰も何も言わないが、家の中が、何となくライトな感じがした娘はこの日も別の会社の面接に臨んでいたそうだが実は、その数日前に応募していた自分の通っている大学の母体の大学で経済学部教授の副手という職で、内定が出たそうだ私に「ほら」といってメールを見せてくれたああ、やっぱりそうだったんだ心から嬉しく思った良かったね、よく頑張ったねあまり嬉しくて、娘には内緒にしていた○○製薬へのメールの件などしゃべってしまったそして、もっと早く真剣に相談に乗っていればよかったと話した娘は自分なりに必死に頑張っていたとべそをかいたが私はあの履歴書の自己PRでは、お前のいいところがぜんぜん伝わらないよと話した私も立場上、新採の書類選考や面接選考に携わることもある人を評価するなんて、容易いことではない一枚の紙切れや、30分程度の面接で、その人物のよさは見抜くことなどそう簡単にはできやしないそうなったとき、それではどの人を採るのかと言われれば明るい人だったり、話していて気持ちのいい人だったりこれまでの経験だったりが重要な要素となる「でもね」と前置きして、「最高の結果がでたんだよ。これまでのいろんな経験は無駄にはならないしこの結果が出るために必要な時間だったんだよ。良かったね。」と話した。 そこへ、すぐ上の姉が帰ってきた姉もずっと祈っていたと話していた 内定のメールを受け取ったときどうだった?と聞いたら実は、メールは前の日には届いていたらしい適性検査を受けたとき、あまりうまくできなかったので、期待していなかった「だって、猫の(  )のような、って問題でわからなくて、シッポって書いちゃったんだよ」と言っていたそういう娘だそして、4日に別の会社の面接があるのでその準備をするため、あえてメールを読まずにいたらしい4日の面接が終わって、ボーイフレンドと会うことになり待ち合わせ場所の上野へ向かった地下鉄の中でメールのことを思い出して、開いてみたそうだ始め、今まで受けたことのないメールの件名を見て「あれ?」と思ったそうだ (不採用の場合は、件名に「選考結果の通知」のようなことが書いてあるそうだ)中身を読んでも、すぐにははっきりと理解できなかったが、「内定」の文字を何度か見ているうちに、ようやく選考に合格したことがわかった地下鉄の電車から降りてきた娘がめちゃくちゃに泣き崩れているのを見てボーイフレンドは、「どうしたの?」とビックリしてしまったらしいそして、内定したということを伝えると、彼も一緒になって大泣きしてくれたそうだ二人で上野駅のホームで大泣きしてしまい「周りの人たちは、何が起こったんだろうとびっくりしていたよ」それを聞いて、地下鉄から上野駅ホームの娘の様子が目に浮かんで 私は涙をこらえ、上を向いてごまかすのが精一杯だった************************その後、4日に受けたところからも選考に合格したとの知らせがあったらしい娘の友達の中にはまだ決まらない子もいるので、浮かれないように気を付けていると話しているよかった本当にありがとうありがとう、ありがとう (おしまい) 

  • 07Sep
    • 就活の終結(その3)

