オールウェイズ・朝日町の夕日 -47ページ目

大口の熱血ラグビー馬鹿物語 Part3

子供達にラグビーの素晴らしさを伝えようと、夫婦、嫌、家族総出で奔走する。

平日は夕方は、指導、奥さんは、パートから直接練習場に向かい、子共達のケアに努める。

休日は、ラグビーに関するイベントや試合等に積極的に参加、見学に引き連れていく。


県内はもとより、九州各地にまで出向く。

とにかく予算が無い。

イベントや遠征に向かう経費の削減の為に、マイカーのワンボックスカーに乗れるだけ詰め込み、高速道路は使用せず、一般道のみを走る。

その為、真夜中出発も当たり前!

保護者の負担軽減も考えてた。

経費とは言っても、月1000円の会費はあったものの、備品購入やユニフォーム購入の積み立て、傷害保険等で足りるわけも無い。

予算は、彼の家計の中からも半分以上は捻出されてた。

過疎の町、地元企業の所得もしれてる。

パートだってほぼ最低賃金。

しかも三人の育ち盛りの自身の子供にもお金は掛かる。

そこまでしての魅力はその時点では彼にしかわからない・・・



彼ら夫婦は、思い出を残すための写真と撮り溜めていた。

かなりの量。

更に、かなりの県内外への参加の写真。

これまでの経緯が伺えたと同時に想像以上の活動を見た。


やがて初期段階のメンバーが中学生に進級。

辞めた者の居たが、再び戻って来た者も居る。

彼は全部受け入れる。

子供の家庭の事情で経済的困難な場合があっても受け入れ、負担を掛けない様にやってる。

結局彼の家庭の家計に圧し掛かる・・・

でも、夫婦での泣き言はこれまでも聞いた事が無い。

だから、再び戻って来る要因の一つでもあるように思う。


中学生になれば、これまでのタグ・ラグビーじゃなく、本格的なラグビーになる。

試合スケジュールも年間を通して決まってくる。

鹿児島県内には学校公認のいわゆるジュニアチームが2~3校、彼みたいにクラブチームがいくつかあった。

トーナメント方式で勝ち上がり、県代表として九州大会に出場する。



練習内容もそれまでと違いより一層ハードさを増す。

時には怪我人が出ることもある。

彼の指導にも一層の厳しさが増す。

彼の厳しさは県内の少年ラグビー関係者の中でも有名化してた。

練習中は勿論だが試合中も・・・


「監督・・・、すみませんが、試合中はあまり大きな声を発さないで下さい・・・。」


と、協会関係者から事前に伝えられる。


「ハイ、わかりました」


と、返事はするものの、試合が始まると、


「なんでそこをもっと粘らんとかぁ~!」 「もう帰れ!」


と、厳しい声が響き渡る。

応援の保護者を見ても、


  いつもの事


みたいに気にもとめない・・・。

既に関係者での間では、名物化されていた。


彼曰く、


「素質があるにも関わらず出し切れない事に歯がゆさがある。一番はしなくて良いタイミングでの怪我を懸念してる。」


だから、つい大声で厳しい事も言ってしまうらしい。

少年達もそれでも付いてくる!

やはり彼はONとOFFの切り替えを知ってるからだ。

試合や練習以外の子供達への接し方は我々もしらけるほどのオヤジギャグの連呼・・・・

そんな時は、子供達も突っ込む程のコミュニケーションが取れてる。

接する時間の経過と共に彼流のラグビーに対する情熱が伝わってきてるのも周囲は認めた。

遠くは市外からも電車やバスを乗り継ぎ週末の練習に参加する者も居た。

週末は彼の自宅に泊まりこみで来る。

けっして広くは無かった自宅にごろ寝状態・・・

でもここは南国でも珍しい極寒の地 大口・・・

真冬はマイナス5℃以上にまで下がる・・・

夫婦で深夜に起きて、預かる子供に布団を掛けたりする事もあった。


数年後にはその努力の結晶が大きく開くのは当然!