       話を聞いたのが30日の夜で、最終的に問い合わせメールを作成し送信したのが31日(土)の午前2時半頃だった 1日が日曜で、週が開けて2、3と待ったが何の返答もなかった これで駄目なら、まあその程度の会社なんだと諦めようと思いつつ最後のメッセージを送ってみた 8月31日に下記のメールを送りました○○○です。何らかの返答があるものと待っておりましたが、今のところご返答がいただけておりませんので再送いたします。 翌日、仕事帰りの電車の中で、担当者からの返信があることに気づいた開いてみると・・・○○○ ○○○ 様今回のお問い合わせについて、お答えいたします。ハローワーク(今回の弊社求人応募依頼先は、東京新卒応援ハローワーク)と求人票提出前にも何度も打合せをしたうえで、求人票を作成しております。その際には、応募者が多数の場合には、書類選考をして選考日(9月6日)に面接を行うことを書類にも記載するように伝えております。このことは、ハローワークの今回担当者と連絡を取りながら進めさせていただいております。弊社の独断やハローワークとの相談せずに行っていることではありません。今回の応募が想像以上にたくさんの応募があり、全員を面接出来なかったことは大変申し訳ありませんでした。**********************************************○○製薬株式会社 総務部○木 ○○ああ、残念だなあと、天を仰いだともかく、無視はせず、返答してくれたことには感謝しよう短く、了解した、ハローワーク側に何らかの手違いがあったようですねとお礼のメッセージを送った もちろん、採用する側も大変だということはよくよくわかるしかし、応募してきた者が、どんな思いで応募してきたのか、少しのイマジネーションがあればわかるだろう その時、その一人ひとりを大切にする会社なのかどうかがわかってしまう 体のいいメール一本で、どれだけの人が、命を削るような思いをしているのか 私なら、○木氏のように、俺のせいじゃない、なんてメッセージは送らない 例え、心でそう思っていたとしても、誠実な返答をするだろう送られてきたメッセージが、誠実なものであるかどうか、読み取れる能力が必要だ********************帰宅後、娘の話を聞いたところ娘も求人票にははっきりと書かれていなかったことについて3日にハローワークに確認に行ったところもう一度調べてもらったら娘がもらった時の求人票に、わざわざ「面接のみ」と明記されていた部分が「書類選考」と書き換えられていたそうだ(私は、私の送ったメールを見た後、担当者が再度職安に連絡して書き換えさせと見ている 私にはその段階で返信しようという意思はなかったのだろうが)(つづく)

    • 就活の終結 (その2)

      私は、今回初めて、娘が提出した書類を確認してみた私から見て、その履歴書は不十分なものであった大学のキャリアセンターも確認していると言うが、本気で合格を勝ち取らせようとしているのか疑問に感じる程度のものでしかなかったもっと早く見てあげればよかったと、正直感じた娘のよいところが、ほとんど表現されていなかったみんなが寝静まった後まずは、娘の書いていた履歴書に赤を入れ主に、自己PRの部分を全面的に書き換えた企業が面白いと思ってくれるだろう、娘のアドバンテージを中心にそして、その後私は、もうこれ以上娘たちを「壊さないでくれ」という思いでメールを送ってきた人事担当者にメールを書いた単なるクレームにならないように、慎重に書いた根拠となる、職安からの求人票も資料として添付した○○製薬株式会社 総務部○木 ○○ 様 メールでの問い合わせ、誠に失礼いたします。 私は、今回貴社の社員募集にあたり、職業安定所の紹介で応募させていただいた○○○○○○の父親、○○○○○○と申します。 本日帰宅すると、娘がひどく落胆しておりましたので訳を尋ねると、貴社から「選考結果」の連絡があり、不採用となったとのことでした。娘は、応募書類を送付後、9月6日の面接に向けて準備を続け、予定の調整を行っていたところでした。本日の連絡は、面接選考についての連絡と思って内容を確認したところ、上記のようなものであったことで、大変なショックを受けたということです。>さて、あなたの就職ご希望につきましては、応募書類に基づき慎重に選考いたしました結果、>残念ながら採用を見合せざるを得ないことになりました。 職業安定所の紹介では、添付資料1の通り、選考は「面接のみ」であったはずです。求人票を作成したのが貴社側であるのか、職業安定所であるのかはわかりません。しかし、「選考方法」についてわざわざ「面接のみ」と注意書きまでされていたにもかかわらず、今回書類での選考が行われたことについて、○木様からのメールでの連絡には何ら説明もございませんでした。 併せて、資料2のハローワーク側の紹介状には、「面接 書類選考」という記載がありましたが、そのことについて提出すべき書類の説明もありません。提出すべき書類は、面接試験時の「携行品」として書かれていました。こちらの書類については、おそらく職業安定所側が作成したものと思われますので、何らかの手違いがあったものと察せられますが。 娘が、就職活動に苦戦し、日々命をすり減らすような努力を続けているのを傍らで見守り、私も親として、何もしてやれないもどかしさを痛感しております。その娘が、ハローワークで○○製薬を紹介されたと、喜んで帰ってきたとき、それはよかったねと心から思いました。なぜなら、○○製薬は「命を支える、命を守る」薬を製造している、老舗の会社だったからです。(私の祖父が「○○」を愛用しておりました。) 私も現在、管理職として責任ある立場におりますので、採用担当のお仕事には大変なご苦労があるだろうことは容易に察せられるところではございますが、まったく予期せぬ選考結果の通知にうちひしがれる娘の姿を見て、以上のような理不尽な扱いには、親として強い憤りを感じております。  娘はこれまでにも同様のメールを受けており、もちろん、それが選考試験というもののあるべき姿であるとは理解しております。しかし、その都度、命を削られる姿を見て、私は、今回、人の命を預かる会社であったからこその無念を感じております。「面接のみ」というのが、こちらの読み違いであるのか、それとも、何らかの手違いがあったのか、それを教えていただければ幸いです。 愚かな親であるとは承知しておりますが、もし○木様にもお子様がいらっしゃるようでしたら、この愚かな思いを、幾ばくかでもお察しいただければと願います。 貴社のますますのご発展を祈念しております。○○○ ○○○追伸>何分にも今回の採用人員は少数の上に職種も限定されておりますため、折角のご応募にもかかわらず>ご期待に添うことができず心苦しく存じております。 器用な子ではありませんが、ドイツで幼少期を過ごし、オーストラリア・ホームステイやカナダ短期留学の経験が、貴社の求人条件に合っていると思っておりました。(つづく)