                          続く・・・

真夜中のKID

高校2年の夏休み。

時間は午前0時近く・・・

私の家に向かって来る原付バイクの音。

同じ学校に通う奴、別な学校に通う奴、中学を出て働いてる奴、プータローと様々。

各家の親が寝静まった頃に窓から抜け出し、やって来る!

平均6~8名が集まる。

この集まりには条件があった。


①持参金 一人 \1000-

②タオル


この内容を持ってくる。


メンバーが集まった時点で、バイクを近くに隠し、町の中心地方面へ歩き出す。

歩いて行くには理由もあった。


全員が未成年で、高校生が半数以上の構成だ。

深夜の徘徊で警察に見つかったら停学確定だからだ。

夏休み中の停学は、逆に学校に行き、校内での自習をさせられる。

それだけなんだが・・・。でもやっぱり遊びたいので停学にはなりたくない・・・


そう言った事で、万が一パトカーに遭遇しても各自狭い路地や民家の敷地に逃げ込める様に徒歩で行くしかなかった。


目的地は、深夜も営業してるラーメン屋。

出発しておおよそ15分、店の前に到着する。

学生以外の友人が先ず暖簾をくぐり店内を偵察する。

顔見知りの大人が居ないかどうかの作業。


「よし!大丈夫!」


その声を聞き一斉に入り、一番奥の個室に座る。

注文を聞きに来ると決まって、


酎ハイ一杯 250円


ホルモン串 一本 50円を各自5本 計250円


ラーメン一杯 500円


          合計一人 1000円


と、なる。

持参金1000円の理由はここに有り。


先に酎ハイとホルモンがくる。

ホルモンをつまみに酎ハイを飲む。

酒をあまり飲んだことが無い我々は、この一杯でほろ酔い気分になる。

そうこうしてる間にラーメンがくる。

ロクでも無い会話で盛り上がり、結局2時間の滞在。

来た道を戻る。

今度の目的地は小学校。

湿度もあり、ラーメンの影響と歩きの作用で全員汗だくあせる


やがて小学校に到着する。

正門をくぐりプールに直行!

フェンスを跨いで、全員素っ裸・・・

一斉にプールに飛び込む。

誰かのシャンプーや石鹸を借り、全身汗を取るために泡まみれ。

一気にプールへ飛び込み全速力で25メーターを泳ぎきったら、すっかり泡は流れている。

真夜中のプールで夢中になって遊び、2時間経過・・・

校舎の時計は午前4時を回ってる。

服を着て、講堂脇の段差に腰掛ける。

近くでジュースを買って、飲みながら話す。

くだらない話がほとんど・・・

他校の女子生徒の話や性体験話や噂話等など・・・


でもこの空間が好きだった!

我々だけで狭いながらも、場所と時間を支配出来たからである。

本音でしか話せ無い集まりだから、そこが良かったのかも知れない。

この空間を親や先生や、世の大人達は知らない事に対し、単純に満足してたのかも知れない・・・


やがて東の空が闇を消しつつある。

段々と建物の色も分かる位闇夜が薄れていく。

その瞬間、周囲の木や家や全ての物がムラサキ色に染まってくる。

幻想的な瞬間だ!

それまで会話で盛り上がってたはずが、全員静かになる。

その時空に酔いしれてる。


間もなく、空が白くなり、世の中の音が聞こえてくる。

寂しくなる瞬間だ。

真夜中の支配者の魔法が溶ける瞬間でもある。


次第に無言で、一人立ち、二人立ち・・・

今日の別れも告げず、帰宅の途につく。


特別都会並のゲーセンや有名なファーストフードも無い町・・・

カラオケBOXなんか無い時代・・・

たしかに若者には退屈な町だったに違いない。


しかし、私達はそれなりに楽しさを常に模索してた。

だから今となっては満足してる。


逆に物や情報が溢れてる今の時代の子共達の方が窮屈そうに見えてたまらない・・・


自分の原点  自分の足元  田舎もんのハングリー精神


これからも大切にして行きたい・・・  

チャリンコに乗った神様 ~最終章~

当然の事だが、生まれて6年間で初めて見るものばかりと同時にこれから訪れるであろう予測不可能な恐怖に内心怯える。

ノーテンキにおやつをムシャぼるケイ・・・。


「よし!先にガラスを割った事を誤れば許して帰して貰える!」


と、思い・・・


「あの~・・・・・、幼稚園のガラスを割った事を誤りたいです・・・。ごめんなさい。ちゃんと親に話して弁償してもらいますから・・・」


と、思い切って発した。

すると神様は、


「あ~、リズム室のガラスの事ですよね?あなた達だったの?園児もあなた達も怪我がなくてホッとしました。怪我でもしたら大変だからね~。あなたが今日私に話してくれた事はちゃ~んと神様は聞いてくれてますよ。ありがとう!神様もきっと喜んでおられる事でしょう。」


これって、許して貰えたの?



「じゃあ、今から神様に感謝のお祈りをしますから、私が言う様にあなた達も祈ってください」


「ハイ・・・」



~天の父なる神様、今日ここに元気な二人の男の子があなたのもとに来てくれました。

  幼稚園のガラスを割った事を正直に話してくれました。怪我も無く、本当に感謝してます。

   近いうちに又ここにあなたに会いに来てくれると思います。どうぞお導き下さい。

    二人の家族の方にもあなたの祝福が有りますようにお願いします。


                                           アーメン ~


どうすれば良いのか分からず、只手を合わせ、目を瞑ったまま聞き入った。

そして後にした。


帰路にケイと話した。


「あの人が神様だったんじゃなかった?でも神様が神様にお願い事してたよね?結局神様じゃなくて園長ゴリラと言うわけかな?」



町の子供達が勝手に付けたあだ名だった。

そして、大口幼稚園生から卒園生の間では「園長ゴリラ」と呼ばれてた事を理解した。



後にわかったが、ここは


  聖公学園 大口幼稚園


そして隣接する古びた洋館は、


  日本聖公会 大口聖公会


と、言う歴史のある教会だった。


子共達が呼んでた「神様」はこの教会の牧師


  堀之内 孝雄先生


当時、先生は、執事と言う要職にあり、大口幼稚園の園長も兼任されてた。

数年後、司祭と言う要職に昇され、クリスチャンはもとより多くの町の人々に愛された。

療養中に数年ぶりにお見舞いした。

部屋に入るなり子供の頃の名前で呼んで下さった。

起き上がる事も出来ないにも関わらず、必死に起きて迎えようとして下さる。

私の手を握り締め、


「私はあなたが来てくれる事を信じてました。毎日毎日神様に祈ってました。神様は叶えて下しました。感謝の祈りをしなきゃね」


と、搾り出す様な声で言われた。

私の手を握るその手は、大きく昔と変わらない。

それがたまらなく嬉しかった。

そして私だけの最後の祈りをしてくださった。


「天の父なる神様、今日私のもとに来てくれた事を心より感謝致します。彼はあなたの事を忘れた事は無いはずです。だから来てくれたんです。彼の御家族のもあなたの祝福があります様にお導きください。 アーメン」



平成19年5月 病院で天に召された。

私が見舞ってから、五日目の事。

待っててくれてたと思った。


全く、縁も縁も無い幅広い年齢層が先生の事を知っている。

私の友人曰く、


「あの方が目の前に来るとそこだけ一瞬にして空気が変わる」


と語ってた。

初めて遭遇した6歳の時が、まさしくそんな空間に包まれたのを覚えている。

「癒し」と言う言葉を誰もが使うようになった今だが、三十年以上前から、町の人々に「癒し」の空間を降り注いでたのかもしれない。

きっと、まだご存命中にこの事を伝えたら、


             「神様がそうさせて下さってる」


と、先生は話されるはず。



三年前召されて、私の中では本当の神様になった。

あの大きな自転車にまたがり・・・



時代の流れにより、良き物も無くなり変わり果てていく故郷。

しかし、私の記憶には色あせなく鮮明に残る。

                  音も・・・  色も・・・  匂いも・・・

先生の


「こんにちは~、お元気でしたか?」

「それじゃ又お会いしましょう」


も、古き良き時代の町のBGMだった。


大きな自転車を漕ぐ姿も、広がる自然と景色同様だった。