  • 05Sep
    • 就活の終結 (その1)

       先日、帰宅すると、今か今かと心待にしていた、大分前に応募してあったプレゼントが届いていた。やっと来たかー、と喜び勇んで封を開けると、中からは想像していたものと随分異なる、お粗末な製品が出てきた。 とにかく、メーカーは業界の優秀なメーカーではあるが、製品そのものは子供だましのオモチャのようなものだった。念のため、ネットで価格を調べると、定価5,400円位で、実売価格は2,000円を確実に切っているものだった。 期待を裏切られて、苦笑しながら、今就活中の娘が中学校を卒業した頃のエピソードを思い出した。 娘は、不器用で、何をするのも時間がかかる子だ。しかし、こつこつと努力を続ける才能があり、人並み以上に努力して、人並みの成果を出すことができる、ちょっとすごい子だ。その子が、人並みの高校に合格して、いよいよ高校生になろうと言う頃、小学生のときから、こつこつと送り続けたチャレンジ(添削式学習教材)のポイントで、電子辞書が貰えるということになった。 私の知る限り、チャレンジを送り続けることができた人は一人もいない。上の娘たちも、試してみたが半年くらいしか続かなかった。しかし、この娘は、良くできないところもあるのに、多少遅れたりもしながら、何年間も送り続けたので、たまったポイントで一番いいご褒美の「電子辞書」が貰えることになったのだ。 姉たちはすでに高いお金を出して家電量販店や○○カメラで購入するような、いわゆる「電子辞書」を持っていた。三女は、ベネッセから姉たちと同じようなものを貰えると信じていたのだが、手続き後しばらくして届いたのは、近所のスーパーの文具品売り場で2000円位で売っている、電卓のような「辞書」だった。 届いて、期待で高まる胸を落ち着かせながら包みを開いた時の落胆は、落胆などといったものではなかった。親に余計な負担をかけることもなく、それまでの何年間もの努力が報われる瞬間であったはずなのに、「それがこれ?!」 送られてきた、期待はずれの「電子辞書」と、ぼろぼろ泣いている娘を見て、おかしさと憐れみと愛しさとがめちゃくちゃに混じりあった、大変複雑な感情で、あの娘が小さかった頃から中学を卒業するまでの出来事が、私の頭の中を走馬灯のようにかけめぐり、大笑いしながら、涙が止まらなかった。 その気持ちは、今でもとても生々しく思い出され、その度に目頭が熱くなる。 私は、その娘のように、精一杯の努力の報いとして、その景品をもらったわけではないのだが、ラッキー、という感じで、結構楽しみにしていたものであったので、がっかりして、参ったなあ、これじゃあのときの○○○見たいじゃないかと、一人苦笑していた。 ちょうど夕飯時で、私は晩酌を始めていたところでもあり、周りで夕飯の支度を手伝っていた娘たちに、「こりゃ、参ったねえ。これじゃあのときの○○○ちゃん見たいじゃないか!」等と一人騒いでいたのに、みんなわりと冷ややかな反応しか示さず、三女に至っては、明らかに様子がおかしいことに、ようやく気づいた。顔を見ると、泣きはらした目元が見えた。 娘がさっさと夕飯を済まし、自分の部屋へ退散してしまったあと、他の娘に「何かあったの?」と聞くと、○○製薬から通知があったという事実を聞いた。 その数週間前に、ハローワークを通じて紹介してもらった会社の求人に応募していた娘は、求人票にあった9月6日の面接に向けて、就活の調整や面接選考の準備をしていたところだった。だから、メールが届いた時、面接についての連絡かなと、何の覚悟もなく開いたメールにはこう書いてあった・・・○○○○ 様このたび当社の社員募集にあたりましては、早速ご応募頂きまして誠にありがとうございました。さて、あなたの就職ご希望につきましては、応募書類に基づき慎重に選考いたしました結果、残念ながら採用を見合せざるを得ないことになりました。何分にも今回の採用人員は少数の上に職種も限定されておりますため、折角のご応募にもかかわらずご期待に添うことができず心苦しく存じております。なお、お送り頂いた書類は求人票に記載の通り弊社で処分させていただきます。末筆ながら今後のご活躍をお祈り申し上げます。**********************************************○○製薬株式会社 総務部○木 ○○娘の驚きと、ショックはひどいものだった「何の覚悟もなく」開いたメールというのは、なぜなら求人票には一切書類選考があると言うことが書かれていなかったからだ面接を受けて、合否が決まると思っていた娘は予定された面接の日に合わせて、他の就職活動をキャンセルし、面接の練習をしていたところだったその求人票がこれだ私は、帰宅後の、自分自身の変な浮かれ具合とのギャップに苦しむことになった酔いも回った頭は、久しぶりに「カッとなった」2階にいる娘に、届いたメールを見せてもらいさらに、ハローワークでもらった書類を確認した書類には、「選考方法」というところに、わざわざ「面接のみ」と書かれてあった○○製薬の今年の求人枠は、たった一人だったそこへ、予想外の多数の応募があったのだろう全員の面接を行うことができなくなり、急遽書類で振り分けたらしい結果的に、不意打ちを食らった娘のショックは大きかったこれまでにも、同様の不採用を告げるメールは受け取っていたが今回のは、仮に不採用だったとしても、あまりにも理不尽な通告だったと感じたのだろう (つづく)

  • 04Aug
    • 日傘男子

      昼休みに食事に出掛けるときあまりの暑さに日傘を使ってみることにした夕方、帰宅途中に曳舟のイトーヨーカ堂で日傘を探すなかなか見つからなかったが、紳士もの売り場においてあったどうせなら雨でも大丈夫で日傘機能がいいものをということで、灰色のを買った内側はくろっぽいものだったさて、翌日、早速試してみることにしたギラギラと輝く太陽気温は34度くらい? プールも中止になるほどだった歩き出してみると、あれ?暑いそれも、上からでなく下からだ!確かに頭は暑くないがアスファルトの照り返しで顔の辺りがぽーっとする後できいた話では照り返しがひどいので内側が黒くなっているのだそうだ熱を吸収してくれるらしい傘を少し高くして日影に入るように歩くことにしたちょっと照れ臭いのだがすました顔して歩いている

  • 30Jul
    • 押上 One@Tokyo lobby restaurant にてランチ

      自転車で出張するときいつも通りかかって気になっていた押上三丁目交差点にあるレストラン今日は出張の帰りに寄ってみることにしたどうやらホテルのロビーにあるカフェ・レストランのようだスカイツリータウンの押上駅のすぐそばだ昼時なのにすいていてすぐに席に着くことができたランチのセットは1,000~1,800円くらい説明を聞いてハーブチキンのディッシュを頼んだパンはご自由にどうぞ、とのことで3種類のパンとバターをもらってきた最初に洒落た前菜が出てきたトマトの何とか 冷たくておいしかったけど、ほんの一口だったパンを食べながら次を待つと、本格的なスープが運ばれてきたポテトスープだと思う冷たいスープで、これはまたいいお味おいしかった最後にメインのハーブチキン思っていたものよりもボリュームたっぷりバジルとバルサミコのドレッシングはお好みで肉にかけてサラダと一緒にどうぞとアドバイスをいただくこのチキンはさっぱりしていて特に味がいいとも感じなかったがサラダと一緒に食べるのはなかなかよかった私はバジルの方が好みだった飲み物はセットには入っていなかったので水をいただいていたが何度か継ぎ足しに来てくれて接客がとてもいい感じだった支払いの時今日は暑いのでお気をつけてまた、涼みに来てください、と声をかけていただきとても気分がよかった外に出ると、嘘みたいな暑さでびっくりしたホテルのレストランらしいとても感じのよいランチだった実は隣の吉野家でもいいかと思ったのだがなぜか吉野家の前には作業の昼休みなのか労働者の人たちが何人も暑いなか店の前に座りこんでいたこちらとは、明らかに客層の違いが見られた1000円を越えるランチは明らかに贅沢で予算オーバーではあるが自分への投資と思ってレストランを選んでみたその甲斐はあったと思う

  • 29Jul
    • ひのでランチ (梅雨明け記念)

      今年は梅雨が長引いてうっとうしい日々が続きましたそれでもここ数日はまだ宣言はでないの?というくらいよく晴れていました今日はかえって薄曇りの蒸し暑い朝でしたがようやく梅雨明け宣言が出されました暑いのは嫌ですが夏はやっぱり真っ青な空がみたいセミの声が聞きたいと思いますさて、今日も無事プールが終わり書き上げた暑中見舞をもって昼休みに出掛けました外から見える席はいっぱいなので一度通り過ぎたけれどカウンター席もあったなあと引き返しひのでランチにしました今日もよくわからないけれどロシア料理っぽい「ビーフストロガノフ」に決定ライスともパンとも書いていなかったのでライスにシチューみたいにかかっているのが出てくるかなとぼんやり思っていました中に入ると、カウンター席は先客がありましたが奥の席が空いていました(まだ片付けがすんでいませんでしたが)昼時は混んでいてママさん一人では何かと大変そうです今日はスープではなく「前菜」と書いてあったので何が出て来るかなと楽しみにしていましたら冬瓜とカニの・・・(聞き逃し)と言っていました冷たく冷やしてあってとても美味しい!思わず「ああ、これ、おいしい!」と声が出ました冬瓜?は、さくさくした歯応えでいい味で小さくカットされたパプリカか何かもカニと一緒でおいしかったですおかわりしたかったくらいビーフストロガノフが出てきましたやっぱりご飯にかかっていましたいつも通り、野菜はしゃきしゃきでフレッシュてっぺんに乗っているのはカボチャなのか?とうもろこしもついていましたビーフストロガノフは、食べてみたらああ、これかーと納得ビーフシチューとはまったく違ってもたれない感じで、とても美味しいあっという間に食べ終わってしまいました食べ終わったのが1時を回っていたので他のお客さんはみんなお帰りでした最後の一人になってママさんは他のテーブルの片付けと洗い物に取りかかっていましたごちそうさま、今日もおいしかったです、と挨拶していつもありがとうございますという答えと一緒にドアを開けるときに今日は「行ってらっしゃい」と言ってくれました私も「行ってきます」と言って店を出ました今日のメニューを撮影してふと気がつくと店の看板娘が麦わら帽子を被っていましたさて、午後も頑張ろうと、蒸し暑い中を仕事場に向けて歩き出しました

  • 25Jul
    • Today's Hinode Lunch

      ずいぶんご無沙汰していましたプールが完全に終了したのを見届けてからのちょっと遅めのランチ1時過ぎに入った時は、誰もいなかったママさんもいなかった久しぶりに暑くなったので奥で休んでいたとのこと席につくと次から次へとお客さんがきた今日はカレーも捨てがたかったがBのランチをパンのセットで注文する初めはサフラン入りのミネストローネさっぱりしたスープだったところで、サフランって何?暫くしてメインの登場鮭とゴロゴロ野菜のクリームグラタン「熱いので気を付けてください!」と言われた熱々でおいしかった一緒に出てきた3種類のパンもそれぞれおいしかったあっという間の45分昼の休憩を終え本日のメインの仕事へと戻るああ、もう少しゆっくりしていたいなあ

  • 24Jul
    • カフェのらくろ

      梅雨明けかなという青い空に浮かんだ真っ白な入道雲を眩しく見上げながら3年生の子供たちが地域学習でお世話になった喫茶店であいさつがてら昼ご飯にしようと初めて訪れたカフェのらくろ1時を過ぎていたのに、常連客で賑わっていた入ると、店の広さのわりに店員さんが多いなと思ったら中学生が職場体験に来ているのだそうだ道理で若い店員さんだなと思った出してくれた水の入ったグラスはのらくろオリジナルだったランチメニューの「イタリアンバーグライス」というのを注文する飲み物もセットで、アイスコーヒーを頼む店内を見回すと、興味深いものが所狭しと飾られている横綱白鵬関のいる宮城野部屋の贔屓にしている喫茶店で相撲関係のさまざまな記事や番付表、色紙や力士の描いた墨絵まである店が混んでいるのであまり写真も撮れなかったが子供たちが報告してくれた通りだすぐ目の前に、カエルの置物がいっぱいあったなかなかすごいコレクションだあちこち見回していると頼んだコーヒーやランチが運ばれてきたチーズハンバーグにトマトソースがかかった家庭的な味で、美味しくいただくアイスコーヒーだったが、コーヒーは本格派だとわかる最後にあいさつをして、先日のお礼を伝え勘定を払った850円はお手頃な価格だ店内は、地元の知り合いが多い様子でご近所らしき皆さんがくつろいでいたお相撲好きなら、白鵬始め宮城野部屋ファンならぜひ訪れていただきたい下町の昔ながらの「喫茶店」だ

  • 17Jul
    • 墓を買う

      しばらくぶりに実家の母から電話があった近くの寺の墓地に墓を買おうと思うと言う永代供養墓、というのがあるそうで生前に購入して名前も入れておくとのこと小さな銀杏型の墓石も作ってくれるそうだ永代供養なのですべては寺に任せておけるから死んだあと残された親族に迷惑かけないというのが選ばれる理由もちろん、法事など希望すればきちんと法要もしてくれる(がお布施はする)そして、狭い土地に物凄い数の人間が生活している東京ならではの埋葬の仕方とも言える畳一畳ほどの墓を各個人が建てるスペースはもはや東京にはなくなっている新しい墓地を作ろうにも、近くの住人が反対して作ることもできないのだそうだいつの頃からだったろうお葬式をするときに、親族だけでひっそりとして仕事関係の会葬を断るようになったのは今では、葬儀の場所や時間を記した訃報を見ることはほとんどなくなってしまった確かに葬式も会葬のお礼をするのも大変だ悲しみの中でそういう煩わしいことをしなければならないのはたいへんなことだとは思う先日、実家に顔を出した際その近くの寺を覗いてみた子どものころからよく知った寺だったが中に入るの初めてだったとてもきれいなお寺で墓地も大変清潔だったよく手入れされているのが一目でわかるまだ永代供養墓は建設中だそうで見ることはできなかったが私たちが生まれ育った町の歴史ある寺というのは墓の所在地としては悪くない選択だ弟と暮らす両親を訪ねて、寺に寄ってきたというと契約したと言う墓に入るのは父、母、そして弟だそうだ三人分で113万円強 (一人いくらとなっている)小さな墓石に刻まれた名前はまだ誰も入っていないので赤字で書いてあるそうでそれを白にするのに5万円かかるとのこと長男(私のこと)はどうするのか?と聞かれたそうだ長男はしっかりしてるから大丈夫と、答えたそうなこれでいつ死んでも安心あははは、と母は笑っていた義理の両親はすでに他界している妻は二人の月命日には必ず墓参りしている墓は周りの墓と比べいつ行ってもきれいだ親が子に迷惑かけたくないという気持ちもわかるでも、家族なのに迷惑かけるなんていう考え方をする必要あるのか?と思うそもそも、供養は迷惑なのか?日本人は宗教をもたないと言われるが先祖代々の墓を大事にして敬ってきたのではないか私の妻が墓参りしているのは義務ではないそうしたいからしているんだろうもちろん私は墓に埋葬された遺骨に霊が宿っているなどとは思わない「私のお墓の前で泣かないでくださいそこに私はいません眠ってなんかいません」という歌があったがまさにその通りだと思うしかし、墓は「象徴」だそういうのはあっても悪くないと思う死んだあと、焼かれた骨をどこに埋めてくれようとかまわないし先祖代々の墓に入れてほしいとか自分は実家の墓にとかそんなことは考えたくない近頃では、空や海に撒いてしまうというのもあるそうな樹木葬というのもあるとのこと私の教え子の一人は樹木葬になった今日は私の誕生日早引きして、役場にマイナンバーカードをとりに行った今や私たち国民は一人ずつ番号で管理されている葬式や埋葬の仕方が変わってきたとしても驚くことではないのかもしれない

  • 06Jul
    • にんげんだもの  相田みつを

      子どもたちに詩の暗唱などに取り組ませているその時その時の気分で暗唱課題を決めている今月は前々からいつかやらせたかった相田みつをの言葉にしてみた「にんげんだもの」から4編選んだつまづいたっていいじゃないか にんげんだもの花をささえる枝枝をささえる幹幹をささえる根根は見えねえんだなあうばいあえば足らぬ分けあえばあまるうばいあえば憎しみ分けあえば安らぎやれなかったやらなかったどっちかな小さな子達がこれを言うのはかわいらしい先日1年生のクラスを覗いたらたまたま先生が黒板の字を間違えてしまったごめんなさいと言いながら書き直しているとかわいい声で誰かが言った 「にんげんだもの・・・」

  • 03Jul
    • 体験すること

      子どもたちを連れて、奥日光の湯ノ湖湖畔に宿泊した以前の学校で「修学旅行」が始まった頃は日本は貧しく、学校でみんなを連れていくことは給食が導入されたことと同じようにとても意義深いものだったのだろうそう考えてみれば、今は豊かになり、家族で毎年海外旅行をしている家庭さえあるしかし、今回、都会(!)の子どもたちを連れていって今でも学校でこのような体験をさせることは大事なことだとつくづく感じた都会、といっても下町の、空が広い地域の子どもたちだ高層ビルばかりで、大都会という訳ではないがそれでも日常生活で彼らは土を踏むことはないし限られた種類の虫以外を見ることもない日光の宿についたらホテルの庭に野生の鹿がゆっくりと歩いていたまだ小さい赤子を連れたサルの親子も現れたそれだけで、子どもたちは大興奮である二日目は湯本から戦場が原を通って三本松までハイキングをした自然の中を歩くので、蛭や蚊などな対策に必要に応じて虫除けスプレーを持参するように話してあった驚いたのは、予想以上に多くの子がスプレーを持ってきていてやたらと使っていた中には殺虫剤と勘違いしている子もいた蝶(タテハ類)や害のない虻、蛾、蜂がほとんどだったが女子も男子も大騒ぎで昼食の広場では、草原の上にレジャーシートを敷くことさえためらい施設の脇のコンクリートの上にシートを広げた子達もいたその子たちが言った言葉が印象的だった「コンクリーの方が好き」虫が来る度に男子まで悲鳴をあげる始末ハイキング中、地方出身の先生と同行してくれた看護士さんと最後尾を追い上げるように歩いた予想に反して、遅れる子は一人もいなかったが子どもたちが自然の体験がないことに衝撃をうけていた看護士さんはまったくの田舎の出身で辺り一面自然に囲まれていてビルなどはなかったので校外学習では町のデパートへいって流通について学習したという修学旅行は自然体験ではなく都会体験だったそうだ歩きながら、やはり普段経験できないことを体験させるのって大事ですねーなどと意見が一致してしまった子どもたちには二泊三日のあっという間の体験ではあったがとても有意義な、楽しい思い出となったことだろう今年、半世紀ぶりに学校教育目標を改定したその中に「共生」という項目がある「共生」思いやりをもち、ともに生きる人虫にスプレーをかけていた子に自然とも、ともに生きることができるようになってほしいと心から願いながら、「教育目標言える?」と指導した(まあ、子どもというのは、そう言う残酷さをもっているものだが。しかし、6年生くらいになれば、理解できるようになってほしいなと願う)